ふて寝したら数万年過ぎていた
目覚めると、そこは見知らぬ洞窟だった。
(……いや待て、何処だここは!?)
(あら……アナタ? ええと……おはようございます?)
目覚めたばかりで混乱する俺のダンジョンとしての感覚は、全く見覚えの無い場所に鎮座する大岩を認識した。
俺と、寝ぼけたようなハルカの意思が宿るダンジョンコアだ。
多少成長や風化を経ているが、それは間違いない。
(ああ、おはようハルカ。だが、この洞窟は……? いや、そうか。思い出して来たぞ)
そこまで考えて、俺は休眠前にダンジョンコア全般に命じていた幾つかの指令を思いだした。
一つは、コアにダンジョンを作らせることだ。
ダンジョンコアはその見た目通り、基本的には岩だ。
その為、野外にあっても風雨に耐え、また魔力を蓄え成長も可能なため、破壊や損傷の可能性は低い。
しかし、休眠前に遭遇した破局噴火など、自然は時に思いもよらない破壊を巻き起こす。
更に言えば、単なる好奇心や力自慢の気まぐれで、岩を壊そうとする原始人やモンスターが居ないとも限らない。
そこで俺は休眠前、既に成長済みのコアへ、幾つか指令したのだ。
その一つ。ダンジョンを作り、その奥に自身を据える事。この命令を、ダンジョンコアたちは忠実にこなしていた。
コレは、あの噴火のような大災害を未然に防ぐためにも、必要な事だ。
ダンジョンそのものの構造変更や拡大は、魔力を大量に消費する。
地下のエネルギーから精製される魔力の使い道としては、格好のものなのだ。
俺とハルカが宿っているコアも、その命令に従ってダンジョンを作り上げたらしい。
特に指定もしていないため、構造は単純。
ただ、問題は……、
(ダンジョン階層は……地下10階!?)
(あらあら、随分深いのね)
想定以上に、ダンジョンが大型化している事だった。
根本的な仕様として、ダンジョンを地下に拡大していく場合、拡張に必要な魔力は倍々ゲームに近い量を要求されるようになる。
つまり、地下10階ともなると、それは膨大な魔力が必要となることを示していた。
(まて、俺とハルカは、いったいどれほど眠っていた!?)
俺は慌てて、ダンジョンの機能から眠ってから目覚めるまでの経過を確かめる。
そして、状況を把握し、空を仰ぎたくなった。
感覚で見上げても、そこにはダンジョンの岩天井が在るだけだが。
(……良く寝るにも限度があるだろう)
(いっぱい寝ちゃったわね)
俺達が眠りについてから、たっぷり数万年の時が過ぎ去っていた。
流石に数万年も眠っていたとなると、全く新しい世界に生まれ変わったに等しい。
まず行うべきは、とにかく情報収集だ。
機能停止した大本のコアの状況や、休眠前当時に成長済みだったコアや、各地に配置した成長前の魔石の穂先がどうなったのか。
さらに、精製し放出し続けた魔力の影響など、調べる事は多い。
そこで分かったのは、想像以上に成長したダンジョンコアネットワークと、各地のダンジョンの前に並ぶ、特徴的な竪穴住居。
俺の拙い知識でも知っている古代の住居が集まったそこは、明らかに集落を形成していた。
集落では人々が行きかい、特徴的な土器を持ち運ぶなりしている。
その縄を転がしたような独特の表面の文様を持つ土器が、今が何時代であるかを明らかに示していた。
(……目覚めたら、明らかに縄文時代になっていた件)
(アナタ、何ですか、それ?)
