魏志倭人伝に曰く、その後壱与なる者を新たな女王とした
墳墓の周囲で、兵達が勝鬨を上げている。
その中心にいるのは、新たな女王となった少女とその重鎮たちだ。
姫巫女達が、次代の人材として育てていた者達が、見事に力を示した。
その姿は、このクニの未来を示しているかのようだ。
そして、その中に古き者、二人の王子の姿は無い。
(終わったのね……)
(ああ、そうだな)
俺達は、その一部始終を見届けた。
宴の参加者として、戦そのものには加わらずに。
(ちょっとした提案が、ここまでの事になるとは……)
切っ掛けは、大陸への使者を送ろうとしていた時だ。
月を詠み、物事を差配する政の王子の役に立つだろうと、大陸側の進んだ天文の知識も仕入れた方が良いと、進言したのだ。
この頃、既に天文学は大陸で体系化されていた。その知識の一端に触れた政の王子は、後にある天文ショーが起きるのを知った。
そう、この日蝕だ。
そこで、上の弟は一計を案じたのだ。
宿敵であるクナの王を釣り出し、完全に包囲した上で討ち取る策を。
更に三姉弟から、次代へとクニを譲る為の方策を。
姫巫女達三姉弟は、大きな問題を抱えていた。
……老いないのだ。
恐らく、俺とハルカの意思に触れ、膨大な魔力を身に宿したことが問題なのだろう。
俺達が側役として付いていたから、公に明かす姿は偽装できていたものの、真実の姿が老いないのには変わりがない。
それどころか、ヒトとしての寿命も、終わりもあるのかどうかも怪しかった。
そこで改めてコアの機能で彼らを調べてみれば、全身が魔力で出来ているも同然の、ダンジョン産モンスターに近い存在に成り果てていたのだ。
そりゃあ、規格外の力を持つはずである。
だがそれは、ヒトの世でこのまま生きていくのに、大きな問題を抱えているのに等しい。
ヒトの世はヒトが動かしてこそだ。
人外となった者が、このまま居座って良い場所ではない。
だが、今彼女達が代替わりした場合、倭国は荒れるだろう。
せめてクナの脅威を削る必要があった。
……余談ながら、下の王子は老化偽装の術を掛けられるまで、俺とハルカがヒトならざる者だと気付いていなかったらしい。
マジか。
「だからこそ、この策なのです」
政の王子は、そう言って姉と弟を説いた。
日食の日までに姫巫女が病に倒れたことにし、実際大陸から与えられた薬に混ざっていた疑死の秘薬で死を偽装する。
姫巫女の墳墓は、決戦の舞台だ。
柱や装飾に見せかけた埴輪の兵を配置し、また逃げ隠れできないように開けた部分を作る。
弟王子の存在もクナには脅威であるため、乱心したと見せかけ姿を隠す。
こうして整えられた舞台に、女王の死と言う情報と日食という天の機が重なり合い、クナの王は見事にこの策に囚われた。
そして、クナの王を討ち取ると同時に、二人の王子もまた、その最後の奮闘に手傷を受け、命を落とす。
そう言う筋書きだ。
「何とか上手く行きました。次代の者らも、良くやってくれた」
「本当にな!」
「私は、寝ていただけだったから、ちょっと心苦しいわ」
「姉上が姿を現しては、次に引き継げませんから」
もちろん、二人の王子は無事であり、今こうして墳墓の石室に居る。
姉の姫巫女と同様に。
此処に居るのは、三姉弟と、俺とハルカ。それだけだ。
もうすぐ、石扉は閉ざされるだろう。
「策は成りました。後は、次代の者達に任せても良いでしょう」
「そうね、イヨちゃんたちなら、大丈夫」
「まだ頼りないけどなあ!」
彼らが此処に居るのは、自分達を終わらせるためだ。
此処で得た力を、魔力を再び元の流れに返す。
だが、最早身体の全てが魔力となった彼らがそれを行えば、それは消滅するのと同義だ。
「いいの? 別に姿を変えて生き続けても良いのよ?」
「良いんです。もう、十分にヒトとして生きられましたから」
ハルカの問いに、朗らかに姫巫女が微笑む。
確かに、今も若々しいままだが、三人はこの時代の平均寿命を十分に超えている。
為すべきを為した今、悔いはないのだろう。
とはいえ彼女達に、本当の意味での終わりは、最早望めない。
「そうまで意志が混じっては、その魔力を地に返したとして消えはしない筈だ。恐らく俺達と同じモノになるだろう」
「そうなったら、ようやくお貸しいただいたお力の対価を示せます」
「そんなの、良いのに……」
「私達が、そうしたいのです根の国の父母神様」
ある意味、ハルカと同じだ。
彼女は、死してダンジョンコアに至る魔石と一体化し、俺の元に来た。
三人の身体は、最早生きた魔石と言うべき魔力濃度を持つため、コレを魔力に還元したなら、ダンジョンコアにその意思が流れ込む事になる。
似たような事は前例が在るだけに、恐らくそうなるだろう。
「……こんな有様、望んでなるものでも無いだろうに」
「不滅の意思になるというのは、それほど辛いのですか?」
「ヒトとは違う有様だ。辛くはないが、良い物でも無いぞ?」
興味深そうに聞いてくる姫巫女に、俺は頭を振る。
実際、アバターを操っていないときは、時間の感覚も鈍く辛さなどは感じない。
かつては孤独を感じないでもなかった。
だが、ハルカが来てくれてから、そして日々を生きる人々を見ていると、孤独にさいなまれることも無い。
きっと、姫巫女達も同様だろう。
