ゴールデンな王印(後の国宝)
(アレが始皇帝だったなら、もう大陸は完全に有史だな……)
俺は、ようやく思いだした始皇帝絡みの伝説から、世界が生前通りの流れに沿っている事を知った。
日本に魔力が満ちていても、起きるべき事象は起きるのだろう。
それは、人々の移り変わりも同様だ。
崩れた気候がもたらした平野の復活は、やがて人の分布を根底から変えた。
海が引いた低地には肥沃な土が広がり、そこをめがけて外部から新しい民が流れ込んだ。
彼らは青銅や鉄器などを利用する新しい耕作法に慣れ、平地の広さを利して人口を急速に膨らませていった。
一方、高地に残る旧来の縄文人の流れをくむ民は、山の守りや森の恵みを主とする生活を続ける。
やがて、その地理的分布はクニの重心と勢力構造を決定づけることになった。
(なるほどな。平地には新参が入りやすい。耕地面積が拡大すれば、単純に人口増が続く)
(山側のヒトたちはどうなるのかしら?)
(ある意味棲み分けはできているが、さて。どうあがいても何れ統一の流れは来るだろうから、その時次第かな)
ハルカにはそう言いつつも、ある種の予測はできる。
低地の新たな民──弥生人達のクニは、稲作と青銅器で潤い、富の差は顕著になっていく。
富と人手を背景に力を備えた戦士たちが台頭し、指導的な役割を担い始めた。
対して高地のクニは古い。祭祀の継承や精霊の出力は、平地に勝る。
この二つの流れ。
当初は補完関係であったが、資源配分と分配の不均衡がクニ間の摩擦を生み、やがて衝突へと転じるだろう。
(力の集中が政治を作る。ヒトが集まれば、それは避けられない。魔力と精霊が絡む以上、激しさは海外の比じゃなくなるな)
(でもアナタ、アレはもう精霊とは呼べないのではないかしら?)
(そうだな。いつの間にか意志を持ち始めている)
衝突が続く過程で、祭祀の役割は変質した。
元来、祭司は地脈と共振することで精霊を呼び、集落の安寧を祈る存在だった。
しかし世代を重ねるうちに、祭司の身体に染み込んだ魔力には、個々の人格の残滓が蓄積されていく。
やがてそれが外界に放たれるとき、精霊は単なる「意志なき力」ではなく、古い祭司の記憶や性格を反映するようになったのだ。
それを言い表すなら、こう呼ぶしかないだろう。
『カミ』と。
(魔力と溶け合った人の意思の蓄積が、精霊の具象化を助けるのか。面白い現象ではあるんだが……)
カミ化は段階的だ。小さな集落の守護精霊が、祭祀の持つ語りや伝承、怨嗟や慈愛を取り込み、その振る舞いに「好む/嫌う」の傾向が見え始める。
戦の折に勝利を齎した祭司の残滓は、戦闘に特化したカミを育て、豊穣を祈った者の残滓は、作物を守るカミを生む。
同時に、自然現象への祈りも、それぞれの精霊にカタチを与えていく。
まさしく、八百万の神々だ。
戦士、祭司、カミ。三者が相互に補強しあうことで、クニはより大きなまとまりを持ち始めていった。
(戦士が力を与え、祭司が信仰を与え、カミが正当性を与える。政治形成の三位一体だな)
(不思議ね、みんな同じヒトなのに、どうしてそうなって行ってしまうのかしら?)
(そうしなければ、生き残れない面があるんだ)
例えば、天候だ。
耕地が広がれば食料が増え、多くの人口を賄える。
だが、天候不順により不作になれば、人々は餓えてしまう。
一度増えてしまった人口は、ダンジョンなどの獲物の供給でさえ賄い切れない。
その先にあるのは、食糧が無いまま座して滅ぶか、他のクニから食料を奪ってでも生き延びるかの選択だ。
クニ同士間の争いが一度起き始めたら、流れは止まらない。
何らかの形での終止符が打たれない限り。
(ああ、アナタ……皆が争っているわ。どうにか止められないかしら?)
(……俺達が手を出せば、拗れるだけだ。見守るしかない)
ダンジョンの力で、争いに介入するのは、やろうと思えば幾らでも出来る。
だが、今起きている争いを本質的に収める為には、介入など逆効果だ。
魔力とダンジョンからの資源供給以上に何かするつもりはなかった。
俺とハルカは、あくまで見守る者としての立場を取り続けたのである。
そう言えば、大陸の方では、いつの間にか秦が滅んでいた。
項羽と劉邦の争いも、俺の生前通りに劉邦が勝ち、漢帝国が成立したようだ。
(やはり、世界の基本的な流れは、俺の生前通りに進むと思って間違いないみたいだな)
(そうなの? このクニは、アナタの知っているモノとは違ってきているのでしょう?)
