ネコとおばあちゃん(中編)
やっぱり、ご主人様はぼくを置いて行ってしまった。
ご主人様が出て行ったから、おばあちゃんはぼくの身体から手を放した。
ぼくはこれからどうなってしまうのだろう。おばあちゃんが怖くてたまらない。
だって、ぼくのことを食べようとしているのかもしれない。
さっき、ぼくを見て、「おいしそう」って言っていた。
おばあちゃんの顔をチラリと見た。さっきよりも、おばあちゃんの顔が怖く見える。
ぼくは警戒して、
「にゃ~。にゃ~」
と思いっきり鳴いた。
「ぼくを食べないでにゃん。食べるなら犬にして~!」
すると、おばあちゃんはさらに怒った。
「黙りなさいっ! うるさい!!」
ネコ語が通じるわけもなく、つり上がった目でぼくを見た。ただでさえ声が低いのに、
怒ったらもっと怖い。
ぼくは悲しくなった。こんなに怖い目で怒られたことはないもん。ご主人様にだってない。
そのとき、おばあちゃんはこう言った。
「まるで私があんたのことを食べるような目で私のことを見ているけど、そんなことするわけがないでしょ。大切なお客さんなんだから!」
「えっ! ぼくがお客さん?」
それって本当? 信じられなかった。
「ご主人様に置いて行かれたから勘違いしているのかもしれないけれど、捨てられたわけじゃないんだ。あんたのご主人様は、お友だちと二泊三日の旅行へ行ったんだよ」
おばあちゃんはそう言った。
「えっ。そうなの? 旅行へ行ったんだぁ。ぼくを置いて……」
それはそれでちょっと寂しい気持ちになった。
「寂しそうな顔をしないでおくれ。あんたのご主人様は、最初はネコがいるからって旅行を断っていたらしいんだよ」
そうだったんだ~。ご主人様ならそうすると思っていた。
「たまたまあんたのご主人様に用事があって電話をかけたら、旅行の話を断ったって言うからこう言ったんだよ。『旅行なんていつでも行けると思っていても、いざというときに行けなくなるかもしれないんだよ』って」
「それってどういう意味なのかにゃ?」
ぼくにはよく分らなかった。
「私だっていつでも行けると思っていた。けど、年をとってから自由な時間は増えた代わりに足が悪くなってしまってね。遠くへは行けなくなったし、体力もなくなってしまったんだよ。『行けるうちに行った方がいい。肉まんの面倒は私が見るから』と言ったんだよ」
そうだったんだぁ。きっとこれまでにぼくのせいで、お友だちからお誘いがあっても、ご主人様は何度も断っているはず。ごめんね。ご主人様。
「だからあんたはここでしばらくおばあちゃんと暮らすんだ」
おばあちゃんはニコニコと笑った。ん? ってことは、ぼくと過ごすことがうれしいのかな。
もう一度、おばあちゃんを見た。さっきまであんなに怖い顔をしていたのに今は優しい顔をしている。なーんだ。よく見たら、おばあちゃんは元から怖い顔をしているように見える人みたい
でも、声は相変わらず怖い。
「分かったにゃ~」
ぼくはおばあちゃんに近づいて手をスリスリした。
すると、おばあちゃんはよろんでぼくの頭をなでなでした。
「ぼく、いい子にするにゃん。そしておもてなしを受けるにゃん」
おばあちゃんとすごす時間を楽しみにすることにした。さっきまでの気持ちが吹き飛び、ワクワクしてきた。
次の日
「コケコッコー」
静かな朝に、ニワトリの声が響いた。
「コケコッコー。コケコッコー。コケコッコー」
ニワトリたちはまた鳴いた。
「うぅ……」
ニワトリの声が聞こえる。
「コケコッコー。コケコッコー。コケコッコー」
ニワトリは続けて鳴いた。
「うるさいにゃん! ニワトリたち、鳴きすぎにゃん!!」
ぼくはニワトリの鳴き声で目が覚めた。
どうやらおばあちゃんは、お庭でニワトリを飼っているらしく、
「コケコッコー。コケコッコー。コケコッコー」
まるで、日が昇り始めたことに気がついたかのように一匹が鳴き出すと、
他のニワトリも続けて鳴き始めた。
「こんなにうるさいと眠れないじゃない!」
もしかして、ニワトリたちはぼくのことを歓迎しているから、こんなに鳴いていのかなぁ。
「肉まん。これがぼくたちのおもてなしだよ。コケコッコー」
だったりして。それならいいけど……。
そんなとき、
「ミシ……ミシ……」
廊下からかすかに音が聞こえた。誰かが歩いてくる。
もしかしておばあちゃん? 廊下とぼくがいるお部屋は少し離れているけれど、おばあちゃんの姿が見えた。
おばあちゃんは、顔にてぬぐいを巻いて、手袋をしていた。
