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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~  作者: Mr.ティン
四章 古墳時代 ~巨大古墳と大王の時代 大和政権の成立~

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日本への牛の流入は、案外早い

(まあ、運が悪かった。そうとしか言えない部分もあったか)


俺は自分自身の状況を確認する。

今までのアバターのように、この身体──大樹自体は俺の制御下にある。

ただ、植物と言うのは自発的に動かないものだ。

精々できるのは、根や枝を伸ばし、葉を覆い茂らせること位。

あとは活発に光合成をしたり、水蒸気やイオンなんかを振りまく程度か。


(無害ではあるんだよな。ただ、動けないのと、意思の接続を切り離せないだけで。それに、一番の間違いは……俺の判断ミスだからな)



そう、俺は判断ミスをした。

アマテラスに、アバターを作って意思を宿す見本を見せようとした時に、ふと目に入ったものがあったのだ。

それは、スサノオと見ていた巨大変異体の数々──その中でも、天高く生い茂る大木の系統だ。

そこには、俺が昔から良く使っていた、スカイアイ・レイヴンに似た烏が居た。

恐らく、ダンジョン産のモンスターが野生化したモノだろう。

俺は、その烏に目を付けた。


(普通は、動きやすい小動物や、ヒトを模した写し身を創る。だが、こういう既にあるものを利用してもいい)


俺は、意識を集中し、その烏に狙いを定め、意思を接続しようとして。


ゴウ!


その瞬間、突風が吹いた。


「カァ!?」

(あっ!?)


風にあおられ大きく揺れた枝に慌てたのか、狙いを定めた烏が飛び立つ。

そして俺は、


(えっ!? あ、あれ?)


誰も居なくなった枝そのものに、意思を繋げようと、してしまった。

結果。


(……植物に意思を宿すのは、初めてだな)


枝の大本、天まで聳える巨木へと意思を繋げてしまったのである。



(ここまでは、まあいい。そういう失敗もある)


意思を写し身に宿す行為で、今まで失敗したことは無かった。

当然と言えば当然だ。今までは、意思のない身体を先に用意して、そこにつなげる形だったのだ。

対象が動くなんてまず無かった。

だが今回は、ほぼ野生に近い存在に意思を宿そうと狙いを定め、それが外れただけだ。

そう言う事もある。

問題は……、


(意思を切り離せない……いや、留め置かれているって事だな)


意思を元の魔力の源に戻せない事だ。

一応、本体と言うべきものは、コアネットワークの基にある。

だが、この大樹から意思を離せない。

まるでこの木が俺を引き留めようとしているような、そんな感覚があった。


(……いや、違うな。確かに引き留めようとしている。この木……このカミの意思か?)


俺がこれまでこの国で見て来た神秘、魔力による自然の精霊化、そこからの神への変化。

その流れを考えるなら、この巨木は民に崇められ続け、神に至り意志を持ってもおかしくはない。

その神が、偶然とはいえ俺の意思と繋がった事で、何かを成そうとしているのだろうか?

少なくとも、その様な意思が働いている感覚があった。


(ただ、元が植物であるせいか、意思疎通が難しいな……信仰を受けている分、言葉などは理解している気配があるが)


俺を捕まえ、何をさせたいのか。

それが判らなければ、どうしようもない。

それに、


(アマテラス達に、意思の移し方の実演をしていた途中だったからな。向こうは、どうなっているのやら)


中途半端な形で、実演が中断してしまったのは問題だ。

こんな風になってしまって、向こうも混乱しているのではないだろうか?

そんな風に思っていると。


(……ナタ!)

(……ん?)


俺の意思に触れてくる者があった。


(アナタ、大丈夫!?)

(ああ、ハルカ。ちょっとこの身体からは離れられないが、それ以外は問題ない)


大樹の感覚が、近くに飛んできた小鳥を捉える。

ハルカだ。俺の状態を察して、小鳥のアバターを操って接触しに来てくれたのだろう。


(向こうは、どうだ? 混乱しているか?)

