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よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~  作者: Mr.ティン
参章 弥生時代 ~農耕の始まりとクニの興り~

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22/61

クニが発達すると、役職や上下関係も生まれる

俺の前には、一人の少年が立っている。

その視線は鋭く、俺を射抜いていた。


「失礼の無いようにねー!」

「……姉上、本当にあの者は只の交易の民なのですか?」


何か能天気な長の少女──姫巫女の声と、訝しげな様子を隠さない政を担う王子の声が横合いから飛んで来る。

その声に、目の前の少年──戦を担う王子の視線の鋭さが増す。


(いやあ、どうしてこうなった)

(どうしてかしらねえ)

「おい、気を引き締めろ! これから試しなのだぞ!?」


状況に困惑しながらハルカと念を交わしていると、戦の王子が咎めて来た。


(ふむ、傍から見ると、そんな気を抜けた顔に見えたのか)

(本当は、とってもキリっとしているのにね!)


素で見破った姫巫女と、元々の姿を知るハルカ。

この二人以外には、魔力によりひたすら凡庸に見える様に偽装されているのが、俺達のアバターだ。

ただ、表情などは意思疎通の観点で、相手に伝わるようにしている。

だから、一応真剣な顔を向けているつもりなのだが……それでも真剣さが足らないように見えるらしい。


(それとも、敬愛する姉がこちら贔屓気味なのが、そんなに気に入らないのか……いやまあ、それもそうか)


ここは、姫巫女な少女が、戦の前に戦勝を願ったダンジョンだ。

縄文期のシンプルな構造だったころに比べて、最近のダンジョンは各階層に部屋などを増やし、幾らか複雑になっていた。

この場所もそうだ。

ダンジョンの中層。ちょっとした道場程度のある部屋に、俺達は居る。

此処は、かつてクニの規模がまだ大きかったころ、兵の訓練の場として利用されていたらしい。

そして、今。

戦の王子の言う、『姉上の付き人に相応しいか』の試しの儀に、俺は付き合わされている。


(まあ、こうなっても不思議ではないか)


俺は、何故こんな事になったのか、それを思い起こす。




姫巫女に長の屋敷に招かれ、しばらくして。


「姉上、ただいま戻りました」

「隣のクニも、救って来たぜ!」


二人の少年が、屋敷に入って来た。

落ち着きのある側の少年は、民たちが言う政を担っている上の弟だろう。

もう一方の元気のいい少年は、あの戦の場で無双していた、下の弟の方。


彼らが目にしたのは、


「お帰り、二人とも。無事で何よりね」


色とりどりの花で、今まさに飾り立てられている姉の姿と、飾る手を休めない見知らぬ女。

ふと横を見れば、壁際にもう一人男──俺の事だ──も控えている。

身なりからして、彼らが全く見知らぬ、一組の男女。

当然のことながら、二人の少年に訝し気な表情が混ざった。


「姉上、この者達は……?」

「以前のお付きの者達は居なくなってしまったでしょう? だから、新しく見つけたの」


ハルカにされるがままの姫巫女は、何とも無い事のように答える。

その言葉に更に眉をひそめて、胡乱な物を見るかのように、弟二人は俺達を見てくる。

さて、この視線に応えて一応名乗るべきか、それとも紹介されてからが筋だろうか?

