表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~  作者: Mr.ティン
壱章 旧石器時代 ~人類の流入~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/60

旧石器時代の親バカ概念

「ウホ、ホア?」

「ホホウア」


俺――いや、今この瞬間の俺は、原始人に酷似したモンスター『ワイルド・ケイヴマン』だ。

原始人とほぼ同じ感覚を持ち、生活できるまさしくアバター(写し身)。

こんな存在を即興に近い形で生み出せるほどに、俺のモンスター生成能力は成長していた。


この1年、おれは偵察用のスカイアイ・レイヴン──カラスや、ワイルドラット──野ネズミ以外にも、多くのモンスターを生み出して来た。

その全てがダンジョン周囲に居る野生動物に、視界等の強化を施したようなものだった。

実際、この場所が古代の日本だと仮定して、いきなりドラゴンのような強力なモンスターを出したところで意味は無いと感じたのだ。

それよりも、モンスターを生み出す機能が、それほどの拡張性を持っているのか、それを検証する方が有意義だ。


その成果が、このワイルド・ケイヴマンに現れている。

毛皮を纏い、毛むくじゃらの顔を持ち、手には魔石の穂先を持つ槍を握っている。

その姿は、ダンジョンに戻ってきた原始人たちとほぼ同じ。

だからこそ、彼らの前に姿を現した時、最初に起きたのは『警戒』だった。


「ウホ……?」


槍を持った男――以前からリーダー格と見ていた戦士が、俺を睨む。

その目は、獣を見定める狩人のそれだった。

俺がモンスターであることを見抜いた訳ではないだろう。

ただ、見慣れぬ者が自分たちの縄張りに現れたことに対する、当然の反応だ。


もっとも、仮にいきなり襲い掛かられても、このアバターは傷一つ無く彼らを制圧させられる性能がある。

体の中心に埋め込んだ特別製の魔石は、十分すぎる程の魔力を身体に循環させていて、強靭さ頑強さを引き上げているのだ。

その上、原始人達は長旅の末に以前取り込んだ魔力をすっかり失っていた。

広がったダンジョン領域をここまで進んできたとは言っても、この短時間では魔力もろくに取り込めず、俺に向けられた槍の穂先は、アバターの皮膚を貫けないだろう。


それでも俺は、敵意を見せないようにゆっくりと槍を地面に置いた。

このアバターを作ったのは、敵対する為ではない。


「……ウウ」

「アウホ」


丸腰になった俺に、槍戦士に斧戦士、そして火を持つ戦士は、それでも警戒を続けていた。

どうやら獣や敵といった括りからは外れたようだが、警戒を解くまでは行かないのだろう。


「ウホウ……?」


その時、後ろから他の原始人達が、数人の女性なども含めて近づいてきた。

出口付近で様子を窺っていた他の原始人達が合流してきたようだ。

彼等も俺の存在を見て驚きはしているが、どうも好奇心が勝っているように見える。

特に女性陣は俺を見て、何かを短く囁き合っていた。

そしてしばらくの話し合いの末、方針が決まったのか、槍戦士の肩に手を置き、短く言葉を交わす。


「ウアウ、ホウ」

「………フウ」


槍戦士は眉をひそめたが、やがて槍を下ろした。

どうやら、女性陣の意見が通ったらしい。


(……なるほど、あくまで中心は母系なのか)


俺はそのやり取りを見て、彼らの社会構造の一端を理解した。

狩りや移動の際には槍戦士が指揮を執る。

だが、平時――集団の安全や生活に関する判断は、子を産み育てる女性たちが担っているようだ。

既にうろ覚えな俺の生前の記憶の中にある、人類学の知識とも一致する。

母系社会の萌芽とも言える構造だ。


そういえば、母系集団の中で成人の男は、集団を離れて単独行動するようになる場合がある。

そうして放浪した末に、他の集団に新たな血として遺伝子の多様性を確保する、だったか。


(つまり、このアバターは彼女達のお目にかなったと言う事か?)


