97 顕現
十二使徒、第六位ヒバカリ。
最初は、ヤツの不気味さが気になっただけだった。
これまでずっと死線を共にしてきた仲間のはずなのに、俺たちはヤツの存在にも気づくことがなかった。
だから同時に起こった突発時を利用して追求しようとしただけなのに……。
俺たちのすぐ近くで、俺たちの想像を超える事態が進行していたというのか!?
「おい、ジラ……!? 何を見ているんだ?」
「うへッ!? 誰だコイツ!?」
「こんなチビが十二使徒にいたか!?」
俺の視線を追って、他の連中も次々ヒバカリの存在に気づきだす。
本当なら最初から知ってて何もおかしくないのに。
誰もが指摘されるまでコイツの存在に気づけなかった。
まるで何かの神通力が、意図してコイツのことを隠していたかのように。
空気のように透明で、音もなく、そして至る所にあるがゆえに間近で見つめては気づけない。
しかし気づいたが最後、その大きさに目を背けることなど絶対にできない。
それがコイツ……。
「……目を離していいのカ?」
「なに?」
「今回の任務は、アレに対処することだロウ? 向いている方向が逆だゾ」
指摘を受けて振り返ると、なだらかな草原、その地平スレスレのところにある、いまだ小さな黒い点が、ゆっくりとだが確実にこちらへ向かってきている。
報告にあった謎の接近者。
間違いなく、少しずつ帝都へ近づいてくる。
俺はヒバカリと対峙する向きをとっていたため自然あっちに背を向ける形となっていたが……。
たしかにあっちも不気味で気になる存在だ。
帝国が大陸を制覇し、レジスタンスも解体。
もっとも注意すべきだったセロもまた両親の帰還と共に敵対することはなくなった。
これ以上、帝国に敵対する強者がいるとは思えない。
それなのに敢然と帝国に向かってくるアイツはなんだ?
さすがの俺も心当たりはない。
「よそ見してんじゃねえジラ!」
動揺する俺を叱り飛ばすようなガシの声。
「お前ほど上等な頭は持ってないオレだが、それでも多少は察しのつくつもりだぜ! お前の本当の目的は、そっちのマントチビってことはな!」
「かといって目前の脅威を放置するのは十二使徒のすることではない! あちらには我々で対処しよう安心して任せておけ!」
「脅威と呼べるかどうかも怪しいですけどねえ……!」
ガシ、セキ、レイの三人が率先して向かう。
いつもながら頼もしいヤツらだ。
しかし率先するのはアイツらだけで、他の連中は動かへんのかいな。
「あの三人に任せとけば充分でおましょう?」
「相手は一人、しかもどう見てもただの浮浪者だもんねー。十二使徒第八位と七位であるアタシたちが出るまでもないわ」
コイツら……!
手柄がなくて焦ってるとか言ってませんでしたっけクワッサリィさんとゼリムガイアさん!!
……ああ、まあいいや。
他のサラカにフォルテ、セレンとアナスタシアさん、グレイリュウガは油断なく輪を作って標的を取り囲んでいた。
ヒバカリという標的を。
……ん?
ちょっと待って?
アナスタシアさんまでいるの? なんで?
