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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~  作者: Mr.ティン
伍章 飛鳥時代 ~律令国家の萌芽と仏教の普及~

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役小角は修験道の開祖である

【役小角】


拙の名は役小角。

拙は、葛城の地にて生を受けた。

母の産声とともに、風が山の尾根を渡ったと聞く。

幼き日の記憶は断片的で、母の手の温もり、父の背に揺れる稲の匂い、そして夜ごとに聞いた古い歌の声だけが残っている。

村の者たちは拙を「変わり者」と呼んだが、それは間違いではない。

草木のざわめきに耳を澄ませ、石の冷たさに祈る童であったからだ。


まだ年若き頃、拙は仏の名を覚え、経を唱えることを教わった。

だが、拙の心は生まれ育った地を囲む山々の奥へと向かっていたのを覚えている。

山はただの地形ではない。そこには古い神々の息遣いがあり、石や水や風がそれぞれの言葉を持っていると感じていたのだ。


やがて拙は、ある僧院の門を叩いた。

多くの経典がそこにはあり、拙は多くの事柄を学んだ。

海を渡った先の地からもたらされた最新の経典までもが、そこにあった。

しかし、何かが足りない。

安寧と慈悲だけでは、人は救われぬのだという確信があった。

時に厳しさ、怒りのような激しさもまた必要なのだと。

次第に拙の心は、静謐なる僧院の中ではなく、年若き時と同じく山々へと向かうようになっていた。


その頃、僧院の外の世界では大きな変化が起きていた。

都から届く書簡には、大化の改新の名が記され、律令の話、権力の移ろいが淡々と綴られていた。

別の書簡には、海の向こうで起きた異国との大戦の報があり、異国で過ごす過酷さと国の行く末を案じる文が並んでいた。

拙はそれらの書簡を読み、外界の騒ぎを知る。

海を越えた先の戦の煙はこの地の空には届かないが、言葉は届く。

人の世の変転は、僧院の静けさの中にも影を落とした。


ある書簡にはこうあった。

「朝廷は新しき法を定め、諸国の役を改めんとす。民の暮らしは変わらずとも、権の流れは変わるであろう。」

別の書簡は、外つ国に備える施設の建設と、その守り手となる防人を西の地へ送り込む旨が記され、護国のため仏法の加護を願う文で結ばれていた。

拙はそれらを読み、祈りの意味を深く考えた。

仏の教えは人の心を救うが、山の力は人の枠を超える。

両者は対立するものではなく、拙の中で一つに溶けていった。

故に拙は僧院を出て、山中に身を寄せることを選んだ。

人はそれを修行と呼ぶ。


険しき山々は、拙を嘲ることなく、しかし容赦なくその過酷さで拙の身を削った。

だが、これこそが真に心身を研ぎ澄ます禊となろう。

その確信が、拙に一つの行動を取らせた。

ある夜、山の谷で朽ちた祠の前に座り、拙はただひたすらに経を唱えたのだ。

祠の奥には扉があり、地の底へと続く道がある。

時に魔穴と呼ばれるこれは、その内より人の益となる獣が現れるとされた。

声は岩に吸われ、谷の闇が濃くなる。

すると、地の底から低いうなりが上がり、黒い影が拙の前に姿を現した。

人の形をしているが、その目は地獄の罪人を焼く炎のように燃え上がり、その身は僅かな布が覆っているのみ。

何より、その額には二本の鋭い角があった。

魔穴は古よりこの地にあったが、このような異形が現れるという話は聞いたことがない。

恐らくこれは、自然の霊力と拙の内なる恐れが混ざり合い、罪人を責める地獄の官吏、獄卒の姿を取ったものなのであろう。


だが、拙は恐れずに経を続けた。

恐ろしげではあるものの、その燃える眼には確かな知恵の光がある。

異形はしばし拙の声に耳を傾け、やがて膝を折った。

拙を覆い隠さんほどの巨躯であり、その内には溢れんばかりの力が満ちているのが分かる。

それでもこの獄卒は、仏の言葉たる経を聞き、拙に帰順を示したのだ。

なるほど地獄の獄卒もまた仏に従う官吏に等しく、仏の言葉たる経を敬っている。

故に拙に従ったのであろう。


拙はこの異形──鬼と契約した。

契りは言葉ではなく、互いの力を認め合う沈黙の中で結ばれる。

鬼は地獄の獄卒の面影を持ちながら、山の根や水脈を知る者でもあった。

いずこで得た知恵なのだろうか?

疑問に思うも、鬼は深くは語らず、ただ必要なことのみを拙に告げた。

恐らく、人々が仏の教えの一部として地獄の獄卒を信じたように、この鬼は拙の信仰と自然の狭間で生まれた存在なのであろう。

拙はそれを使役することとした。

魔穴より生まれし者の使役──これは、使い魔と言うべきであろうか?

