高床式倉庫には、ネズミ返しが取り付けられていた
「こちらです! さあ! さあ!」
「あ、ああ……」
俺達の正体を見破った少女──このクニの長に連れられて、俺達はクニの中を歩いていた。
(まさか、アバターの偽装を見破られるとは思わなかったな)
(ほんとうにすごい子ね、この子!)
長であり祭司を司る巫女らしき彼女は、本来クニの最奥に居て無ければならないはずだ。
しかしこのクニは、先の戦いで滅ぶ手前になった為か、そもそも人の数が少なく、まだ年若い少女が出歩いていても違和感が無いらしい。
クニの民から親し気に声をかけられていることから、まだ長と言うよりも先代の娘という意識が強いのだろう──民も、恐らく少女本人も。
(長を継いでしまった以上、これから変わっていくのだろうけどな……)
そんな事を思いながら、少女に先導されてクニの中を歩いていると、これはこれで中々に興味深い。
今まで何度か交易の民として集落内に入る事はあったが、クニの中の生活をじっくり意識して観察した事は無かったなと、改めて気が付いた。
改めて見ると、クニの周囲には、濠が掘られて柵で囲まれている。
所謂、環濠集落と言う奴だろう。
その濠の外側で無数の動く埴輪が居るのがノイズだが、こうして見ると典型的な弥生式の集落なのだと感じる。
その外には水田が広がり、青々とした葉を揺らしていた。
集落内に目を移せば、未だに縄文時代から見かけていた竪穴式住居が並んでいるものの、この時代特有のものも存在していた。
高床式の建物だ。
柱の一部にネズミ返しらしき板が組み込まれているところを見ると、おそらく倉庫なのだろう。
もっとも、この魔力溢れた日本だ。
ネズミもただ者ではない。
(……ネズミが、飛んでる!?)
ふと目を向けた先で、ネズミが空を飛んでいた。
その耳を、まるで翼のように広げて。
(飛ぶにしても、そこはムササビみたいな飛び方じゃないのか!? 何で耳で飛ぶ気になった!?)
内心で突っ込みを入れるも、ネズミは止まらない。
そのまま倉庫へと飛び移ろうとして、
スパン!
倉庫の周囲で飾りのように立てられた柱がしなり、ネズミを地面へと叩き落していた。
「……何だアレ?」
「え? 鼠弾きですよ?」
呆然とする俺に、さも当然のように長の少女が応えてくれる。
聞けば、魔石を組み込み念を込める事で、ある程度の簡単な行動を自律的に行わせることが可能であるらしい。
なるほど、その術の先にあるのが、先に長の少女が見せた埴輪の自立行動化の術なのだろう。
どうやら、今まで観察していなかったのだが、日々の暮らしに魔力は深い影響を与えているようだった。
気を取り直し、俺は他にも何があるのかとあたりを見渡す。
とある一角は、作業場となっているようだった。
農具の先端に付けられた鉄製の歯を磨き、また新たな器具に据え付けるなどしている。
ただ、全てを鉄製にするのはまだ先なのだろう。
石で出来た小型の刃物は、収穫時に稲穂を刈る際に使用する物だったはずだ。
それらの農具にも、物によっては魔石が組み込まれ、魔力を宿して居るものがある。
(民も魔力で身体能力が高いと考えると、収穫スピードはとんでもない早さなのかもしれないな)
(……それとも、稲穂が襲ってきたり?)
ハルカの念に、かつての縄文期、ドングリや栗を投げ飛ばして来た木々を思いだす。
(……あるのかもしれないな。なんてこった)
(農業も大変なのねえ)
実際俺達は稲作が広がっていること自体は認識していたが、個々の作業を詳しくは見ていなかったことに気付く。
(……ちょっと、しばらくクニの中の生活を実体験しておく必要があるかもしれないぞ、ハルカ)
(それも良いわね!)
そんな念を交わしながら、俺達は更にクニの中を進む。
そう言えば、ここで使われている土器も、縄文の頃から随分と様変わりしていた。
縄文土器は素焼きの分厚いものだったが、弥生式になると高温で焼くようになったのか、かなり薄くなっている。
イメージとして、生前の食器類にかなり近くなったと言うべきか。
これまで交易品として用意した土器は魔力で作り出していたのだが、人の手で生み出されている品々を見ると、やはり味わい深さがある。
そんな事を考えている内に、俺達は長の屋敷へとたどり着いていた。
長の屋敷は。倉庫と同様に高床式だった。
周囲の竪穴式住居よりも天井が高く、基壇はしっかりと石と土で固められ、柱が太く、屋根は茅で厚く覆われている。
梯子を掛け上り、縁側のような幅広の渡り板を踏みしめると、内部の空気は外よりも落ち着いていた。
床下は物を置くために空間がとられており、床自体は敷物や毛皮、布で柔らかく整えられている。
壁には祭具らしい青銅器や、勾玉、交易で手に入れたという小物、土器等が慎重に並べられていた。
最寄りのダンジョンで見つけたらしい、魔力を帯びた鏡まである。
祭壇に置かれて居る様から、この屋敷は一種の神殿でもあると察する事が出来た。
長である少女は、その鏡まで俺とハルカを先導すると、振り返って居住まいを正す。
これまでの少女然とした様子から一転して、そこにはクニの祭司を司る巫女にして、クニを纏める長としての姿があった。
「根の国におわす父母の神、御身に御目通りかないますこと、誠に恐悦至極に存じます」
深く頭を下げつつ告げた彼女の声には、同時に緊張が宿っていた。
「先の戦におけるご助力に深く感謝申し上げます。つきましては、如何なる代償をお納めすればよろしいか、教え賜りますようお願い申し上げます」
代償。
彼女はそう言った。続けて、彼女は言の葉を重ねる。
「……そして願わくば、代償はこの身のみでお許しいただきたく……平に、平に」
その言葉に、困惑したハルカは首をかしげる。
(ねえ、アナタ。つまりはどういうこと?)
