59 オストランドの混乱⑥
目の前のテーブルに置かれた秘薬級の魔力ポーション。私はそれを睨む。
古代の秘薬…恐ろしい程の回復量を誇り、試しに一滴飲んだお父様も余りの魔力濃度に昏倒し、以後城の宝物庫に仕舞われてたらしい。
当然私は存在も知らなかった。と言うかお父様自身もお兄様が城を飛び出す寸前に思い出したらしい。
「アリスティアの魔力量ならこれを使えるだろう」
そう言って5本全部をお兄様に渡したお父様は軍を率いて国境に進軍していったらしい。
お兄様が国から借りてきた通信用の魔道具を使って聞いた話では1時間で帝国軍は壊滅し、明日の夕方には飛空船で援軍に来てくれるとの事です。
それまでは絶対に結界を維持し、攻勢には出るなとの事です。それとグランツさんが密航してました。貨物で持ってきた物の中に見慣れぬ木箱が有ったので開けたらイビキを掻いて寝てました。どうやら私を心配して援軍に向かおうとしたらしいのですが、彼は基本的に出国禁止の人材です。
グランツさんは多くのマイスター資格を有するアーランドの技術者のトップだ。死なれると大損害を被るので、拘束してでも国外に出すなと議会が決めたから密航してきたとの事。
「ぐははは。俺なんかより嬢ちゃんの方が将来性があるわ‼それにこんな状況で大人しくする嬢ちゃんなら今頃アーランドの聖堂で祈りでもしてるだろう。俺ほど手伝える人材はいねぇ‼手を貸すぜ」
「グランツ卿…」
流石のお兄様も頭を抱えてる。護衛の騎士の人は涙目で通信用の魔道具に話しかけてる。それほど外に出せる人材じゃないのです。
「これ賞味期限過ぎて無い?」
私は尚もポーションを睨む。数千年…もしくは1万年前の代物です。飲んで大丈夫なのでしょうか?お父様は自分の限界以上の魔力を回復して気絶しただけとの事ですが、私とお父様では肉体強度に違いが有り過ぎる。
腐ってないよね?ええい、女は根性‼私は蓋を開けると一気飲みしました。
「おぉぉ…ん?」
感想は水?味がしませんでした。兎に角腐っては無さそうです。お腹も痛くないです。しかし何も起きない…効果の方が切れてるのかな?
「おお…おおおお‼」
数秒間何も無かったのに行き成り魔力が…魔力が溢れてくる‼これは確かに秘薬です。私のキャパスティーを超えてる…不味い‼
「精霊に魔力供給…何時まで寝てるの」
私は寝てる精霊に余剰魔力を流し込んで叩き起こす。これは精霊に魔力を渡さないと私でも気絶する。根性で一気飲みするんじゃ無かった。
――不味イ‼コンナノイラナイヨ
――止メテ
――アリスノ魔力ジャナイ‼コンナノ酷過ギル
非難バリバリですね。起きた精霊たちはかなり不機嫌です。どうやら精霊の味覚ではこの魔力は不味いらしいです。と言うか味覚がある事自体初めて知った。何時も私の余剰魔力を旨い旨いとは言ってましたが好みがあるとは…まあいいか。
取りあえず復活です。しかもまだ4本もポーションは残ってる。これなら勝てる‼
「グランツさん‼早速兵器の製造に入る。【ファクトリー】は覚えた?」
私はグランツさんにも【ファクトリー】を教えている。はっきり言って教えた人の中で一番使いこなせてるのがグランツさんだ。
彼は元々技術者で図面から必要な材料を理解出来るし、ミリ単位の加工も日常的に行ってるのでイメージ力が私に近い程鍛えられてる。
【ファクトリー】は万能工場の魔法だ。術者のイメージをそのまま形にする。具体的なイメージが出来なければ無意味の魔法なのだ。
「当然だな、あれは俺にこそふさわしい魔法だ。これで俺は生涯現役で居られる」
グランツさんは既に300歳を超えてる。そろそろ引退するか悩んでたらしい。どうやら長年の無理が祟ったようで手先に震えが出てきたらしい。しかし腕が使えなくても思い通りの工作が出来る【ファクトリー】は彼が工具を離す必要が無くなった。もっとも私のと違って、手作業の事を念動で動かすくらいしか出来ない。私のように金属のインゴットを熱も使わずに形状変化とかは出来ないらしい。それでも元々凄まじい職人なので問題は無い。私は幾つかある設計図から現状で作れる物を取り出す。
取り出すのは2つ。
多脚型戦車