まあ実際、この集団の狩人達より体格が大きく、槍を向けられても動じない俺は、優秀な血をもたらす者と判断されたのだろう。


(……いやまて。モンスターって繁殖できるのか?)


まだ検証していないモンスターの機能が脳裏に過る中、原始人達がコアの間でくつろぎ始める。


こうして俺のアバターは、原始人たちの集団に受け入れられた。

少なくとも、敵ではないと判断されたのだ。




集団に加わってから、俺は彼らの言葉――というより「音声信号」の意味を解析し始めた。

ワイルド・ケイヴマンとしてのアバターは、彼らと同じ発声器官を持ち、同じような音を発することができる。

そして、魔力による補正で、彼らの発言に含まれる感情や意図を読み取ることが可能だった。

これは、実はカラス──スカイアイ・レイヴンでも確認済みだ。

野生の鳥類、特に同種と言えるカラスの鳴き声の意味を何となく理解できていた。

恐らく、モンスターの感覚を通すと言うのが、一種の翻訳機として機能するのだろう。

そして、カラスと比べ原始人達の『言葉』は、さらに複雑だった。


警戒や驚き、安心や呼びかけ。

喜びや悲しみ、怒りに恐怖。

そして、親愛。


そんな風に、短い声の意味が少しずつ解ってきた。

もちろん、完全な言語ではない。

だが、彼らの意思疎通は、表情や動作と組み合わせることで、十分に機能していた。


「ウ!」

「ウウ?」


こんな風に。


どうやら俺は集団の中で年若い女性の一人のターゲットにされた様だ。

彼女だけ、俺との距離が妙に近い。

今もどこかで拾ったらしい艶やかな石を、俺に差し出している。

彼女は士格のリーダーである槍戦士と、集団の中心であるあの毛並みの良い女性の娘であるようだ。

そのせいか、今もビシビシと槍戦士からの視線がアバターに突き刺さっている。


(初めに警戒していた時より視線が厳しくないかな!?)


まるで仇を見るレベルの視線にさらされたアバターに、俺は耐え切れず意識のリンクレベルを下げた。

これで、俺の意識は岩の側が主になる。

一方のワイルド・ケイヴマンの側は、意識のリンクレベルを下げた際、傍目から見ると茫洋とした感じになり、頼りなく見えるらしい。

一層槍戦士の視線が厳しくなるのが、ダンジョンコアとしての感覚でわかる。


(原始時代から親馬鹿って存在して居たのか……)


同時に、集団の中心の女性からの、呆れたような視線が槍戦士に向けられるのも察知した俺は、何時の時代も変わらない家族の光景になんとも微妙な気分になっていた。




俺が集団に加わってから数日。

俺は彼らと共に、狩りに出ることになった。

獲物は、森の奥に現れた大型の草食獣――古代のシカの一種だ。

動きは早いものの、仕留めれば毛皮や肉、そして角を道具に加工できるなど獲物として優れている。


「ウアウ!」


槍戦士が声を上げ、狩りの開始を告げた。

集団の男たちが槍を構え、森へと踏み込んでいく。

これが、このアバターの初陣となった。


(さて、見せ場だな)


俺の手にある槍は、魔石の穂先を持つ特製品だ。

黒曜石よりも硬く、魔力の補正で切れ味も鋭い。

そして、俺自身の身体能力も、モンスターとして強化されている。


獲物を見つけた瞬間、俺は大きく振りかぶり、腕を振って槍を獲物に投げつけた。

槍はすさまじい勢いで宙を引き裂き、獲物の首に突き立つどころか貫通し、その命を一瞬で奪う。


「ホアアア!」


獲物が悲鳴を上げ、地面に倒れる。

その様に、他の男たちが呆然とした声を上げる。


「ウホ……ホウ……」


無理もない。俺の投げた槍の飛距離は、他の狩人達の倍に近い。

最後方に居たはずの俺の槍が、誰よりも先に得物を貫いたのだ。

これには、ここまで俺に厳しい目を向けていた槍戦士も、あっけにとられ……何か苦い物でも飲み込んだような表情で頷いた。


(……今、何か決定的な判断をされた気がする)