そして、右手にカマを持って歩いている。そんな恰好をしているなんて、やっぱりぼくを食べようとしているのかもしれない。
「あのカマでぼくのことを……」
カマはキラリと光って鋭く見えた。
ぼくは怖くて、
「ブルブルブルブル」
とふるえた。本当ならこの場を動きたい。
でも、それはできない。ぼくはカマにビビって固まってしまい、
動けなかった。時間が刻々と過ぎていく。そしておばあちゃんはぼくに近づいてくる
「もうすぐこっちへ来るにゃん。どうしたらいいにゃ!」
どうしていいか分らない。
「もしかしたら、ネコ鍋にして食べようとしているのかもしれないにゃ~」
ぼくはパニックになってしまい、悪い方向にしか考えられなくなっていた。
「コケコッコー」
こんなときにニワトリが鳴き出した。
「肉まん。きみはこれから食べられるんだよ。かわいそうに~」
そう言っているように聞こえる。
「ブルブルブルブル」
ぼくは首を振った。
「そんなことがあるはずがない。空耳だにゃん」
そう自分に言い聞かせて、気持ちを落ち着かせた。
「よし、ぼくは決めた! おばあちゃんが来たら大声で鳴いて、ご主人様に助けを
求めるにゃ~!」
と意気込んだものの、
「あっ。しまった。ご主人様はお出かけしていたことを忘れていたにゃ……」
そもそもおばあちゃんのおうちに来たのは、
ご主人様が友だちと二泊三日の旅行に行くからその間、おばあちゃんに預けられたんだった。
色々なことを考えているうちに……。
「あれ? 行っちゃった」
おばあちゃんは廊下をそのまま歩いて、ぼくがいるお部屋を通り過ぎてしまった。
「ギー」
窓が開いた音がした。庭に出るために窓を開けたらしい。
「よいこらしょ」
おばあちゃんはそう言って、靴を履いている音が聞こえた。
「ガガガッ。ギーー」
窓が閉まった。
あれ? おばあちゃんはお外へ行きたかったの? ぼくは廊下に出て窓を見た。
すると、おばあちゃんがいて、しゃがみこみ、カマで草むしりを始めた。
なんーだ。草むしりをしたかったのね。日中は暑いし蚊に刺されたら大変からこの時間にやるんだ。だから手を汚さないために手袋をしていたんだね。
「も~。人騒がせおばあちゃんにゃん」
ぼくは安心してまた眠ろうとした。
しかし、
「コケコッコー。コケコッコー。コケコッコー」
またニワトリが鳴き始めた!
「肉まんは、ビビリネコだね!」
と言っているように聞こえた。
「うるさいにゃ。このニワトリたち、どうにかならないかにゃ~」
こんな調子でニワトリの妄想にとりつかれていた。
それから一時間後、
「ギー」
窓が開いた音がした。どうやらおばあちゃんはが戻って来たらしい。
ぼくは廊下に行くと、おばあちゃんは一仕事終えたって顔をしている。
外はすっかり明るくなっていた。だから草むしりをやめたのかもしれない。
さっき、お庭をながめたけど、おばあちゃんのおうちのお庭はとても広い。
木があちこちにあって、林みたいになっているから、楽しそう。遊んでみたいなぁ。
ぼくは起きあがり、窓の前まで行って、
「窓を開けて欲しいにゃ~」
と鳴いて、おばあちゃんにアピールした。
「もしかして、お庭に行きたいのかい? 私は構わないけど、まだ雑草がいっぱい生えているし、ヘビが出てくるんだよね」
「え~。ヘビ? ぼくはヘビきらい!」
ぼくはサッと窓から離れた。
そんなとき、いつもの音が鳴った。
「ぐ~」
ご主人様の前なら気にならないけれど、人前でお腹の音がなるなんて恥ずかしい。
「さあ、こっちへおいで。ごはんあげるから」
おばあちゃんが言った。
「ありがとうにゃん」
ぼくはおばあちゃんについて行った。
居間に行くと、見覚えがある黒と白の水玉模様のバッグがあった。
たぶん、ご主人様が持ってきたっぽい。
「あんたのご主人様が、この袋にごはんが入っているって言っていたから、ちょっと待っていてね」
おばあちゃんはその袋の中に手を突っ込んだ。
すると、いつものキャットフードと高級キャットフードの『ネコセレブ』の缶詰を
取り出した。おばあちゃんは缶詰を床に置いてぼくに聞いた。
「二種類入っているみたいだね。どっちが食べたい?」
ぼくは迷わず、『ネコセレブ』を選んだ。
「こっちだにゃん。おばあちゃん」
ぼくは『ネコセレブ』に近づいた。
「これをいつも食べているのかい?」
と聞いてきた。
「いつもじゃないけど食べているよ」
ぼくはニコニコしながらおばあちゃんを見つめて、
「いつも食べています」アピールをした。
もしかして、『ネコセレブ』が食べられるの?