ミニガン
戦車は砲身部分がまだ作って無い。しかも足も無い状態なのでゴーレムを解体して素材にします。私の使うゴーレムは岩とかでは無く魔力を動力とするロボットに近い物なので、精密機械です。これを解体し、素材とする事で戦車を完成させる。
ミニガンは残骸が残ってるのでレストアします。前より数が減りますが兎に角撃ちまくれば当たる程魔物で溢れてるので問題は無い。
これで戦える。シャロンちゃんを殺した償いはして貰います。私の全てを持って奴等を殺し尽す。
「ふむ、相変わらず頭の中身がおかしいな。まあ良いだろう。俺についてこい弟子‼」
「分かった」
グランツさんはここ数十年弟子を取って無い。自分だけで全部作るし、過去の弟子も全て自分の工房から追い出して独立させてる。工房自体が王城内にあるので基本的に城に居る人だ。
領地は既に子供に任せてる。周りが引退をさせてない為、まだ侯爵位だが、実態は既に息子さんが侯爵のような物です。
彼は気難しい。まさに職人気質です。気に入らない事は気に入らないと言うし、嫌な事はお父様の命令でも嫌と言う。私も初めて会った時は怒鳴られて泣かされた。しかし彼は最高の職人だった。私はグランツさんに付きまとい技術を盗んだ。職人は技術を教えない。教えてもらうのではなく、盗むものだ。だから私は一時期付きまとって技術の習得もしたものだ。
私は見れば大体覚える。彼の仕事を見て魔法でそれを再現して今の工作技術を数か月で物にした。流石に1日100回以上怒られたけど、それだけ凄かった。まあ、周囲は好奇心のままに付きまとった事になってるが、私が技術を学んでたのはグランツさんも気が付いていた。弟子にはしてくれなかったが、2年前のお父様の誕生日にペーパーナイフを作った時は30点をくれた。
たかが30点と思うなかれ。グランツさんは弟子が最初に作った物は必ず一桁の点数しか出さない。それなのに歴代の弟子が作った初めての物は全部隠し持ってる。
結局弟子にしてくれなかったと不貞腐れたが、まさか弟子だと思ってくれてたとは。
因みに未だに何故私が付きまとってたかはグランツさん以外には気が付いていない。グランツさんは私と同じく技術は盗む物だと笑ってたが、普通は教わる物だと考えるらしい。
それが間違いで弟子は取らなかったらしい。つまりは勝手になれば弟子になれるのだ。
「…何時の間に弟子入りしてたんだ。しかもアーランド最高の技師に…」
「寧ろ姫様の技術力はグランツ様から教わったのでしたか…全く知りませんでした。いつの間にか物作りをしてましたし」
普通に考えて何の技術も無しに作るのは不可能です。知識があってもそれを活かせなければ意味が無い。まあその前から設計とか小さい物は作ってたのだが、限界があったので付きまとって覚えた。そのお蔭か、五候の中でグランツさんとは一番早く仲良くなった。同じ技術者同士で、話が通じるし気も合う。
そして今日も徹夜だった。グランツさんも仕事の為なら寝る時間は要らないと公言する人です。しかも弟子扱いした結果、私がサボるのは認めない鬼師匠にランクアップ。今までは試用期間のような物で大分甘やかしてくれてたらしい。
「そうじゃねえだろ‼こっちの方が軽い」
「それだと強度が落ちる。バーニアを付ければ機動性はあげられるし、戦車にそこまでの機動性は求めて無い‼」
「うるせえ‼それにこの砲身は何だ‼こんなの積んだら重すぎるだろ‼もっとマシなの作れ‼」
「レールガンこそ至宝ですが何か?」
眠気を気合いで耐えた結果、私もグランツさんと同じく職人気質を発動。余り怒った事が無いけど怒鳴り合いが発生した。まあ私もグランツさんも手は止めない。言い合いながら作業をしてます。
後私は怒ってもそこまで表情に出て無いみたい。無表情でキレるなと拳骨された。
「ッチ‼ッペ。何でえ、こんなしょうもねえ物が出来ちまった」
「まあ一晩で作ったにしては上出来」
目の前には6本脚の戦車が立っている。無限起動では無い。前足に当たる2本の脚には他よりも大きい鉤爪が付いてるし、全ての足に杭が付いてる。レールガンを付けた結果反動が強くなったので各関節をロック出来るようにし、各足に付いた杭を地面に打ち込んで安定を確保して撃つ仕様です。
