宋書倭国伝に曰く、倭の五王は宋へと朝献し官爵の授与を求めた
(全く、酷い目にあった……なんなんだ、あの木は)
ヤマト政権が成立したのを見届け、同時に巨木からも解放された俺は、ハルカと二人きりで過ごしていた。
俺をあの木に縛っていたイザナギとイザナミには、罰代わりに海底のコアネットワークのペースを上げるように伝えているし、三姉弟は成立したヤマト政権や国内の事を任せてある。
つまり、じっくりと二人きりでしばらく過ごせるという事だ。
魔力の流れの中に疑似的に肉体のイメージを作れるようになってからは、こうして過ごすのが基本になっていた。
解放された実感と共に、肉体のイメージで伸びをする。特に意味はないが気分の問題と言うやつだ。
何しろ、木になるのは初めてだった。
ほぼ動けないというのは、精神的な負荷がかかるらしい。
そうこうしていると、ハルカが何かに気が付いたらしく、困惑の色を浮かべた。
(あの、アナタ。その木なのだけど……)
(うん? どうした?)
(……枯れちゃったみたい)
(は? どういう事だ、これは?)
ハルカの言葉に、コアの機能を立ち上げる。
するとそこには、全ての葉を散らし色褪せ、膨大な自重に耐え切れず倒れた巨木の姿があった。
(どうしてこんな事に……いや、なるほど)
あの木が巨体を維持するためには、魔力の供給が不可欠だった。
それも天を突くほどの規模になると、ダンジョンの一部に根を張った程度では足りない。
ダンジョンコアの膨大な魔力の流れから、維持に必要な魔力を直接吸い上げていたという事だ。
コアに突き刺していたあの根こそ、巨木の生命線だったのだろう。
魔力を貯蓄する魔石を保持していたり、巨大化したクマの様に魔石を経口摂取していれば話は別だったのだろうが……。
(……あの木にとっても、この一件は不幸な事故だったな)
それほどの魔力を強烈に吸い上げる力は、俺を縛り続けただろう。
俺がそれに甘んじる気がない以上、当初ハルカが言っていたように、俺が解放される為には木を犠牲にするしかなかった訳だ。
あの根を斬った時点で、木は死んだも同然だった。
(だから、あの時言ったのよ。魔力に還した方が良いって)
(そうだな。とは言え、完全に消滅させたら、今よりももっと酷い事になっていただろう)
巨木が枯れたせいで、あの木を神と崇めていた民が混乱している様子が見える。
ただ、地盤にまで届いていた根は健在で、直ぐには失われる様子もない。
魔力に還して消滅させるより、周囲の被害はマシになっているはずだった。
(……しかし、俺を引き留める程の魔力の吸い上げか。他の巨木ももしかして似たような状態で、魔力をかなり吸い上げているのか?)
(えっと……そうみたいね。似たような大きな木はみんなコアに根を張っているわ)
(えぇ……まじかー)
実のところ、日本全国に似たような巨木は数本あった。
その全てが俺を引き留める程に魔力を吸い上げているのだとしたら、その魔力量はかなりのものになる。
とは言え……、
(急いで答えを出さなければいけない話でもないか)
意識を木に宿そうとしない限り、大きな問題でもない。
何しろ、今現在コアネットワークの魔力は、膨大なものとなっているのだ。
(俺がいない間も、しっかりと働いていたようで何よりだ)
(そこは、ほら、ワタシが見ていたから)
(助かるよ、ハルカ)
俺は、半透明な地球儀を浮かべて、海底のコアネットワークの状況を見た。
俺が居ない間にもイザナギイザナミ夫婦によってネットワークは順調に拡大し、今では環太平洋造山帯と呼ばれる地帯全てにコアがある。
このエリアは、地球上の火山の約75%が存在していると言われ、大陸プレートの境目だ。
それでだけ膨大な地下エネルギーが存在している訳で、その全域にコアを配置したおかげで、今魔力の供給は凄まじい事になっている。
地上にコアがあるのは日本だけで、あとはすべて海底にある。
その為精製した魔力の殆どはネットワークの維持と海水への拡散で消費されてしまうものの、それでも余剰魔力だけで十分すぎる程だ。
(一応、日本以外の内陸にもコアを配置したいが……どうしたモノかな)
(今まで、何度かアナタが実験していたのに、上手く行かなかったものねえ)
俺の役目──破局噴火の防止のためには、出来るだけその期間がある火山の近くにコアを配置したい。
しかし、地上にコアを配置すると、魔力が地上に満ちる。
そんな魔力の中から数々の変異した動植物が発生してきた事実を踏まえると、安易に海外の地にコアを配置するのははばかられた。
(どんな悪影響が出るか判ったものじゃないからな……)
正直なところ、ダンジョンとして生成するモンスターは、此方の制御下にある為安全といえるのだ。
むしろ何がどう変異するのか分からない野生動物の方が恐ろしいまである。
何しろ……、
(どんどん人外魔境化しているんだよなあ)
(アナタが手助けしなければいけなかった、あの蔦の塊みたいな?)
