アニラブ
動物大好き軍人男と能力以外普通の人見知りの激しい女軍人の話し
この世に生まれてきてから二十五年。
強大な精霊の加護を受け文武両道、英雄の生まれ変わりとまで言われている。
そんな俺だが一つだけ欠点がある。
それは、とてつもなく動物に嫌われていることだ。
幼少期は動物に触れることを許されず本の中で見る動物に憧れ十五の時チャンスが巡ってくる。
友人が飼っているという猫を触らせてもらえるという事で家に呼ばれる事になり嬉い気持ちを表情に出さなようにするのが大変だった。
友人の腕に抱かれた猫は気持ち良さそうに喉を鳴らし甘えていて感動したものだ。
そこまでいかなくとも触れることが出来ればいいと思い腕を伸ばす。
俺が腕を伸ばした瞬間、それまで大人しかった猫を毛を逆立て友人の腕から飛び出し逃げていってしまった。
ショックを受けたがたまたまだと思い何度か挑戦したが、駄目だった・・・。
その猫だけかと思ったが、他のどんな動物にさえ触れることが出来ず。
それから十年一度も触ったことがない。
友人によると毛皮なんぞより数十倍さわり心地がいいそうだ。
眠っているときでさえ俺が近寄ればどんな動物でも一斉に逃げ出す。
俺は呪われているのではと思った事すらある。
俺は一生触れぬのだと思っていたその時。
俺は彼女に出会った。
元々軍門の家系である俺は軍に入った。
本当は獣医になりたかったが、触れることすら出来ないのになれるはずも無い。
軍人もやりがいのある仕事なので天命なのだと黙々と仕事をこなしていった。
ある日同僚の女軍人がスパイの疑いをかけられ尋問に掛けられることとなった。
彼女は地位も有りそのようなそぶりを見せた事が無いという事で慎重に行われた
いざという時彼女の能力が軍から失われるのは大変惜しい。
公平な人間を集め部屋の中は緊張した空気が張り詰められる。
「そういえば貴女は、どのような精霊の加護を受けているか明かしていませんね。」
水軍を束ねるソルド大佐が問う。
確かに彼女は力を示す事はあっても証を見せた事はない。
精霊の加護とは大抵の人間が生まれた時に力を貰う。
俺の場合は火と水の精霊から力を貰った。
相反する属性の精霊から力を貰う事は珍しく力も強かった。
精霊は加護を与える証として何かを人間に残す。
それは、痣だったり装飾品だったり様々で俺の場合は二対の剣。
英雄の生まれ変わりといわれる由縁はそれだ。
大抵は色や形によって判断する事が出来るので力を見せ付けることができる。
しかし、精霊の加護といっても闇に落ちた精霊の加護を受けてしまった場合迫害を受ける事になる。
俺達はその精霊たちの事をグレーサーと呼んでいる。
グレーサーの加護を受けたものは巨大な力を受ける代わりには悪事に走りやすい。
歴代の犯罪者などは圧倒的にそういった人間達で理性というものが徐々に薄れていく。
証も力が強いものにしか判断がつきにくく犯罪が起きてから気付くという場合が多くこちらとしても困っている。
もし、グレーサー持ちの場合彼女を拘束しなければならない。
「わかりました。お見せしましょう。」
彼女の黒い瞳が瞬き口を引き締める。
この地域では珍しく身長が低く黒く長い髪を二つに結った彼女はたった二つしか違わないというのに、
俺より十も下のように見えるから不思議だ。
けれど表情を変えるところなどあまり見た事がないように思える。
俺も表情豊な方ではないが彼女が笑う事などあるのだろうか。
「決して笑わないで下さい。」
笑う?何故と思った瞬間彼女の頭と腰周りが煙につつまれポンという音と共に黒い物体が現れた。
「これが私の証です。」
そう言って自らの証を手に取ると皆に見せるように前に出す。
長くて黒く柔らかそうな毛に覆われた可愛らしい猫の尻尾を。
恥しそうに持つ手が震えていて耐え切れず机を飛び越え抱きしめてしまった。
腕の中では、ふぎゅっと鳴き何が起こったのかわからないという目で俺を見ている。
可愛い。
俺の頭を占めるのはそれだけだった。
あれだけ近かったというのに怯える素振りも見せず、触っても、あまつさえ抱きしめても逃げない。
なんだこの猫は可愛い。
可愛すぎて仕方ない。
どうやって家に持って帰るか、重大な任務の作戦を考えるよりも真剣に考える。
ふるふると震える二つの耳に頬を押し付けてすりすりとするとふぎゃっという声が漏れ目には涙が溢れてきている。
泣かしてしまった場合はどうすればいいのか、女性には贈り物がいいと聞く。
首輪を送るか、それとも可愛らしい尻尾に似合うリボンでも送ろうか。
どんな色がいいかと尻尾を見ると尻尾は股の間から前に出て怯えている。
尻尾も触りたいがセクハラになってしまうのでやめておいた。
良く見てみると軍服に切れ込みが入っておりそこから尻尾を出しているようだった。
洋服も良いなと思っていると邪魔が入った。
「キレン大佐!!何をしているんですか!?」
「愛でている。」
ビクンと腕の中で彼女が動く。
怯えているから大きな声を出すなと言いたい。
「・・・!!良いから放しなさい!!」
海の男だというのに小さい男だ。
折角抱きしめる事が出来たというのに逃げられたらどうする。
机をまたぎ俺が元居た場所に戻ると膝の上に彼女を乗せた。
なすがままキョロキョロと辺りを見回す彼女は本当に可愛い。
ペタンとなった耳に音を立ててキスをすると初めて大きな声を上げて鳴いた。
「フシャーーーー!!」
声まで猫とはなんと可愛らしい。
ソルド大佐は諦めたのか分かりましたと眉間を押さえ肩を落とした。
「見たところ風の加護のようですね。」
刺青や痣、身体的証が多い属性だから納得する。
それもこの力からして高位の精霊であるだろう。
此処まで清らかな気からしてグレーサーである可能性は低い。
そうか。
「スパイという疑いが掛けられていますが、その事はどう思われています?」
「それ、無いです。私此処の総帥の孫、です。」
どこぞかの貴族の出だと言われていたが総帥の孫だったとは。
確か総帥の家系は軍に入る際国の守り神と契約し裏切らぬ事を誓うという。
裏切れば罰が下るのでスパイという事はありえない。
冤罪だったという事か。
泣いたせいか途切れ途切れに言う彼女の声をもっと聞きたいと思う。
そうだ、どうすれば彼女を家に連れて帰るかという事を考えていたのだった。
総帥の孫という事は地位も高い。
俺の親もそれならば文句は言わないだろう。
むしろ俺の地位が足りるかどうか。
しかし、そのためならどんな努力もしよう。
一日中愛でられるならば一生を捧げても構わない。
「結婚しないかミイ大佐。」
幾度か呼んだことがあるが改めて考えると名前までもが愛らしい。
俺の言葉によって限界まで見開いた瞳が甘く蕩けるようになるまで後三ヶ月の事だった。