尚低威力での発射はその限りでは無い。
それと近接用にミニガンを四門装備してるので、近づかれてもまあ大丈夫でしょう。それに飛ぶのは無理だけど、バーニアを使った大ジャンプは出来る。着陸時に噴射する事で、着地の衝撃も緩和出来る。
「これは…私は驚かん。何時かはこんな感じになるだろうと覚悟してた」
「殿下、これは流石に不味いのでは?」
アリシアさんとお兄様は口を開けたまま戦車を見てる。
「んで、こいつの名前はどうすんだ?」
「そのままスパイダーで良いと思う。試作品だし」
完成品になったら誰かが名前を決めるだろう。私は割と適当な名前しか付けない。と言うか名前を決めるのが面倒。
「さてそれじゃお父様が来る前に終わらせよう」
「父上が来るまで絶対に反撃するなと言われてるのだが」
「そんな話は聞いてない。私は家出中だから関係ない。お父様に任せる前に私の友達に手を出した事を後悔…しなくて良いから消す」
魔物に後悔までは望まない。ただ償いはして貰う。なあなあで済まさないし泣き寝入りもしない。私はここに攻め込んだ魔物を駆逐するだけ。
「まあそう言うと思ってたけどね。私も友人がかなり死んでしまったようだ。これは父上に任せる前に私も動きたいと思っていた所だ。父上達は過保護過ぎるかなら。私達の力を示す良い機会だろう。最近アリスの影に隠れ気味だしな」
確かに私が動く前まで腹黒王太子とか言われてたのに最近何も聞かなくなった。まあ未だに怯えてる貴族は多いけど。
「言っておくが私の影が薄い訳では無い。アリスが規格外過ぎて私の存在が霞んでるだけだ‼稀に父上の子供はアリスだけだと勘違いする馬鹿も居るけどな」
まあ情報の伝わりが遅い上に、貴族によっては襲爵の時か、親から爵位を渡される時に謁見するくらいしか王家に関わる事の無い貴族も居るらしいからね。財政的に王都に来れないとか、自分の領地しか興味が無いとか貴族も色々。
「…私は反対です。陛下が来るまでは自重するべきです。お二方にもしもの事があっては…」
「結界の維持はそこまで保たない」
気合いで維持してるけど、眠気や疲労は限界点を超えてる。生き残るには短期決戦を挑むしかない。この襲撃のボスを討伐して統制を崩し、今の組織だった動きを出来なくすれば共食いを始める筈です。基本的に違う種族の魔物は統率者が居なければ敵同士です。
それにいつ来るのかよく分からないので待ってる間に私が疲れで戦闘不能に陥る可能性もある。と言うか数時間以内に私は動けなくなる上に一切の行動が出来なくなる。
原因は精霊魔装。あれの代償と言うかかなり体力を持っていかれた。精霊魔装を展開してる時は疲労感を感じないが、解いてから凄いダルイのだ。【リフレッシュ】と言う疲れを取る魔法を使ってるが、あれは元気の先取りだから使い続けるのは不可能でいずれ一気に疲れが来る。
「しかし、陛下が来れば、姫様が無理をする必要はありません」
尚もアリシアさんが食い下がる。
「それは却下。私の手で鉄槌を下す」
「諦めろ。アリスの頑固さはアリシアなら私達より良く知ってるだろう。こうなったらもう誰の言う事も聞かんさ。それに私も辞める気は無い」
「お兄様には魔力を供給するからいくらでも魔法使い放題にしてあげる」
幸いポーションはまだある。お兄様にあげた腕輪にポーション二本分の魔力を供給すれば魔力の心配は無いだろう。私が限界まで魔力を供給してポーションを飲んでまた供給でかなりの魔力を溜めたが、どうやらアーランドを出る時に魔術師からも魔力を貰ってたらしく、現在私の供給した分も含めて4倍程の魔力を持ってる。
まあ放出系の魔法は腕輪を経由しなければ使えないから余計に魔力を食うし、あの腕輪で使えるのは精々中級程度の火魔法だ。魔力を潤沢に使えば上級に匹敵する魔法も出せるがそんな事をすれば魔力がいくらあっても足りない。魔法には規格があり、魔力を多く注ぐより上級を使った方が高威力兼低コストなのだ。
「ふむ、これのお蔭で私も戦い方が大分変ったな。今までは魔法を飛ばせなかったし魔力も潤沢とは言えなかったからな」
