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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~  作者: Mr.ティン
間章 ~時代の間のこぼれ話~

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姫巫女の祈り

【姫巫女】


その時、私の胸にあるのは、ただひたすらの悲嘆でした。


(ああ……どうしてこのような事に……)


ワタシの手は震えていないつもりです。

だけど、背の筋に冷たい何かが差しこまれたかのよう。



もうすぐ、クナの軍勢がやってくる。

僅かになり、それでも最後までこのクニに仕えてくれる兵の報せは、明日にもこの集落に軍勢がお押し寄せると告げていました。

そう、この夜が明ければ、きっと。


(先代様……お父様は、出陣の際、恐ろしくは無かったのでしょうか。私は……今、とても恐ろしいのです)


先代の長──お父様は、クナの軍勢に立ち向かわれました。

お母様──妃巫女の守護の加護を受けながら。

ですが、クナの将はあの猛将クコチヒコ。

そしてその王こそ戦王ヒミクコ

恐るべき魔剣を手にしたかの王に、お父様は討たれたのです。

……それは、お母様が密かに予見していた通り。

お父様は、それを知っていました。

それでも、立ち向かわれたのです。


「こうするより、道は無いのだ」


そう言い残して。

お父様の訃報は、すぐさまクニに届きました。

お母様は、その知らせを聞き、崩れ落ちたのです。


「……ああ、やはり、こうなって……」


その嘆きは深く、お母様は失意に囚われてしまいました。

そしてそのまま、まるで何かが抜け落ちたかのように衰弱して、お父様の後を追ったのです。

遺されたのは、私達姉弟と多くの民が失われた、このクニ。


お父様が破れた戦は、それまでも押されていた私達の国が、まさに最後の力を振り絞ったものでした。

それでも、打ち破られた。

殆どの戦える民は、その時喪われたのです。

残った民は、私達のような年若いものか、もしくは既に戦傷を受けていたり、戦えないほど老いている者。

最早迫るクナの軍勢にとって、私達のクニはただ野草のように簡単に踏みつぶせるものに過ぎませんでした。


「姉上は逃げてくれ!」

「そうですとも。姉上が無事であれば、クニは、長の血は残せます」


弟二人は、私を逃がそうとしました。

ですが、無駄でしょう。

あの将クコチヒコと、その王ヒミクコが、私を逃すとは思えません。


「私達三人を討ってその後の多くのクニの見せしめにする。あの王はそれを望んでいるのです。逃げられると思いますか?」

「………それでもだぜ」

「足掻いてください、姉上。それだけが、我らの救いになりましょう」


その様に告げても、二人の弟の願いは変わりませんでした。

二人は、死ぬつもりなのです。

ならせめて、最後の祈りだけでも。


そう願った私は、弟二人と共に地の底へと続く道、その奥へと赴いたのです。

この道は不思議な場所。

食べられる動物が現れ、私達にその肉や、携えている道具といった恵みをくれる場所。

その奥には、大きな岩が鎮座しています。

各クニは、この様な地の底への道を抱えて、その恩恵を受けていました。

この地では、特に大地の実りを得るための道具がよく出て、それがクニを大いに富ませてくれたのです。


ですが、それは他のクニでも同じ事。

特にクナでは、他に比べて強力な武具が見つかるらしく、それが兵の強さに繋がっていました。

そして、実り豊かなこのクニに攻め入ったのです。


(お母様も、ここで何度も祈りを捧げていらしたわ……これが、私達のクニの最後の祈りになるのかしら?)


この岩に祈りを捧げる事こそ、私達のクニの最も重要な儀式でした。

お母様亡き今、次代の巫女も私が受け継がなければいけません。

幼い頃から、お母様からこの祈りの作法を教えられていたからこそ、私はこうして最後の願いを祈るのです。


(どうか……願いを受け取ってください。その為なら、私にできる全てを捧げます……)


私が願うのは、これから最後の戦いに赴く弟達と、このクニの民の事。


(どうか、弟達や今もクニに残る民に、ご加護を。その為なら私はいかようにも従います……)


それが叶わない願いなのは、知っています。

それでも、この後逃げる事しか出来ないこの身を捧げる事で、何かを為せるなら、それを願わずにはいられません。


(根の国に坐します父母の神よ……)


お母様がかつて教えて下さいました。

大岩は、地の底の大いなる神の化身であると。

地の底への道から生じるのは、父母の神がもたらす恵み。

このクニの全ては、すべてこの地の底から生じているのだと。


(この日もまた、稲穂は風に揺れ、清き水は谷を満たししております。このすべて、御身らの恵みと知り、深く深く、感謝を捧げます)


ここまで私達が生きて来たのも、全てはこの大岩のおかげ。

だから、日々の感謝を捧げなければいけない。

それがお母様の教えでした。


(……!? これ、は?)


