とある学校の日本史授業風景 番外編 ダンジョン実習と魔石塚
生徒達のざわめきが辺りに満ちる。
小高い丘の様な地形に開いた、暗く深い穴。
ダンジョンの入口の前に、多くの生徒達が並んでいた。
クラス担任の三上が、生徒達に告げる。
「ダンジョン実習は、浅い階層迄とはいえ実戦には変わりない。護衛に式神を付けているので、術が得意な生徒は、前衛を任せる様に。接近戦を挑む場合、初撃を式神に任せ、横合いから攻めること」
三上の言う通り、生徒の隣には異形の姿がある。
生徒の安全の確保のために三上が用意した式神だ。
古い仏像が着ているような甲冑を身に纏い、そして頭部は様々な動物の物。
込められた魔力は、生徒達が潜る上層基準よりも二段階は多い。
実戦を体験させるとは言え、生徒への安全確保は念入りに行われなければならず、式神の守護はその表れだ。
「このダンジョンの上層には、遠距離攻撃を行うモンスターは居ない。とはいえ、安全マージンはしっかりとること。怪我をした場合は、治療を忘れないように」
既に班分けされ、ダンジョンに入る順番も決まっている。
速い順の生徒達は、実戦前の興奮に上気し、遅い順の生徒達は今しばらくの時間を持て余すかのようだ。
「準備は良いか? では、1班から順次入穴。何か異常があれば、式神を通じて連絡するように。気を付けてな」
三上の声に従い、順にダンジョンへと入っていく生徒達。
一方順番待ちの生徒は、様々に言葉を交わす。
「ようやくうちのクラスの番が来たな」
「順番回ってくるのが遅いんだよな」
「仕方ないよ。あんまり多く入っても実習にならないって言うし、このダンジョンは学校の占有でも無いし」
「ダンジョン専攻の高校だと、学校がダンジョン抱えてたりするんだろ?」
「そっちは大変だっていうよ? 朝から夜までずっとダンジョンに入りっぱなしの日が続くって」
「それはキツそうだな」
他愛ないやり取り。殆どの生徒達の顔に、緊張や不安の色は無い。
しかし、例外はあった。
生徒の一人は、僅かな不安と共に言葉を零した。
「実は俺、ダンジョンって初めてなんだよね」
「えっマジ!? 家族に連れてってもらった事無いの?」
「珍しすぎない?」
一人の生徒の告白に、周囲の生徒が目をしばたかせた。
「いや、両親忙しくてさ。兄弟も居ないし、あんま近くにダンジョンなかったから、一人で行くのも難しくて」
「おいおい、大丈夫かよ? モンスター殴れるのか?」
「今日はソロ実習だぞ? まあ先生の式神が居るからどうとでもなるだろうけどさ」
不安そうにした生徒の横に立つ、教師が使役する式神を見る生徒。
その顔が、何故かハムスターであることに一抹の不安が頭をよぎるも、初めてダンジョンに入るという生徒は、手にした武器を示して見せる。
「一応、それ位は。近所の武術塾で戦わせてもらったし」
「そうなん? ちょっと武器振ってみろよ」
「こう?」
初のダンジョンだという生徒は、手にした短めの槍を軽く振るう。
突き、払い、振り下ろし。
ダンジョンに入った事が無いという割に、その動きは一応の鋭さを伴っていた。
「う~ん、そこそこか?」
「なら、まあいけるのか?」
周囲の生徒の感触は悪くない、と言った所か。
「術とかスキルはつかえんの?」
「一応あるよ。固着って奴」
「ああ、足止めか。地味だけど便利な奴だ」
「だから槍なのか。相手の足を固定して、間合いの外から一方的に突くんだな?」
「うん。だからあんまり心配してない。先生が言うように、遠距離攻撃してこないなら」
告げられたスキルの名に、同じ班の生徒達は、一様に納得の色を浮かべる。
「連携とかもやりやすいな」
「パーティー実習の時とか、サポート枠になりそうじゃね?」
「でも今日は一応ソロ実習だからなあ」
その様に語らいつつも、初心者の生徒と同じ班の者達は、彼の密かな有能さに目を付けていた。
別の班では、術に秀でた生徒達が集まり、気勢を上げる。
「楽しみっすね! 術を打ちまくりっすよ!」
「あんまり規模の大きいのは止めてよね」
「派手な術式の子は良いなあ。私の何て地味で」
「アンタの術式、たしか呪殺系でしょ? エグくていいじゃない」
「みんなお手軽に術使っててズルイ! アタシ毎回踊らないといけないのに!」
「アンタの踊りはソロだと大変そうよね……」
「……うん、先生が式神を前衛に用意してくれてよかった」
炎の嵐を巻き起こせる者、狙った敵を呪い殺せる者、祈祷の為に踊る者。
共通しているのは、接近戦を得手としていない事か。
教師の用意した式神は、彼等の為にあつらえたかのようだ。
「それにしてもさー。三上っちヤバくね?」
