32 お兄様とお買い物①
ありのままに起こった事を話します。気が付いたらお兄様が壁にめり込んでました。
辺りを見渡せば壁際で震えているアリシアさんと…お兄様は白目を剥いています。何か有ったのでしょうか?魔力が微妙に減ってるのも気になりますが、もしかしたらお兄様が私が寝てるのを良い事に悪戯しようとして無意識に反撃でもしたのでしょうか?しかしアリシアさんが警備してて尚この部屋まで侵入出来るとは、お兄様もチートの類なのでしょうね。
「目覚めは爽快だけど理解不能な現実に私はどうすればいいの?」
思わず服装をチェック…普段と変わりません。ネグリジュは多分アリシアさんが着せてくれたのでしょう。乱れなどもありませんし下手に触ったらベットの下で伸びながら寝てる――野生の誇りは埃と化しています。クートくんが反応するので何も無かったと判断します。しかしクート君は、私も起きた程の轟音なのにピクリともしません。最初の頃は何時でも動けます。周りは寝てても警戒してますのスタンスから私は飼い犬ですと言う感じになってしまいました。
「ぐぐ…やはり無理だったか。アリシアを出し抜いた事で油断した」
「私を抜けても姫様に手を出せる訳ではありませんし、この件は陛下に報告しておきます」
アリシアさんの止めの言葉でお兄様は崩れ落ちました。一体何がしたかったのでしょうか?
こんな感じで学園が始まるのは明日からなので、本日は学園が休みのお兄様は今日一日私と居るそうです。何気に久しぶりの再会なので私も異論はありません。しかしお兄様は何故私に対して変な事を仕出かすのか理解出来ませんよ、私は女性の魅力など欠片も持ち合わせておりません。そう言うのは5年…10年後位には出てきてくれるはず。お兄様なら選り取り見取りで後宮が復活するくらい女性にモテると思うんですけど、他の女性との噂は欠片も出てこないのは何ででしょうか?ホモなのなら本気で矯正が必要です。実の兄がホモとか亡命するくらい嫌です。
「勘違いしてるようだが、私は女性が普通に好きで男には興味は無いぞ。アリスティアが可愛い過ぎるだけだ。それに地位に身がくらんだ女や浪費家の女等に言い寄られても嬉しくも無い」
「浪費家は兎も角、地位は仕方ないと思う。将来の国王だから王妃目当ては当然です。そこから国と自分に相応しい相手を選ぶのがお兄様の仕事では?」
社交界から逃げてる私が言えた事では無いんですけどね。と言うとお兄様も苦笑い。きっとそこら辺は理解してるのだろう。
まあ折角の休日ですから、その件は国に帰るまで放置しましょう。所詮他人事です。私は私を苛める怖い人で無ければ誰が姉になっても構わないのです。
「今日は買い物に行くけど、お兄様はどうするの?」
「当然、私も行こう。アリスティアよりは町に詳しいし、この剣も買い換えないといけないからな」
そう言って腰に差した剣をコツンと叩くお兄様。
そうでした‼何故その事を忘れてたのでしょう。意識が消える前に一瞬だけ見えたお兄様の剣はノコギリみたいに刃こぼれが酷い剣でした。
「王太子であるお兄様があんな状態の剣を持ってるのは許せない。武人にとって武器は自分の命です。なのに、あんな状態の剣をよくも私の前で抜けましたね。物作りに携わる身である私にはお兄様があんな剣を使ってるのは看過出来ない。アリシアさん、今日の予定は全てキャンセル。町中の武器屋を回ってお兄様に相応しい剣を探す」
「ええ‼必要な物とかどうするんですか?」
「全て商人を呼んで買う。私物よりお兄様の剣を何とかしないと他国の貴族に侮られる。また決闘していいのなら予定通りのスケジュールで良いけど」
お兄様を冒涜されれば、私はまた怒るでしょう。そしてアリシアさんは私を止め切れない。当然私の要求を呑むしかありません。恨むなら、あの状態の剣を堂々と差してるお兄様を恨んでください。どうせ小物とかを買う予定だったので潰れても問題はありません。私はそう言うのを選ぶと機能性とかしか見ないのでアリシアさんが選ぶだけですし、いざとなれば私が作ります。