ですが、コレはどうした事でしょう。

祈りを捧げる内に、私は大岩から何かの存在を感じたのです。

もっと大きな、大地そのもののような、巨大なナニカ。

私は、確かにそれに触れた感覚がありました。

ですが、それは大雨の後の濁流のような、ヒトが触れてはいけないものだと、私は察したのです。


「っ!?」

「なっ!?」

「こ、これは!?」


私と共に祈っていた二人の弟にも大いなる力が私を通じて流れ込んだことが判ります。

でも、同時にこれ以上触れていたら、私達は壊れてしまう!


「だ、駄目!」

「っ!?」

「うおあっ!?」


そう確信した私は、祈りを取りやめたのです。

その為力の流れは止まりました。

ですが、一度流れ込んできた力は、私達の中に確かな何かとして宿りました。

いえ、変えてしまったのでしょう。


「あ、姉上、今のは一体……?!」

「なんて力だったんだ……!」

「……この地の底に流れる、大いなる力に、私達は触れたのよ」


ああ、今なら解る。

この力は、この地の全てに満ちているのね。

地の底から、上へとつながるこの道を通って、外に。

私達のクニも、クナのクニも、山も野も、全てにこの力が宿っているのを感じました。


(……地の底の流れには、心を感じました。あれが、根の国の父母の神様なのでしょうか)


確かに感じた、二つの心。

それはまるでお父様やお母様のような……。

そんな事を考えて居られたのは、そこまででした。


「……姉上、献策があります」


静かに考え込んでいた上の弟が、何かを思いついたの。

そこからは、怒涛の様。

私達に宿った力はとてつもない物で、それぞれに得意としていたものが更に伸ばされたの。

私は、巫女としての力を。

上の弟は、その知恵を。

下の弟は、武の力を。

上の弟は、私の巫女の力の増大に目を付けました。


「今の姉上なら、鼠弾きの術のように、武器を使い手が居るかのように振るわせることも可能でしょう。そして恐らく、土の人型も動かせる」


弟は、今までの長の墳墓に並べられた土の兵士、これを私の術で動かし、兵力にすることを提案してきました。

ただの土の人形では術を籠められません。

ですが、鼠弾きに組み込んでいるように、地への道から現れる動物から得られる石を人形に埋め込むと、術が馴染んだのです。

これにより、一夜にして押し寄せるクナの軍に匹敵する兵力が生まれました。

更に、下の弟の変化もとてつもない物となったのです。


「姉上! 今の俺なら行けるぜ!」


ヒト程の大きさの岩を軽々と抱え、走れば疾風よりも早く駆けられるようになった下の弟は、あの音に聞くクナの猛将クコチヒコにも太刀打ちできそうな程。


そして、二人の弟のおかげで、迫るクナの軍は打ち払われたのです。

私が願った通りに……願いが、叶ってしまった。

そこで、私は気付いたのです。

この様な力、その代償はどれ程の物になるのでしょう?

祈りの場で、私は私の全てを捧げても良いと願いました。

でも、この様な力とクニの救いは、私一人で贖えるものでしょうか?


(そんなの、到底釣り合わない……)


だからこそ、怖くなりました。

一度救われたこのクニ、そして私の愛おしい弟達が、私の願いで失われるかもしれない、と。


だからなのでしょう。

代償を支払うべき先となる、あの力の流れに宿っていた意思──根の国の父母神様の事に気付けたのは。


交易の民のお姿でやってきた父母神様に、私は絶望しました。


(……対価を、支払うべき時が、来たのですね)


これで、このクニは無くなってしまうかもしれない。

でも、あの力の奔流を思い起こせば、抵抗など無意味。

クナのクニの軍勢よりもはるかに恐ろしい絶対的な力を前にしては、私達が得た力など朝露の一滴に過ぎないでしょう。

だから、せめて、代償は私一人で。



(そう思っていた時が、私にもありました……)

「巫女ちゃん、どうしたの?」

「な、何でもありません」


全ては、父母神様たちのお人柄を知らなかったが為の勇み足でした。

天から雨が降るのに、天は代償を求めません。

日が輝くのも、水が流れるのも、全て尊い力でありながら、そこに代償は無いのです。

地の底に流れる力も、きっと同じ。

私達に与えられた力も、その一つだったのでしょう。


あの後、父母神様は、私達のクニに滞在していらっしゃいます。

ただのヒトとして、そして私の側役として。

母神様は特に、私につききりでお世話してくださいます。

年長者が少なくなっていた私達のクニにとって、それはとてもありがたく、大きな助けになったのです。

私達がお呼びしているように、その在り様はお父様やお母様のような……。


ああ、でも、はやり。

ここまでしていただいた以上、いつかはご恩を返したい。

そう思うのです。

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