一方他の男たちは、浮かれた様だ。

こうして俺のアバターは、狩りの中心として認められていった。




その夜、獲物を囲んで焚き火が焚かれた。

女たちは肉を焼き、子供たちは骨で遊び、男たちは槍を磨く。

俺も同様に焚き火の傍で槍を磨き、そして鋭さを確かめるように、おもむろに地面に突き立てた。

実のところ、この魔石の槍はただ魔力の補正により鋭いだけではない。

ある機能を実験的に付与した、ある種のマジックアイテムだった。


(……よし、地下のエネルギーの流れに接続可能だ。魔力の精製も……一応できるが、微量だな。試作品みたいなものだから、これは仕方ないか)


魔石の穂先と俺の胸部に埋め込まれた魔石は、魔力的に繋がっている。

穂先を大地に突き刺すことで、地下のエネルギーを吸い上げ、魔力を補充できるのだ。

これは、このアバターをダンジョンの領域外でも長期運用するための機能だった。


(これで、領域外でも数年は活動できる。それに、他の土地で新たなコアを作るのにも役立ちそうだな)


ダンジョンの領域拡大は、この1年順調ではあったものの、既に限界も見え始めていた。

今の俺の身体であるダンジョンコア一つでは、魔力の精製や領域の管理に限界がありそうなのだ。

それを解決する方法は幾つかあるものの、その一つが新たなコアの作成だ。

この穂先のように、地下のエネルギーにアクセスできる魔石なら、引き出したエネルギーで成長させて新たなダンジョンコアに出来る。


(そのためにも、このアバターには旅が必要だ)


原始人たちは、獲物を狩り尽くすと、次の土地へと移動する。

それが彼らの生活様式だ。

そして、俺もその旅に同行し、大地のエネルギーの豊富な場所を見つけ、新たなコアを作り出す。

俺はダンジョン領域拡大の、次のステップに踏み出そうとしていた。




数日後、集団は荷物をまとめ、旅立ちの準備を始めた。

骨や皮、火打石、食料――必要なものだけを持ち、不要なものは焚き火にくべる。

子供たちは母親に抱かれ、男たちは槍を背負う。


「ウアウ!」


槍戦士が声を上げ、出発を告げる。

集団が動き出す。

俺も、その中に加わった。


(さて、次はどんな土地が待っているのか)


俺の視界は、広がる草原の先を見据えていた。

この旅が、俺にとって新たな観察と学習の機会になる。

原始人たちの文化、言語、生活――それらを理解することで、魔力の拡散と地脈の安定化に繋がるヒントが得られるかもしれない。


そして、ダンジョン領域の拡大。

魔石の槍は予備も含めて数本準備した。

旅先に良い場所があれば、新たなダンジョンコアを設置していきたいのだ。

俺は振り向いて、威容を示す火山を見る。

今俺の身体があるこの火山は、地下に豊富なエネルギーを抱えている。

それは魔力精製に役立つが、同時に何時弾けるか判らない危険な場所でもある。

万が一のことを考えれば、コアは複数各地に散らしておいた方が良いだろう。


そして何より、俺はこの世界を知りたい。

かつて人間だった俺が、岩となり、ダンジョンコアとなり、今は原始人の姿で歩いている。

この奇妙な転生の意味を、少しでも掴みたいから。


(よし、行こうか。俺の旅は、まだ始まったばかりだ)


こうして、ワイルド・ケイヴマンとしての俺は、原始人たちと共に新たな土地へと歩みを進めた。

魔石の槍を握りしめながら、俺はこの世界の鼓動を感じるために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