百二十二話 シュエットの真実
話数の間違いを修正致しました。
シュエット。
運命を司ると言われる女神である。
アールネスの歴史。
その最初期は神話から始まる。
ある若者がこのアールネスの地にて、女神シュエットと出会った所からこの国の歴史は始まる。
シュエットの導きにより国を興した彼こそが、初代のアールネス王である。
シュエットは彼に国造りの手助けを申し出る代わりに、ある願いを告げた。
女神の力の源は人の善の心より生じる力であり、それを奉納する人間を求めたのだ。
つまりその力とは、白色の魔力の事である。
アールネス王はその求めに応じ、この地へ国を造り、女神シュエットを奉じるようになった。
民達もまた大いなる恵みをもたらす女神を崇めた。
そしてシュエットは人と交わりを持ち、自らを奉る人間を産んだ。
それが後に、女神の巫女と呼ばれる者の先祖である。
つまり、女神の巫女は女神自身の血を引いた人間でもあるのだ。
女神の加護を受けた国アールネスには幸せが満ちていた。
だが、その幸せにも限りはあった。
国が建ち、百年近くが経った頃の事である。
運命を司る女神シュエットには、人の運命を見る力があった。
それは何代にも渡り、その次の代やさらに次の代と先の未来を知りうる事もできる力だった。
その日シュエットは、戯れにある人間の運命を覗いた。
何代もの先、未来の世界の出来事を垣間見た。
シュエットがそこで何を見たのかはわからない。
だがその日より、シュエットは人は愚かであると断じ、民を害する邪神となった。
突如として人に仇成す邪神となったシュエットに、人々は立ち向かった。
その時に活躍したのが、巫女の家系の人間である。
本来、神に対して人は無力である。
如何なる力を使ったとしても、神を倒す事はできない。
だが、巫女の家系の者は半分が神でもある。
故に唯一、神を傷付ける事ができた。
巫女達の大半はシュエットの側に居たが、一人の巫女がアールネス王に味方した。
そして、激戦の末にシュエットに打ち勝ったのである。
しかし、シュエットを完全に滅する事はできず、封印する事しかできなかった。
自らの血を封印の要として用いた巫女は、封印の守りを当時のアールネス王に託すとその地を去って行った。
封印が二度と解かれないようにするためである。
だが、それから数百年。
その間、シュエットは封印の中でじっとしていたわけではない。
自らの怨念を用い、黒色という人の心を蝕む力を生み出した。
その力はシュエット自身の性質すら変貌させ、シュエットは白色ではなく黒色を力の源とする存在になっていた。
そしてその黒色を操る力を、わずかに残る自分を奉る信奉者達の一人へと与えた。
それがヴォルフラムくんの家系、イングリット家の先祖である。
黒色には、人へ宿る事で人の悪しき心を増幅し、その増幅した心を糧に強くなるという性質があった。
シュエットの信奉者はその力で人へ黒色を植え付け、大きくなった黒色を回収、それを杯へ奉納する事でシュエットの力を増し、復活させる事を目論んだのだ。
これが国の治安が著しく低下したアールネス暗黒期の真実である。
アルマール家が国衛院を組織したのはこの頃だ。
この暗黒期のどさくさに紛れ、シュエットに関する資料は失われている。
シュエットが邪神とされておらず、未だに女神と奉じられているのはそのためだ。
これは、イングリット家以外の信奉者達の仕業だと思われる。
資料を焼き、荒廃した人心を女神の名でまとめ、邪魔な人間は消したのだ。
しかし、そんな信奉者達の勢いも長くは続かなかった。
イングリット家の人間が裏切ったのである。
力を与えられた信奉者の何代目かにあたる彼は、黒色に苦しむ人々を見て自らの役目に疑問を持った。
彼は自分のやっている事が間違いであるという事に気付き、黒色を自分の身へと封じる事で黒色を国から除去しようと考えた。
組織されたばかりの国衛院と協力し、国の秩序回復へと勤めた。
シュエット復活を企む信奉者達もこの時に排除され、シュエットの計画は潰えた。
残されたイングリット家の者は奉納をせずに体へ黒色を吸収し続け、自らの黒色によって死んだ。
盃の在処も封印し、イングリット家は代々黒色を滅するためにその身を犠牲にしながらも孤独に戦う役目を負ったのだ。
そして、暗黒期の絶望からシュエットを純粋に奉じる者達が残り、アールネスは再びシュエットを奉じる国となったのである。
以上、ゲームにおける女神シュエットの設定を搔い摘んだものでした。
そんな女神シュエットが今、私の前に立っていた。
彼女は私達を見回す。
「わかる。わかるぞ? その運命の見えぬ娘はワシの血族か。ワシを裏切った者の子孫だな。で、お前はアールネスの子孫であろう? 手を握られて絆される所を見るに、恋仲という所かの?」
シュエットは人の運命を見る。
今は、リオン王子の運命を見て探っているのだろう。
手を握るという事は、封印を解く少し前の光景だ。
「そして……」
シュエットが私を見る。
カナリオに似たその顔が顰められた。
「何じゃ貴様は?」
あれ? 見れば名前もわかる設定じゃなかったっけ?