この時代の礼節と言うモノが、今一把握し切れていない俺は、とりあえず顔を伏せたままだ。

一方、ハルカは周りの様子も気にせず、姫巫女を飾り立てている。

当然控えたままの俺よりは、ハルカの方が目立つ。

下の弟側は、存在への疑問に耐えられなかったのか、姉に向かって問いかけた。


「……何でそんなに飾られているんだ??」

「それは……」

「こうした方が、愛らしいからよ!」

「そ、そうか」


勢いよく応えたハルカに押され、下の弟の追及が止まる。

……何とも言えない空気になった。

姫巫女としては、俺達の事を詳しく説明しようとすると、うっかり正体に言及しかねないと考えているようだ。

どう説明した方がよいか迷っているように見えた。


一方の、ハルカは姫巫女の世話に全力だ。

問題は、ハルカの手腕。

アバターの性能と、俺の生前の知識にも一部触れている彼女の手にかかれば、ひと作業ごとに姫巫女の輝きが増していくほどだ。

弟二人がドンドン姉に見惚れていくのが、傍目からだとよくわかる。

だが、流石に知恵者である上の弟は、このままでは埒が明かないと思い直したようだ。


「姉上、せめてもう少し説明を。新しく見つけたの、では困ります。この者らは、どこの誰なのです?」

「そ、そうだぜ! 姉上の世話なら、俺達が居るだろう!?」


追従した下の弟の方は微妙にズレたことを言っているが、実際指摘はもっともだ。

姫巫女は、このクニの長だ。

その側役に素性のしれない者を置くのは、常識的に考えて余りに危険だろう。

そして、姫巫女は俺達の事を、一種のカミ──彼女の言う、根の国の父母神とは、俺との誓いで言えない。

結果、彼女は俺達の事を、『諸国の知識がありそうな交易の民を、いい機会だから側役に引き込んだ』としか言い様が無くなってしまう。

それは、弟たちからすると、許せない事だったようだ。


「オイお前! 俺が、お前が姉上の側役に相応しいか、試してやる!!」


ビシリ! と、俺を指差して宣言する下の弟王子。

知恵者であるはずの上の弟王子も、止める気はないようだ。


「畏まりました……ところで、アレは良いのでしょうか?」


そっと姫巫女の方を示すと、ハルカによって髪を結いあげられ、美しき若き女王と言った様に仕上げられた姫巫女と、その周囲でキャイキャイと歓声を上げるハルカが居る。


「……アレは、まあ、いい」

「左様ですか」

「姉上の美しさに免じてだからな!!」

「そうですか」


目の保養だよな。わかるよ、わかる。

そこで、ふと思い出したかのように、上の弟王子が訪ねて来た。


「ところで、あの者はお前にとって何だ?」

「妻です」

「……そうか、妻か……そうなのか?」

「ええ、それが何か?」

「もしや、姉上の世話はあの者が主か?」

「ええ、男の身で身の回りのお世話など、手に余ります。この身の役目は、それ以外の長の補助になるかと」

「そ、そうか」


問い返すと、上の王子はブツブツと何かを呟いている。

普通なら聞こえないだろうが、アバターの五感はその呟きをしっかり捉えていた。


(姉上の魅力に釣られたケダモノかと思えば、違うのか? それよりも、まつりごとに関わらせる方が問題か? いやしかし、姉上が言うように、諸国の知見は確かに捨てがたい)


どうやら、上の弟王子とは、じっくり話し合えば関係を構築できそうである。

後の問題は……。


「よし、試しの儀にはあの場を使おう。お前、ついてこい!」


この威勢のいい下の弟王子と、如何に関係を築くかだ。




そんな訳で、こうして戦の王子と向き合っている。

名目は、『長の傍に居るなら、護衛としての実力が無ければならない』だったか。

勿論それは本当に名目で、戦の王子の目的は、俺を力づくで叩き出すという事なのは明白だ。


「行くぞ!」


それでも、一応試しの儀と言う形式は守るつもりらしい。

もしくは、壁際で俺達を見守る三人、ハルカと政の王子と、何より姉に配慮してのものか。

不意打ちなどはせず、開始の合図をくれたようだ。


ただ、その動きは本気だ。

手に武器は持っていないものの、戦の場で兵を纏めて薙ぎ払ったのと同等の速さで、俺との間合いを詰めてくる。


瞬間、視界が鈍化した。

あらゆるものがゆっくりと流れ、壁際で声援を送っているハルカの声が、間延びし始める。

ボヒュッ! と耳元で音が弾けた。

王子の突きが、俺の顔があった場所を突き抜けたのだ。

膨大な魔力を宿した拳──かと思ったら、掌打だ。手加減する気はあったらしい──が、的を外して空を切る。

俺は、何とかやり過ごしたその一撃に、舌を巻いた。


(やはり、凄いな。この威力、恐らく昔戦った大物に匹敵する)