「目の前で異常なことが起こっていて、途中退場などありえませんわ!」
十二使徒の選から漏れたが、それでも中々に押しの強い女性だった。
まあ、コイツを逃がさぬようにするには助勢は一人でも多い方がいいが……。
「ではジラット……! そろそろ種明かしをしてくれんか? ……こいつは何者だ?」
グレイリュウガが、震える声で俺に尋ねる。
「コイツは尋常ではない。その程度のことは私にもわかる。コイツがまとう気が普通ではないからだ!」
そう。
ヒバカリが漂わせる気は今まで俺たちが接してきたのとは明らかに種類が違う。
獣魔気でもなければ智聖気でもない。
それらとは別の、何か。
「この生命エネルギー……、いや生命? どこかで感じたような……?」
グレイリュウガが戸惑うにも理由がある。
彼はこの力に接したことがあるはずだ。
しかしそれもほんの僅かな間だったというのに、それでも覚えているのはさすが第一位。
「これは死滅気。獣神でも智神でもない、別の神を由来とするエネルギーだ」
この世界には……『ビーストファンタジー』シリーズを基調とするこの世界には数多の神々が存在している。
獣神ビーストと智神ソフィアだけでなく。
自分以外の神も含めたあらゆる存在を創造したという事象神ラーファ。
神にも匹敵する白玉天狐。
他にもあまたある神がこの世界の運行に関わっているという。
そのうちの一神。
命ある者になら誰であろうと必ず訪れる最後。
死。
死を司るもの。
「死神ノーデス……、死滅気を発する神だ」
つまりこのヒバカリは……。
死神ノーデスの意を受け動く者。
ノーデスは、『ビーストファンタジー』シリーズの後期に登場する存在。
回数を重ね、何度もラスボスが獣神ビーストではマンネリするとの理由からか新たなるラスボスとして設定された。
死を司る神。
獣神ビーストと智神ソフィア。
在り方は対極なれど、その双方とも生命の営みであることに変わりない。
死神ノーデスは、獣と智、二種一対の生命の営みに相対する存在なのだ。
シリーズが進み、智獣双方の力を合わせた聖獣気を向ける相手としてこの上ない敵だった。
「その死神ノーデスが、何故この段階で……!?」
この世界はまだ『ビーストファンタジー4』なんだぞ。
死神ノーデスが出てくるのは『ビーストファンタジー8』からだろうに。
「出てくるのが早すぎるだろう……!?」
「お兄ちゃん何の愚痴だー?」
いや、こっちの話だから気にしなくていいんだよセレン。
……。
死神ノーデスの気配はちょっと前から感じていた。
二年前、十二使徒のお披露目会の時、招集に逆らう街があった。
その街長に憑りついていたのが死滅気だ。
死滅気のせいで街の指導者は正気を失い、帝国に逆らって危うく滅ぼされるところだった。
あの騒動の後ろに死神ノーデスがいたならば……。
ヤツは今この国で、驚くほど遠大な計画を推進しようとしているかもしれない。
「……さあ、話してもらおうか? お前は帝国に潜入して何を企んでいた?」
「企ム? さあ、なんのことヤラ?」
コイツ……!?
ここまで来てシラを切るか……!?
「わかっているはずダ。ワタシの望むことはただ一つ、この世界が混乱することなく安定によって持続していくコト。それが死の神の存在意義。その辺り獣神と智神とは違うところヨ」
「それは……!?」
たしかにそうだ。
『ビーストファンタジー』シリーズをプレイしてきた感想から、死神ノーデスは他の神々とはなんと言うか……性格が違う。
神にだって個性はある。
死を司る神は、野望とか残虐とか、そんな感情的なものを理由に動くことはけっしてない。
何故なら……。
「死は現象に過ぎないからダ。人だけではナイ。鳥獣草木ありとあらゆる生ある者は、生まれたからには必ず死ヌ。それは始まりと終わりが必ず繋がって結ばれた現象であるからダ」
そう、死神ノーデスはそういうことを言う。
生も。
死も。
活動と停止を一定に繰り返すただの現象として捉え、それをいかに安定して持続させるか、それだけを考えるのがノーデスという神だ。
この神が人間に災いをもたらす時は大抵、『予定よりも死ぬ人数が少ないから調整で数十万人死なそう』とかそういう動機だ。
いや、待て……?
それが死神ノーデスの性質だとしても、何故このヒバカリの野郎がそれを正確に言い当てている。
死神の本質を。
まるで神そのもののように……!?
「まさか……!?」
俺はこのヒバカリを、死神ノーデスの意を受けた使いのか何かだと思っていた。
獣神ビーストに獣魔王や獣魔司教。
智神ソフィアにたぬ賢者などがいるように。
しかしこれは、このあまりにも死神の意そのものを言い当てるこの存在は……!?
「そう、お前の思う通りダ……」
蛇は、脱皮を繰り返すことから一部の文化圏で不死の象徴とされているらしい。
その蛇の獣士としてたばかったその存在こそ……!?
「ワタシは、死神ノーデス」
神そのものが目の前に現れた。




