『未来(アシタ)』の『史記(シンブン)』に『記載され(ノッ)』た話
「……ハルカ、感想は?」
「美味しいけど、アナタが言っていたほど…?」
「まあ、まだ品種改良前だからなあ……」
俺とハルカは再び交易民に扮して、この時代の集落へとやってきていた。
この時代の米を味わう為だったが、同時に人々の暮らしも生身で感じておきたかったからだ。
集落で味わう米は、俺の認識で言う古代米。
交易品の布と交換し、調理されたそれは、未だ品種改良される前のもので、生前味わったものに比べて味気ない。
コアと繋がり、俺の知識などを共有しているハルカも、今までの時代の原始栽培植物(ドングリや栗など)と比べれば良いと感じているものの、感動は薄いようだ。
「とはいえ、人の腹を満たすには十分すぎる。危険を伴う狩猟ではなく、安定して得られる食料だ。これから、各地の集落は大きくなっていくぞ」
「アナタの言う、クニになって行くのね……」
食糧の安定供給にも、地域差がある。
耕作地に適している広い平野を有した集落は、耕地を拡大しながら急速に人口を増やし、発展していくだろう。
それは集落毎の貧富差につながる。
そしてもう一つ、人々の意識の変化があるようだ。
交易の民として全国を歩いていると、ダンジョンの傍から集落が次第に離れているように感じられた。
恐らく耕作が広まるにつれて、ダンジョンへの認識が『獲物を定期供給する場』から『危険な動物が出現する場』へと変わって行っているのだろう。
狩りの場としての価値は依然あるものの、危険を伴う場から集落を離す程度には忌避されつつあるらしい。
同時に、ダンジョンでの狩りの様子も、様変わりしつつあった。
ダンジョンの前に、屈強な男たちが、手に手に武器を持ち気勢を上げている。
その先頭に立つのは、幾つもの装飾具を纏った男だ。
装飾具や手にした武器全てから、強い魔力を感じ取れる。
それは、これまでの狩人とは全く別の姿。戦士と言うに相応しいものだった。
遠目から彼らを眺める俺は、傍らから見上げてくるハルカに告げた。
「……こうなることは、予想出来ていた。武力に秀でた者が、ダンジョンで価値あるドロップ品を得て、分配する。力ある者が、集落をクニを明確に差配するようになる」
「それは、どうなるの……?」
ハルカの問いに、俺は答えなかった。
今はまだその武力がダンジョンでの狩りに向けられている。
しかし、直にその武力は集落間の闘争に向かられるようになるだろう。
またある集落では、祭司らしき男が同様に戦士たちを取りまとめていた。
その男は、周囲に一抱えはありそうな石を浮かばせていた。
モンスターが現れると石を射出し、打ち倒しているその様子に、俺は驚きを隠せなかった。
かつて見た祭司の精霊使役に比べて、石の扱いが余りに自然だ。
念入りな儀式無しに、そのような魔法を使えるようになったらしい。
「これも、地域色と言うべきなんだろうな」
「水を操っていたヒトも居たわね」
そう、それら祭司も、耕作には重要な役割を果たしていた。
何しろ、実際に精霊に呼びかけ、自然現象に干渉できるのだ。
風と語らい、雲を呼び、雨を乞う。
生前の歴史の中でも行われたそれが、魔力が存在するこの世界では、実際の効果となって表れる。
「魔力を作り出している側が言うのも何だが、とんでもないな。まさに、神秘の国だ」
「外から来るヒト達も、驚いているものねえ」
大陸から見たら、魔力のあるこの地は、神話伝承の世界そのものだろう。
おかしな伝承として伝えられるかもしれない。
そんな事を考えつつ、俺達はこのアバターでの活動を一旦休止することにした。
何しろ、この時代の米は食ったのだ。
まだ未発展とはいえ、米の未来は感じられた。
これ以上は、また折を見て活動して味の変化などを確かめていけばいい。
それよりも、俺はダンジョンコアとしてやるべきことがあるからだ。
海での活動の拡大。
海底火山や、もっと遠方の火山にコアを送り込むには、どうしても海で活動できる手段が必要になる。
『ダイバー・ゴーレム』でのコアネットワークの拡大は堅実だが、どうしても時間がかかり過ぎるし、何より踏破できない地形がある。
海溝だ。
およそ数千メートル級の深さがある海溝が、日本の南を遮るように存在している。
海底を徒歩で移動する『ダイバー・ゴーレム』では、この海中の崖を踏破できなかったのだ。
その為、俺は新たなモンスターを作ろうとしていた。
この日、俺は海底探査のために生み出した新造モンスターの最終調整を終え、念のため遠方まで泳がせてその挙動を確認していた。
名は『ヒュージ・メガロドン』。
古代の巨鮫の外見を模した巨躯だが、目的は単純ではない。
海水による魔力の希釈を避け、かつ長期間海上・海中で活動できるよう、表皮に魔力拡散を抑える特殊被覆を施していた。
その上で巨大な魔石を内蔵し、自己完結的に魔力を蓄える。
探査機能、環境センサ、深海接地用のコネクタを持ち、海上近くか海底のダンジョンコアネットワーク近くなら、遠隔操作も可能な自律ゴーレムの一種だ。
(大きな魚に見えるだろうが、中身は全部仕事用だ。愉快だが操作性は良いな)
(あら、すごくおおきいわね! それに、ちょっと怖いけど格好いいわ)
ハルカは感嘆し、俺はその胸中の不安と期待を共有しながら、視点をヒュージ・メガロドンの感覚に接続していた。
深海の圧力、潮の匂い、そして周囲の魔力の薄まり。
仕様どおり、表面の被覆は周囲への魔力拡散を抑制し、内部の魔石がゆっくりと魔力を吐き出すことで自己維持している。
だがこれは試験運用だ。
万が一の挙動も想定して、監視の手を緩めない。
(北東の大陸側の海域まで行ってみよう。沿岸部の様子から、大陸の発展具合も確かめておきたい)
(アナタ、気を付けてね? 西の方は魔力の濃度が薄いのよ?)
