おかしな動物たち
これも、縄文時代の頃の話だ。
(やっぱり変だよな、アレ)
海底の火山を繋ぐダンジョンコアのネットワーク拡大にいそしむ中、気晴らしがてらに魔力が及ぶ領域内を見ていて、俺は首を傾げた。
意識だけの状態で首をかしげると言うのもおかしな話だが、流石に長年ダンジョンコアの意識なんてものをやっていると、肉体のイメージ的なモノを作れるようにもなってくる。
コレはハルカも同じで、首を傾げた俺の意識に意識を寄り添わせてきた。
(どうしたのアナタ)
(いやな、動物たちの変異が、妙過ぎないかと思ってな)
俺が見ているのは、とある森だ。
様々な野生動物が生息する中、木々の合間を枝にぶら下がる様に、動き回る影がある。
例の、角を腕のように動かせる鹿だ。
雲梯のように角で枝にぶら下がり、何故か前足を腕組みするような形で胸部の前で組み、無表情の筈が妙にどや顔に見える姿。
余りにも、突っ込み処の塊だ。
何をどうしたらそう言う生態になったのか、不思議でしょうがない。
魔力とは出鱈目すぎやしないだろうか?
(あと、むやみやたらと巨大化するのは何故だ……)
(……お父さんの仇のあのドウクツグマも、大きかったわね)
(それもそうだが、最近の巨大さはどうかしているだろう……)
コアとしての感覚が、とある山並みの一角に動く物をとらえる。
まるで、山が動いているかのような巨大なそれは、大型の熊だ。
四つ足状態で、全高10mに届くほど。
後ろ足で立とうものなら、20mを遥かに超えるだろう。
まさしく、動く山だ。
(アレも、親父殿に傷を負わせたような、質の悪い生態をしているな)
とあるダンジョン前にあった集落が、その熊に食い殺されていく様子が見えた。
それどころか、他のまだ常識的な大きさの熊さえも捕食し始めている。
(なんて、酷い……)
(……もしかして、暴走しているのか? それとも、意図的なモノか?)
どうも、一種の知性を得ているようだ。
魔力を帯びたものを捕食すると、己の力を伸ばせると察しているのだろう。
遂には、動物の血肉だけではなく、モンスターの体内にある魔石も食らうようになってきた。
そして魔力を求めた末に、その時が来る。
(アナタ、アレは流石に止めないと)
(……そうだな。あの様子は、拙い)
その巨大なクマが、ダンジョンそのものを食い始めたのだ。
山の中腹にあるダンジョンの入口。
その周囲を掘り起こしながら、ダンジョンの石壁や床などを破砕音と共に食らう。
生前の工事現場のような騒音が、山々の間に響き渡った。
このままだと、何れコアにまで届き、コアを捕食してしまうだろう。
それは、流石に見過ごせない。
(ちょっと、行ってくる)
(ええ、アナタ。気を付けて)
俺は急遽アバターを作り出し、この化け物熊の前に降り立った。
だが、熊はこちらを見向きもしない。
ダンジョンを構成する建材の捕食に夢中なのだ。
「無視するなよ。悲しくなるだろう?」
ゴッ!! っと重い打撃音で、地面が僅かに揺れる。
俺は軽く飛び上がって、この熊を横合いから蹴り飛ばしたのだ。
「グオオァ!?」
熊は自分自身に比べ、余りに小さく見える俺の事は、取るに足らないと認識していただろう。
しかし、このアバターの基本性能と、膨大な魔力による補正が合わされば、この程度は容易く出来る。
結果、虫程度思っていた筈の俺に一撃受けた衝撃で、熊はあっさりと逆上した。
後ろ足で立ち上がり、まだ空中に居る俺に、前足を振り下ろしたのだ。
「これだ」
だが、コレは俺が望んだとおりの展開だった。
俺は空中に立ち、その前足を抱え込む。
魔力の扱いに慣れれば、空中に疑似的な足場を作ることなど容易い。
そのまま熊の腕に、ある方向への力を加えていく。
熊の身体が、浮かんだ。
魔力の足場は、想像以上にしっかりとしていて、熊の勢いを乗せても崩れる事が無い。
そのまま、立ち会がったが為の高さから、熊を投げ飛ばす。
その落下地点にあるのは、魔石で出来た岩だ。
それも、膨大な魔力を宿すことで強度などを強化した特別製。
三角錐に近い形状は、即興で作り出したにしては、良い出来だった。
その岩に、熊が額から激突する。
20mを超える巨体の体重と、その高さからの高低差。
そして、強固な魔石の岩。
その全てが、熊に牙をむいた。
「ゴッ!?」
最早、絶叫すらできない。
岩に激突した瞬間、鋭い先端がクマの眉間の骨を砕き突き破り、頭蓋を破砕したのだ。
もちろんそれで中身の脳も無事な訳がない。
つきぬけた岩の先端と共に、脳漿が方々に巻き散らかされる。
もちろん即死だった。
「……案外、いけるものだな」
後の弥生時代にとある王子に披露した技。
その本質は、魔力によるベクトル操作だ。
触れた相手の魔力に干渉し、その身体に好きな方向のベクトル荷重を付与できる。
これは一切の筋力的な力を伴わない、まさしく魔法じみた技だ。
だからこそ、どんな相手ですら投げ飛ばせる。
この、熊のように。
「……コアを食おうとしなければ、お前の存在も自然の一部として放置も出来たのだけど……許せよ」
そう呟きながら、俺は熊の死体を魔力へと返した。
今回、ダンジョンも少なからず損傷した。
これを修復するには、相応の魔力が必要だ。
熊の死体を魔力に還元するのは、その補填の為だ。
溢れる魔力でダンジョンを修復しながら、俺は願った。
こんな化け物が他にも出ないようにと。
もっとも、そんな俺の願いは叶えられず、珍妙なモノや強大な変異動物が、今後も生まれていくのだった。