ちなみに名前はクロエ・ビッテンフェルトです。
「気色悪い!」
酷い。
「お前が、声の主なのか?」
魔狼騎士が、シュエットへ声をかける。
自分の後ろにいた彼へ、シュエットは振り向いた。
「イングリット……。ワシを裏切った憎き相手ではあるが、約束は約束だ。貴様の力、ワシが貰い受けてやろう。ふふふ、痛い目に合うが良い」
そう言うと、シュエットは魔狼騎士へ手をかざす。
すると、魔狼騎士の纏う鎧が少しずつ黒い霧状になり、その霧がシュエットの手の平へ吸い込まれていった。
「ぐっ、うっ……」
呻く魔狼騎士。
その体から徐々に鎧が消失し、ヴォルフラムくんの姿があらわになる。
そして、完全に彼の体から黒色が消え去った。
アルエットちゃんを抱きかかえたまま、その場で倒れそうになるヴォルフラムくん。
そんな彼へ向けて、私は跳び込んだ。
彼までの直線状にいたシュエットが、軽々とその場から飛び退く。
私はヴォルフラムくんへの距離を瞬く間に詰める。
アルエットちゃんを確保。
そして、ヴォルフラムくんの顔へ正面からアイアンクローをぶち当てる。
頭を掴んだまま、壁へとその頭をぶつけた。
手を放すと、ヴォルフラムくんは気を失ってばたりと倒れた。
一回は一回だ。
しかし……。
私は振り返ってシュエットを見た。
シュエットはカナリオがしないような、嗜虐的な笑みをこちらへ向けていた。
「やはり貴様じゃったか……。そいつがそうなるのが見えておったがの。誰がそれをするのかまでは見えんかった」
ちっ……。
人の運命が見えるっていうのは厄介だ。
本当は、ついでに白色で一発殴ってやる予定だったのに。
でも、口ぶりからすれば何故か私の運命は見えないらしい。
他人の運命を見て、私の動きを推測したのだろう。
なら、一対一なら読まれずに済むわけか……。
「さて、どうしたものかのう? ワシとしては全員くびり殺してやりたい所ではあるが、如何せん復活の時に溜め込んだ黒色の大半を使い果たしてしまった。人の運命も数秒前後しか見えぬ……。私に何が効くのか、それを知っている者もおるようじゃし……」
言いながら、シュエットは私を見る。
「ここは万全を期すべきかのう? ……うむ、そうしよう。完全復活までそれほど時間はかからんじゃろう。何せ、これからは直接黒色を振り撒く事ができるからの。人の心の闇は、白色以上に得やすいものじゃからの。クハハッ」
童女のように可愛らしく笑うシュエット。
その顔がドロリと形を崩す
そのまま体が崩れ、最初の黒い液体状になり、床へ染み込むようにして姿を消した。
「クロエ……。これはどうなっておるのだ?」
王子が訊ねる。
「女神シュエットが、復活したんですよ」
「あの禍々しい者が、女神なのか?」
「はい。……それより、先にカナリオの手当てをしましょう。その時に、ちゃんと説明します」
「わかった」
私達は女神の祭壇を出て、城の医務室へ向かった。
医務室。
カナリオが寝かされたベッドのそばで、私と王子は椅子に座って話をした。
シュエットの事である。
ある程度の事情とこれから起こるであろう事を話した。
ヴォルフラムくんの事を弁護するために、彼のした事が全て黒色のせいである事を強調しておく。
黒色の仕業だ!
報いの一発は見舞ったし、許してあげてほしい。
「事情はわかった。だが、それならばヴォルフラムを捕縛すれば全て丸く収まったのではないか?」
くっ、誤魔化されてくれなかったか。
「でも、アルエットちゃんが人質に取られていましたし……」
「うむ……。だが、それでも……いや、言うまい。そなたは二人と知己であったからな」
「申し訳ありません」
私は頭を下げる。
「その代わり、ちゃんとケジメはつけさせてもらいます」
「手があるのか?」
「はい」
私は自分の考えている事を話した。
「そなた……実はただ強い者と戦いたいだけなのではないのか?」
呆れるような声音で言われた。
そういえば前にも、先生に似たような事を言われたな。
「そなたの悪い癖だと思うぞ、その考え方は……。正直言って、褒められたものではない」
「あ、いえ、私としてはそんな考えは……。はい。本当にすいません」
否定しきれない。
私には根本的にそういう欲求がある気がする。
「だが、こうなった以上、そなたに賭ける他あるまい。失敗した時の対応策も考えているようだしな」
王子は溜息を吐いた。
そして、苦笑気味に笑う。
「私はそなたを信じる。その方が、そなたにとっては助かるのだろう?」
「ありがとうございます」
「何より、そなたならできそうな気がしてならないからな」
私の胸の辺りにあるカナリオのペンダントが反応する。
魔力の波動を感じた。
それは、王子が本当に私を信じてくれているという証だった。




