埴輪には、武人モチーフのものがある
ソレは初め、只のノイズの様だった。
(………す)
(うん? ハルカ、どうかしたか?)
(…? いいえ、どうかしたのですか、アナタ?)
(いや、なにか話しかけられたような……? 気のせいか?)
多くの国々が相争う様を見ているのは、精神的に負担が大きい。
その為、しばらくの間、俺はまた魔力の影響範囲を広げる作業に没頭していた。
以前試した、『ヒュージ・メガロドン』と同様に、今度は鯨の姿を模したモンスター『アイランド・ホエール』で、海底のコアネットワークを広げようとしたのだ。
実際、いくらかの成果は出ている。
北は千島列島方向、南は伊豆諸島方向やフィリピン方向へ。
これらは、元々火山がある地域であるためか、順調に範囲が広がった。
そのまま、北米やオセアニアなど、太平洋の淵をなぞるように広げてはいけるだろう。
反面、太平洋方面や大陸側には、中々広げられずにいる。
魔力の精製元である地下のエネルギー──活火山の分布密度が低いのだ。
地上であれば、多少の距離が離れていてもコアのネットワークを維持できる。
しかし、海底の場合魔力が海水で拡散してしまうため、海底火山に沿う形でしか、コアを配置できない。
火山島であるハワイへも目指してみたのだが、たどり着くことはできても、魔力の接続はできなかった。
ある意味煮詰まっている中、次に何をすべきか考えていた際に、意思に何かが触れる感覚があったのだ。
(……に…………よ)
(んんん?)
(アナタ、ワタシも感じたわ)
(ああ、やはりそうか。なんだ? 何が起きている?)
俺とハルカが混乱する中、それは次第にはっきりとした形を伴ったのだ。
(根の国に坐します父母の神よ……)
まだ年若い少女の意思が、俺達の意思に触れてくる。
それはダンジョンコアのネットワークに、他者の意思が交信した、初めての事例だった。
少女は、どうやらクニを治める長の娘であるらしい。
何らかの儀礼中に、日本で最も魔力の強い流れ──ダンジョンコアネットワークへと偶然接触したようだ。
ただ、俺達に接触できたことを考えると、恐らく巫女としての役割を担っているうえに、その能力はスバ抜けて居るのだろう。
現状はただ祈りの念を送って来ているが、此方から意識を触れようと思えばそれも可能のように思える。
(いやまた、これはどうしたモノかな)
(凄い子もいたものね……でも、この子の意思は、ワタシ、好きよ?)
少女は天と地の恵みに感謝していた。
(この日もまた、稲穂は風に揺れ、清き水は谷を満たししております。このすべて、御身らの恵みと知り、深く深く、感謝を捧げます)
しかしその祈りの中に内心の嘆きも混ざっていた。
未だ日本──倭国の乱れは収まらない。
彼女はそれを憂いながら、人々の争いを止められない至らなさを悔いているのだ。
(まだ。子供なのに、そんなに背負わなくても……)
(この子は、長の血統の様だからな。その上、俺達へ意思を伝えられるほどの力があるから、そう思いもするのだろうな)
暫くして儀礼が終わったのだろう。少女の意思の接触が失われた。
(それにしても、根の国の父母の神、か)
(ワタシ達そんな風に思われていたのね)
確かに、ダンジョンと言う地の底に続く道から、獲物や宝物を与えている俺は、人々からするとまさしく神だと言えるだろう。
根の国というのも、死者が向かう地の底の国だったはずだから、ある意味ダンジョンに似ていると言える。
何しろ、魔力には人の意思が宿る。
死んでもその魔力はダンジョンコアで形成される魔力の流れに組み込まれる。
つまり見方を変えれば、俺達は死後の世界──黄泉の国や根の国の神と認識されてもおかしくはない。
なんとも、気恥ずかしいような、不思議な気分だ。
(……どんな娘なのかしら? 気になるわね)
(ああ、少し調べてみよう)
この出来事は、俺達の興味を引くのに十分すぎた。
ダンジョン機能で、久々に日本の国内へと目を向けると、少女の意思の出どころを探す。
そこには、驚くべき光景が広がっていた。
(うん? あれは、さっきの子か?)
(沢山の人形の前で、何をしているのかしら?)
(人形というか、埴輪だな、あれは)
ズラリと並んだ、大量の兵士を模した人形──埴輪へと、まだ十代前半らしい少女が何やら祈りを捧げていた。
そして、声を張り上げ、力を発した。
「鬼道を以て命じます! 目覚めなさい! 土の士よ!」
(……なんて?)
(何あれ!?)
その瞬間、俺とハルカは呆然とする。
埴輪たちが、まるで生きているかのように動き出したのだ。
「指揮は、あなたに任せます」
「判りました、姉上!」
「あなたは、次の土の士の準備を。守りを固めるのです」
「お任せを、姉上」
巫女の少女は、傍らに立っていた少年に告げると、更に民が運んで来る埴輪へと術をかけていく。
少年は、軍勢となった埴輪の兵を率いて、クニの外へと出陣していった。
(まさか、さっきのは出陣式のような物だったのか……?)
