パートナーが出来たら爆発した件
あれから、200年程度の時が流れていた。
その間、ワイルド・ケイヴマンのアバターは事故や寿命で何度も死を迎え、俺はその都度新たな個体を生み出し……今では十五代目にまでなっている。
初代のアバターは、あの後中々に波乱万丈な生涯を送った。
基本的には、様々な土地を旅して、他の集団との交流や様々な獲物を狩っていたのだが、時には反りが合わない集団と縄張り争いにも似た小競り合いをしたりもした。
(……あの時は、向こうの男側のリーダーがやけにアバターに突っかかって来たんだよな)
もちろん初代アバターが居る以上、負けることはなかったが、その結果集団が倍ほどに膨れ上がったのを覚えている。
(遠投の槍一撃でナウマンゾウを仕留めたり、ちょっと素手で石を握りつぶしたりと、穏便なパフォーマンスのつもりだったんだがな……)
その後、何故か突っかかって来た向こうのリーダーが、弟分みたいに振る舞うようになったのは、一体何だったのか。
そんな風に過ごしていた初代のアバターだが、その生涯で最も印象深かったのは、化け物じみた大きさに育ち幾つもの原始人集団を喰い滅ぼした、赤毛のドウクツグマを退治だ。
「……グゥガウ」
「ホウホ……」
あの狩人としてのリーダーである槍戦士は、その化け物クマとの戦いで深手を負い、初代にそのリーダーの役目を託してから息を引き取った。
新たなリーダーとなった俺は、槍戦士の無念を晴らすためにも、彼が使っていた槍をあえて使い、赤毛のドウクツグマを討伐したのだ。
(頑固おやじだったな、あのリーダーは。でも、嫌いじゃなかった。義父殿、だったしな)
そう、初代のアバターは、あの槍戦士の娘に見事に押し切られ、番になっていた。
(……同種として生み出したから、想定はしていたものの、本当に繁殖できたんだよな)
あの槍戦士との娘も、病で世を去った母親の後を継いで、集団の長になっていた。
彼女との間には、4人ほど子供をもうけている。
アバターの高い身体能力や、本体である俺と繋がったせいか頭の良さも受け継いだらしい子供たちは、立派に成長してリーダーや長をその後継いでいた。
そして、番となった彼女が母親と同じように病に倒れた時、俺はアバターの機能を低下させ、ほぼ時を同じく命を終えさせた。
(彼女には、すっかり絆されてしまったからな……)
現代基準の感覚が抜けきれない『俺』にとっては、まだ野性味が抜けきらない原始人の彼女に深入りするつもりはなかったのだが、多分アバター側に引っ張られたのだろう。
子供たちも気を利かせたのか、アバターと彼女は二人並んで埋葬された。
それはいい、良いのだ。
(そこからが、想定外だったんだよなあ……)
(そうですか? 私は嬉しいですよ?)
俺の意識に語り掛けてくる声。それは、新たなダンジョンコアから発せられていた。
初代アバターに埋め込まれていた特製の魔石と、その副葬品であり、大地のエネルギーを引き出す魔石の槍、そしてアバターの番が融合した、新たなダンジョンコア。
そこには、番となった彼女の意識が宿ってしまったのだ。
どうして彼女の意識がダンジョンコアに宿ったのか?
それはダンジョン領域の拡大計画が関わっている。
俺は広範囲に魔石の穂先のような、ダンジョンコアの基になる成長型の魔石を設置する計画を立てていた。
実際初代アバターの後も、定期的にワイルド・ケイヴマンなどのアバターに旅をさせたのだ。
そんな旅の副産物は、やはり俺が居るのは古代の日本だろうと言う事だ。
初めのダンジョンコアがあったのは、後の九州に当たる島。
そこから幾つかのアバターが記憶よりも幅が狭い関門海峡を越え、本州や四国にあたる島へと足を踏み入れていた。
恐らく、生前よりも海面が低いのだろう。
最近のアバターは、後に津軽海峡と呼ばれる海を渡ってさえいる。
そんな旅の中で、一つ判明した事実がある。どうも、魔力は海水と相性が悪い様なのだ。
関門海峡のような狭い海でも、魔力の拡散効率が極端に落ちていた。
おそらく、魔力は海水に触れると変質しやすいらしい。
また、魔力は気体の特性に近く、その拡散は風に影響されやすい。
風向きの影響もあって、九州から東方向の本州側には拡散しやすいが、大陸方向へはコアの基を運べていない現状があった。
そして、初めて新たにダンジョンコアとなったのが、初代のアバター共に埋葬された、魔石の槍の穂先だ。
初代は各地に魔石の穂先を設置していったが、穂先単体で成長させるよりも、魔力を高効率で扱える魔石が共にあった方が成長が速かったのだ。
結果埋葬された穂先は、周囲の魔力を取り込みつつ成長した。
そこまでは、ある意味俺の計画通りではあった。
誤算だったのは、ここから。埋葬された穂先の周囲には、魔力を蓄積していたものが、魔石の外にもう一つあったのだ。
それは、番となった彼女の遺体。
生前何度も俺の領域で過ごし、またダンジョン内の魔力に馴染んだ動植物を食べていた彼女達の身体は、次第に魔力を自然に蓄積していったのだ。
結果その遺体には、死して尚多くの魔力が残留していた。
その魔力に、魂というべき彼女の意思を宿して。
逆に俺が作り上げたアバターには、あくまで俺が操作する為の写し身であるため、アバターそのものに意志を持たせて居なかった。
結果、穂先は魔力を取り込むと同時に彼女の魔力残滓までとりこみ、意志あるダンジョンコアとなったのである。
恐らく俺の魔力と繋がっているせいで、現代の知識や知能レベルまでその意思を成長させて。
俺の意思に、俺以外の意思が触れてきたのは、新たなダンジョンコアが育ったのだと確信した瞬間だった。
(これは、一体……? あら、アナタは、アナタなのね?)
