仏教の伝来は、早い場合で538年とされている
仏教の伝来は、早い場合で538年とされている。
丁度、世界中が天候異常で混乱している真っ最中の頃だ。
一部の伝承や寺伝で、百済の聖明王が仏像や経典を送った年とされているのが538年になる。
もっとも、それは公的な話だ。
それ以前に私的な形で仏像や経典を持ち込む事例はあったかもしれない。
例えば、渡来人だ。
俺の生前の世界では4世紀末から5世紀初、5世紀後半から末などの時期に多くの渡来人の流入があったとされているし、実際今の世界でも同様だ。
その中には、既に仏教に傾倒していた者も居るだろう。
他にも、僧の日本入りという点では、扶桑略記などで記述された司馬達等という僧が居る。
彼は522年に大和国高市郡坂田原に、草堂を結び本尊を安置したとされているのだ。
これは公的な仏教の伝来よりも前に、既に日本に仏教が入り込んでいた証だと言えるだろう。
つまり、何を述べたいかと言うと……。
(……動いているな、仏像)
(動いているわねえ、仏像)
俺とハルカが覗き見ている先で、持ち込まれた仏像が妙にキレのある動きで動き回っていた。
魔力や信仰を受けた像は、動くのだ、この国では。
仏教が伝わったのは、大王の政治的中枢である宮が、今でいう飛鳥村に存在していた頃だ。
長く続く天候不順による凶作と、その対策として各地で動員される神職達。
これは、政治的にも大きな混乱をもたらしていた。
特に大きいのが、蘇我氏と物部氏の対立だろう。
物部氏は、古くからの神職を庇護し勢力を纏める勢力。
それも、元をたどればナガスネヒコに与していた勢力の流れだ。
イワレヒコに帰順し、ヤマト政権に参画したその勢力は、数世代を経てしっかりと政権内で発言力を持っていた。
何しろ、元々武力に秀でていた系譜だ。
とくに山地のダンジョンで手に入る強力な武具を背景とした、軍事的な実行力はヤマト政権の中でも随一といえる。
また同時に、古くからの神職を束ねるようにもなっていた。
祭司としては大王がトップに居るのだが、ツクヨミの生前である政の王子として推し進めていた神職の育成を、いつの間にか担っていたのだ。
古くからの神道と、武力。この二つが、物部氏の基盤となっていた。
一方で、蘇我氏は朝鮮からの渡来人の技術力を背景に勢力を増した勢力だ。
養蚕と機織りや須恵器に漢字などの新しい技術は、ヤマト政権にとっても大きな利となった。
これらを抑え、また大陸との窓口としての役を担っていた蘇我氏は、旧来物部氏に追いつくほど勢力を拡大していたのだ。
どちらも国家運営には欠かせず、だからこそそれぞれの基盤を背景に勢力争いをしていたと言えるだろう。
実際、この世界でも同様だ。
そしてここには魔力も絡む。
古くからの神の教えは、実際に奇跡を伴う実行力を持ち合わせている。
だが、この世界では外から入ってきた技術も、魔力に馴染んでしまえば直ぐに力を発揮するのだ。
例を言えば、渡来人が持ち込んだ技術の内で、養蚕と機織りがある。
蚕の繭から絹を取り、布を作るその技術だが、その蚕も魔力によって変異した個体が現れた。
それも、幾つもの種類が居る。
例によって大型化し、小型犬や家猫程度まで大きくなってしまった種。
食べるものが桑の葉だけではなく金属にも及んで、超強度の金属糸を生み出す様な種。
大型化したあげくに、ヒトをその足でつかみ、指示に従い優雅に飛び始める種まで居る。
最後の種を見たときは、
(……蚕である意味とは? 飛べる蚕とは……?)
とひとしきり悩む羽目になった。
もちろんそう言った特殊な種が生む絹糸は、通常の絹糸とは別に珍重され、様々な用途に用いられている。
他にも、所謂土器から陶磁器への変化の途中にある須恵器の技術なども同様だ。
魔力をふんだんに帯びた土と炭で1000℃以上の高温で焼き上げられる須恵器は、生前のセラミックスレベルの硬度を持ち合わせているらしい。
まだ作り手自身もあまり理解していない様子だが、この技術が発展していって各種の焼き物にまで発展したら、どうなるか想像もつかなかった。
そして、仏像だ。
個人レベルで既に仏教の教えなどが入り込んでいたために、仏像や経典が正式に持ち込まれた時には、すでにそこには神秘が宿っていた。
更に言うなら土偶よりも仏像は人型に近い。
その結果、
(あれ、魔石埋め込んでいないよな)
(えっと……ないわねえ)
(後光まで出ているぞ?)
