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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~  作者: Mr.ティン
伍章 飛鳥時代 ~律令国家の萌芽と仏教の普及~

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壬申の乱は、甥と伯父が争う骨肉の争いだった

スサノオとアマテラスが、前鬼と後鬼として使い魔生活を送っている頃、宮中では大事件が起きていた。


(……帝が崩御したのか)


乙巳の変に始まる大化の改新と、この世界では白村江の戦いを勝利に導いた天智天皇の崩御だ。

斉明天皇の崩御後なかなか即位しなかった俺の生前のと比べて、天智天皇は早々に即位した。

そのためこの世界では天智天皇の在位は長く、白村江の戦いも在位中に起きている。

その天智天皇が崩御し、宮中では再び皇位継承問題が発生したのだ。

とはいえ、この件に関して言えば、俺は手を出す気などない。

手を出さなければ、自然な本来の歴史の流れに近くなるはずだ。


(……いかんな、先の生身の時期を引きずっているようだ)


皇位継承争いは、骨肉の争いそのものだ。

正直に言えば、見ていて気分のいいものではない。

ただ、行く末だけは気にかけておく必要があるだろう。


(確か、この継承争いは、『古代日本最大の内戦』なんて言われているんだったか)


そう、戦の規模としては、宮中の主要な豪族を二分する戦いになるはずだ。


(確か……壬申の乱、だったか)


正直なところ、飛鳥時代に関しては、大化の改新以外あまり記憶に残っていない。

データベースを参照して、ようやく大友皇子と大海人皇子、二人の皇子が相争ったということを改めて知ったくらいだ。

ただし、この争いの勝者が行った政策は何となく覚えているので、そういう意味では重要な争いなのだろう。


(一応は見届けるか……)


俺は動物の目や、ダンジョンコアのシステムから各皇族の動向を呼び出し、この争いを観察することにした。



【大海人皇子】


近江の都、大津宮。

冬の冷気が宮殿の回廊を這うように流れる中、我は兄・天智天皇の寝殿を後にした。

思い起こされるのは、兄の表情だ。

先の百済再興の戦では、精力的に指示を繰り返していた姿が、今では見る影もなかった。


(兄上は、もう長くはあるまい)