そして拙は、この鬼に名を与えることとした。

拙の前に立つ、鬼。

故に前鬼と。


吉野の山中に、地の底へと続く深き穴があると聞いたのは、旅の僧が残した短い書簡の断片を見たときであった。

書簡には戦の報せや朝廷の動きが綴られていたが、末尾に「吉野の山中にて、未だ誰も奥底に至らぬ魔穴在り」とだけ記されていた。

その言葉が拙の胸を突いた。

拙は前鬼を引き連れ、吉野山中へと向かった。


件の魔穴は、山中の奥深く、古びた廃墟の傍にあった。

恐らく廃墟は、古の集落であったのだろう。

しかし、魔穴も含め何者かが破壊の限りを尽くしたかのようであった。

この地では、時に獣は天地の気を取り込み異形となることがある。

この地はそのような異形が現れた結果なのやもしれぬ。


拙は、廃墟に一時読経を捧げると、壊れかけた魔穴の入り口をくぐった。

魔穴は想像よりも深く、入口は苔むした岩戸のようであった。

時折目に入る裂け目は、大型化した異形の爪痕のようである。

中へ入ると空気は冷たく、息は白くなった。

拙は穴の最奥へと進んだ。


道中は、苦難の連続であった。

枝分かれした通路の先から、拙を試すように獣が現れ、前鬼に打倒されていく。

そのような脅威がなくとも、枝分かれした通路は拙の行き先を迷わせた。

しかし、前鬼は拙を先導するかのように地底奥深くへと進んでいく。

そして、拙は至った。

地の底への道の最奥。

魔穴の主であるかのような、巨大な岩が鎮座するその部屋に。

この部屋には、山野の気が満ち満ちているかのような、目に見えぬ巨大な何かの存在を感じた。


故に拙はここで荒行として読経を捧げることにした。

拙は日々一心に経を唱え、前鬼は拙の背後で見張り、時折姿を見せる獣を退けた。

そう、魔穴の中では怪異が無尽蔵に湧いて出る。

通路やここまでに通った部屋、更にはこの最奥の部屋であっても、唐突に獣が現れるのだ。

影のようなもの、囁く風、石の裂け目から這い出る小さな獣のようなもの――だがそれらはすべて、拙が使役する前鬼が退けた。

前鬼は獄卒のごとき冷徹さで怪異を押し返し、拙の祈りの場を守った。


荒行を続けたある夜、拙はいつものように経を唱えていた。

声は岩を震わせ、穴の奥深くへと沈んでいく。

すると、足元から冷たい震えが伝わり、やがて大地の底で流れる大きな力の流れが拙の胸に触れた。

それは水のように滑らかで、火のように熱く、風のように自由だった。

拙はその流れに身を委ねることを恐れなかった。

鬼は拙の側で唸り、しかし手を出さなかった。

流れは拙の内へと入り込み、拙の言葉や思考を越えていった。

流れの一部が拙に流れ込むと、世界の輪郭が揺らいだ。

山の声が言葉になり、石の記憶が映像となって脳裏に現れた。

拙はこの世にない知識に触れた。

草木の根が語る古い系譜、風が運ぶ遠い国の名、星の運行が刻む時の律動――それらは人の言葉では説明しきれないものだった。


拙は驚きと歓喜で声を上げたが、経は止めなかった。

むしろその声が経と一体となり、拙の内外を貫いた。

力が流れ込んだ瞬間、拙は人の枠を超えた。

知識は単なる情報ではなく、身体の一部となった。

拙は山の道を歩くとき、どの石が崩れやすいかを感じ、どの水脈が清らかかを見分けることができた。

鬼は拙の使い魔であると同時に、拙の鏡となった。

彼が撃退する怪異は、拙が触れた大地の声の反映であり、拙の祈りはそれらを鎮める術となった。


その日から、拙は修験の道を歩み始めた。

修験とは単に荒行を重ねることではない。

山と仏と人が交わる場所であり、拙が得た力は人々を導くためのものだと知った。

都の書簡は変わり続け、戦の影は消えない。

しかし拙の穴の中での体験は、拙に確かな道を示した。


前鬼は今も拙の側にいる。彼は獄卒の面影を残しつつ、山の精霊として拙に仕える。

更にはもう一体、幾分小柄にして女性の容姿を持つ鬼も、拙は使役していた。

拙は経を唱え続ける。声はやがて村々へ、山々へ、そして人の心へと届くだろう。

拙の触れた大地の流れは、拙だけのものではない。

これから出会う者たちに分け与え、共に歩むための力である。

そうして拙は、役小角として、修験道の端緒を掴んだのだ。



【アキト】


今、俺の目の前には、荒ぶる神がいた。


(うおのれ弟よ! そこを代われえええ!!!)


