縄文の女神、もしくはビーナス
ダンジョンコアの間。
向かい合った二人のアバターの内、男の側は女性側に向かい、しめやかに土下座した。
「……済まない。どうかしていた」
「あの、その……私も」
俺とハルカが繋がったそれぞれの写し身の間に、何とも言えない空気が漂う。
冷静なった俺は、あふれ出る衝動に流されてしまったことを恥じるが、ハルカもまた顔を赤らめ、恥じらっている。
そうなってしまうほどに、長く濃密な時間を俺達は過ごしてしまった。
お互いを求めあい過ぎてドロドロになるまで絡み合った結果、咄嗟に出したベッドも俺達も酷い有様だ。
全て出し切った俺達は、ダンジョン機能で出した湯船で身を清め……ようとして、湯で火照った彼女の姿にまた情欲が再燃。
そんな形で何度か延長戦に突入するなどした末に、今ようやく落ち着いたのだった。
(何の話だったかな……身体を持たない天使が地上で肉体を持ったら、地上の女に即堕ちしたってやつ。今なら、その天使たちの気持ちが判るかもしれん)
実際俺達は、意識だけの状態で長くパートナーとしてあった。
それは精神的充足をもたらしてくれたものの、同時に意識だけだからこそそれで済んでいたらしい。
こうしてアバターと言う肉体を得て、生身の感覚と衝動を得てしまったら、なまじ数万年のご無沙汰期間があったせいで余計に暴走した面があった。
それはおそらく、俺だけではなく彼女もだ。
初代のアバターの番として4人の子をもうけるほど、俺達の仲は良好だったのだから。
「いやまあ、俺達、番だったしな? な!」
「え、ええそうね! そうよね!」
ただまあ、お互い若い身体をまた得てしまった以上、何というか、照れもある。
お互い全て晒してしまった上での、気恥ずかしさと言うか……。
だが同時に、解決しなければならない問題も明らかになった。
「ただ、このままだと、拙い。具体的に言うと……俺の嫁が女神過ぎる」
「……そうなる、の? ワタシ自身はよくわからないのだけど」
「鏡を出した。よく見て見ると良い」
「…………あら、ホント」
コアの間の一角に、鏡を出現させる。
そこに映った自身の姿を見て、ハルカもまんざらでは無さそうに色々とポーズを取っている。
ちょっと気合を入れ過ぎて、盛りに盛ったハルカのアバターは、まさしく女神の容姿だ。
縄文人の嗜好は現代人の感覚が残る俺とは違うかもしれないが、多少の嗜好の差など吹き飛ばす圧倒的な美を彼女は備えてしまっている。
ハルカの意思が宿る前、作り上げたばかりの時はまだ気づけなかった。
しかし、彼女の意思が宿り命を吹き込まれた結果、地上に降りた女神そのものと化していた。
俺用のアバターも、外の世界にどんなモンスターや魔力により変化した動植物が居るか判らないため、各種耐性を備えさせていた。
その中には対魅了と言うべき精神的な防御も含まれていたのだが、あっさりと突破されたことになる。
俺の嫁とはいえ、末恐ろしいとしか言い様が無い。
だが、この場合その美しさが問題だった。
「ハルカが美しすぎて目立ちすぎるだけならまだいいが、見た男全員発情して襲い掛かってきかねないのがな……」
「そ、それは流石にイヤ」
その光景を脳裏に思い浮かべてしまったのか、彼女は蒼白になり鳥肌が立ってしまっている。
俺としても、それは許せない。
生前の彼女が命尽きた時、初代のアバターも最期を共にする程に、俺は彼女を番として認めていたのだ。
(これはいうなれば、独占欲だろうか? それとも嫉妬?)
生前を思い起こせば、知人の中にはパートナーの美しさを見せびらかす様な嗜好の者が居た。
アイツとは他の趣味で気が合ったが、そういう嗜好だけは同意できなかったのを覚えている。
(いや、あの時は俺にパートナーは……いや、今それはどうでも良い事か)
俺は脳裏に浮かんだ過去を雑念として振り払い、状況を整理する。
つまりこれは、彼女のアバターをオーバースペックに作ってしまった俺の責任だった。
「安心しろ、ハルカ。手はある」
「……えっ? これは……?」
成長し機能を拡張させたダンジョンには、何かを偽装することも可能になっていた。
本来は、罠や通路を隠したり、別のものに見せかけるためのものだ。
俺はそれを、ハルカのアバターの容姿にも適用する。
肌の艶を抑え、髪の色をくすませ、輪郭を少しぼかす。
美しさを損なうのではなく、目立たないようにするための処理だった。
「あまり変わっていないはずなのに、なんだか見え方が変わったわ……不思議ね」
ハルカも、偽装の効果による自身の変化に驚いている。
そして、不意に俺に視線を向けて来た。
「アナタも」
「うん?」
「アナタ自身も、同じように姿を変えた方が良いと思うの」
彼女の言葉に、俺は首をかしげる。
改めて鏡の中の自分を見ても、そこには縄文人が居るだけだ。
確かに、生前の面影が残ってはいるが、そんな事必要だろうか?