(その状況でも感覚のリンクが可能かの試験でもあるからなあ……)
俺はヒュージ・メガロドンに感覚を繋げつつ、最小限の自律指示を与え、視界を通じてその進路を追った。
【とある方士】
我は徐福。
秦の始皇の命により、蓬莱山を求めて海を渡る方士である。
始皇帝の命は重く、我ら渡航の目的は長生と不老の秘を求めることにあり、蓬莱山の噂は逐一調べられている。
帆を上げ、眷属と民の安寧を祈りつつ、我らは海へ漕ぎ出した。
船は小さくとも、日の出からの風は我らに味方した。
海は広く、波は穏やか。
やがて水面が不穏にざわめいた。
船べりに立った我が視線は、黒き影が海を割って進むのを捉えた。
「大鮫魚だ!」
と、一人の舵手が叫ぶ。
影は現実となり、巨大な顎と尾が水を叩き、我らの周囲に波を起こす。
船員の多くが狼狽する。
民の顔色が変わる。
蓬莱山へ至る前に、これが妨げとなるのか。
我は取って返すことを決めた。
始皇帝にこの事を告げれば、憤りを示すであろう。
我々は急ぎ戻り、使者を送りたい。
船を引き返すその瞬間、何か命じるべき言葉が喉に詰まるほど、影は巨大で奇異であった。
我らは帆を反転させ、一路宮に向かう。
心に誓うは、始皇が望むところの不老をもたらす海の民か、あるいはその秘密の障害かを見極めること。
【アキト】
(うん? 向こうに船がいるな? 漁船より大きいみたいだが……どうやら、驚かせてしまったらしい)
(あら、それは大変。大丈夫なの?)
(転覆はさせていないし、逃げ出しているから問題は無いと思うが)
俺はヒュージ・メガロドンを遠方まで泳がせ、海域のデータを収集していた。
ここは大陸にかなり近い。
漁船らしいを何隻かの船影は視認したが、彼らは当面こちらに脅威を及ぼす存在ではない。
ヒュージ・メガロドンは偵察的な微振動しか出しておらず、接触は不必要だと判断した。
(手を出すと余計な波紋が立つ。ここは静観して、データを取る方が得策だ)
(そうね。巻き込まないでね、アナタ)
ハルカの念は穏やかだ。
確かに、この時点で文明の交差点に人々がいる。
だが俺はダンジョンコアとしての役目を優先すべきだろう。
海底火山の調査、コア網の拡張、それが終われば文明との接点をどう活かすかを考える時間がある。
(この辺りまでなら、意識のリンクも持つな。いや、ちょっと怪しいな?電波二本ってところか)
(……アナタはたまに不思議な言葉を使うわよね)
俺の判断は暫くの静観であった。
【とある方士】
我が報告を持ち帰るや、始皇帝は激昂した。
御前で我らが見た大鮫魚の話をするや、その瞳は猛火のように輝く。
始皇帝は直ちに艦を用意し、自ら先頭に立って討伐を命じた。
「大鮫魚とは何事か。蓬莱山の道を阻むものならば、我が手で討つべし」
と、始皇帝は言った。
臣下らは恐れを抱きつつも命に従う。
船団は速やかに整えられ、我らは再び海へ向かった。
船上の空気は、狩りへ向かう軍のそれであった。
我らの船団は、再び海上へ。
だが我らが見たのは、単なる大魚ではなかった。
それは、海の巨獣のように大きな存在で、深海の暗がりから出現し、我らの目を奪った。
【アキト】
ヒュージ・メガロドンは、俺の指示どおりに大陸近海の調査を終え、別の深海域へ向かおうとしていたところだった。
その際、驚くような大船団が接近してきた。
権勢を誇示するような船団は、矢の雨で容赦なくヒュージ・メガロドンを追い立てて来る。
(なんだ、あの弓の数は……!?)
