98 神語り
「お前が……、死神ノーデス!?」
神の使いとか眷属とかではなく……。
神そのものが動いていたというのか……!?
そして『ヒバカリ』という仮の姿でもって俺たちの前へ……!?
「フットワークの軽い神だな!?」
「獣神や智神ずれと違い、ワタシは融通が利く神なノダ。ワタシはヤツらのように、一時の感情で動くわけではないカラナ」
では、一体どんな理由で……?
「ワタシが動くのはあくまでも義務によってダ。この世界の運行、それがつつがなく行われるコト。それを保全するために死の神はアル」
「なんだって……!?」
「どういうことだよ……!?」
周囲を取り囲む仲間たちも困惑しきりだ。
まさか相手が神そのものだとは夢にも思わなかったろうからな。
本来神というのは遥か高みにあって、人の前には現れないものではないか。
かく言う俺も予想だにしなかったことで絶賛困惑中ではあるが。
とはいっても相手は神。
そう簡単に下界に降臨して堪るものか。
この神がここにいるということは何か重大な、相応の理由があって然るべきだ。
「……この地は、異常なる律動が溢れてイル」
「何?」
「そのせいで、ワタシの務めが滞ってイル」
死神の務め。
それはつまり……。
「そう、この地ではもっと多くの人間が死ぬべきだったノダ。戦争が起こり、暴政吹き荒れ、それを鎮めるために英雄が現れて悪しき者たちを滅ぼしてイク。それらによって肉体から解き放たれる魂は数十万をくだるまいはずダッタ」
それは……、つまり……!?
「それが何故カ。因果が変わったノカ。この地で起こるはずの災いが起こらず、死者も数万が精々……。普通に寿命を迎えた穏やかな死に様がほとんどでアッタ……。ワタシは死の神として予定が狂った理由を調べ上げ、できることならあるべき因果に戻さなければなラヌ」
「それはつまり……ッ!?」
俺が悪いとでも言うつもりか!?
因果を変えた。
それは俺自身の行いにどうしようもない心当たりしかなかった。
本来、ここにいる人間は誰もが死ぬはずだった。
勇者に滅ぼされる邪悪として、それこそ何万という人間を道連れにしながら。
俺だけじゃない。
セレンもフォルテもサラカも、グレイリュウガも皆々……。
本当なら今頃セロとの戦いで死んでいるはずだった。
その運命を俺は死ぬ気で変えてきたのではないか!
必死の努力が実って、誰もが死なない平和な世界を築き上げることができた。成功を確信した矢先に、それを否定する者が現れたというのか。
それが死の神……。
「兆候は以前からあッタ。この世界が本来進むべき方向からずれている、ほんの僅かな齟齬ガ。ワタシはそれを見極めるために下界へと降り、歪みに近い場所へと潜入シタ」
「それが帝国だったと?」
「ワタシは獣神の下僕を演じつつ、歪みの中心を探ることを続けタ。時に自分から手を打ち、相手の出方を窺うこともした」
それがイルンヌ街での騒動だと?
ヤツはそんなに早い段階から目をつけ、本来のシナリオから外れていくこの世界を監視していたというのか?
「とはいえ、この世界を歪めている中心は何か、早い段階でわかってはいたガナ」
「…………」
「お前ダ。ジラ、お前こそが世界を歪める元凶ダ。お前のせいで死ぬべきものが死ナズ。世界はあるべき姿から外レタ。これは由々しき事態ダ」
「人が死なないことが悪いとでもいうのか?」
俺は、目の前にいるこの死の神に怒りすら覚える。
俺だって綺麗言で生きてきたわけじゃない。
俺が必死になってきたのはあくまで自分自身のためであり、死ぬべき自分が生き延びるために全力を注いだに過ぎない。
それでも、自分だけが生き延びても意味がないとわかって周囲の人たち全員が手から漏れぬよう、全力を尽くした。
その結果、充分満足できるほど上手くいったつもりだ。
それを否定するというのか。
死の神というだけで!