(……なんて?)
俺の意思に触れてくるのは、成熟した女性のそれだ。
生前で彼女とのやり取りは、短い声や動作までにとどまって、細かなニュアンスまでは及ばなかった。
だが俺の知識に触れ、俺レベルにまで知的レベルを高めた彼女と、こうしてはっきりと言葉を交わせている。
俺は、それに深く安堵した。
やはり、幾らアバターで交流したとしても、明確に意思を交わせない以上、俺は孤独を感じていたのだろう。
だが、こうして彼女と意思を交わしていると、無自覚にのしかかっていたソレが、消えていくのを感じていた。
彼女の意思は、まるで初めて出会った時と変わらない若々しさがあった。
(ふふっ……やっぱりあなたは特別だったのね。初めて見た時から、ワタシ、分かっていたのよ?)
(……そうなのか? あのアバターは他よりも体格がいいから気になっただけじゃないのか?)
(そんなのを気にしていたのは、お父さん達だけよ。お母さんも、私達もアナタが大いなるモノだって気付いて居たんだから)
肉体は無く、意志同士で触れ合う心の交流は、生前知り合いとSNSでやりとりした感覚に近い。
同時にアバターと彼女が埋葬されてからダンジョンコアにまで至るまで、かなりの時間が過ぎていた。
その間に作った新たなアバターには、彼女のような相手が居なかったのもあり、俺は孤独を埋め合わせるように長い間彼女と意思を交わし続けた。
その時点で、彼女は俺のダンジョンコアとしての役目や能力を知っていた。
恐らく穂先からダンジョンコアへと成長する間に、自然と覚えたのだろう。
そして、ダンジョンコアの大本となる俺のサポートをする、そう告げて来たのだ。
(……いいのか? 別に強制する気は無いぞ?)
(いいのよ。番に寄り添うのは当然でしょう? でも、その代わりに御願いがあるの)
(……何だ?)
(誰が誰か区別する、名前と言うモノがあるのでしょう? 私、アナタのソレが知りたいわ)
そう告げられて、俺は自分の名前を長らく忘れていた事に気が付いた。
生前、善行も悪行もそこそこに、ごく普通と言っていい普通の人生を過ごした、俺。
ダンジョンコアとして生まれ変わった以上、その生前の名を使うのも、どこかはばかられた。
改めて、ダンジョンコアとしての感覚で、自分の岩としての身体を認識する。
岩である。岩でしかない。
(……もうイワとかオオイワとかでいいかな)
(ワタシよくわからないけど、あんまりよくないと思うの)
俺のネーミングセンスは、原始人に駄目だしされるレベルであるらしい。
仕方ない、生前の……姓は心苦しいから、名だけで。
(……アキトだ)
(ふ~ん、アナタは、アキト。アキトね!)
そう言って彼女は、俺の名を何度も何度も、心に刻むように念じていた。
(……そんなに御大層な名前でも無いんだがな)
(そんな事無いわ。あとね、もう一つ)
(うん?)
(ワタシにも名前をちょうだい?)
無邪気に願う彼女。
こちらは、すんなりと決まった。
既に彼女とアバターで番になった時、俺は密かに彼女をこう呼んでいたのだ。
(ハルカ、だ……それでいいか?)
(ワタシ、ハルカ? ふふっハルカ、ハルカ! 私の名前!)