「うう…姫様と2人でお買い物が……」
「何なら私が代わりに2人きりで買い物に行くからアリシアは商人の所に行くと良い」
お兄様はここぞとばかりにアリシアさんと私を切り離そうとしてます。別にメイド同伴は貴族令嬢なら変な事ではありません。爺やさんも普通に付いてきそうですし――居てもステルス執事なので認識から消えます。絶対に魔法が使えないのは嘘ですね。
「所で、何でそんなになるまで放置したの?事と次第によってはお兄様を窓から外に落とします」
ギロリとお兄様を睨む私。
「いや、これは先日の課外授業で金剛亀に遭遇してな、放置すれば他の生徒に被害が出るので私が倒したのだがドワーフ鋼の剣ですらこの有様になってしまったのだ」
ドワーフ鋼とは我が国のドワーフの人達が作った合金の名前でアダマンタイト並みの硬さを誇る金属なのですがダイヤ並に固いと定評のある金剛亀の甲羅相手には分が悪かったようです。因みに金剛亀は1メートル程の亀なのですが、やたら獰猛で亀なのに意外と動きが早く、学生が倒せる相手ではありません。しかも剣で倒すのは熟練の剣士でも無理‼と言うくらい硬いので普通はお父様のような戦鎚で叩くのが基本的な魔物です。
「……ちょっと怖い」
ドン引きですね。普通は時間を稼ぐとかなのに剣だけで倒すとは…私なら魔法で甲羅の中の亀を蒸し焼きに出来ますけど剣は無理…あれを使えばあるいは…
「べ、別にお兄ちゃんは怖くないぞ‼ちょっと兄の威厳を付ける為に剣の修業をしただけだ。私は父上のように戦鎚は使いこなせないからな」
ちょっと修業しただけでは金剛亀には勝てません。中堅冒険者ですら見たら逃げる魔物です。ちなみに甲羅は凄い高く売れるらしいですが倒すのが至難の業で、倒せても武器もお亡くなりになる事が多いので余り旨みが無いとお父様も言ってました。実際、お兄様の持ってる剣の方が高いです。ドワーフ領の名工10人が合同で鍛え上げた名剣を献上された物なので見た目に反して超高級品です。資産価値は金貨200枚くらいかと。
まあお兄様の剣の代わりが有れば良いな~位の気持ちで探しましょう。この国は戦争もしない文化と教育の国なので武器屋にはそこまで期待してませんがもしかしたら聖剣が売りに出てるかもしれません…聖剣は無いでしょうね。有ると良いな。
そして私は身支度の為、お兄様を部屋の外に追い出す――普通に着替えを見ようとしてました。と着替えや髪を整える。本来ならこれが終わった後に話したかったですね。私も一淑女として寝起きの姿を見られるのは恥ずかしいのです。お兄様じゃ無かったら魔法で窓から空に射出します。
「魔法…全然制御出来ないな…」
「お嬢様の制御能力は魔術師クラスなんですけどね。どれだけ魔力を蓄えてるのでしょうか?」
「上級魔法も選べば使いたい放題」
難易度の高い上級魔法は他の上級魔法に比べて桁違いに魔力消費が大きいです。基本的に上級魔法は魔力の続く限り威力と範囲が広がるので際限なく魔力を使います。幸い私には精霊達が付いてるので怪我――決闘時の怪我も直ぐに光と水の精霊が治してくれたらしい。をしても大丈夫なのですが痛いのは嫌ですね…まあ体の負担を無視した魔法ばかり使う私も馬鹿なんでしょうけど
「ん~~一度、見て貰いしょうか?何か他の原因があるのかもしれませんよ?前は無詠唱でも普通に使えてたのですし」
「そうだね。魔法使うたびに倒れるは流石に嫌だし」
「使わないと言う選択肢を取って頂ければ私は嬉しいのですが、お嬢様は偶に頑固になりますからね」