(アナタ、大丈夫なの!?)
(俺は別に意識の繋がりを断てばいい。だが、このままだとコイツが……!)
大量の矢がヒュージ・メガロドンの外皮に突き刺さる。
被覆は強靭だが万能ではない。
多数の矢が同時に打ち込まれると、縫合部分が破れ、表面の魔力抑制層に亀裂が入った。
亀裂から魔力が一気に水中へと溢れだす。
(まずい。表皮が破損した。魔力が拡散する……意識のリンクも怪しくなってきた)
この事態には、流石に焦りを感じる。
幾ら大元の意識には影響ないとはいえ、殺意を持って向きを向けられるというのは、流石につらい。
多くの矢が刺さった為に、破れた被膜の範囲は広く、魔力の拡散が速すぎる。
魔石内部の精製された魔力が、海に溶け込むように拡散していく。
海は黒く、魔力が粒状の光となって弾けるように見える。
俺は、そしてヒュージ・メガロドンは、そのエネルギー喪失により機能低下を起こし、推進力と浮力を失った。
巨体は重力に屈し、海面に大きな波紋を残して沈んでいく。
沈没した機体はやがて海底へと落ち、そこで静かに停止した。
散った魔力は海中に溶け込み、周辺の海域に一時的な変調を残す。
船団の人々が、この現象をそう思うのか?
そんな想いと同時に、意識のリンクは途絶えてしまった。
(参ったな。これで終わりか……だが、試験自体は成功だな。次は巨大でも怪しまれない鯨型で造るか)
(そうね。こんどはもっと可愛らしく作ってはどうかしら?)
(……それもどうなんだ?)
実際、沈められはしたものの、ヒュージ・メガロドンの機能は問題なかった。
俺はハルカと語らいながら、満足感と冷静な観察の間にあった。
【とある方士】
我らが見た大鮫魚の噂は宮廷で膨れ上がった。
始皇帝は我らを蓬莱山へ遣わすという思いを一層強めた。
だが海での出来事はそれだけではなかった。
私は大陸へ戻る途中、沿岸で見聞きしたことが心に残る。
遥か東方の島の人々は、我々を恐れず、寧ろ穏やかに受け入れる。
彼らの体つきは頑健で、年齢の割に若々しい者も多い。
村の長老が言うには、かの地は仙境であり、仙人が住まう島であると語った。
蓬莱山を夢見る我らにとって、これは好機でもある。
かの地に満ちる力を帯びた気は、始皇帝の求む不老の秘そのものであろう。
島人の寿命が長いのは、ただの風土ではなくかの地に宿る何かの賜物なのだ。
まさしく蓬莱島そのものである。
我は始皇帝の待つ宮へと帆を返す。
だが心は既に遠い。
海で見た光景と、海を漂う魔力の粒を忘れられない。
我は蓬莱山を目指すだけでなく、この地の秘密を抱えて帰り、褒美を賜るつもりであった。
だが、真の望みは何か?
始皇帝は、偉大なれど只人である。
己自身が不老不死へ至りうるのであれば、只人の褒美など取るに足らぬものではないのか?
ああ、やはり、かの地。かの地なのだ!
我はかの地に行かねばならぬ!
【アキト】
ヒュージ・メガロドンが海に沈んでしばらく後、西から船がやって来た。
確認すると、ヒュージ・メガロドンから逃げ出したあの船だ。
どうも、遭難したわけでもなく、妙に物資を詰め込んでいる様子からも、移民船のような雰囲気を感じた。
(大陸から態々移住して来る? まあ、あり得なくは無いのか……?)
首を傾げつつ観察していると、何やらリーダーらしき男が喜びの声を上げている。
(……うん? これは大陸の術か?)
(あら、すごい。このヒト何者かしら?)
なるほど、大陸の術師か。
儀礼的なものでしかなかったものが、実際に力として行使できるようになったら、それは喜びもするだろう。
(……ん? 大怪魚退治に西から来る術師? ……なんか聞いたことがあるような……んんん?)
意識だけで、首をかしげる俺。
結局、史記にも記載された始皇帝による大鮫魚退治や、徐福伝説の存在を思いだしたのは、術師達が集落を築き、完全に定着した後になるのだった。




