96 その日ばかり
『帝国守護獣十二使徒』第六位ヒバカリ。
その名を俺たちが思い出すのに滅茶苦茶苦労した。
俺どころかフォルテですら覚えていない。
あの真面目なフォルテすら。
仕方がないので記憶を頼れないなら記録に辿ろうと、いくつか公文書をめくってみてもどこにも載ってない。
「マジかよ!?」
かなり記録を遡って、十二使徒結成当時の資料を引っ張り出してやっと名前が明記されてあるものを見つけた。
第六位ヒバカリ。
それがこの世界で『蛇』のビーストピースを持っている者の名だ。
「何なのだ一体……!?」
資料さらいを手伝わされたグレイリュウガも困惑の表情であった。
「いやすまない。資料ならアンタのところにあるのが一番確実だと思って……!」
「それで出てったと思ったらいきなり戻ってきて、部屋の資料を漁りだしたわけか? そんなことをしていていいのか? お互い無駄な時間などない身であろう?」
うるせえ。
アンタだって、俺に聞かれて現六位の名前答えられなかったじゃねえか。
あの時アンタが答えられたら、こうして資料引っくり返す必要もなかったのだ!!
「あ、あのグレイリュウガ様、お疲れ様ですわ。紅茶をどうぞ……」
「ん? おうすまぬな……!」
差し出されるお茶を飲んで一息つくグレイリュウガ。
提供したのはアナスタシアさんだ。
俺たちと一緒に執務室へ雪崩れ込んで……ちゃっかりポイントを稼いでおる。
「ジラ! お前も喉が渇いたろう! 馬乳酒があるぞ!」
「昼間からお酒!?」
そしてフォルテも我が妻ながらに得点稼ごうとしていた。
「しかし何故唐突に、コイツのことが気になったのだ? きっかけがよくわからんな……!?」
「まあ、それはね……?」
しかしそれより、コイツの存在の不気味さの方が気になりませんかね。
俺も、フォルテも、グレイリュウガですらも。
指摘されるまでコイツの存在を思い出せず、資料を紐解くまで名前も思い出せなかったのだ。
新しい資料に一切名前が見つからなかったのも、直近で完全に存在を忘れ去られていた証拠に他ならない。
そんなことがありえるだろうか?
いわゆる『影が薄い』といわれるような存在感がなく主張のない人間がいるのもたしかだ。
しかしここまで徹底して存在を消せるってありえる!?
「調べれば調べるほどコイツのこと怖くなってきたんですけど!?」
「いや味方のはずなんだがなあ……!?」
味方であればなおさら怖い!
こんな得体の知れない存在が自分たちの組織中枢に知らぬ間に巣食っているなんて!
まさに獅子身中の虫ではないか!?
「グレイリュウガさんよ……!」
「何だ?」
「このヒバカリって、どんなヤツだったか思い出せる?」
恥ずかしながら俺はまったくもって思い出せない。
どんな外見だったか?
デカかったかチビだったか?
男だったか女だったか?
若かったか老人だったか?
そのいずれでもあるようでいずれでもない気がする!?
「いや待て……!? たしか……、そう、豪壮な鎧武者であったような……!?」
「そうだったか? ……私の記憶では達人風の老爺であったような……!?」
「わたくし外からお見かけした時は可愛い男の子のように見えましたけれども……!?」
見ごとにバラバラではないか?
なんなんだ本当に!?
「……十二使徒は残らずブレズデン戦争に出兵し、各自相応の成果を上げた。それが天下に『帝国最強』を知らしめ、十二使徒を恐れさせる始まりにもなったはずだ」
「ヒバカリはブレズデン戦争で活躍したっけ?」
「したはずだ。それで充分な恩賞も下賜されたはずなんだが……、何故だ? 何も思い出せない……!?」
いよいよきな臭くなってきた。
本来『蛇』の十二使徒であるべきアナスタシアの存在を糸口に運よく気づけたが、それがなかったら本当に永遠に知らぬまま過ごしていたはずだ。
なんだこれは?
認識阻害でもかかっているのか?
「とにかく第一位、ヤツの存在はこのまま看過できないものと存ずるが?」
「ジラットの言う通りか……。せっかく世も収まってきたというのに厄介な……!」
不気味で厄介なのはもちろんだが、俺と同じ十二使徒なのに俺以上に怠けてて、それで通せているのが気に食わない!
