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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~  作者: Mr.ティン
伍章 飛鳥時代 ~律令国家の萌芽と仏教の普及~

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法隆寺は世界最古の木造建築群とされる

【厩戸王】


奇妙な男だと思っていた。

ちぐはぐな男だと思っていた。

秦河勝を名乗る男を、我はずっとその様に思っていた。


思えば、初めて会った時からそうであった。


「殿下。御身の身を守るため、側役を連れてまいりました」

「そなたが河勝か。その名は聞き及んでいるぞ」

「光栄にございます、殿下。お初にお目にかかります秦氏の河勝と申します」


大叔父殿──蘇我馬子が連れて来たのは、彼よりも幾分年上に見える男であった。

秦氏と言えば、大陸の流れをくむ氏族。

だが、その優秀さは聞き及んでいた。

良く書を嗜み、また武は地の底の道──魔穴より現れる獣達を容易く一蹴するらしい。


だというのに、顔つきはごく普通の民草の様である。

疑問に思い聞けば、川に壺に入ったまま流されているのを拾われたとか。

奇矯な話もあったものであるが、その見ず知らずの赤子を長じるまで育て、家督を譲った先代の秦氏の長も酔狂に過ぎる。


「いや、まあ。その通りだとは思いますな」

「そなた、自分で認めるのか」

「事実ですので」


物言いも奇矯である。

この様な者、他の下人にも舎人にも居らぬ。

扱いに困る男であった。



我がこの男をちぐはぐだと感じたのは、訳がある。


(……この男からは、八百万の神々と御仏、両方の力を感じる)


我の傍付となった男からは、二つの力を感じたのだ。

この地に古くから在り、森羅万象としてある八百万の神々。

その中でも、地の底奥深くに流れる巨大な力の大河。それと同質の力の気配を、我は感じている。

同時に、その力には御仏の碁石もあるように感じられた。


我が身は生れ落ちる前より、御仏と共にある定めを背負っている。

誰かに言われたのではなく、初めからそうと判っていた。

この身の行く末も、何を成し何が出来ぬのか、如何様にして果てるかまで、全て。

だというのに、あらゆることが少しづつズレていく。


皇位を巡り、物部と争ったあの戦。

アレは、あのような形では起らぬ筈であった。

勇猛なる守屋の奮闘は有れど、ただ一つの屋敷を落とすだけの乱でしかなかった筈。

それが、明確に戦となった。

そこで我は見た。

我に見えていた先々が、様相を変えていく様を。


その中で我は──合戦の初戦にて、守屋の矢を受け、息絶える。

流石に、心の臓が冷え、恐ろしくて震えた。

死ぬことを恐れたのではない。為すべきことを成せぬうちに死ぬのを恐れたのだ。

我が身は、御仏の道をこの地に導くために生まれたのだから。

その為の道筋は見えている。だが、我が死に事も見えている。

厄介なのは、何が起きるのかは解っていても、何時起きるかは定かではない事だ。

その為、身構える事も出来ぬ。

しかし、それもまた変わった。


「む?! ……済まぬな、河勝」

「いえ、これがこの身の役目なれば」


見えていた光景、守屋の矢が我を貫いた、そう思う寸前、河勝がその矢を叩き落したのだ。

護衛として配される故に、凄腕とは予想していたが、これほどとは!

そう思うほどに、河勝が秘めていた力は人知を超えていた。

恐ろしいのは、他の者達は今の攻防に気付いていなかった事だ。

我は直接狙われたことで察したが、そうで無い者は守屋の今の矢が余りにも速かったが為に、何が起きたのかも理解していなかった。

その矢を目にも止まらぬ槍さばきで叩き落し──いや、矢の勢いを全て殺したのか、これは──我が身を守った河勝。

見た目は良くも悪くも普通の民であるだけに、余計奇妙に感じる。


(御仏から遣わされた何者かであろうか?)