放出系の出来ない魔法使いは身体強化や武器に火とかを纏わせる程度しか出来ない。
「……」
アリシアさんが黙り込む。説得は不可能だ。私もお兄様も止まる気は無い。
「儂としても結界を解除されると困るのだがな」
ここで王様登場。護衛が何故か居ない。
「聞かれると五月蠅いので置いてきた」
どうやらハブられたらしい。護衛の騎士哀れな…普通は何処にでも付いてくるのに。
「どっちにしろ結界維持は無理。多分数時間で私も倒れる。なら数を減らす」
「そうなんじゃが…まあ置いてきて良かったの。無理やり閉じ込めてでも結界を維持させようとするかもしれんし」
「うちの妹を閉じ込めるなら連れ帰りますよ?」
お兄様が物凄い黒いオーラを出してる。どっちも従いませんけどね。
「まあ城壁の修理も応急じゃが出来たし、王都内の冒険者も反撃には加わるそうじゃ。ここらで反撃するのも一手かの。それにアリスティア殿に頼り来たりでは後々に面倒事が起きるからの」
「別に変な要求はしないと思う。だって私の一存で勝手に家出しただけですし」
「そうは言っても国家としては何かしら要求しないといけないのだよ。アリスは国内の一部では大事にされてるからね。ここで何も要求しないと彼等を怒らせる。まあ私もそこまで高い要求はしないと思いますよ。」
ふむ、大事にされてる?まあ箱入り娘にしようと動く人達なら知ってる。彼等が怒る…余り怖く無いのは彼等のニコニコ顔しか知らないので仕方ないと思う。
「そうじゃと良いのだがな。帝国に頼らんで良かった。援軍と称して侵略されるからの」
まあ帝国なら漁夫の利を狙うだろうね。まあお父様に惨敗した影響で今回は動かないだろう。
私とお兄様。それとスパイダーに乗ったグランツさん…元々アリシアさんを乗せようと考えてたけど「作った俺の方が上手い‼それに改善点を後で出してやるぜ‼」とグランツさんが乗り込んだ。彼と機銃を撃つ射手2人の3人乗りだ。
アリシアさんとお兄様が前衛をして私が後衛として魔法を撃ちまくる。と言う作戦らしいけど…
「城壁を背に戦うけど3方面は厳しい。正面は私が止める」
「アリスを一人にすると何を仕出かすか分からないから却下だ。お兄ちゃんの後ろに居なさい」
「別に私は正面の魔物と戦わない。戦うのは…と言うか強制的に同士討ちさせるだけ」
「その剣…見たことがあるのだが」
まあ魔剣グラディウスだからね。だけど今は刃まで巻かれた鎖は解けてる。これが解放状態だ。普段はグラディウス本人…本剣が封印してる。恐ろしいまでの精神支配で使用者を廃人にしかねないのだ。私でも手首まで真っ黒になってる。
「この剣の本来の使い方は精神を惑わせる魔剣。これで魔物に互いを敵と認識させえる。統率者の支配を超えてるから正面は無視すれば良い。オストランド側は城壁から攻撃してればいいと思う。練度的に外に出ても返り討ち」
「…悔しいが我が軍は既に壊滅状態じゃし…仕方ないの。出来るだけ援護する」
「なら俺は右だな。あっちは低級の魔物ばかりだからコイツだけで十分だろう。下手に上級の魔物に手を出して壊されたら堪ったもんじゃねえ‼俺はコイツをアーランドに持ち帰るぞ、こいつはまだ未完成だからな」
未完成を使うのが我慢ならないグランツさんは既に持って帰って改造する気満々だ。
「私達は左だな。オストランドは右を頼みます。間違ってもアレに攻撃しないでくださいね。怒ったグランツ卿程怖い物は無い。そのまま城壁を攻撃してきますからね」
お兄様はスパイダーを指さす。王様はスパイダーに頬ずりするグランツさんを見て顔を強張らせた。
「う…む。全軍に通達しよう。武運を」
「アリス。絶対に死ぬなよ。私達はここで死んで良い訳じゃ無い。将来はアーランドを守らねばならない。本気で、死なないように戦いなさい。普段の自爆特攻は禁止だ。君はやはり後衛が一番だからな。無理に前に出なくても大丈夫だ」
「…分かった」
元々距離を詰められた際の最終手段だから前衛が居るなら私は前に出ない。まあ最初は魔物の群れを惑わす為に出るけどね。
そして結界が壊れる。世界が変わり、青い空に白い雲。しかし大量の魔物が蠢く大地に私達は挑む。