(この子は、俺達が先の戦争に力を貸した対価を求めに来たと、そう思っているんだろう。何しろ、傍から考えれば滅亡待ったなしの有様だったからな)
本来はあり得なかった勝利の筈だ。
おそらく、先の戦争で先陣を切ったあの少年の力も、元々そこまででは無かったのだろう。
だから、必死に神頼みをした。
多分俺達の意識に触れる前、内心彼女はこう思っていたのだろう。
如何なる代償をも払ってもいいから、助けて欲しい、と。
その願いの結果、俺達の意識に触れた彼女は、魔力の本流の一部を身に宿した。
さぞかし喜び、そして戦争に勝った今、不安が沸き上がった筈だ。
これほどの力を受けた以上、対価はどれ程になるのかと。
そこへ、興味本位でノコノコと俺達が物見遊山にやって来た。
地の底から強大な力を持つ神が、身を偽りながら姿を現したのだ。
それを察した彼女の恐怖はどれ程のものだっただろう?
俺達を先導している際、年相応の少女らしさを出していたのも、不安を民に見せない為。
民に何も知らせずここまで俺達を招いたのも、代償を自分の一つで収めたいが為。
(そんな、まだこんなに子供なのに……)
(それでも、もう長なのさ、この子は)
ただ、その覚悟は無意味だ。
何しろ、俺達は『何もしていない』のだから。
ただこのまま代償は不要と告げても、彼女の不安は払しょくされないだろうというのは、想像に難くない。
となると、適当かつ無難な対価を要求するのが、この場を丸く収めるのに妥当な手段となるだろう。
(とはいえ何を要求したモノか……)
そう迷っていると、ふとハルカと目が合った。
同時に、先ほど念でやり取りした内容を思いだす。
ふむ、その手があるか。
「ならば、二つ。一つは、俺達の正体を秘する事。出来るか?」
「無論に御座います」
「なら、もう一つ。俺達は、このクニに住まいたい。そして、ヒトとして生き、このクニの在り様を見続けたい。この仮初の身体が朽ちるまで」
「それ、は!?」
俺達からすると、単にこの時代の、人としての生活を送ってみたいという、それだけの願いだ。
だが、彼女からするとどうだろう?
力を与えた神が、人としてクニに滞在する。まるで、与えた力をどのように使うのか、近くで観察し続けると宣言されているのに等しいだろう。
代償として失う物はない。だが、監視付きだ。
コレを、彼女は受け入れるだろうか?
「……出来るか?」
「無論に、御座います」
「なら、その様に」
勿論受けるだろう。受けるしかない。
俺は、彼女が密かに深く安堵の息を零したのを感じ取っていた。
恐らく、最悪の事態は免れた、そういう気分なのだろう。
場合によっては、違う形でクニが滅ぶ事まで、彼女は危惧していただろうから。
同時にこうも思った筈だ。ある意味で、このクニは神から明確に見守られるクニになったのだと。
それも、彼女が振るったような力を、与えられるような強大な神が、だ。
安心したのだろう彼女は、伏せていた顔を上げる。
その表情は、先ほどまで見せていた年相応の少女のものに近い。
いや、内心の不安が消えたのだろう。どこか無理に明るく振る舞っていた様が消えて、自然な様子に見えた。
「では、新たな民として、受け入れましょう。このクニは、今とても人が少ないのです」
既に一つ目の要求の意味を理解し実践しているのだろう。
長の彼女は、俺達へ自然に振る舞っていた。
その言葉には、切実さが混ざっている。
先に住人から聞いていたように、このクニは滅ぶ手前まで追い詰められていた。
ある意味覚悟が決まっていた者か、逃げられないような者達しか住人は残っていなかったのだ。
移住者は元々大歓迎したい事情があったわけだな。
先の戦のように戦力はある程度動く埴輪で賄えるものの、人手はまるで足りていない。
今こうして長の屋敷に居るというのに、他の誰も居ないほどに。
「見たところ、長の身の回りの世話をする者もいない位に、手が足りていないようだ」
「いつもなら、上の弟が世話してくれるのです。でも、今は別のクニに出向いて……!」
なるほど、これは面白い。
俺は、素早く視線をハルカに送る。彼女の目は、燃えていた。
彼女からしてみれば、長の少女は何とも世話を焼きたくなる存在の様だった。
「なら、ワタシ達がお世話してあげるわね!」
「えっ」
そうなれば、俺も何もしないわけには行かない。
あくまでヒトの範疇として、ちょっとした手助け程度ならしてもかまわないだろう。
「……ヒトとしてでなら、相談に乗ることも出来るぞ?」
「えっえっ」
「うふふ、女の子のお世話するのなんて、何時以来かしら! そうね、まず女の子なのだもの、もっと着飾るべきよね!」
「えっえっえっ」
「とはいえ、集落の現状を把握するのが先か。その、上の弟はいつ戻ってくる? 話をしたい」
「ふええええ!?」
次第に困惑の色を強める長の少女の声が屋敷に響く。
こうして俺達は、このクニに滞在することとなったのだった。