似たような事が数度あり、その念は一層強くなった。

その為、我は戦のあと、河勝と深く話すこととしたのだ。


「河勝。そなたは何を望む? 我の側役として何を求める?」


此度の河勝の働き、大叔父殿に伝えれば秦氏は発言力を増すであろう。

元より外つ国の流れをくむ者達だ。

それらを束ねる蘇我の覚えが良くなれば、利は大きかろう。


ただ、その様な答えを返さないであろうことは予想できた。

その身に大地と御仏の加護の気配を纏う者だ。

尋常ならざる答えを言い出しかねぬ。


「望み……さて、どう言ったものか」


河勝を名乗る男は、数呼吸ほどの時を悩んでいたようであった。

やがて、その顔を上げた河勝は、我にこう告げた。


「人の世を見たい。そう思いまする」

「見るだけか」

「はい。そのためには、今のこの位が何とも都合がよく」


何とも欲深く、何とも無欲な事だ。

皇族の側役など、下人や舎人ではおよそ上り詰め得る最上位に近い。

その立場を、ただ世を見る為に使うとは。

だからこそ問わずにはいられなかった。


「……何のために見る?」


そう告げた時、河勝は酷く悩み始めた。

それこそ一刻程も。

その末に、ようやく河勝はひところひねり出して見せた。


「楽しむために」

「楽しむ、か。無欲な事だ」

「いいえ、いいえ。楽しみなくば、心が死にます。故に、楽しみを求めずにはいられぬのです」

「……仏や神々でもか」

「…………」

「そなたは、そのようなモノでは無いのか?」


初めて会った時から、我はその様に思っていた。

この身と同じく、仏や神々と縁あるものか、そのものだろうと。

確信をもって見つめ続ける中、河勝は確かに一つ頷いた。

同時に、我に見えていた先々が変わっていく。


それどころか、真の果てさえも見通せたのだ。

故に、我は河勝を名乗る男へと告げた。


「頼みがある」


この日よりもはるか先に起きる一件。そこでの助力を。

我が未来の家族を守るために。



【アキト】


今更だが、厩戸王はとても優れた人物だ。

大陸からもたらされた書を何度も読破し、その知識を己の身にしている。

その中には、易経なども含まれるせいか、厩戸王は時折未来を見透かしたような言葉を放つことがあった。


あの時もそうだ。

丁度丁未の乱が終わったあたりの日に急に呼び出された俺は、遥か未来の話を語られ、今日この日の門だけは俺が守らないと多くの者達が死ぬと告げられたのだ。

正直色々驚いた。

厩戸王がそんな予知じみた力がある事や、俺を側近として高く評価していると知ったから。

とは言え、『未来の家族を守りたい』そんな願いを言われたら、まかりなりにも臣下である今代の俺のアバターは張り切るしかない。


「鍛錬しておるのか? この老いぼれ相手に押しし負けるなぞ、恥ぞ?」

「何をしている!! もっと多くで攻めるのだ!!! あの爺を殺せといっているのだ!!!」


ヘイト管理もかねて指揮官相手に挑発すると、一気に激高し始めた。

そしてその程度の指摘で平静を欠くとか、蘇我氏も人材確保に苦労しているのかね?


「通さんよ。ほれ」

「「「おわー!?」」」

「な、なんだと!?」


なんて考えつつも、俺は押し寄せてくる兵達を、ポンポンと投げ捨てる。

以前スサノオの生前で散々に披露した、相手の体内のベクトルを操って投げる技だ。

今は相手の呼吸や体内の気を離れた場所からでも乱して、触るまでも無く投げ捨てられる様にまでなっている。

俺に近づいた時点で何かに跳ね飛ばされたように吹き飛ぶのだ。

対抗するには、自分自身の気を操れる技量が必須。

いくらこの国の兵が化け物じみているとはいえ、そんな相手は多くない。

その為、兵は面白いように吹き飛んでいく。


「ええい、かまわん! 塀を越えよ!!」

「「ハッ!!」」

「むっ、土塀を越えるつもりか」


だが、まがりなりにも蘇我氏の抱えた将と兵だ。

優先順位を間違えず、門を守る俺を攻める兵とは別に、斑鳩寺を取り囲む塀を乗り越えさせようとする。

門を守る俺を迂回して、目的である厩戸皇子とその家族を殺害しようというのだろう。

だが、奴らは、御仏の加護を甘く見ている。


「な、入れん!?」

「この先に進めぬぞ!」


見れば、斑鳩寺を取り囲む壁の上に、仏像が放つ後光の様な輝きを持った壁が現れたのだ。

寺の周囲に在る壁に沿って展開されているそれは、実際に触れる壁らしく、兵達の進攻を妨げていた。

コレを突破するのは難しい。唯一門の部分だけは光の壁は無いものの、そこには俺がいる。


ある意味、詰みだ。


俺さえ倒せば、恐らく史実通りに厩戸王の悲劇がやってくる。

だが、今日の俺は誓いで動いていた。

一人の男として、厩戸王の側近として、彼の願いをかなえようと力を尽くす。


その時だ。


斑鳩寺を取り囲む軍勢の背後から、ざわめきが生まれた。

見れば、殆ど飛ぶように半ば空中を駆ける伝令が居たのだ。


(アレは、蘇我氏の……)


魔力による強化は、時に空中さえも駆けさせる。

その手の魔力での強化に秀でた者は、こうやって伝令を任されることが多い。

そして、そんな伝令はまさしく虎の子なのだと。

決して刺客に貸し与えられるような物ではない。

あの伝令は蘇我氏にとっても重要な存在だ。


そして、運ぶ情報も。


「急ぎ蘇我本邸へ撤退せよ!」


伝令から情報を受け取ったらしい巨勢徳多に土師娑婆連二人の指揮官が、即座に撤退を始めたのだ。

伝令は上空でその様を見届けると、即座に別の場所へと去って行った。


(……まだこれからっていう時に、何が起きたんだ?)


俺はまだ十分に余力があったが、撤退したのなら仕方ない。

こうして、騒乱の夜が終わりを告げたのだが、一夜明けたその時、俺はあの伝令が何を伝えたのかを知ることになった。


蘇我蝦夷の、死だ。


何よりも、その実行犯に驚いた。

蝦夷を殺害したのは、蘇我入鹿。

そのまま蘇我氏の長となった、狂乱の者だ。

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