(驚いてはいたわよ? でも、不思議がっても居たわ)

(うん?)

(木にも宿れるのねって)

(……そこは、俺も驚いた)


普通は発想しないし、そもそも宿ったところで動けないのだから、デメリットは多い。

俺も今回の事故のような形で無ければ、意思を繋ぐことなんて無かっただろう。


(それで、どうなの? 戻ってこれる?)

(現状は難しいな……この大樹に宿るカミか、それに準じるものか……とにかく何者かが、俺に何かを頼みたいらしい。それで俺の意思を引き離したくないようだ)

(……そう。ねえアナタ、余りしつこいようなら、この子も魔力に還しても良いのではないかしら)


現状を話すと、俺のパートナーが、過激な事言い出した。

コレは珍しいな。

実際、彼女の言う事も理解できる。

やろうと思えば、この大樹そのものも魔力に返還出来る。

この木が失われれば、俺は何事も無かったかのように解放されるだろう。

だがなあ……。


(これだけ信仰を集め、意思を持つに至った神だ。流石に魔力に還すのは惜しい)


民からの信仰をこうまで受けた神だ。突然消滅しようものなら、人心は乱れてあちこちに悪影響を及ぼすだろう。

そうで無くとも、ここまでの巨木だ。

地下に張った根の範囲は広く、消滅させたら地盤が一気に緩んで大災害を引き起こしかねない。

流石に、それは拙い。


(だから、消すのは無しだ)

(……そうね。アナタは優しいから……でも、それなら、あの子達はどうするの? まだまだ教えることはあるのでしょう?)

(そうだな……アマテラスがしたという約束の事もある。その辺りも話が必要だが……)


ハルカの言う事ももっともだ。

アマテラス達には知識を詰め込んだとはいえ、それをどう生かすかの話はまだしていない。

その上、イヨとの約束を果たすために、何かをしたいと言うのであれば……。

そこまで考え、小鳥の姿のハルカを見る。


(……うん、それだな)

(それ? ああ、写し身の事?)

(ああ、ハルカも写し身への意思の宿し方は教えられるだろう? だから、あの三人に、教えてやってくれ。その上で、この木の元に三人を呼んで、色々と伝えようと思う)


ハルカとこの様に話せているのだ。出来ないはずはない。

三姉弟が写し身に意思を宿すのに幾らか時間がかかるかもしれないが、それはそれ。

その間に俺は何とかこの大樹の意思らしいモノと対話を試みてみよう。


(分かったわ。じゃあ、皆に伝えてくるわね?)

(ああ、頼む)


俺の頼みを受け、小鳥からハルカの意思が離れていく。

俺はそれを見送りつつ、


(さて、じゃあ、語り合おうか)


俺の意思を捕らえ続ける、大樹に宿った意思へと語り掛け始めた。




ハルカが動物に意思を宿した三姉弟を伴って大樹の元に来たのは、それから数日後の事だった。


(アナタ! 来たわよ!)

(アキト様、お待たせしました)

(ああ、よく来たな。皆も意思を宿せるようになって何よりだ)


ハルカは、先に来た時のように小鳥。

アマテラスは烏の姿だ。それも、三本足の。


(その烏は?)

(どうにも、私の意志と繋げられる者が見つからなくて……ようやく見つけたのが、この烏なのです)


困った様に首を傾ける三本足の烏。

なるほど、生前から彼女は巫女として能力が高かった。

そのせいで、相性というか、意思の受け手側にも相応の器が要求されたと言った所か。

三本目の足が生えるほど、この烏の魔力保有量は高い。

これほどの魔力を保有していないと、アマテラスの意思を収めきれないと言った所か。


一方のツクヨミは、梟の姿だ。


(初めは戸惑いましたが、鳥の身体と言うのも、何とも面白い)

(その姿、気に入っているのか?)