神仏への祈祷も、一時体調を持ち直すにとどまっている。

いかな神仏であっても、時に限界はあるということだ。


「殿下……」


たおやかな声に振り返ると、そこには額田王がいた。

月光に照らされた彼女の横顔は、かつて我が愛した頃と変わらず美しい。

だが今は兄の妃。

我らの間には、もう越えられない一線がある。


「額田王殿」

「お顔の色が優れませんね。陛下のお加減が……」

「ああ」


我は短く答えた。


「兄上の病は重い。もはや時間の問題だろう」


額田王は悲しげに目を伏せた。

彼女もまた、宮中に渦巻く不穏な空気を感じ取っているに違いない。

この年、兄上の病状が悪化するにつれ、宮中では次期天皇を巡る暗闘が激しさを増していた。

中心にいるのは、兄上の嫡男・大友皇子だ。若く聡明で、すでに太政大臣に任じられている。

だが、我には分かっていた。

この流れは、我を排除するための布石だと。


「殿下……くれぐれも、お気をつけください」


額田王が囁くように言った。

彼女の瞳には警告の色がある。

宮中の誰もが知っているのだ。

大友皇子を支持する中臣鎌足の一族が、我の存在を疎ましく思っていることを。



その年、兄上が崩御された。

我は寝殿で、兄の亡骸と向き合っている。

かつて共に国を治めた盟友。

蘇我入鹿を討ち、大化の改新を成し遂げた同志。

百済の王族を庇護し、かの地にて唐なる国の大軍を退け、新たな百済を打ち建てたその偉業。

そして──額田王を巡って心に棘を残した相手。


「兄上……」


様々な思いが心内に浮かぶが……今はそれに浸っているわけにはいかぬ。

背後より、足音が響いていた。


「大海人皇子」


声を掛けてきたのは、大友皇子だった。

整った顔立ちに、若さ故の自信と傲慢が滲んでいる。


「叔父上、父上の遺詔により、私が帝位を継ぐこととなりました」

「……そうか」

「叔父上には、吉野で仏門に入っていただきたい。それが、父上の、そして私の願いです」


吉野。都から遠く離れた山深い土地。事実上の幽閉だ。

我は大友皇子の目を見据える。

この若者は本気だ。

我を政治の舞台から追放し、確実に権力を掌握するつもりなのだ。


「分かった……吉野へ向かおう。それでよいのだな?」


我は答えた。

大友皇子の顔に安堵の色が浮かぶ。

だが、我の内心は荒れていた。

このまま黙って引き下がるわけにはいかぬ。

この国の未来が、あの若者に任せられるとは、思えぬのだ。

その想いを抱えたまま、我は吉野へと旅立った。



我は表向き仏門に入り、静かな日々を送っているように見せかけていた。

だが実際には、密かに各地の豪族たちと連絡を取り合っていた。


「大海人様」


側近の舎人が報告に来た。


「東国の豪族たち、特に尾張氏が味方してくれるとのことです。それに伊勢の国司も」

「よし」


我は頷いた。


「伊勢が味方になる意義は大きい。伊勢神宮の後ろ盾は何より心強いのだから」


この国を治めるには、武力だけでは足りない。

神々の加護、そして民の声もまた必要なのだ。

確かな力を持つ仏の道と、古よりの神々の庇護こそ、我が立つには欠かせぬものであった。

額田王からも密書が届いた。


「近江の宮では、大友皇子が急速に体制を固めております。中臣の一族が要職を占め、あなた様の味方をしていた者たちは次々と遠ざけられています。どうか、ご自愛を」


彼女は今も我のことを案じてくれているのか。

それとも、単に国の行く末を憂いているだけなのか。


……いや、どちらでもよい。

いずれにせよ、もう待てぬのだ。


時期を見計らい、俺は吉野を発った。

向かうは東国。

そこに活路がある。


「貴方様、本当によろしいのですか?」


妃の鸕野讃良皇女が心配そうに問うた。

皇族としても、良き伴侶でもある彼女は、我の最も信頼できる相談相手だ。


「ああ。このまま座して死を待つわけにはいかん」



俺たちは東国を目指した。

東国には俺を支持する豪族が多い。

そして何より、宮中から離れた地であればあるほど、兵を集めやすい。

離れすぎれば、逆にまつろわぬ者たちの領域となり、この身も危うくなるだろうが、伊勢や尾張はそこまででもないのだ。


途中、伊勢神宮に立ち寄り、我は祈った。


「天照大神よ……この戦、国の行く末のためなり。どうか加護を」


果たして、この身に何らかの加護が宿るのが分かった。

これは、天啓であろうか?

我が甥よりも即位するにふさわしいと?