実際ハルカの言う通り、この日本は俺の知る歴史では決してない。
魔力の影響が余りに大きすぎる。
特に活火山が近い場所は、地下のエネルギーが潤沢なためにダンジョンコアが放出する魔力も多い。
つまりほかの地方よりも魔力が濃くなるわけで、その分人々や動植物も常識を外れた存在になって行くのだ。
(遂に、龍まで現れたのには驚いた)
(水のカミでいいのかしら?)
各地の湖では、元々水の精霊がカミとして成立しかけていた。
水の流れが蛇を思わせたのか、その姿を象っていたのだ。
そこに、大陸からの知識が流れ込んで、竜にまで至ってしまうモノも現れたのだから、もうこの流れは止まらないだろう。
(蟒蛇に、大百足に、大蜘蛛に、狒々……動物の大型化や妖怪化が顕著だな)
世が荒れたせいだろうか? 人々の嘆きや怒り、絶望に染まった魔力を取り込んだ動物たちが、異形化していく様も見かけるようになってきた。
もっとも、人間側も軒並み超人化している為に、人的被害は少ない。
むしろ、格好の獲物として戦士たちは狩っていくのだから、日本人はとんでもない戦闘種族になってしまっている。
これには大陸側もドン引きだ。
とはいえ、大陸に渡ってしまうと、その力の大半を失ってしまう。
何故それを知って居るかと言えば、試したからだ。
(まさか、こんな形で海外に出るとは思わなかったな)
(そうね! でも、とっても楽しいわよ?)
多くのクニの中で、大陸との交流が盛んなのは、地理的な要因もあり、北九州に位置するクニだった。
特に奴と呼ばれたクニは、大陸との交流に熱心で、大国である漢へと使者を送ろうとするほどだ。
で、その様子を知った俺は、一つ思いついたのだ。
使者たちに混ざり、大陸に行けないかと。
勿論クニを挙げての使者だけに、交易の民として混ざることはできないだろう。
だが、何事も工夫と言うやつだ。
要は無機物だろうと、魔力を宿した状態を維持できれば、意識を繋ぎ続けられるという事。
俺とハルカは、奴のクニにあるダンジョンで産出された、宝石化した魔石をあしらった宝飾品に目を付けた。
ダンジョンドロップ品であり、濃密な魔力を帯びたソレを、奴のクニの長は、献上品として漢へと捧げられようとしていたのだ。
試しに、二つ一組のその首飾りに意識を同調させる。
すると想定したとおりに、ダンジョン機能で周囲を確認するのと同じように、周囲の状況を確認する事が出来たのだ。
(これはこれで色々と応用が利きそうだな)
(そうね! もっといろいろと試してみましょう)
そう浮かれていたのが、ほんの数日前。
だが、ある意味想定通りの事態がやって来た。
船で対馬を経由し、朝鮮へと渡る。
その過程で、首飾りとの意識の接続が、怪しくなってきたのだ。
やはり、偏西風の影響か、西に向かうほどに魔力は希薄になって行く。
今回は、陸路が多かったのも問題なのだろう。
海路であれば、海中で未だ拡大し続けるダンジョンコアネットワークとも接続できる可能性があった。
しかし、それも叶わず、俺達の意識は漢帝国に入り込むことも出来ずに、接続切れになってしまったのだ。
こうして、俺達の挑戦は失敗したのだが、奴国の使者自体は、大成功に終わったらしい。
戻って来た使者から、長が何かを受け取って小躍りしている。
(アレは何? 何だかキラキラしているの!)
(……金印、か? ……奴の金印!?)
俺は、咄嗟にダンジョン機能で、その長の手にある黄金の印を解析する。
『漢委奴国王』
そう記された金印に、俺は意識内の言葉を失う。
そうか、アレが後に国宝にもなる金印なのか。
そしてこの日本が、既に倭国として大陸から認識されていることを、俺は知った。
(……確か、後漢の光武帝の頃に、倭国からの使者と謁見し、印を授けた、だったか?)
正確な年代までは思いだせないが、確か1世紀の頃だったはずだ。
もう、そんな時代になってしまったのか。
未だに、多くのクニがせめぎ合い争う中、俺は直に倭の統一が為される予感と確信を抱くのだった。




