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百十五話 追い縋る死の運命

 城から脱出した私達は、サハスラータの王都から出てすぐに北西の森へと入り込んだ。

 この森は北の山岳地帯に沿って、アールネスまで続いている。


 森に入り数時間。

 夜が明け、日が昇り始めていた。


「この森からアールネスへ向かうとサハスラータの砦がある。でも、今はいろいろごたごたしているから、人がいないそうだよ。そこから少しして山に入ると国境を抜けられる道があるんだ」

「そうなんだ。詳しいね」

「ここへ来る時はそこを通ったからね。馬で通れない道だから、ここから徒歩で来なくちゃならなかったけど」


 アルディリアから聞いた話によれば、彼はさらわれた私を助けるために単独でサハスラータまで行こうとしていたらしい。

 そんな時にアルマール公に会い、協力してもらってサハスラータまで行ったのだと。

 その途中で、ティグリス先生に合流したそうだ。


「ありがとうございました。二人がいなかったら、本当に危なかったです」


 私は助けに来てくれた二人に感謝の意を示した。


「僕がクロエを助けに来るのは当然だよ。だって……婚約者だし……」

「生徒を守るのは当然だ。教師だからな」


 先生。

 多分、それ教師の領分じゃないです。


 そんな事をする教師は「俺の生徒に手を出すな」とか「それが俺の名だ。地獄に落ちても忘れるな」とかいう台詞が似合いそうだ。


 助けに来てくれた先生は、軽装の鎧に身を包み、その上からマントを羽織っていた。

 腰には一振りの剣を佩き、拳にはびょうの付いた皮製のバンテージみたいな物を巻いている。

 ナックルダスターという武器だ。

 全体的に使い古されている感じがするので、傭兵時代に使っていた装備なのかもしれない。


「何より、お前にはいろいろと世話になっているからな」


 アルエットちゃんの病気を治した時の事かな。


「そういえば、アルエットちゃんはどうしたんですか?」

「マリノー……フカールエルの家に預かってもらっている」


 もう家族ぐるみの付き合いじゃないですか。


 で、私の救出作戦について話を戻すが。


 アルマール公の手筈通りに現地の国衛院隊員と接触した二人。

 そこで二人は計画の全容を伝えられた。


 ヴァールに反発する軍部の人間と協力する事で、サハスラータ王と私を同時に救出するというものだ。

 そうしてサハスラータ王に王権を復権してもらい、和平条約を維持したまま私をアールネスへ取り戻すという作戦だった。


 国衛院隊員の話によれば、アルマール公はこれらの事をある程度推測していたそうだ。


 しかしその時には推測でしかなく、現地との通信手段も遮断されており、陛下へ下手に進言する事ができなかったそうだ。


 陛下の命がない以上は国衛院を下手に動かす事もできず、現地の国衛院としてもアルマール公の命がない以上直接的に動く事はできなかった。


 それらを解決するために、陛下の命に縛られない人員としてアルディリアとティグリス先生を送り込んだのだという。


 そして、作戦は成功。

 私と王様は見事助け出されたわけである。


 今頃、サハスラータの王都では王様の復権をかけた反乱が行なわれている事だろう。


 ただ、反ヴァール派勢力の方が多いらしく、サハスラータ王という人質がいなくなった今、反乱は間違いなく成功するとの事だった。


 そうなれば、私は何の気兼ねもなくアールネスに帰れるわけだ。




「そうだ。これを飲んでおけ」


 森の道中。

 ティグリス先生に木製の水筒を渡される。

 それを受け取る。


「何ですか? これ」

「魔力の回復を助ける薬だそうだ」


 それは助かる。

 私は水筒の蓋を開けた。


 中には真っ黒な水が入っていた。


 なにこれ?