「今すぐコイツを呼びつけよう! そして吊し上げ会だ!」
「なんでそんなに精力的なのだ……!?」
俺より楽をしているヤツが許せないだけだ!!
しかし時を同じくして。
まるでタイミングを計ったかのように別の異常事態が発生した。
◆
帝都郊外。
都市部から外れて、中世風ファンタジーらしくだだっ広い野原が広がる中。
俺たち十二使徒は珍しく全員集合していた。
「番号! 十二!!」
「は!? じゅ、十一……!?」
「なんだよ十!?」
「き、九?」
「八どすえー」
「七よ!」
「六」
「ご、五だぜ!?」
「四だ」
「アタシは三なのだー!」
ワータイガことライガさんは帝国から離れたため二は聞こえなくていい。
そして……。
「このグレイリュウガで一。……全員いることになるな」
「そう! 間違いなく! 十一人いる!!」
俺のテンションに周囲が困惑しきりでいる。
なんでこんなにハイなのかと。
「何かのっけからわけわからんぜ?」
「順を追って説明しよう」
グレイリュウガが第一位の義務と責任でもって先導役を務める。
「つい今しがた、帝都外縁警備部隊から報告が入ってな。正体不明の何者かが帝都に近づきつつあると」
「正体不明?」
「何者か?」
呼びつけられたガシやセキなどは、戸惑うことばかりで眉間に皺が消えない。
「ソイツの対処に我々が集められたと?」
「十二使徒の全員を? 尋常じゃねえな? 一体何者なんだよソイツは?」
だから正体不明だよ。
警備兵などは最初、旅人か何かが道に迷ったのかと思い保護に出たぐらいだった。
しかし接近すると急に攻撃。しかもそれがやたらめっぽう強くて警備兵では手に負えない、ということで俺たち十二使徒にお呼びがかかったというわけだった。
「概要はわかりましたけど、じゃあその敵とやらは何名様ですの?」
雅に問いかけてくるクワッサリィ。
いや、まだ敵と決まったわけじゃないんだけどな?
「……一人だ」
「一人!? たった一人相手に十二使徒を総動員ってどういう判断よ!? 大げさすぎない!?」
ゼリムガイアの物言いももっとも。
今が仔細不明の不審者一人に帝国最高戦力すべてで対処させるなど、鼠一匹に山が鳴動するようなものだ。
「ことが知れたら笑いものになるぜ? 大陸の覇者たる帝国がよぉ。こんなんでいいのか太子様よ?」
「口を慎めサラカ。全員招集を発したのはジラだ」
「はい!?」
「お前は自分の夫の判断に差し出口を挟むのか?」
「それを早く言えよ!! ジラの考えたことなら全面的に従うぜ! オレの旦那がすることに間違いはないからよ!」
フォルテとサラカもいつも通りの軽口の応酬。
そう、いつも通りの皆のはずだ。
「……お兄ちゃん? どうしたのだ?」
最後に妹セレンが、不安げな声で俺へ呼びかけた。
そうさせるだけの異様さが今の俺にあったのだろう。
そう、言うまでもなく今回の全員招集は、目的が別にあった。
ちょうどいいタイミングで起こった変事を利用させてもらった。
唐突に名指しで呼ぶと気づいたことがモロバレになってしまうからな。
それで危険を察知し、雲隠れされては元も子もないから全員を呼べば来ざるを得ない。
ようやく会えたな、第六位ヒバカリ。
しかしコイツは……!?
「まさか……!?」
実際に目にしたヒバカリは、直面してもまだ実体のつかめない茫洋とした存在だった。
小柄ではあろう。
その総身をすっぽりマントで覆い隠し、内側はまったくわからない。
しかし……!
そのマント越しに滲み出る、見えざる力……!
注意深く観察しなければ気づくことのできなかった、この邪気は……!?
「偶然とは恐ろしいものダ」
「!?」
喋った?
ヒバカリのヤツが、こちらから語りかけられる前に……!?
「お前はイレギュラーの塊ダ。ゆえに先手を打ってくることも想定していタ。アレを前に全戦力を投入してクル。お前のこれまでの行動から見てそれだけの最善手は打つものと覚悟していたガ……」
「お前、お前は……!?」
「真の狙いはワタシであったとハナ」
少しずつ、足音が近づいてくる