「必要! 必要だから!」
「そ、そうか?」
だがまあ、ハルカにこうも力説されてしまっては応えるより他ない。
何より、これからこのアバターで行おうとする内容を考えれば、印象に残らない容姿にするのは理にかなっている。
「こんな所か……?」
「え、ええ! 良いと思うわ」
「……そうか? まあいいか。あとは、こうして、こうか」
「何をしているの、アナタ?」
「ちょっと準備をな……よし、こんなものか」
ハルカのアバターと同様に、俺のアバターに偽装を施した後、俺は魔力を元に様々なものを生成していく。
研磨された石器、貝殻を加工した装飾品、岩塩の結晶、動物の毛皮や、角などの素材の数々。
それらを運びやすいようにまとめていく。
「ダンジョンの外を見て回るのに、都合の良い役周りがある。交易の民だ」
それは、各地のダンジョンの稼働状況を調べていた際に見つけた存在だった。
集落と集落の間を行き来して、物々交換で品物をやり取りする流れの民。
俺達が縄文の時代を見て回るのに、これほど都合の良い者はないだろう。
「あとは、コレだな」
「……ヒトの形に土を固めたもの? 不思議な形……」
俺が作り出したのは、女性的な特徴を備えた幾つかの像だ。
縄文時代と言えば、所謂土偶と呼ばれる遮光器土偶が有名だが、同時に女性の姿を象った像も各地で多数見つかっている。
女性的な特徴を持ったそれらは、生前に『縄文のビーナス』や『縄文の女神』と呼ばれていた。
子を産み育てられる女性の神秘性が信仰の対象になっていたか、もしくは呪術的な儀式に使用されていた可能性を指摘されているものだ。
先に見かけた交易の民も、コレを運んでいた様子だった。
他にも荷物をそろえ、俺達はそれらを背負うなどしていく。
「設定としては、若夫婦として独立したばかりの民、と言った所だな」
「あら素敵ね」
夫婦とするのにも、俺の嫉妬心や独占欲以外にも一応理由がある。
そもそも、ただこの時代を見て回るなら、俺のアバターだけでも事足りたはずだ。
だが、単独だと初代のアバターのように、各集落に囲い込まれる可能性がある。
集落内のみでの血の交わりの末の、遺伝的な閉塞。その対策として、新たな血を向かい入れると言うのは、古くからある手法らしい。
だから、既に嫁は居るのだとアピールする必要がある……まあ、これも建前だ。
(いやまあ、一人旅よりハルカと旅をした方が楽しそうだよな)
一番の本音はそこになる。
照れくさくて、あえて言う気にはなれないが。
「さて、行くか」
準備を整え終えた俺達は、早速出発することにする。
今のダンジョン外は夜。
ダンジョン近くの集落は、僅かな見張り以外眠りに落ちていた。
だからと言って、集落傍の出口からそのまま出るのは問題があり過ぎる。
「やり様が幾らでもあるけどな」
「新しい通路ね」
俺はダンジョンの機能で、新たな通路を作り出した。
コアの間からなだらかな坂となって続くその通路は、はるか先へと続いて行く。
ダンジョンやその傍の集落からも遠く離れ、山一つ越えた先まで伸びた通路は、最後に森の中の岩陰に出口を開けた。
「俺達しか使えない隠し通路だ。ダンジョンコアの特権だな」
「夜だけど、久々の外! 風が心地いいわ!」
久々の生身で外の空気に触れ喜ぶハルカを見守りながら、俺は出口を機能で塞いでいく。
変に隙間などがあって、水や小動物が入り込んでも困るからだ。
「行こうか、ハルカ」
「ええ、あなた」
こうして、俺達は縄文の時代に足を踏み出した。
念のため、俺達が出て来たダンジョン傍の集落には向かわず、別の最寄りの集落を目指して。
この時俺はまだ知らなかった。
魔力が満ちた世界で、人々が何を手にしているのかを。
「……なんだ、あれは?」
「生きている、火?」
数日後俺達が見たのは、10mを超えるほどに大型化したクマと、それに相対する炎を操る老人。
『魔法』が、そこに存在していた。