(ある種の定型だ。気にしないでいい)
何とも、一気に時代が飛んだものだ。
ダンジョンコアのネットワークは、眠っている内にほぼ完成に至っていた。
殆どの魔石の穂先はコアにまで成長し切っていて、更にその先へと至るまでしている。
そう、今では俺が眠る前に最も性能が高かった始まりのコアよりも、更に性能が高まっていたのだ。
(流石は富士山の地脈か)
特に活火山や断層付近のコアの成長は顕著で、休眠前では出来なかった機能も解放されている。
その逆に、成長が遅かったのは、九州のコア全般だ。
やはりあの噴火の影響は大きかったようで、地脈が安定するまでそもそも長く、そこからコアが成長するも時間がかかったようだ。
(目覚めるのに時間がかかったのは、これのせいか。『始まりのコアの機能が完全に復旧するまで』という条件付けは、ミスだったかな)
あの噴火から完全に立ち直ったら。
そんな算段で目覚めのキーとしたのだが、想定以上に時間がかかり過ぎたようだ。
噴火の衝撃と高所からの落下で、コア内部へのダメージが深刻だったのが、万年単位の復旧期間となった原因であるらしい。
そういえば、休眠中にコアへと命じていた命令は、他にもある。
(あら、アナタ。鹿だわ)
(こっちの命令も、しっかりこなしているみたいだな……)
ダンジョンの上層で、反応がある。
俺達二人の感覚が、ダンジョン内で発生したモンスターの存在を捉えた。
それは、ハルカの言う通りに、一見鹿のように見えた。
これが、休眠中にコアに与えた命令の一つだ。
コアへと成長したら、定期的に魔力を消費しモンスターをうみだすこと。
それも、脅威度は精々人の狩人が問題なく仕留められるもの、という条件付きだ。
何しろ、ダンジョンの拡張機能は、只のコアからさらに成長する必要がある。
初めのコアのように、入り口から直ぐにコアの間があるようなダンジョンなら初期のコアでも設置可能だが、その後の拡張は、コアの魔力使用が不可欠だった。
恐らく、コアの成長には魔力を馴染ませるなどの要素が不可欠なのだろう。
その為ダンジョンからは、定期的にモンスターが世に放たれることになっていた筈だ。
もっともそれは、精々狩猟生活を営む人々にとって狩りやすい獲物が増える程度、そう考えていた。
だがそこまで考えて、俺は先ほど認識した、ダンジョン前の集落を思いだす。
(もしかして俺は、狩猟生活から定住生活への移行を促進させたのか……?)
ダンジョンに寄り添うように作られた集落は、ダンジョンを生活に組み込んでいる証だ。
集落を取り囲む濠や柵と同じものがダンジョン前にあることから、一応モンスターは脅威とされているらしい。
それでも見方を変えれば、定期的に狩りやすいモンスターが湧くのは、獲物を求める移動生活を止めるのに十分な好環境だろう。
そして同様の環境は、恐らくダンジョンのある範囲全てに当てはまる。
そこまで考えて、集落の一角に魔力の反応は集中していることに気付いた。
積み上げられた、モンスターの素材。
肉などを剥ぎ取り終え、骨や不要な部位と同様に、大量の魔石が積み上げられていた。
(食べられない部位の廃棄場所か。あ~、何だったかな。そう、貝塚みたいなものか)
生前の記憶を手繰れば、縄文時代の遺跡には、人々が貝殻を捨てていた跡の貝塚と言うモノがあったのを思いだした。
貝の殻のように、モンスターの体内の魔石は、人々にとって食べられない物として廃棄対象の様だ。
ダンジョンに産み出させている脅威度の低いモンスターでは、体内の魔石も小さく魔石の槍の穂先のように武器に加工するのも困難なのだろう。
となると、この詰みあがった魔石の山は、後に魔石塚とでも名付けられるのだろうか?
そんな愚にもつかない事を考えていると、
(アナタ、アレは、何?)
ハルカの困惑した念が届いた。
(うん? ……うん?)
俺は、意識をダンジョン内に向ける。
うん、何かおかしい。
(……何だアレ?)
(何かしら、ね?)
ダンジョンが生み出した鹿型のモンスターが居る。それはいい。
だが鹿とは、角を自在に動かし、あまつさえ角で天井を掴んで、雲梯のような挙動で地に足も付けず移動するような生き物だっただろうか?
ハルカも俺も、呆然としたままその仮名称鹿が、ダンジョン内を進んでいくのを呆然と眺める。
すると、いつの間にかこのダンジョンの出口付近が慌ただしくなっていた。
(……今度は何だ?)
意識を向ければ、今度は推定縄文人達が、手に手に武器を持ちダンジョンの出口付近で待ち構えている様子がうかがえた。
そこには、強い魔力の反応もある。
(アレは、今の鹿?の角を利用した、弓か?)
何人かが引く弓は、あの妙にしなやかに動くあの鹿?の角から作られている様だ。
魔力の反応は、まさにその弓から発せられていた。
(マジックアイテム!? いや、モンスター素材武器か!)
そして、接触。
ダンジョンの出口から鹿(確認してみると、ホーンハンド・ディアというモンスターだった)が飛び出そうとする瞬間、一斉に矢が放たれた。
放たれた矢には、弓から伝播した魔力が宿り、手で引いたとは思えないような勢いで宙を裂き、狙いたがわずハンド・ディアの彼方此方に突きささる。
その内の一矢は、角の間、鹿の頭を見事に射抜いていた。
歓声を上げる狩人達。
獲物の奇妙さや、妙に手慣れた狩人達の手並みに目をつぶれば、それは見事な狩りだったと言えるだろう。
だが、この何とも言えない奇妙さは何だろうか?
(……コア、バグってないか?)
何をどうしたら、角を手のように動かすモンスターが生まれるのか?
放置か? 放置した俺が悪いのか?
自問自答しつつ、俺はダンジョンコアのネットワークを徹底的に調べ始める。
どうやら、数万年も放置した結果、何やらおかしなことになっているようだった。




