ネコとあじさい
「シトシトシトシト」
雨が降っている。
「きょうも雨だにゃん」
窓越しに外を眺めながらぼくはつぶやいた。
雨、ばっかりだにゃん。おとといも。きのうも。そしてきょうも雨。
金沢は雨が降ることが多いことは知っている。
“弁当忘れても傘忘れるな”
と言われているぐらいだから。
今は梅雨の時期だから特に雨が多いというのは分かるけど、
連日コレだと、ぼくまでしめっぽくなっちゃいそうだよ。
「きみー。外ばっかり見て。つまらないって顔をしているね」
ご主人様はぼくの心の中を言い当てた。
「だってー。お外には行けないし、出たとしても濡れちゃうでしょ」
「雨にもいいことがあるんだよ。おいで」
ご主人様はそう言った。
もしかして、お出かけするのかにゃ?
ご主人様の元に行くと、ぼくを抱っこした。
そのままお家を出て、
「パッ」
大きな傘を広げた。その傘はご主人様のお気に入りの金沢和傘だった。
普段はあまり使わない傘で、ぼくも数回しか見たことがない。
※金沢和傘とは、金沢の伝統的な傘。
和紙で作られているが丈夫で、雪や雨にも強い傘。
「そんな傘を使っているくらいだから、特別なところに行くのかな?」
と考えていたら、ご主人様の車の横を通り過ぎたときに、
ぼくが思っていたことと違うことに気がついた。
「お出かけって近場なの? 」
“お出かけ”と言うから、車でどこかに連れて行ってくれると思っていたけれど、
そうではないみたい。それならいやだにゃん。
車の中は快適だけど、雨が降っている中、お外を歩くなら話は違う。
お外を歩いていたら、水たまりの上を走った車に思いっきり
水をかけられちゃうかもしれないじゃない。
きょうは、歩いているのはご主人様だけど、
抱っこされているぼくにだって水がかかる可能性がある。
「それならいいよ。寒いし濡れそうだからきょうは帰ろうよ」
ぼくは身体を揺さぶり、帰りたいアピールをした。
「ガシッ」
ご主人様はぼくの身体を強く握った。
「痛いにゃん」
これは、おとなしくしなさいって意味だにゃん。
「きみの言いたいことは分かっています。水がニガテなことも知っています。
だけど、今から行くところは、この時期しか見られないところなの。
だからジタバタしないで!」
これ以上抵抗したら怒られそうなので、ぼくはおとなしくした。
それから歩いて10分くらい経った頃、
「着いたよ」
そこは近所の公園だった。けれど、普段は行かない公園だったから、
こんな時ではない限り来ることはなかった。
「あっ」
ぼくは気がついた。
「わー。キレイ」
青紫色の花がたくさん咲いている。
その花は小さな花が集まって、丸い形をしていた。
背が高い花ではないから、抱っこされているぼくの目の高さと同じくらい。
あっちにも咲いているけれど、ピンク色をしている。
お花の色は一色だけじゃないんだね。何ていうお花なのだろ。
ぼくはご主人様の顔を見ると、
「“あじさい”っていうんだよ。今の時期しか咲いていないんだ」
あじさいって言うんだね。
雨に濡れているせいか、あじさいがの色はキレイに見えた。
他のお花ならこうはならない。
「本当は、もっとたくさん咲いているお寺があるのだけど遠いから、
ココに来たんだ」
ココでもじゅうぶんキレイだけど、もっとたくさん咲いているところがあるんだね。
今度、行ってみたいにゃん。
ぼくはキレイなあじさいを見てすっかりご機嫌になった。
「傘の絵をみてごらん」
ご主人様は、外側の傘の絵柄をぼくに見せてくれた。
この絵はもしかして……。
「あじさいだにゃん」
そこに咲いているあじさいと見比べた。
傘の絵は赤紫色のあじさいだった。
雨に濡れたあじさいの傘もとてもキレイ。
和傘だったから、雨に濡れても大丈夫なのか心配だったけど、
とても丈夫で、傘を支えるために内側にはカラフルな色がかけられていてオシャレだった。
「ところで話は変わるけど、また太ったんじゃないの?
さっき、抱っこしていたとき、降りたがっていたよね。
じゃあ降りていいよ。今、手を放してあげるから」
「えっ? 今さらそんなこと言わないでよ。いやだにゃん。
濡れちゃうし、泥だらけになっちゃう。降ろさないで~」
と目で訴えた。
「どうしの? さっきはではあんなにいやがっていたのに」
ご主人様はイジワルそうな顔をしながら言った。
「やっぱり、ここはきみのためにも歩いて帰ろうか。ほら、降ろしてあげるよ」
「いやだにゃん」
ぼくはご主人様にしっかりとつかまった。ご主人様を離さないにゃん!
その間も雨はシトシトシトと降っていた。
《終わり》