加護は心中にあった迷いを断つかの様であり、その事実に我は震えた。


この加護により、神宮の神官たちは、我に味方すると決めたようだ。

これは余りにも大きい。

神々の支持を得たということは、民の心も掴めるということだ。


さらに東国に入ると、予想以上の反応があった。

尾張氏の当主が言った。


「大海人様こそ、真の帝でございます。我らは喜んでお味方いたします」


美濃の豪族も続いた。


「近江の朝廷は、地方を軽んじております。大海人様なら、我ら地方の声も聞いてくださるはず」


次々と集まる兵。

わずか一ヶ月で、数万の軍勢が集まった。


一方、近江の宮でも、大友皇子が動いていた。

彼は急いで軍を編成し、我を討とうとした。


「叔父上を討ち取った者には、褒美を与える!」


大友皇子の檄が飛ぶ。

だが、彼の周りには中臣氏ばかりであり、地方の豪族たちの支持は薄い。

また数少ない大友皇子に与する地方豪族も、関を抑えた味方豪族により檄が届かず、動くことはなかった。


そして両軍は、美濃と近江の境で激突することとなった。



運命の日が来た。

瀬田の唐橋。

近江の海(琵琶湖)から流れ出る瀬田川に架かるこの橋が、決戦の地となった。

この橋を制した方が、近江の都、大津宮へと進める。


軍に先立ち馬を進める我に、村国男依が報告に来た。


「殿下、敵は橋を焼き落とそうとしています」

「させるな。あの橋は我らが近江に入る唯一の道だ」


我の軍は、大友皇子の軍を圧倒していた。

数でも、士気でも。

術においてさえ、伊勢の神官を始めとした術者が、大友側の軍の術者を抑え込んでいる。


この戦いの最中、我は額田王のことを考えていた。

彼女は今、大津宮でこの戦況を知り、何を思っているだろうか。

額田王と我、そして兄である天智天皇。

我ら三人の関係は複雑だった。

かつて我は額田王を愛し、彼女もまた我を慕ってくれていた。

だが、兄が彼女を望み、我は身を引いた。

それは正しい選択だったのか。今でも分からない。

ただ一つ確かなのは、額田王がどちらの側にいようと、彼女は決してこの戦いを望んでいないということだ。


「進め!! 我と共に!!!」


我の号令で、兵たちが橋に殺到した。

大友皇子の軍は必死に防ごうとしたが、多勢に無勢だった。

やがて、橋は陥落した。


「大友皇子が自害されたとのことです!」


先を行く兵から報告が入った。

その知らせに、我は目を閉じた。


甥を死に追いやった。

いかなる理由があろうとも、これは我が背負うべき咎であろう。

これは勝利なのか、それとも悲劇なのか。

骨肉の争いの果てに、果たしてより良い国はあり得るのか……。

だが、もう後戻りはできない。

兵を起こさねば、自害して果てたのは我の側であっただろう。

故にこそ、我は進むのだ。



我は飛鳥浄御原宮で即位した。


「天武天皇、万歳!」


群臣の声が響く。だが、我の心は複雑だった。

兄を裏切り、甥を死に追いやり、多くの血を流して手に入れた位。

これを正当化できるのは、我がこれから何を成すかにかかっている。


額田王が俺の前に進み出た。


「陛下」

「額田王……我は」

「何もおっしゃらないで。分かっております」


その美しい顔に、憂いを浮かべながら、彼女は毅然と俺を見つめた。


「この国を、どうか正しく導いてください。それが、天智天皇の、そして大友皇子の願いだったはずです」


彼女の目には涙が光っていた。だが、その涙は非難ではなく、期待の色を帯びていた。


「約束しよう……この国を、誰もが平等に暮らせる国にする。律令を整備し、中央集権を確立し、強い国を作る。そのために我は即位したのだ」


そして我は心に誓った。

兄上、大友よ。お前たちの死を無駄にはしない。必ずや、この国を繁栄させてみせる。

額田王よ。お前が俺に託した期待に、必ず応えてみせる。

それが、この血塗られた皇位を正当化する唯一の道だ。


これから、俺の治世が始まる。

それはこの国が、真の意味で一つにまとまる時代の始まりでもあった。

空を見上げると、雲間から光が差し込んでいる。

我はそこに天照大神の姿を見た。


「天照大神よ。この国を照らしたまえ。そして我とこの国に、正しい道を示したまえ」


風が吹き、我の衣を翻した。

そうだ、日の照らす本にこそ、この地はある。


「ああ、そうだ。この地こそ、日乃本。日本なのだ」


我は宣言した。

この地こそ、日本なのだと。

宣言を言祝ぐように、陽光は我らを、宮を照らし続けていた。

今週少し投稿が滞る見込みです。

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