毛深いゾウはマンモスだけではない
野ネズミの視界の先で繰り広げられる原始人たちの狩りは、俺の想像を超えていた。
(……何だ、あの動き)
原始人なのだから、現代人を超える身体能力を持つだろうとは予想をしていた。
例えばチンパンジーなどの筋力は、生前の成人男性を遥かに超えるものだったと記憶している。
だから、ゾウに匹敵するようなクマ相手でも、集団でかかれば倒せるのだろう、そんな風に予想はしていた。
だが、目の前の原始人たちの動きは、何か違う。
最初に槍を投げた戦士がクマの肩に深く突き刺し、次に斧を持った者が横から飛びかかって脚を狙う。
クマは咆哮を上げて暴れるが、原始人たちは怯まず武器を手に襲い掛かる。
その一つ一つの動きが、妙に鋭い。
「……ウ?」
奇妙なことに、戸惑っているのは原始人達も同じだった。
自身の動きが想定以上であるような……。
(……いや、待てよ? これは、魔力か?)
そこで俺は気が付いた。
原始人達から、微かな魔力を感じる事に。
俺はダンジョンの機能を立ち上げた。
(確か、魔力についての詳しい説明があった筈だ……これか)
俺が精製する魔力について、先に確認した際はダンジョンの機能への影響を確認しただけだった。
だが魔力の説明には更に続きがあった。
(魔力を生物が取り込めば、その機能を強化したり特殊な能力を発現する特性があるのか)
ネズミの視界の先、鋭すぎる動きでクマを圧倒する原始人達。
魔力の説明の結果が、その光景だった。
(あいつら、ダンジョンコアの前でしばらく過ごしていたものな。短い期間とはいえ、俺が精製する魔力を全身で取り込んでいたようなものか)
ゲーム的な表現で言うなら、原始人達は魔力というバフを得たような状態であるのだろう。
元から身体能力が高い原始人達にとっては、僅かな補正でも大きな効果がある訳だ。
そして、それは動きだけに留まらない。
「ゴアァァァ!」
死に瀕して狂乱したクマがそれまで以上の勢いで爪を振るった。
元より巨大なクマの一撃だ。受ければ死を免れないだろう。
「ウガッ!? ………ウ? ウウ??」
裂けきれずに爪を受けた原始人は、しかし吹き飛ばされた先で生きていた。
纏っていた毛皮は引き裂かれている。しかしその下の身体は、重傷を負っているが生きていたのだ。
(身体強度や生命力そのものも上がっているって事か。魔力の影響は大きいな)
結局、クマの抵抗はそれが最後だった。
大振りになった隙を突き、戦士が石槍をクマの眉間へと突き立てる。
幾ら巨体のクマと言えど、眉間を貫かれ脳まで破壊されては、どうしようもない。
クマは最後の咆哮さえ上げられず、地響きを上げそうな勢いで倒れ伏した。
「「「「ウホァァァァ!!!」」」」
原始人達が勝利の咆哮を上げる。
こうして、俺が目にする初めての戦いは幕を下ろしたのだった。
俺の本体がある『ダンジョンコアの間』に、解体されたクマとゾウの死骸が運び込まれてくる。
先に繰り広げられた戦いは、あくまで狩りだ。
それも、ゾウとクマという大物の獲物同士の戦いから漁夫の利を得た形で、この集団がしばらく過ごすのに十分な量の食料などを得たことになる。
とはいえ、俺の興味は今のところ其方にはない。
(ダンジョン内なら、魔力を取り込んだ生き物を解析できるのか)
せっせとクマやゾウの素材を運び込んで来る男達。あるいは、運び込まれてくる素材に目を輝かす女子供。
それらに意識を向けると、情報が読み取れるようになってきたのだ。
(まだ魔力の蓄積量が足りないせいか、断片的だな)
俺の前に表示されているのは、丁度コアの間に解体したゾウの足を背負って来た男の能力だ。
確か、初めにダンジョンを覗き込んでいた二人のうち、石斧を持っていた方の戦士にあたる。
(名前は……表示されないな? まだ名前の概念が無いのか、魔力の蓄積が足りないのかどっちだ? 後は……能力値? こっちはモロにステータスだな。素の能力と魔力による補正値に分かれているのか)
ダンジョン機能のように、俺にとって分かりやすいように表示されているそれは、まさしくステータス画面だ。
性別や名前に、各種能力値や扱える技能の習得度等が表示されていた。
この斧戦士は力に優れているパワータイプの様で、反面他の男たちと比べて器用さは劣るらしい。
どおりで先ほどから重量物ばかり運んでいる。
(魔力の補正値は、比率強化なのか。全体的な底上げもあるみたいだな。それと……)
今度は、男が着ている毛皮に意識を向ける。
すると、同じようにステータス画面が立ち上がった。
(こんなことも出来るんだな。コレは、鹿の一種の皮か)
ダンジョン機能を確認していて気が付いたのだが、俺は自分の領域であるダンジョンの中の魔力をある程度操作できるようだ。
そうやって操った魔力を物品に浸透させていくことによって、魔力を取り込んだ原始人達と同じように解析できるらしい。
またそうやって魔力を浸透させると、物品の強度や素材特性も強化されるようだ。
そして、斧戦士が纏う毛皮には、既に僅かながら補正値が発生していた。
(クマの一撃を受けても致命傷にならなかったのは、これも一因なのかもしれないな)
コアの間の片隅で横たわり、原始的な傷の手当てを受けている男。
クマの最後のあがきを受けて致命傷にならなかったのは、身体能力以外にも僅かながらの装備の強化が影響していたのかもしれない。
(色々判って面白いな。今度はアレを調べてみるか)
次に俺は、今運びこまれたばかりの素材に意識を向け、魔力を浸透させる。
剥ぎ取られたばかりの毛皮。あの色合いは、恐らくクマの方だろう。
(どれどれ……お、これはちょっと詳しく解るな。名称は、ドウクツグマの皮……?)