三姉弟がお互いの意思を感じつつ、ダンジョンの意思として次代のそしてこれからの人々の姿を見守っていける。
なるほど、彼女達が不安や悔いを感じていなくても無理はない。
だがそれでも、名残を惜しむ者は居る。
遺される者達だ。
「先代様、行かれるのですか?」
「ええ、後は任せるわね、イヨ」
「先代様……」
玄室の外から、新たな女王がやって来た。最後の別れなのだろう。
姫巫女が手塩にかけた巫女にして新たな女王は、目に涙を浮かべ女王に縋り付いた。
「あなたなら、私の後をちゃんと継げるわ」
だが、その言葉に、新たな女王は首を振る。
「いいえ、そうはなりません」
「えっ」
「今、見えました。私を娶って、王となる方が現れますから」
「えっ、どういう事!?」
確信を持ちながら言葉を連ねる新たな女王に、姫巫女は動揺を隠せない。
ああ、そう言えば、彼女は終生独り身だったな。
「霊鳥に導かれた神剣を携えた方が見えました。それも、遠く無い未来に」
「えっ何それズルイ! 私をもらってくれる素敵な旦那様が、最後まで来てくれなかったのに!?」
どうやら新たな女王も、中々の予知能力を持っているようだ。
予知で見たらしい未来の伴侶を誇る新たな女王に、姫巫女は叫ぶ。
さてどうしたモノか。
適度な時期に彼女にもアバターを用意して、ただの女性としての人生を楽しませてあげても良いのだが……とりあえず、今は黙っておくか。
一方で上の王子は、知恵者と最後の引継ぎを行っていた。
「姉上の力と比べて、イヨの力はどうしても落ちる。となるとこれまで常時出来ていた鏡でのやり取りも、難しくなる筈。クニ間のやり取りは使者を増やすことで対応すべきだな」
「豊穣の祈りや、災い除けも難しくなりましょう」
「そこは祭司の数を増やすなりの手段を取らねばなるまいな」
これまでこのクニとその傘下は、姫巫女の力に大きく頼って来た。
しかし、姫巫女がいなくなれば、それは困難だ。
新たな女王もダンジョンなどで修行して相応の力を持っているが、やはり姫巫女とは差がある。
今後は、祭司や巫女の育成の体系化と増員を考えなければならないと、上の王子と知恵者は話し合っていた。
下の王子の側は、将である力自慢の大男と最後の力比べだ。
「如何した? この程度も受けられないか?」
「何の! まだまだ!」
力だけは武の王子を圧倒する筈の大男が、技量の差で翻弄されていた。
思えば、武の王子の腕も上がったものだ。
試しの儀で俺に投げられてから、王子は莫大な魔力頼みの力任せな戦いから一変して、理を追い求めるようになった。
そして今、
「ふっ!」
「なっ!? うおおお!?」
かつて俺が為したのと同じように、大男の身体が宙を舞い、そしてふわりと地に下ろされる。
王子の、技だ。
俺が長い年月、何代ものアバターで磨き上げてきた技を、王子は一代で身に着けていた。
(……これが、才能の差と言うやつか)
クナの王を討ち取る作戦の直前、最後の手合わせで、俺も王子から一撃をもらっていた。
弟子に上を行かれたことを喜んだと同時に、ヒトならざる者であっても届かない才能の差を知らされたのだ。
「まだまだだな!」
「何の! もう一本!」
そんな武の極のような王子に、大男は挫けず挑み続ける。
その在り様が、とても眩しく、同時にこのクニの未来を照らすように見えた。
彼等の様子を見ながら、ハルカが寄り添ってくる。
「みんな、良い子達よね」
「ああ。そうだな」
「あとを継ぐ子達も、みんないい子……名残惜しいわね」
「……ああ」
三姉弟達を魔力に還せば、俺達が見届けるべき者達も消える。
このアバターの役目も。終わりだ。
それは、このクニ、この時代との別れでもあった。
「悪くない、クニだった。良いクニを目指していた」
「そうね」
数十年程度か、このクニで過ごしたのは。
その間、いろいろな事があった。
「そういえば、お米、凄く美味しくなっていたわ!」
「そうだろう? だがまだまだ美味くなるぞ?」
そう、このクニにいる間、米も格段に美味くなっていった。
魔力による影響だろうか? 生前のものにはまだ届かないものの、味わいは日々深まっていった。
今後も魔力や品種改良によって、生産量や味が良くなっていく。
少なくともそう期待を抱けるほど、初期から改良されていた。
「でも……戦は好きでは無かったわ」
「そうだな。本当にこの国がまとまるまで、戦は起きる。まだまだ時間が必要だろう」
百を超えるクニの乱立は、姫巫女のクニを中心としてほぼまとまったが、クナを筆頭として対抗するクニは無くならなかった。
クナの王を討ったものの、完全な平定にはほど遠いだろう。
だが、次代の者達が力を示した今、光明はある。
「……ハルカは、このクニで過ごして、良かったか?」
「ええ、もちろんよ」
「そうか……俺もだ」
穏やかにほほ笑むハルカに、俺も微笑みかけ、頷いた。
色々あったが、良い日々だった。
「……さて、それは良いとして」
「……そうね」
「あれ、何時終わるんだ?」
「いつかしらねえ」
何やら独り身の怨念に身を任せつつある姫巫女や、話し込みすぎて政策論議に熱が入り過ぎている上の弟、そして何本目になるかもわからない稽古に夢中の下の王子。
彼等を魔力に還し、俺達もアバターを消すまで、それから三日ほどかかったのだった。




