原始時代と言えば? そうだね、絶滅した生き物だね
(……やっぱりこれ、原始人だよなあ。しかし、どうしたものか)
ダンジョンコアに成り果てた俺は、現状に戸惑いを隠せない。
『外』から俺の領域であるダンジョンに入り込んで来た侵入者は、どう見ても(俺に目は無いが)原始人だった。
毛深い顔立ちや毛皮で出来た服、石で出来た穂先の槍や石斧など、あまりにそれっぽい。
「……ウ!」
「ウオウ!」
(……言葉らしきものを話しているな? しかし内容が分からん)
入ってきた原始人は二人。
まだ何もないダンジョンの入り口付近で、俺が居る奥を覗き込んでいる。
そうしていると更にもう一人、意を決したのかダンジョンの奥へと踏み込んで来た。
その手には、暗がりを照らす為なのか、火のついた枝があった。
(火は発明済みか。って、なんかゾロゾロやって来たな?)
火で奥まで照らして、危険はないと判断したのだろうか?
何やら手振りをした者に続いて、複数人がダンジョンに入って来た。
「ウッ!ウホウ」
「ホッホ」
「ウアウ?」
入って来たのは、恐らく女性や子供も含めた10人程度。
おそらく、複数の家族で構成された移動集団と言った所か。
そのまま奥に入って来た集団は、最奥にある俺ことダンジョンコアのある部屋までやって来た。
「ウー?」
「ウホ」
(……俺の事はどうでも良いみたいだな)
ダンジョンコアがある部屋はそこそこの広さがあり、俺の身体はその奥の壁に半ば埋め込まれている形だ。
つまり、入って来た原始人たちが過ごせる程度の広さがある。
原始人達は俺の前で、身を休めているようだった。
(原始人ね……生活ぶりとかあまり詳しく学んだ記憶はないな)
俺の生前は考古学などを専攻した学者じゃない。
だから、原始人に詳しいかと言われたらNOとしか答えようがない。
それでも、ざっとした知識位はある。
(確か、打製石器を使って、主に狩猟生活を営んでいた、とかだったか?)
狩猟生活という事は、小集団で獲物を求めて移動しながら生活していたと言う事なのだろう。
確かに入って来た原始人たちも、簡易住居を作るための道具らしきものを運んでいた。
その道具の中で気になったものがある。
(あの骨、やけに長いな? 何の骨だ? ……あんな骨が取れる動物が、『外』に居るのか?)
簡易住居を建てるための支柱にでもするのか、数メートルはありそうな骨があるのだ。
そして骨であるなら、その元となる動物が居たことになる。
(……ちょっと外の事が気になってきたな。だが、俺の感覚はダンジョンの中しか解らない。何か手はないか……?)
外の事が気になった俺は、ダンジョンの機能に意識を向けた。
幸い原始人たちは、俺のダンジョンを安全な休憩場所と見なしたらしく、暴れる様子もない。
だったらまだまだ把握し切れていないダンジョンの機能を確認しても問題無いだろう。
(俺が把握できるのは、魔力がある空間の事だけ、か。いや、他にもあるな? 生み出したモンスターの感覚を共有できるのか)
ダンジョンの機能を調べていくうちに、色々な事が判って来た。
その中で目を引いたのが、生み出せるモンスターについてだ。
モンスターは生み出したそのままだと、それぞれの種類の本来の特性に沿った行動をするらしい。
ただダンジョンコアとして行動を強制させることも出来る。
例えば、『この部屋を守れ』『あの侵入者を攻撃しろ』などだ。
その一環でモンスターの感覚を共有したり、更に言えば直接操ることが可能らしい。
そして、モンスターは魔力がある所であれば自由に行動できる。
逆に言うと、魔力が無い場所では短期間で弱って死んでしまうようだ。
(……これは、使えるな?)
凡その仕様を理解した俺は、試しにモンスターを生み出すことにした。
幸いモンスターを生み出すのは自分の領域の中であればどこでも可能だ。
原始人たちはダンジョンコアがある部屋で休んでいるから、出口付近であれば何か生み出しても気取られるなどの問題は無いだろう。
そして、生み出すモンスターもごく自然な存在であれば……。
(設置:ワイルドラット)
蓄積されていく地下からの膨大なエネルギーの欠片を使って、俺は小さなネズミを呼び出した。
所謂、野ネズミというやつだ。
(おお、感じる。生身の感覚だ)
そして、その五感が一気に流れ込んできた。
初めから直接操る前提で生み出された野ネズミは、ダンジョンコアという生前からすると異質な感覚しかなかった俺に、新鮮な『生の感覚』を与えてくれる。
当然そこには視覚も含まれていた。
(おお、こうやって直に見るのはまた違うな)
今までダンジョンコアの感覚的にしか解らなかった周囲の岩壁が、今ははっきりと視覚で認識できる。
ネズミだから視点は低いものの、モンスターとの感覚共有テストとしては十分だった。
ちなみに本来ネズミの視力は、人間と比べるとあまり良くないらしい。
しかしコイツは俺と五感を共有する為にカスタマイズしたから、違和感なく『外』を拝めるはずだ。
(……原始人たちにネズミの存在は気取られていないな?)