普段はなかなか食べることができない高級品だから、食べられるなら絶対に食べたい!
「そうかい。この缶詰を開けることにしよう」
おばあちゃんは缶詰を開けて、お皿の上に乗せてくれた。
「はい。めしあがれ~」
おばあちゃんはぼくの前に置いた。
「いっただっきまーす」
ん~。おいしい。やっぱりネコセレブの味は一味違う。
ぼくがおばあちゃんといっしょにいるときにごねると困ると思ったのか、
ご主人様はネコセレブを持ってきてくれていたらしい。
食べ物でおとなしくさせようとしたみたい。
夢中になって食べていたから、お皿の中の『ネコセレブ』はなくなってしまった。
「あんた、食べるの早いね~。もっと食べたいかい?」
「えっ。くれるの? それなら欲しいにゃん!」
ぼくは思い切って甘えた声で鳴いてみた。
「にゃ~ん」
「そうかい。じゃあ。もう一個、あげようかね」
缶を開けてくれて、お皿に乗せてくれた。
「わ~い。こんなに食べられるなんて幸せにゃ~」
もうこんなことはないかもしれない。
「ムシャムシャ」
ぼくは夢中になって食べた。
「あんたを見ていると、あんたのご主人様の子どものころを思い出すよ」
おばあちゃんはそう言って、主人様の子どものころの話しをした。
ご主人様は落ち着きのない子どもで、食いしん坊だからぼくに似ているって。
いたずらっ子で、人を驚かすのが好きだったんだって。
お料理が好きで、よくおばあちゃんの料理を手伝ってくれたんだって
「へ~え~。今と同じだにゃん」
話をしているおばあちゃんは、とてもうれしそうだった。
もしかしたら、おばあちゃんもさみしいのかもしれない。
一人暮らしだから話し相手がいないはず。
今日は、ぼくがいるから、話ができてうれしいのかも。
そのうちは話し疲れたのか、おばあちゃんは寝てしまった。ぼくもとなりで眠った。
しばらくして目が覚めると、おばあちゃんはお茶を飲みながら、
「バリバリッ」
とおせんべいを食べていた。
「あんたもおやつを食べるかい?」
そう言うと、黒と白の水玉模様のバッグの中から、ささみのおやつを取り出してぼくにくれた。
「ムシャムシャ」
これもぼくはあっという間に食べてしまった。
「あんたは感心するくらいの食べっぷりだね。もう少し食べるかい?」
おばあちゃんはそう言った。
「食べたいにゃん」
ぼくは思い切って甘えた声で鳴いてみた。
「にゃ~ん」
おばあちゃんは分かってくれたみたいで、おかわりをくれた。
いつものなら、ぼくが太ってしまわないようにおやつのおかわりはないのだけど、
おばあちゃんは優しいからくれた。
食べ終わると、またおばあちゃんの話しを聞いていた。そんな感じで二日目を過ごした。
明日はご主人様が戻って来る。最初はさみしかったけど、
「もうちょっといてもいいかも。『ネコセレブ』が毎日食べられるし、おやつもいっぱい食べられるのなら……」
ぼくはすっかり食べものにつられていた。
《続く》