 とちょっと怯んだが、匂いを嗅いでみると良い匂いがした。

 嗅いだ事のある匂いだ。


 薬を一口飲む。


 うん。

 これ、コーヒーだ。


「それと一緒に水を飲めば、体の中に溜まった魔力を消す薬を体外へ排出しやすくなるらしい」


 なるほど、カフェインか。

 おしっこと一緒に毒素を出せと。


 そんなんでよかったのか。

 単独の脱出作戦中、できるだけそういった生理現象を抑えるために、水分は控えていたけれど。

 むしろじゃんじゃん飲んで、じゃんじゃん出した方がよかったわけだ。


 それにしても久し振りのコーヒーは美味しい。

 アールネスでは薬として存在しているようだ。


 味は好きだったけど、前世では胃腸が受け付けなかったんだよね。

 飲んだらすぐにお腹壊していた。


 でも今は全体的に頑丈だから気兼ねなく飲める。




 それから夜になり、少しの睡眠休憩を挟んでから歩き続けた。

 そうして辺りが明るくなり、昼頃になってサハスラータの砦に辿り着いた。


 その横を通り過ぎる。

 情報通り、何の反応もない。


 しかし、私はその砦になんとも言えぬ既視感を覚えた。

 どこかで見た事がある気がするのに、いまいち思い出せない。


 結局思い出せないまま進むと、国境を抜けるための山道へ辿り着いた。

 その道を一時間ほど進むと、辺りが暗くなり始めた。

 私達は一度休憩する事にする。


 崖と崖の谷間にある岩場だ。

 休憩は二時間。

 一時間ずつ、先生と交代で私とアルディリアは眠らせてもらう事にした。


 私は起きながら眠る技術を使わず、熟睡する。

 そっちの方が体力は回復できるので、見張りがいてくれる時にわざわざ技術を使う必要は無いだろう。


 そして、交代して先生が眠っている時だ。


「ごめんね、アルディリア」


 私はアルディリアに謝った。


「何で?」


 何故謝られているのか、よくわからない。

 そんな表情で訊ね返される。


「だって、私が婚約者だから助けに来てくれたんでしょう?」


 アルディリアはそう言っていた。


 アルディリアは真面目だからなぁ。

 助けに行くなら、自分が行かなくちゃならないって、そう思っちゃったんだろうなぁ。


 先生だってそうだ。

 教師としての責任と私への恩義でこんな所まで来させてしまった。


 それが申し訳なく思えた。


「ち、違うよ」


 でも、アルディリアはそれを慌てて否定した。


「何が違うの?」


 アルディリアの目を見て訊ね返す。


「それは……」


 何でちょっと顔赤いの?

 ねぇ?


「僕は……僕は、ね」


 答えにくそうにしながらも、答えようとするアルディリア。


 そんな時だった。


 おもむろに先生が起き上がった。


「わひゃっ!」


 アルディリアがこれ以上ないほどに驚く。


「先生?」

「追手だ……」


 言うと先生はすぐに立ち上がった。


 そしてその数秒後、数人の兵士が私達の前に現れた。

 それはもちろん、サハスラータの兵である。


 先行したであろうその兵士達の後ろには、行軍する多くの兵士達の姿が見えた。


 先生が構え、私も構える。

 だが、そんな私の前にアルディリアが立つ。

 まるで、私を庇うように。


 剣を持った兵士達が襲い掛かってくる。


 そんな兵士達を先生とアルディリアが迎撃する。


 兵士一人一人に、二人が苦戦している様子は無い。

 それは、この狭い地形が味方してくれているからだろう。

 ここならば、囲まれる心配が薄い。

 二人は強く、上手く兵士を倒していっている。

 私に迫れる兵士がいないほどだ。


 けれど、兵士達は倒しても倒しても次から次に現れてくる。


「きりがない……! ここは俺が食い止める。お前達は先に逃げろ!」


 先生が叫ぶ。


「ですが……」

「俺は、教師だからな」


 言いながら、先生は襲い掛かる敵兵士を殴り飛ばした。


「いいから行け! ラーゼンフォルト! 守りたいんだろう!」


 先生の言葉に、アルディリアは強く頷いた。


「わかりました……。ご無事で、先生」


 答えると、私の手を引いてアルディリアは走り出す。

 私達が向かう予定だった方向へ。

 アールネスへ続く道へ。


 後ろからは戦う音が響いてくる。

 谷の中を岩肌が音を反響させ、その音を私達の背中へ届けてくれる。

 これが聞こえている限り、先生は無事だ。

 そう思いながら、私は走った。


 そして……。


 道は途切れ、私達は開けた場所へ飛び出した。

 私達は立ち止まる。


 私はその場所に見覚えがあった。


 まるで、戦隊ヒーローが戦っていそうなそんな岩場。


 ここは……クロエのデッドエンド。


 ゲームのクロエが、命を奪われる場所だ。


 思い出した。

 あの砦。

 確かあそこは、ゲーム中において私とアルディリアとカナリオの三人で破壊工作を行った軍事施設だ。

 その帰りの道が、ここだった。

 そういう事か……。


 私は今、死の運命に追いつかれたんだ……。


 そして、その死をもたらす役目を持っているであろう人物。


 ヴァール・レン・サハスラータが、数十名の兵士達と共にその場で待ち構えていた。


「待っていたぞ。クロエ」

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