95 竜を慕う蛇
「何だあの女は……!?」
超怪しい。
ここ帝城内で、グレイリュウガがいる部屋の中を隠れつつ覗く女性。
年齢的には二十歳前後と言ったところか。
少女とも女ともいえない微妙な年ごろであるが行動……というか態度? の軽率さから何となく少女的な印象を受ける。
実際より若く見える、と言った感じか?
とにかく変なものを見つけてしまって見て見ぬふりをしたかったが、彼女が窺っているのがグレイリュウガの執政室ということで看過もできない。
あとで何か起こって『お前なんで何もしなかったんだ』と責任追及されるのは嫌だからだ。
保身。
その二文字ただそれのみによって俺は火中の栗を拾いに行く。
「おいキミ」
「ひゃいッ!?」
俺の存在に気づかなかったのか、女性は必要以上に驚いて、その場からピョンと飛び上がった。
何故気づかない?
俺、彼女がガン見していたグレイリュウガの執政室から今しがた出てきたところなんだぞ?
「こここ、これはジラット様! 挨拶遅れて失礼いたしました!!」
「それはいいけど……」
俺を見てピシッと姿勢を正すってことは、彼女も帝国の所属か?
でないと帝城にいられる理由もないからなあ……!?
しかし彼女、覗きなんて品のないマネをしていた割には身だしなみ非常に華麗で、どこぞのお嬢様を彷彿させる。
髪も金髪でクルクルしてるし。
益々何者なのか推測しがたい。
「あー……、失礼だけどキミはどちら様……!?」
「はい! 親衛隊に所属しておりますアナスタシアと申します! 帝国最強、十二使徒の一人たるジラット様に覚え置きくださる必要もない木っ端者にございますわ!」
いや、親衛隊といえば皇帝の身辺警護につく精鋭中の精鋭ではないか。
帝国内では十二使徒に次ぐ最高ポジション。
その親衛隊に入れるってことは彼女も相当な手錬ってことだが、そんな子が何をストーカーまがいのことを?
「ジラー、私も今お勤め終わったから一緒に帰ろうぜー。……ってあれ?」
そこへ我が妻の一人フォルテがやってきた。
しかも絶妙に微妙なタイミングで来たな!?
「いや違うんだよ!? これはナンパとかではなく!?」
「そんな必死に取り繕わなくてもいいが……!? アナスタシア様もお久しぶりです」
なんと!?
我が妻が、謎のストーカー女にご挨拶!?
二人はお知り合い!?
「いやほら、私も十二使徒就任前は親衛隊にいたからな。その時の同僚ってことだ」
「恐れ多いですわ! 今や十二使徒の第四位たるウルフォルテ様とわたくしとでは天地の差! 序列の秩序を守ってくださいまし!」
変に順序に拘る人だなあ?
「だから彼女の人となりは私もよく知ってる。グレイリュウガ様の執政室前にいたってことは、またあの人を想い募っていたんだろう? だからジラの浮気など疑っていないって」
「そうですか……!?」
ホッとしたのもつかの間、新たなる疑問が脳裏に浮かぶ。
彼女はグレイリュウガさんにご執心なの?
だから部屋の前で監視まがいの行為を……?
愛情表現が歪んでない?
「仕方ないのだ。アナスタシア様はグレイリュウガが親衛隊にいた時から想いを寄せていたが、それを伝える間もなく十二使徒が結成されてあちらは昇格、ご自分は親衛隊に取り残されてしまったからな……」
ああ。
二年前の十二使徒選抜会のことですな。
「わたくしも選抜に合格し、グレイリュウガ様とお傍に並びたいと思っていたのですが、想い叶わず……!! 仕方ないのですわ。わたくしの実力不足が悪いのです」
「そんなことはない。アナスタシア様の実力は親衛隊でも指折りだったではないか! 間違いなく上位十名に入る強さだったのに、定員十二人の十二使徒に選ばれなかったのはまったくおかしい!」
「……と、わたくしを打ちのめした張本人が言うのですが、気にしませんわ」
「すみませんでしたッ!?」
そういえば選抜会本戦でフォルテとサラカは、元同僚の親衛隊員を狙い撃ちで薙ぎ倒していたっけ?
彼女も、その被害に遭ったってわけか。
「ウルフォルテ様が気にすることではございませんわ。十二使徒は帝国がより強くなるために十二人の最強戦士を選りすぐることが本意。それに選ばれなかったことはわたくしの実力が足りなかったというただそれだけのこと。個人的な感情を差し挟んではいけません」
「しかし……!?」
恋しちゃってるんでしょう?