「ワタシに善悪は存在しナイ。ただ生まれた者が死ぬという自然現象を整えるだけダ。この時代は獣神の愚行により数多の横死が出るはずであッタ。それがなくなるのであればのちの世にどんな影響が出るものかわかラヌ」
「だからって……!?」
「だからワタシは、一つの試行を試みることにシタ。世の運行が、あるがままを望むならアレによって世界は混沌に立ち返ることだロウ。あらゆる命ある者が死に、戦乱が地上を覆うことによって新たなる時代へと繋がってイク。本来定められた時代ヘ……」
「試行? 試み?」
何のことだ。
「お前はそこまで予測して、全員をここに集めたのだと思っていたガナ。どうやらただの偶然であったラシイ」
「!?」
「ワタシは十二使徒の一人として、お前のことを近くで観察してキタ。だからお前のことはそろそろよくわかってきたし、そんなお前ならすぐ気づくかもと思っていたのだガナ。お前はやけに勘がイイ」
神にそんな評価を受けて恐縮と言いますか。
その時であった。
背中に衝撃が走った。
何か大きなものがぶつかってきたというか、実際にぶつかってきた。
なんだと思って振り返ってみたら、そりゃ衝撃になるはずだ。
飛んでぶつかってきたのはガシだったんだから。
「ガシ!? どうした大丈夫か!?」
「いててててててて……! なんだアイツ!? クソ強い……!?」
飛んではきたが怪我とかないようで一安心。
っていうか、どうして飛んできた?
「はッ? そういえば……!?」
ガシたちは、あるものの対処で別行動をとっていた。
帝都に近づきつつある謎の不審者。
その対処のためにレイやセキと共に飛び出して行ったはずだが……!?
「まさか……!?」
俺は、ヒバカリこと死神ノーデスとは逆方向に視線を向け、遠くを臨む。
そこで繰り広げられる信じがたい光景。
「獣魔術<馬上翔念過ぐ>ッ!」
解き放たれるレイの必殺技。
たぬ賢者から貸し与えられた智聖気も消え、純粋な獣魔術としての攻撃だがそれでも地を抉る凄まじい威力を持つ。
「いや待て……! たかが一人を相手に全開の獣魔術だと!?」
何を本気で戦ってるんだレイたち!?
そんなに大変なのか不審者の取り締まりは!?
しかし次の瞬間俺はもっと信じがたいものを見る。
レイがたっぷりと獣魔気を乗せた必殺の蹴撃が……。
標的に接した瞬間、煙のように掻き消えた。
「なッ!?」
「あの野郎! まただ! 獣魔術が一切通じねえ!!」
飛ばされてきたガシが苛立たしげにがなる。
「ずっとああなんだ! こっちの勧告も聞かないし、それどころかオレたちが獣魔術使いだと知った途端に襲い掛かってきやがった! 悪は滅するとか言って……!?」
悪!?
まあたしかに俺たちは基本悪だけど……!?
しかし俺たちを悪者呼ばわりする相手側は一体何様のつもりですか!?
「とにかく! 誰でもいいから二、三人こっち手伝ってくれ! 悔しいがオレたちだけじゃ手に負えねえ!」
「えぇ~? 嫌どす働きたくありまへんえ?」
いいから行って来い一番働いてない七位と八位!?
そうしている間に、最前線で戦っているレイとセキも吹っ飛ばされた!?
「ぎぃえええええええッ!?」
「ぐあああああああッ!?」
何ッ!?
まさか、今なぞの不審者が攻撃のために発した気は……。
智聖気!?
智聖術使いなのか!?
「彼には、特別に現世に舞い戻ってもらッタ」
などと唐突に言う死神ノーデス。
まさかこれはアンタの差し金!?
「非常の状況には非常の手段で当たらなければならナイ。この時代の英雄を退けたお前たちには、別の時代の英雄をぶつける他ないと思っテナ。ヤツにご登場願ったというわけダ」
登場願っただと……!?
するとやはりアイツは、死神ノーデスの企みによって現れた何者か。
セロやライガさんに勝るとも劣らない強烈な智聖気を放出する……、アイツは誰だ!?
「いや、アイツは……、もしや……!?」
遠目からではわからなかったが、だんだんと向こうから近づいてきて、背格好など詳細に確認できて記憶が繋がる。
あの厳めしい鎧姿、シンプルな剣と盾の武装。
そしていかにもヒーロー然とした真っ直ぐな視線。
あの姿には見覚えがある。
あれは……。
『ビーストファンタジー1』の主人公!?