(背中の所から出ているわねえ)
何故か仏像は動き出した。
それも無暗矢鱈とスムーズに。魔石も埋め込んでいないのに。
動くどころか、その背後から暖かな光さえ溢れている。
(……どうなっているんだ、あれ?)
(本当、どうなっているのかしら?)
俺はハルカと共に首を傾げた。
どうも、魔力には俺達もまだ理解し切れない何かが在るようだ。
そしてこの仏像や、経典に実際的な力が宿っていることが、日本における仏教の普及に大きく後押ししたのだ。
(光っているなあ)
(お日様みたいねえ)
幾分塵の濃度は収まってきたとはいえ、未だに太陽の光は最悪の年以前に戻り切っていない。
古くからの神職も、日の光を確保するのに苦労している。
そんな中、周囲の魔力を取り込み太陽の如き光をもたらす仏像は、民や為政者から見ても特別なものとして映ったようだ。
ヤマト政権は直ぐにこの光をもたらす教えを重用し始めたし、民たちも光を放つ像を見れば崇め始めた。
(……なるほど、こうなるのですね)
(元々この国に居る神も決して力を持たない訳じゃないが、仏教にもこうして力があると示されてしまった。俺の生前の記憶よりむしろ重視しかねないな)
俺はツクヨミたちと、飛鳥の宮で崇められ始めた仏教の様子を見て意見を交わす。
この国での仏教は、ただの精神的安定や伝統だけではなく、実際に力が発揮される。
その恐ろしさを垣間見た思いだ。
古くからの神職を基盤に持つ物部氏はいい顔をしていないが、実際ここまで力を発揮してしまうと、仏教の重用にイヤとは言えないだろう。
もっとも、神職側もまた国家をギリギリ支えていたので、完全に勢力を失ってはいないのだけれど。
(異国の僧って奴は口をあけっぱなしだけどな!)
もっとも、スサノオの言う通り、半島から渡って来た僧は混乱し続けていたが。
無理もない。
自分が持ち込んだ仏像が生きているように動き、あまつさえ衆生を救う様な光を実際に放ちだしたのだ。
それどころか読経をすると謎の発光現象や超常的な事象まで起きる始末。
混乱するなと言うのが無理な話だろう。
ただ、周囲の者は蘇我氏と物部氏の動向を気にしていて、そんな僧の様子を気にもしていないが。
そして、俺はそんな政治的な対立の状況に、時代の節目を見た。
(この国は政治的動乱期がやってくるだろうな。出来れば間近で人として見てみたいが……)
(うん? 師匠、写し身を創らないのか?)
(こうまで明確に国が固まってくると、ぽっと出で作り出した写し身では、中枢に近寄り難くてな……)
悩み処はそこだ。
今までの時代のようにアバターを適当に作って交易の民として活動するというのは、身分的に不便なのだ。
どうあがいても国の中枢には近寄れないだろうし、そろそろ生まれも重視されるようになる。
(まだギリギリ神のお告げが有効そうだから、写し身用の家系でもでっちあげるか……?)
神からの言葉として、次にやってくる旅人を重用せよ、などと告げるのは、出来なくもない気がする。
とはいえ、いきなり現れた者を宮の中に入れはしないだろう。
何かいい手は無いものか。
(……では、アキト様。このような手はいかがでしょう?)
ひとしきり悩んでいた俺に、一つの案を提示したのは、生前から知恵に優れるツクヨミだった。
(……なるほど、上手くしたら、往けるか)
(幼少から育てられたのなら、その家の者とされましょう)
(たしかに……)
俺は、ツクヨミの提案に乗ることにした。
そして……。
ドンブラコッコドンブラコ
俺は今、川を下っていた。
場所は、大和の国の泊瀬川。
洪水後らしく増水した中を、プカプカと浮かびながら。
「あう~(……家系ロンダリングの為には仕方ないとはいえ、大丈夫なのか、コレ?)」
壺の中に入れられた、赤ん坊として。
「あうあ~(ダメだったらリトライするとは言え……良い人に拾われたいものだなあ)」
大木の際は除外するとして、久々のアバター身体になる。
それも赤ん坊の身体と言うのは、ダンジョンコアになって初めての経験だ。
ある意味新鮮で、同時に頼りなさがとてつもない。
これで思惑通りに、この地方の豪族に拾われなかったらどうなるやら。
「うあ~(とりあえず参内できる程度にはなりたいな……あとは、ツクヨミの頼みか。どうしたものか……)」
俺の思惑をよそに、川の水はゆっくりと流れ、そして引いて行く。
この後俺は、流れに導かれるまま、三輪神社のほとりに流れ浮くことになるのだった。