(とんでもない数よ、アナタ)
ぱっと見でも、埴輪の総数は軽く千を超える。
その上、動きはなめらかだ。
恐らく痛みを感じず、人のように動く埴輪。
見たところ、魔力も満ちているので、超人じみたこの世界の兵にも対抗できるのだろう。
その上、巫女の少女を姉と呼び、指揮官を任されたあの少年だ。
今まで見て来たこの国の戦士の中でも、飛び抜けた魔力の持ち主のように見える。
まだ年若い少年であるため、素の身体能力はそこまででもないはずが、埴輪の軍勢の先頭を馬より早く突き進んでいく。
その先には、軍勢が待ち構えていた。
恐らく、別のクニが攻め入ろうとしていたのだろう。
その数は、先ほど見た巫女の集落の人々より、はるかに多い。
だが少年はその只中へと、埴輪の軍勢を率いて突撃していく。
鎧袖一触だった。
少なくとも、待ち構えていた軍勢の兵も、しっかりと魔力を備えた屈強の者達であった筈だ。
しかし、少年の一撃は、容易く軍を薙ぎ払った。
(……無双ゲーか?)
(何のこと?)
(そういえば、大陸もそろそろ無双ゲーの頃か……)
(だから、何のことなの、アナタ?)
少年の剣の一振りで木っ端のように兵が蹴散らされていく。
もちろん、本来は多勢に無勢だ。
少年が幾ら超人的でも、相手の軍も魔力を宿すものだ。
そのまま単騎駆けを続けたなら、直に討ち取られていただろう。
だが、その後には埴輪の軍勢が居る。
少年が切り裂いた戦陣、その乱れを埴輪の兵が横列を組んで蹴散らしていく。
数に勝る筈の軍は、こうして打倒されていったのだ。
敗走する軍の追撃を埴輪たちに任せ、勝鬨を上げる少年。
数少ない生身の兵も、同様に声を張り上げる。
(……とんでもない物を見たな)
(ええ、凄い子達ね)
俺とハルカは、そんな感想を言い合う事しか出来なかった。
余りにも気になったために、俺は巫女のクニを調べてみる事にした。
久々にアバターを目覚めさせ、交易の名目でクニに入る。
戦で物資が必要なのだろう。
交易品を喜び、俺達を受け入れたクニの民は、様々な事情を話してくれた。
このクニの長の家系は、かつて倭を統一したあの王の血も引いているらしく、かつては有力な豪族であったようだ。
確かに、あの王の子の一人が、この地域を地盤にしていたのは記憶している。
長の家系だが、先代の長と巫女である両親を戦と病で失ったために、年若くしてその子達が跡を継いだのだとか。
巫女達は長女の姉と、知恵に秀でる長男、武に秀でる次男の三姉弟であるらしい。
祭礼を司り、また長女である姉が長となったものの、やはり年若さは否めない。
そこを先の長が倒れる原因となったクニの軍勢が突こうとしたのが、先の戦いであったのだとか。
流石に、このクニの人々も、これが最期になると覚悟していたらしい。
三姉弟も覚悟を決め、せめて最後にできる事をと、神秘が濃い根の国への玄室──このクニでは、ダンジョンのコアの間をそう呼ぶらしい──で祈りを捧げたとのこと。
しかし、そこで奇跡が起きた。
祈りの後、長女の巫女としての力が、跳ね上がったのだとか。
また弟二人も、その元々秀でていた分野が一気に強まり、あのような結果を呼び込んだようだ。
(もしかすると、俺達の意識に触れたのが原因かもしれないな)
(どういうこと、アナタ?)
(俺達の意識に触れるという事は、コアネットワークの膨大な魔力そのものに接触するのと同義だ。ほんの一部でも流れ込めば、ヒトの身の限界まで力が増幅しても、おかしくない)
(でも、あの弟二人は? あの子達はワタシ達の意識に触れていないわよ?)
(姉を通じて、間接的に流入したと考えるべきだろうな)
全ては、一心不乱に祈った、あの姉の願いの結果なのだろう。
力を得る前の彼女は、戦の日にその命が終わる覚悟だったはずだ。
それでも、だからこそ、祈らずにはいられなかった。
その結果が、あの勝利だ。
意識に触れられた俺達は、何もしていない。
アレは、彼女自身が呼び込んだ勝利だ。
(……不思議な子達ね。これから、どうなるのかしら?)
(あれほどの力を持ち、そして乱れた世を憂うなら、平定を望むかもな)
恐らく、その願いは叶うだろう。
(何故なら、彼女は……)
ひとしきり交易品(今回は、弥生式土器などだ)を交換し終え、ハルカと意識だけで語らっていた、その時。
「……あら? もう交換は終わってしまったの?」
(……!?)
(なっ!?)
不意にどこかで聞いたような声で、話しかけられた。
恐る恐る振り向くと、そこにはこのクニの長である彼女がいる。
まだ年若い為か、長だと言うのにフットワークが軽いらしい。
恐らく、交易の民が来たと聞いて、興味を持ったのだろう。
物珍しそうに俺達と片付けられかけた品々に目を向けている。
「いや、求める方がいるなら、品を広げましょう」
「な、なにをのぞまれるのかしら?」
(……落ち着け、ハルカ。特にやましい事も、怪しまれる要素はない筈だ)
(そ、そうよね。ワタシ達、話を聞きに来ただけだものね!)
俺とハルカは混乱しながらも、長の少女の前で再び交易品を広げ始める。
しかし、途中から、彼女の様子が変わっていく。
訝し気な様子から、確信と驚きに。
「………もしかして、根の国の父母神様?」
(ファッ!?)
(ひえええ!?)
規格外の巫女姫は、俺達の正体を見事なまでに見破ったのだった。