先に俺ことダンジョンコア前で過ごす原始人たちの様子を確認してみるが、どうやら気づかれては居ない様だ。
原始人だから感覚が鋭いのかとも思ったが、流石に離れた場所で生み出された小さなネズミに気付くほどではないようだ。
そこまで確認した俺は、改めて『外』にネズミの目を向ける。
(さて、じゃあ『外』はどうなっているのか……)
暗いダンジョンから、外へ。
明暗差で眩んだ視界が落ち着くと、そこにはパノラマが広がっていた。
(……おお、凄いな、これは)
ダンジョンがある場所はやや小高い位置にあるのか、ネズミの視界でも広大な景色が見渡せた。
なだらかに下っていく、緑の草地と森。その先には山々が取り囲んでいた。
低地には湖か川らしい水面も見える。
振り返れば、今度は険しい崖。
ダンジョンは、崖の一角に空いた穴として存在しているようだ。
多分この先にはもっと先が有り、山岳となっている気がした。
(こういう立地か。なるほどな……そういえば、動物とかかいるのか?)
凡その地形を理解した俺は、改めて広がる景色の中で動く物を探してみた。
あの大きな骨の持ち主とは、どんな動物かと。
それはすぐに見つかった。
(……居た)
そこには、ゾウが居た。
カスタマイズしたために強化されたネズミの視界が、遠く水辺に居る何だか妙に毛深いゾウを捉えていた。
(毛深いゾウに原始人となると……思い浮かぶのは、マンモス辺りだが)
10匹程度が水を飲んでいる光景が見える。
生前に動物園などで見かけたアフリカゾウやアジアゾウなどとは明らかに違う特徴は、俺の生前絶滅していたマンモスを思い出させた。
だが、のんびりできたのもそこまでだ。
「ガオオオオ!!!」
「パオオオ!?」
(へっ!? な、何だ!?)
突如響き渡る吠え声と、悲鳴にも似た鳴き声。
ネズミの視界を巡らせると、さほど遠くない場所で、ゾウがクマのような獣に襲われていた。
但し、そのクマもやけにデカい。
ゾウに匹敵するような巨大なクマが、群れからはぐれたらしいゾウを襲っているらしかった。
(居るんだ、クマ!? いや、そりゃあ古代にクマが居てもおかしくないが!?)
「ウ!」
(ん? うわ、居る!?)
更に気が付くと、ネズミが居る『出口』付近に、ダンジョンコアの部屋に居たはずの原始人が身を潜めていた。
手にした槍や斧を見る限り、初めにダンジョンへ入って来た二人だ。
多分、原始人集団の戦士とかそういう枠なのだろう。
なら、あのクマの声に対して即座に反応しても不思議じゃあない。
「………」
(警戒しているのか)
戦士らしき二人は、ゾウを襲うクマを見つめている。
足元に居るネズミなど、全く眼中にないのだろう。
一方のクマは、ゾウを仕留めるのに幾らか手間取っていた。
ゾウに匹敵する大きさのクマと言っても、相手は長い牙を持ち、器用な鼻も持ち合わせている。
不意を突いてゾウを手負いにしたものの、牙で手痛い反撃を受けたらしく傷を負っていた。
「……ウホ!」
「ウアウ、ホ!!」
(ん? なんだ? ……いや、まさか)
傷を負ったクマを見ていた槍の戦士が短く声を上げると、斧を持った戦士が頷いてダンジョンの奥へと戻っていく。
暫くして、女性や子供以外の全ての原始人たちが、手に手に武器を持ってダンジョン出口に揃っていた。
その頃には、クマの狩りも終わりに向かっていた。
手傷を負ったとは言え、不意を突いたクマの優位は動かず、ゾウは既に倒れている。
今は最後のあがきに脚や鼻を振るうばかりだ。
それを見届けた戦士は、他の原始人たちに短く呼びかけた。
「ウ!」
「「「「「ウ!」」」」」
そのまま身を潜めて、ダンジョンを出ていく原始人たち。
一方のクマは、まだ動きを止めないゾウに意識を取られている。
原始人たちにとって幸運だったのは、無風に近い風下から近づけられた事だろうか。
そして、十分な距離がつまる。
(……始まる)
「ッ!!」
槍の戦士が身を低くしたまま、槍を構え、投げた!
黒い石の穂先が空気を引き裂く。
「グウウウォォァァァ!???」
「「「ウホアアアア!!」」」
黒曜石の槍が、見事にクマへと突き刺さった!
悲鳴を上げるクマと、雄叫びをあげ襲い掛かる原始人たち。
俺の目の前で、原始の狩りが始まった。