(ああ、あれも放置していたらヤバかったな)
イワレヒコを襲ったあの寄生植物は、周囲の魔力を根こそぎ奪う性質があった。
まだ生物だけ襲って寄生していたが、アレがもしコアに寄生するような変異をしていたら危なかっただろう。
もちろん変異は植物だけの話じゃない。
国内のとある山岳を拡大すると、そこには翼を持った人型の姿があった。
頭が烏で背に翼を持ち、手足があるその姿。
まだ服などを着ていない為印象は違うが、コレはあれだ。
(烏天狗、だよなあ)
生前で見聞きした、妖怪の一種に見えた。
恐らく烏の変異体なのだろう。
頭も良いらしく、ヒトに近い判断力を既に持ち合わせているように見えた。
(カラステング?)
(ああ、そんな存在になるのだろう。
生前の知識では、烏は元々5~8歳児程度の知能があると言われていた筈だ。
変異して様々な能力が引き上げられた結果、羽の一部が手の様に変化し、更に知能も上がったらしい。
(もう少し時代が過ぎたら、修験道を学び始めるのだろうな)
まだ日本国内に仏教が入ってきていないが、もう少し時代が下れば想定通りに入ってくるはずだ。
烏天狗と聞いて思い浮かべる姿は、山伏──つまり修験道の修行者の姿。
山岳を神聖視する修験道と、山岳に住まう変異動物は、相性が良さそうに思えた。
他にも水辺には亀かもしくはカエルから変化したらしい、甲羅を背負った人型なども見える。
(こっちは恐らく河童、か?)
(取っ組み合いをしているわね……)
水辺で過ごしている複数の姿には、流石に乾いた笑いが出そうになる。
他にも二足歩行を始めた狐や狸など、後の時代にどんな有様になるのか想定しやすい動物は数多い。
(もう収拾がつかないな、これは)
日本国内で既にコレなのだ。
海外に魔力をばらまいたら、一体どうなるか想像もつかない。
(日本はもう、手遅れだから仕方ないとはいえ、海外は控えるか……)
原始時代に俺はコアの範囲を広げたが、それは役目として仕方なかったとは言え、魔力の仕様を理解していなかったからでもあった。
環太平洋沿岸部の火山に対しては、海底のコアネットワークからほぼ干渉可能で、致命的な噴火を予防できる見込みがあった。
小規模な火山なら破局噴火の心配は無いし、規模の大きい火山の場合マグマ溜まりの規模も相応にあるためだ。
それでも要注意な内陸の火山は存在する。
北米にあるイエローストーンなどは、破局噴火を引き起こす可能性がある火山の代名詞と言えるだろう。
生前の知識でもうろ覚えに効いたことがあるレベルなのだから、その被害は計り知れない。
こっちに関しては、魔力による変異動物の問題も無視して実行すべきだろうが、これはこれで別の問題がある。
(問題は、かなり内陸にあるせいで、沿岸部からコアのネットワークを伸ばしきれない事か。ハワイと同じく、コアを置いただけでは意味がない)
今までの実験で、魔力の流れが繋がっていないと、コアだけ配置しても制御できない事が判っている。
太平洋プレートの中心にある火山島のハワイがいい例だろう。
鯨型のモンスターでコアを運搬できたのは良いものの、海底から延ばした魔力のネットワークに接続できなかった為、コアは機能していない。
イエローストーンの場合、地上にあるため魔力の拡散は海底ほどではないが、とにかく距離がある。
(俺の生前でもまだ噴火はしていなかったのだから、猶予はあるだろうが……その内に方策を考える必要があるな)
一応幾つか手を考えてはいるものの、実行すると問題があるものばかりで、現状では如何ともし難い。
(とりあえずは、保留だな)
おれは一旦それらを横に置くことにした。
一方で、時代はどんどん進んでいるようだ。
(ううむ、やはり文字と言うのは有用ですね。私の生前でも、もっと取り入れて居れば)
(口頭だけではどうしても不正確になるからな。国を運営していくなら、記録は重要だ)
ツクヨミが、ヤマト政権の直近の様子を見て唸っている。
何かと言えば、大陸から本格的に文字──漢字を取り入れ始めている様子を眺めているのだ。
コアの一部となった事で文字の概念は早々に理解していたものの、実際国家として運用を始めたことに想う所があるのだろう。
(大陸か……今は、南北朝だったかな?)
(その様です。その南側である宋とやり取りしているようで。冊封を受け、権威の裏付けとしているようです)
北側は鮮卑族が興した北魏で、南側の宋は東晋の将軍が興した軍帰属中心の国だったか。
確か、正史である宋書には倭国伝として日本の記録もあったとされていた筈だ。
この辺り、大陸側は順調に史実をなぞっているらしい。
(となると、直に仏教の伝来が来るのか)
(……大陸の教えにして、神ですか。既にこの国には八百万の神が居る以上、本当に広まるのですか?)
(そこは……どうだろうな? 広まる理由も一応あったらしいが、俺の生前での話だからな)
(広まる理由? それは一体?)
ツクヨミの疑問に、俺は思案する。
何が起きたのかは知っている。ただ、原因は明確になって居なかった筈だ。
だから、端的に応える事にした。
(太陽が力を失う時が来る。人類最悪の年、そう呼ばれる年が)
(人類最悪の、年?)
長らく温暖だった時代が、一気に寒さに覆われる。
直接的では無いものの、日本に仏教が広まる要因になったと推定される大災害が、ゆっくりと忍び寄ろうとしていた。
書き溜めが尽きた……