着替えや身支度をしながらのお喋りは楽しいです。後、私は別に頑固じゃありません。利便性を追求してるだけです。尚、他の原因があるのなら全力で何とかしますよ?昔読んだ魔法の使い方。初級編を居眠り混じりで読んだのが悪かったですね。内容を殆ど覚えずに魔法を使えたので予習してません。なので一から魔法を学び直す必要もあるでしょう。もしかしたら何か見逃してるかもしれません。
「いちお、予定としては元魔導士のイグナス老師と言う方がこの国に居ますのでお嬢様を診察しても貰う事になってます。お嬢様の留学が許可された理由の一つでもあります。お嬢様は健康ですが体がそこまで強くないので場合によっては魔法を封印処置する可能性もありますからね」
「封印できるほど軟な魔力量じゃないけど。魔道具も市販品だと触るだけで壊れるし」
私が魔道具を作り出した原因の一つは普通の魔道具が一切使えないのが原因です。お母様曰く、保持してる魔力量が多すぎて漏れ出る余った魔力が魔道具に不具合を与えてるらしくそれを考慮した魔道具じゃないと壊れるか暴走してしまいます。
「封印は難しいのですが、出来ないわけでもありません。お嬢様の可能性を潰したくないと言う陛下の思いもありますが、もしお嬢様の健康を害するのならやむ得ぬ措置です。まあお嬢様なら自前の魔力が無くても精霊の協力が有れば魔法は使える筈ですが」
私が余り反対しないのはそれが理由です。別に自前の魔力を封印されても魔力を外部供給すれば結局魔法は使えます。これは精霊と契約してれば精霊から魔力を供給されたり私から精霊に魔力を送れる事から可能であると私は考えています。
「自前の魔力が無くても魔法が使える世界って良いね。普通なら魔力を封印されたら魔法は使えないと思ってた。最悪、魔導炉を作り上げて自分の魔力の代わりにしようと思ってたし」
「絶対にお辞めください‼…持ってませんよね?作って無いですよね?あれ洒落になりませんよ‼」
私は無言で横を向く。嘘が苦手なので口に出せば試作品を持ってる事がバレかねません。黙秘すれば少なくとも持っているかは分からない筈。私も嘘をつける大人の女なのです。
「……陛下~‼もう無理です‼絶対に持ってますよ~他国に知られたら洒落にならないですよ‼」
「も……モッテないよ?」
「破棄してください‼今すぐ。あれは古代文明の悪夢と言われた発明ですよ」
アリシアさんは朝から元気ですね。私はまだ眠いです。
「大丈夫、前の世界は国が亡ぶ程度で済まないレベルの物を普通に使ってたから」
核ミサイルに比べたら魔導炉何て玩具ですよ。
「お嬢様が前世で住んでいた世界は恐ろし過ぎます」
「説明が面倒だから終わり、魔導炉はモッテナイ。それと前世のそれは原料がこの世界にあるのか分からないから作らないし作ったら多分私も巻き込まれて死ぬ」
防護服とかありませんし、流石に一から作るには設備が無い。つまり核関連は作れない。作っても電気と言う概念も無いので使い道が無い。無実験でミサイルは無理。似た物はあるけどあれは用途が違いますし。兎に角、終わらせましょう。アリシアさんのSAN値がガリガリと削れそうですね。
「絶対に持ってます絶対に持ってます絶対に持ってます絶対に持ってます」
五月蠅いので尻尾をブラッシングして黙らせました。最近荒れ気味なんですよね、何かストレスでも溜めてるのでしょうか?まったく、世話するのは私なので、私のメイドを名乗るなら常に最高の尻尾を維持してほしいものです。
そんな感じでアリシアさんが役にたたないので再び自分で身支度を整える私。今日は白のブラウスと膝まで隠れるトランプみたいな柄のスカート、杖は腰のベルトにホルダーを付けたのでそこに収納します。(竜杖の場合は背中に背負う)そしてベレー帽みたいなのをかぶり、軽く鏡を確認すると若干の寝癖が残ってたのでブラシで整え万事完了、やはり身だしなみの再チェックは必須ですね。後は壊れてるアリシアさんを放置して部屋から出るだけです