(ええ、悪くないですね)


確か、梟は良く英知ある存在として象徴化されて居たな。

そう言う意味で、生前から知恵に長けていたツクヨミと相性はいいのだろう。


そして、スサノオは……。


(何か鳥獣の類だと、この身体しか合わなかったんだ……)


蹄で地面を踏みしめる、角を持った巨大な姿

……牛だった。

それも、かなりの大型──体高5mはありそうな。


(牛か。珍しいな)


実際この日本で牛は珍しい。

一応、大陸から南方系の牛が半島を経て北九州へ渡来していたのは知っている。

稲作の伝播とともに東へ広がり、当初は農耕用や権力誇示に利用されていた筈だ。


(ただ、魏志倭人伝では、「倭国に牛馬は居ない」と記されていたのだったか)


俺のあやふや記憶を元にしたデータベースは、ダンジョン機能の強化によりアップデートされている。

本来俺が知らなかったような情報まで、今では補完できていた。

その中には、魏志倭人伝の様な大陸の記録の詳細も存在している。


(魏からの使者が見聞きした範囲では、見当たらなかったのかもしれないな)


魏からの使者は、基本海路を辿ったらしい。

となると内陸部の農耕、それも牛が必要な時期などとは合わなかったのかもしれない。


(いかんな。ちょっと意識がそれた)


古代の牛への考察は横に置こう。

スサノオが意志を宿したのは、それはもう巨大な牛だった。

角で突けば、巨大な岩も砕けるか、いっそ貫通しそうなほどだ。


(俺も姉上達みたいに、空を飛んでみたかったのだがなあ)

(そうだな……俺の意思が解放されたら、スサノオ専用の飛べる体を作ってみるか)

(本当か師匠!? 頼んだぜ!)


喜色の意思を飛ばしてくるスサノオ。

うむ、弟子の為にも早くこの木から解放されないとな。

その為には……。


(さて、皆には色々と教えたくはあるのだが……それよりも先に、あの勇士の一団について話を聞こうか)

(は、はい。アキト様実はあの後……)


アマテラスが、あの勇士──イワレヒコと言うらしい──のあの後の経過について話し始めた。

何でも、あのクナの新王ナガスネヒコと、イワレヒコの軍は度々ぶつかり合って、最後は大阪湾から遡上した先で、決戦を繰り広げたのだとか。

しかし、そこで手痛い敗戦を喫した──イワレヒコの兄が、ナガスネヒコの矢に射抜かれてしまったらしい。

この敗戦でイワレヒコの軍は大きく撤退し、また進行方向の変更を余儀なくされたようだ。


(イワレヒコの兄王子は、「日輪に向かうのではなく、日輪を背負い進め」と言い残したのだとか)

(何か意味深だな……どういう事だ?)

(そこは、あのイワレヒコのあの進軍の動機にもつながります。あの者達が元々いたクニの神が、「より良き地を治め、王と成れ」と告げたが為の進軍だとか)

(神託か。そうなると侮れないな)


アマテラスから説明を引き継いだツクヨミの言葉に、俺は同意した。

何しろ、巫女の神託と言うのは、この魔力溢れる国では予知に近い結果を呼び込む。

アマテラスや、イヨもまたその力に秀でていた。

となると、そのクニの巫女の神託も何か意味を持つものなのだろう。


(そして、その神とは日輪とも縁が深いらしく……)

(……そうか。日輪の命を受けた者が、日輪の方向に進むのは、その意に反するに近い、そういう風に捉えたのか)

(そのようです。そのため、イワレヒコの軍は大きく迂回し、この半島の南から、日輪を背負って進軍するつもりの様です)


なるほどな……それで、俺はここに囚われたのか。


(……実は、俺がこの大樹に意思を捕らえられたのも、それが原因らしい)

(は?)

(この木が、そのイワレヒコを助けたがっているんだ)

(ええっ!? そうなのアナタ!?)


ハルカの驚きの意思に、俺は枝をざわめかせ、応える。


三姉弟が来るまでに、何とか交わせた大樹に宿る意思との会話。

結果から言うと、どうやら俺は、そのイワレヒコの行軍を成功させなければ、意思を解放されないらしい。


全く、大樹の姿でなければ、肩でもすくめたいところだった。

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