俺はアバターで何度も活動している中で、無数の戦いを経験している。

旧石器時代から、縄文時代。この弥生時代にしても、何度か戦いに巻き込まれていたのだ。

対動物、対モンスター、そして対人。生前の知識と、強力なアバターの性能と、魔力での強化。

これらを実戦で長い時間と無数のアバターで磨いてきたのだ。

その為、戦闘経験の蓄積は、自慢ではないが達人と呼べる程度にあると自負していた。


その俺の目から見ても、戦の王子の一撃は規格外だ。

恐らく、かつて戦ったある山のヌシ、15mは超える超大物かつ腕が6本も生えていた異形のクマに匹敵していた。


だが、だからこそ、対処は可能だ。

俺はそのヌシを、倒しているのだから。



俺は鈍化した視界の中、水の中で動かす様な抵抗を感じながら、伸ばされた王子の腕に手を添えた。


(ここだ)


突き入れた往時の腕に宿った、腕を伸ばそうとする力は、まだ消え切っていない。

その力の向きをほんの少し変えつつ、俺はそっと王子の踏み足に脚を添えた。

蹴るのではなく、あくまで添えるだけ。

だが、本来動かそうとしていた動作を邪魔された時、ヒトは容易にバランスを崩す。


王子の身体が、跳ね上がった。

俺に一撃を加えようとする動きが、全くの別方向に乱されたのだ。

訳が分からないという顔の王子が、俺の手に導かれるまま自分が生んだ勢いに呑まれ、宙を舞う。


(いかん。このままだと、頭から地面に行くな)


かつての大物のクマは、バランスを崩され、勢い余って強固な岩へ額から全体重をかけて激突し、脳漿をばらまきながら息絶えた。

流石に、この王子にそんな真似ができない。

頭から石の床に叩きつけられようとしている王子の手を、引く。

王子の身体を支配している力の向きが、変わった。


スタン。


王子の足が、軽い音を立てて地に着く。

投げ飛ばされた勢いが、まるで何事も無かったかのように殺された結果だった。

そこでようやく、鈍化した視界が普段のものに戻っていく。


「……は?」


まるで夢でも見せられたかのように、戦の王子が声にも至らない惚けた息を吐いた。


「な、にが?」


壁際に居る上の王子も、目の前で起きたことが咀嚼し切れないのか、眼を瞬かせる。

いや、姫巫女もそれは同様か。

ただ一人、ハルカだけが、


(ふふん、流石はワタシのアナタよね!)


ひたすらにどや顔で、賞賛の念を送ってくる。

そして俺は、


「……やり過ぎだ」


咄嗟に本気を出してしまった事に、後悔していた。

常人然とするなら、ここは殴られておくべきだろう。

しかし、戦の王子の突きが余りに見事だったため、思わず本気を出してしまった。


(これは、余計に拗れるか?)


そんな懸念が頭をよぎる。

だが、戦の王子の反応は違っていた。


ガッ! と不意に肩を掴まれる。

殺気が無かったため反応が遅れたが、凄い力だ。

更に、ズイと王子が顔を寄せてくる。

思わぬ勢いに、俺は内心で悲鳴を上げた。


(ひえっ)

「お、お前凄いな!? 何だ今の!? グッと来てギュッと回って、フワッとなったぞ!?」

「あ、ええ今のは、ちょっとした戦の技で……」

「戦の技!? そんなものがあるのか!? 俺も出来るようになるのか!?」

「え、ええ、多分……」

「よし、教えろ! それなら姉上の側役になるのも許す!」


グイグイと来る王子に、俺は押されるがままだ。

何故かハルカはどや顔のままだし、姫巫女は先の俺の動きを感心するばかり。

上の弟王子も、何やら考え込み始めたため、つまり誰も戦の王子を止めてくれる気配が無い。


(あ~、失敗したか、これは)



そんな事を思いながら、俺は弟王子に戦の技術を教える事を了承させられるのであった。

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野見宿禰「出番を奪われてしまいました……」 これが相模……ではなく相撲の起源になると。
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