あの王子様に?
だからストーカー行為に発展するほどに愛情を歪めちゃったんでしょう?
「アナスタシア様は、帝国の上級貴族の御出身で、幼少の頃から厳しい教育を受けてきたそうだ。だから親衛隊に選抜されるほどの能力を培われた」
実力至上主義の帝国らしい話だな。
「親衛隊時代、半分人質の立場でもあった私にも分け隔てなく接してくれてな。彼女のような人格者がグレイリュウガ様の妃となってくれれば帝国も安泰だと思うのだが……?」
「そっ、そんなことはありませんわ! わたくしなど所詮十二使徒の選から漏れた弱者にすぎません! それだけでもグレイリュウガ様と並び立つに相応しくないと感じているのに昨今あの方の御血筋まで判明して、のちは帝国を背負い立つ新帝となられる方……! ますますわたくしなど似合いになられませぬわ!!」
自分を追い詰めてる風のアナスタシアさん。
なるほど悲恋ですな。
彼女が選抜会をパスして十二使徒に入れていたならもっと望みはあったのだろうが……。
そこで俺は思い出してみた。
元々は『ビーストファンタジー4』の敵幹部キャラであった十二使徒。
その顔触れは、俺が前世でプレイしたゲーム中のものと、実際にこの世界で整ったものには顔ぶれに違いがあった。
俺という転生者が交じったことで生じたバタフライエフェクトと思われるが……。
そうした関係で本来十二使徒に選ばれるはずだったのに、脱落してしまった可哀想な人たちが以下の方々であったはずだ。
第五位アナコンダ。第六位ブラウフェネクス。第八位キースバニー。第九位ラッシュボア。第十位ギリーホース。
これらの人たちは、こちらの世界で虚しくもランク外になり、代わりにレイやセキと言った面々が十二使徒入りすることになった。
この中で……、えーと……。
……これか!?
第五位アナコンダ。
アナスタシアさんと『アナ』の二文字で共通する。
たしかゲーム『ビーストファンタジー4』で、十二使徒第五位アナコンダは強敵としてプレイヤーの前に立ちはだかったはず。
司る獣性は『蛇』。
第五位というだけあってなかなかの強豪で、力強くパワフルな攻撃でプレイヤー分身=勇者セロを苦しめた。
モチーフが蛇だけあって、締め付け攻撃でキャラクターの動きを止めるのが厄介だったよな。
締め付けはあらゆる既存バッドステータスに該当しないので回復手段もなく、捕まったらランダムで抜け出すのを待つしかないという鬼畜仕様。
そういえば画面内でのアナコンダも……、ビーストモードで人間時の姿は出なかったが、目の前の彼女のようなゴージャスな印象だったような……?
……この、お嬢様特有の巻き巻き金髪で敵を締め付けるのか?
もし『蛇』のビーストピースを無事得ていたならば。
「そんなことはありません! アナスタシア様ほど未来の皇妃に相応しい方はありません! この第四位ウルフォルテ! 全力で支援させていただきます!!」
「そ、そうですの?」
ウチのフォルテが既に人妻の強みでわけもなく未婚者を応援しようとしている。
しかし思えばアナスタシアさんも運が悪い。
元々第五位という高順位にいたのだから、多少新しい顔ぶれに押されてもなんとか12位圏内に残れたって不思議じゃあるまいに。
クワッサリィとかゼリムガイアとか、特に関係者でもないのに十二使徒に入れた輩もいるのになあ。
……。
そういえば。
彼女の代わりに『蛇』のビーストピースを得たのって誰だったっけ?
……。
…………あれ?
「なあなあフォルテ……!?」
「なんだ!? 今私は自分の経験から意中の人と結ばれる方法をアナスタシア様に指南してるんだが!?」
キミの場合ほぼ力押しじゃなかったっけ?
それは置いておくとして……!
「今の十二使徒で『蛇』のビーストピースをもらった人って誰だったっけ?」
「はあ? 何を聞くのだジラ? さすがに十二使徒の同志で名前を忘れるというのは差し障りがあるだろう!」
フォルテの仰る通り。
しかし名前が出てこないものはしょうがないから叱られるのを覚悟でこうして聞いておるのです。
するとフォルテからも信じがたい言葉が返ってきた。
「ええと、『蛇』の十二使徒といえば第六位だろう? 六位のアイツといえば……!」
フォルテ、そこで一旦止まって……。
「……誰だっけ?」