その名はツクヨミ。

生前は知恵に秀で政の王子なんて呼ばれていた知恵者だ。

もっとも、今の姿を見たら、決してそうは思えないだろう。

彼は今、嫉妬に狂っていた。


その原因は、俺の部屋に映し出された三つの姿。

術者──役小角と、その使い魔である二体の鬼──前鬼と後鬼。

問題は、その前鬼と後鬼だ。

修行として山岳を進む役小角は、時折その内に秘めた膨大な魔力を狙い、怪異が襲ってくることがある。

その怪異を撃退しているのが、前鬼と後鬼。

特に前鬼の戦闘力はすさまじい。

巨大化した怪異を難なく打倒し、時にはその巨体を投げ飛ばすことまでする。

なぜそのようなことができるかと言えば……。


(いやー、やっぱり身体を動かすってのは良いな!!)


前鬼とは、スサノオが己の身体として作り上げたアバターだからだ。

かつて俺が教えた技術を完全にものにしたスサノオ相手に、生半可な相手では手も足も出ない。

そしてもう一体、女性の姿を持つ後鬼の中身はというと……。


(こういう直接的な術って、あまり使ったことがないから新鮮ね!)


此方は、アマテラスが己の身体として作り上げたアバターなのだ。

役行者が契約し使役した前鬼と後鬼は、この世界での場合スサノオとアマテラスがその正体なのである。

どうしてこうなったかと言えば、スサノオの気まぐれだ。

ある時、スサノオが彼方此方を見回っていると、強力な力を持つ術者──役小角が修行しているのを見つけたらしい。

何となくこの術者のことが気になったスサノオは、俺のように人型のアバターを作り出そうとしたのだとか。


ここで一つ、問題が──いや、ある種の仕様が判明した。

スサノオが人型のアバターを作ると、額に生えるのだ──角が。

スサノオにとって操るのに相性がいい動物が、牛しかなかった影響だろうか?

ともあれ、そんな自分のアバターの様子を全く気にしなかったスサノオは、役小角の前へと姿を現して──人間と思われていない事に気づいて、愕然と膝を折ってしまったらしい。

もっとも、その後自分の姿の恐ろしさや、その恐ろしい姿を気にもしていない役小角を気に入って、護衛を務める事にしたのだとか。


(いや、何だかこいつと一緒に行くと、良い感じに暴れられそうな気もしたからな!)


とはスサノオの言だ。

その後役小角の荒行は続いて、最終的に魔力に触れた際、俺達もその存在に気づけたと、そういう話になる。


そこで騒ぎ始めたのは、アマテラスだ。

要は俺のアバターでの活動を見て、自分も人の身体を久々に実感したいと思ったようだ。

そして役小角が荒行を続ける中、丁度良くスサノオ同様の契約の流れにできるタイミングがあり、女性の姿の鬼──後鬼になったのだ。


元々姫巫女をしていたアマテラスは、術法について慣れ親しんでいた。

その為役小角が成す術法をドンドン覚えて、今では仏教式の術さえ容易く操れるようになっている。

そう言った訳で、二人は術者に使役されながら、変異した怪異相手に民を守る日々を過ごしていた。


(……それは良いのだけど、残されたツクヨミがなあ)

(うおおおお! 姉上の隣に、何故私は居ないのか!? ぬうううう何たる悲運!!)

(……いや、お互い中身は姉弟なのは判っているだろうから、そういうのは無いと思うぞ?)

(ふぉおおおおおおお!!)

(ツクヨミちゃんはぜんぜん聞いてないわねえ)


残されたツクヨミは、見事なまでにシスコンをこじらせて、仮想空間でのたうち回っていた。

俺の生前の記憶を元にしたデータベースで、前鬼と後鬼が夫婦であるという説を見つけてしまってから、ずっとこうだ。

なだめてみるも、全く収まる様子がない。


(……実体のない仮想の身体だから、幾らうるさくても鼓膜は無事なのが救いかな)

(暴れてるから、仮想のお部屋が散らかるのはイヤよ?)

(……そうだな)


そんな現実逃避をしつつ、俺とハルカはツクヨミをどう黙らせるか、思案を巡らせるのだった。

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今、俺の目の前には、荒ぶる神がいた。 (うおのれ弟よ! そこを代われえええ!!!) その名はツクヨミ。 生前は知恵に秀で政の王子なんて呼ばれていた知恵者だ。 もっとも、今の姿を見たら、決してそうは思え…
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