嬉しそうに意志を躍らせる彼女は、春花。
春が来ると、纏う毛皮に花を飾り付けていた、彼女。
安易だが、それがしっくり来たのだ。
浮かれる彼女の意思を浴びながら、俺は満たされるものを感じていた。
(敵わないな……)
こうして、俺はダンジョンコアとしてのパートナーを得たのだった。
だが、そんな安らぎの時は、長くは続かなかった。
俺の本体がある場所は九州の恐らく阿蘇山にあたる場所だ。
だが、生前との違いは、標高2000mを超えるような、巨大な溶岩ドームが存在している事だ。
それは火山活動が活発であることを示し、同時に俺にとって膨大な量の地下のエネルギーの源となっていた。
その、阿蘇の地下エネルギーが、この数年異常値を示していた。
(……エネルギーの流入量が、異常だ)
地下から湧き上がるエネルギーが、明らかに過剰だった。
危機感を覚えて魔力精製を全力を行っても、処理しきれずに蓄積されていく。
(まずい……これは、破局噴火の兆候だ)
おそらくコレは地球のほんの気まぐれの一つなのだろう。
ちょっとした大き目のくしゃみ。だが、地球規模で行われるそれは、地表にへばりつく生き物には致命的だ。
そして現状のダンジョンコアでは、地下のエネルギーを一旦魔力に変換することでしか消費できない。
阿蘇周辺のダンジョンコアは、大本の始まりのコア以外にもようやく幾つか稼働したばかりだ。
エネルギーの消費は到底追い付かない。
その日が、来た。
それは、ある春の日だった。
空が赤く染まり、地が震え、風が止まった。
山が、吼えた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
地鳴りが山がある島全土に響き渡る。
ドッ!!!!!!
轟音とともに、火口から黒煙と火柱が噴き上がる。
マグマが地表を焼き、火山灰が空を覆う。
膨大な火山弾が一気に天空高くまで吹き上がり、かき混ぜられた空気が帯電し、黒煙の中無数の稲光となって荒れ狂った。
「「「ウホ……ウアアアア!!?」」」
「「「パオオオーー!???」」」
「「「グオオオコァ!???」」」
原始人たちの悲鳴が、無数の野生動物の悲鳴は、火砕流の中に消えていく。
疾風よりも早く押し寄せる炎と煙と石礫の嵐が、逃げ惑う事すらできない生き物たちを飲み込んでいく。
それは海峡さえ超えて、広範囲を焼き尽くしていった。
それは、俺も同じだ。
爆発の瞬間、溶岩ドームの一角にあったダンジョンコア──俺の本体は、爆発と共に空高く打ち上げられていた。
火山付近の他のダンジョンコアも、多くは同様に吹き飛ばされ、または溶岩や瓦礫に埋もれていく。
(アナタ!?)
(大丈夫だ、ハルカ。意識はある)
この時までにダンジョンコアを各地に設置できていたのは、不幸中の幸いというべきだろう。
既に危険域となっていた地下のエネルギーを察して、俺は意識の核を他のコアへと移していたのだ。
稼働するコアの中でも、後の九州と呼ばれる島から離れた場所に設置したそのコアは、中国地方にあたる地域にあった。
それでも、付近のダンジョン領域の上空は暗い。
噴煙が空を覆い太陽光を遮っているのだ。
(……こんなことが、起きるなんて)
普段は明るく朗らかなハルカの意思も、今はその色を失っている。
無理もない。彼女にとっては、想像もつかない惨劇が巻き起こったのだ。
だが俺はそうも言っていられない。
(この世界の担当仏が俺に求めたのは、この様な破局噴火を防ぐことだったはずだ。この噴火は止められたのか? 止められなかった俺は、ダンジョンコアでいられるのか?)
そう思いダンジョンの機能を立ち上げるも、担当仏からは何のアプローチも無い。
(仏はただ見守るのみ、か)
噴火と共に打ち上げられた大元のコアは、驚異的な飛距離で他の山に落下し砕け、その機能は停止した。
今は魔力の流れも遮断されている。
周辺に存在する無事なコアから魔力の流れを繋げれば復旧は可能だろうが、長い年月を必要とするだろう。
何しろ周囲の地脈は焼き尽くされ、阿蘇の地は死の大地と化した。
付近のコアも機能の維持がギリギリな状態なのだ。
何より痛いのは、現状大本のコアでしか、ダンジョンコアに成長する魔石を作り出せなかった事だ。
恐らく元の機能程度まで回復するには、千年単位での時間が必要になりそうだった。
全く、なんてこった。
(……ふて寝でもするか)
(良いのですか?)
(機能回復位なら、ダンジョン機能が自動でやってくれるさ。それまでこの地獄のような光景を見続けるのは、気が滅入るだけだ)
(そういう物なのですね)
こうして、俺達はコアが回復するまで、一時休眠する事にした。
それが何時のことになるのか、回復するまでは判らない。
(……次に目覚める時は、世界が変わっているだろう)
(良い世界になっているといいですね)
意識が沈む。音も、光も、感覚もない。ただ、彼女の意思だけが俺の傍にあるのを感じる。
こうして俺たちは、長い眠りにつくのだった。