「さらっとこの魔力量の式神全員に配ってるの、普通じゃないよね……」
「三上先生って、確か深層Ⅰ種免許持ちって話っすよ」
「えっマジで!? てっきり下層くらいかと」
生徒達は教師の意外な実力に驚きの声を上げる。
「深層Ⅰ種とか、プロとかのレベルでしょ?」
「違うって、プロはⅡ種免許の方だよ」
「そうだっけ? でも深層よ?」
「特別なダンジョン以外、全部潜れるって事だもんね」
「むしろダンジョンマニアの方向っすね、深層Ⅰ種は」
「……あ~、そっち方面かあ。何か判る」
「ね~」
生徒達の語らいは、教師を話題に盛り上がる。
その全ての会話を、傍らに立つ式神が全て聞いて居る事に、生徒達は未だ気付いていないのだった。
その日の午後。
生徒達が一通りの実習を終え、集合する。
三上は生徒達に欠員や怪我した者が無い事を確認し、一つ頷いた。
「本日のダンジョン実習は、ここまでとする。全員怪我は無く、問題は無かったようで何よりだ」
そこでふと、教師の三上は思いだしたかのように、ダンジョン横にある地形を示した。
「余談だが、ダンジョンの周囲を囲むように盛り上がっている箇所、そこが日本史の授業で語った魔石塚だ」
「えっこれがそうなんですか?」
ただの土の盛り上がりか、ダンジョンを囲む土塁程度に考えていた生徒が驚きの声を上げる。
「裏手に、魔石塚としてわかるように地層をガラス越しに見える場所がある。少し、移動しよう。こっちだ」
ダンジョンの入口から大きく回り込み、裏手へ。
そこには史跡を示す表示と、その由来が書かれた看板があった。
その横に、土塁を一部切り取り、その断面を直接見られる箇所がある。
積み重なった魔石と、モンスターの骨などが何層もの縞模様となって居る様が一目で見て取れた。
「このように、この周囲の土塁は、掘り起こせば、魔石やモンスターの骨などが埋まっている」
「おお~! こんな風になってるっすね」
「結構骨も多いね」
「ん~、確かに授業で行ってたみたいに、この魔石からは魔力を感じないなあ」
生徒達は地層の断面を見ながら、そんな感想を言い合った。
「授業で解説したように、大昔の人々の生活の証が此処にある。同時に、ダンジョンが古くから人間の生活と密接に関わって来た証が、ここにある訳だ」
生徒達の様子を確認した教師は、十分と見て取ったのか頷いた。
そこでふと、一人の生徒が顔を上げる。
「でも、こういうのって何時くらいに捨てられたのとか、よくわかりますよね」
「下の方が古いんだろうけど、何時捨てられたとか、こう均等に積まれるのかとかあるよな」
「ああ、それか。そう難しい話では無いぞ」
生徒の疑問に、教師は答える。
「最新の解析技術では、その元素保有量で捨てられた時期などがわかるし、そもそもこの国には魔力があるからな」
教師の言葉の意味を察したのだろう。
ある生徒が勢いよく声を上げた。
「……あ! 解析スキル」
「そうだ。魔力に染み付いた情報を読み取る解析スキルは、何もダンジョンのモンスターやドロップ品の鑑定に使えるだけではない。こうした調査にも有用だ」
そして一瞬苦い顔をした教師は、一つの実例を挙げた。
「昔、とある考古学専攻の学者が、自分の実績を積むために発掘品の偽装を行った事がある」
「そんな事があったんですか?」
「ああ。考古学とは、華々しい発掘成果を求められがちだからな。色々と追い詰められて、偽装に手を出したのだろう」
追い詰められようと、偽装は偽装だが。そう続けて教師は語る。
「他の遺跡で見つかった石器を、自分の発掘現場にあらかじめ埋め、それを発掘したかのように見せかけた。それが発覚して、学会は大騒ぎだ。今までの研究がひっくり返されかねない事態だからな」
「……あ、そこで解析なんだ!」
「そうだ。解析スキルは、沁み込んだ魔力残滓から情報を引き出す。偽装されたものを見破り、本当に各地で埋まっていた石器とを識別した。おかげで、考古学研究は立て直せたと聞いている」
ただ、教師はそこで困った様に続けた。
「その偽装した学者も、自称解析スキル持ちだったのが、偽装の発覚が遅れた原因でもあった。学者として権威のある者の言葉を覆すのは、難しかったのだろうな」
「実績を積んでる人が断言したら、改めて解析とかしないっすよ」
「そうだな。何しろその学者は、ゴッドハンドなんて異名で賞賛されていたのだから。全く、とんだ神が居たものだ」
肩をすくめる教師。
そして、話は終わりだと、生徒達を駐車場へと導く。
同じ市内とはいえ、終鈴までに高校へ移動しなければいけない。
生徒達は、実習後の興奮と心地よい疲労に身を任せながら、駐車場で彼らを待つバスへ向かうのだった。
次話より古墳時代編