ドウクツグマというと、確か俺の生前では絶滅していた生き物だ。
洞窟の奥などで多く骨が見つかった事から、その名前が付けられたらしい。
現代のヒグマやグリズリーを遥かに凌ぐ体格を持っていたとされ、最大で体重が1tを超える様な個体も居たと言う話なので、先ほど見た大きさにも頷けると言うモノだ。
確か、古代の壁画にもその姿が描かれているとか。
(しかし、ドウクツグマと来たか。この世界は、俺が生きていた世界に近いって事なのか?)
単なる異世界ファンタジーな巨大なクマの可能性も考えていたが、絶滅した古生物だったとは。
となるとやはりこの世界は、元々俺が居た世界に近いか、ほぼ同じと言っていいのかもしれない。
(じゃあ、こっちのゾウはもしかしてマンモスか?)
俺は次に、先ほど斧戦士が運び込んで来たゾウの足に意識を向けた。
古代生物に毛深いゾウと来たら、やはり有名なのはマンモスだろう。
シベリアで氷漬けになった個体が発見されるなどして、知名度は抜群だ。
しかし、解析の結果は違った。
(ナウマンゾウ……だと?)
表示されたのは、想定外の名前。
ナウマンゾウの右前足と表示されたそれに、俺の思考は一瞬止まる。
ナウマンゾウ。長い牙と毛皮を持ち、発見者のナウマン博士の名からつけられた、マンモスと同じく絶滅種のゾウだ。
だが何より、その特徴は生息域にある。
ナウマンゾウの生息域は大陸にもあったとされているが、主に痕跡が残っているのは……。
(日本列島。つまりここは、古代の日本、なのか……?)
確信に近い推測が浮かぶ。俺が転生したのは、遥か昔の日本列島――恐らくは旧石器時代のそれではないのかと。
多分、元の世界と全く同じでは無いだろう。
既に俺という要素がこの世界に入り込んだ以上、全く同じ道のりを辿るとは限らない。
俺をダンジョンコアに据えたこの世界の担当仏も、俺の生前と同じ歴史にこの世界を辿らせようとは考えていない筈だ。
それならそうと、明確につげてくるはずだ。
だが俺に求められているのは、破局噴火などの回避程度。
他に要求は無いし、制限も無い。
(……まあ、調子に乗ってモンスターを暴れさせたりするようなら、いずれその発生元の俺を破壊しようとする奴が現れるのだろうけどな)
そこは自業自得という奴だ。
とはいえ、何をするにしても焦る必要はなさそうだ。
岩の身体の俺には、この先幾らでも時間があるのだから。
(とりあえず、地下のエネルギーを使ってどんどん魔力を精製して、外に拡散しないとな……)
そう、何をするにしても、まずは魔力だ。
俺は、『出口』付近に意識を向けた。
そこには、身動きしなくなったネズミの身体がある。
俺が『外』を見る為に生み出したワイルドラット、その死体。
僅かにダンジョン外にあるその身体からは、魔力が完全に尽きていた。
(『外』に出たモンスターが、こんなに燃費が悪いとは思わなかったな)
どうもダンジョン外では、魔力は急激に消費されるらしい。
先にクマと激闘を繰り広げていた原始人達も、狩りの終わりくらいでその身体から魔力が完全に抜け落ちていた。
原始人達の体格でそれだ。
元々モンスターとしての格が低く、野ネズミのような小さな体では、元々の魔力保有量も少ない。
ほんの少しダンジョンの外に出て過ごしていただけで、あっという間に魔力が抜け落ちてしまったのだ。
そして、モンスターは魔力無しでは生きられない。
(外の事をもっと調べるにしても、領域を『外』に広げるにしても、もっと魔力が必要だ)
ダンジョン外でも、そこに魔力があればモンスターの保有魔力は拡散しない。
今は魔力を精製し始めたばかりで、『外』へ広げていける量はないが、時間を掛ければ魔力のある領域を広げて、俺が認識できる範囲を広げて行けるだろう。
(ここが、本当に日本列島なのか、もっと調べたいからな)
まずは、自分自身の位置を確かめる。
とりあえずの目標を定めた俺は、大量の食料を確保し浮かれた様子の原始人達を眺めつつ、魔力の精製に注力するのだった。




