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93 虎狐去る

「本当に、感謝に堪えない……!」


 ワータイガが頭を下げる。

 しかし彼はもう完全に、かつて愛のために世界を救った男ライガへと立ち戻っていた。


「本当に母さん!?」

「ママが若返ってセロちゃんも嬉しいでしょう?」


 そして衝撃の事実をセロはまだまだ受け止めきれていない。


 死んだと思っていた母親が、自分より若くなって蘇生した。

 その秘密は母親が、世界を滅ぼす力を持った天獣の一部だったから。


 ……俺が彼だったとしても受け止めきれる自信は全然ないな。


「そもそもセロちゃんは、自分が何で聖獣モードになれるか疑問に思ったことがないの?」

「え?」

「人間が自身の知性に拮抗する獣性を発揮し、聖獣気に昇華させるのは基本的に不可能よ。そっちの皆さんだって獣神ビーストからビーストピースを与えられてやっと可能になったというのに……」


 俺の方を見ながらロリママさん言う。


「しかしビーストピースを持っていないアナタがどうして聖獣モードになれたか? それこそお母さんの贈り物じゃない」

「は?」


 究極の獣性、白玉天狐の分身であるクズハさんにはそれはもう濃厚な獣魔気が宿っている。

 そのクズハさんから生まれたセロにも相応の獣魔気が生まれながらにして遺伝しているということだった。


「アナタはその獣魔気と、たぬ賢者様の下で身につけた智聖気を併せることで聖獣モードを開眼したのよ? 納得できた?」

「釈然としない!」


 そうだよなあ。

 母親が世界最強の怪物の一部だから復活できましたなんていきなり言われても困るよなあ。


 一方ライガさん。


「たぬ賢者が現れた時から何かあると思っていた。ジラットも姿を見せなくなるし……。しかしまさか白玉天狐に直談判していたとは……!?」


 ライガさんは前作主人公として白玉天狐を打ち倒した人。

 因縁は人一倍強い。


「アレを打ち倒したって、どんだけ凄いんだよワータイガ様……!?」

「改めて尊敬の念が湧きますわ……!!」


 詳しい説明を聞くほどに驚き増す十二使徒だった。


「他人であるはずのキミたちが我が一家のためにここまでしてくれるなんて……。本当に感謝に堪えない。なんと礼を言っていいか……!」


 俺にとっては他人じゃないしな。

 セロは一時期を共に暮らした弟のような存在だ。

 彼の人生がよりよいものになるなら、俺も労を惜しまないさ。


『すべてはバカ弟子が勝手に始めたことたぬぅん』


 結局ここまでついてきたたぬ賢者。

 もはや完全に妹セレンの慰み者となり、強制的に仰向けに寝かされて腹をワシワシされていた。


『あのアホキツネを復活させるなどという大アホ行為に及ばねばワシも手出ししなかったぬ。感謝するならあのバカ弟子にすることたぬぉん……』

「本来俗世に不干渉であるべきたぬ賢者に禁を破らせて……、本当に済まぬ……!」

『たぬぉたぬぉたぬぉたぬぉたぬぉ……!!』


 妹にお腹を撫でられてたぬ賢者が恍惚としている……!

 あの畜生、俺が撫でてやった時はあんなに恍惚とはしなかったのに……!?


「ワータイガよ、お前に課せられた宿命。この私も胸にしみいる」


 ここで呼んでもないのにグレイリュウガが出てきた。

 調子よく最後にそれらしいことを言って上手くまとめようという魂胆だな?


「しかし、その問題も十二使徒の一致団結によって乗り越えることができた。憂い消え去り、これからも十二使徒の一人として一層帝国に仕えてほしい」

「第一位の申し出はありがたいが……」


 ワータイガ、いや今はもうライガさんは、横目に家族を見ながら言う。


「これからの私は、残りの時間すべてを家族のために使っていきたい。元から宮仕えなどできない性格だ。ビーストピースの呪縛逃れ、記憶を取り戻した今では帝国幹部など務まるまい」

「十二使徒を辞すると言うのか!?」


 身を乗り出しそうになるグレイリュウガ。その肩を俺が掴んで引き戻す。


「ジラット」

「今回の件でライガさんは、帝国の大きな恩ができた」


 しかしね……。


「それ以上に帝国も、この世界全体も、彼に対して大きな負債があるんですよ」


 そもそもライガ一家が離散したきっかけは、獣神ビーストの指図で差し向けられた帝国軍のせいだ。


 お陰で彼らは共に過ごすべき五年余りを失った。

 息子セロにとっては青春のもっとも輝かしい時を。


 その事実を無視して、家族を取り戻してやった恩を返せと言うのは図々しかろう。

 それぞマッチポンプというものだ。


「それ以前にライガは世界を救った英雄だ。彼がいなければ世界は白玉天狐によって無茶苦茶にされていたんだから」

「…………ッ!」


『ビーストファンタジー3』で白玉天狐が暴れていたのは、ここから海を越えた向こう側のことだが。

 あのまま放置されていればベヘモット帝国ものんきに侵略なんてできていなかったろう。


「少しぐらいの我がままが許される立場だと思いませんか?」

「…………!」


 グレイリュウガ、少しだけ呻くような思案をしていたが……。


「わかった。父上には……、皇帝陛下には私から報告しておこう」


 さすが次の皇帝話がわかる!


「十二使徒第二位ワータイガよ。お前は今日までよく帝国のために尽くしてくれた。その功績を鑑みて円満に、十二使徒の任を解く」

「十二使徒にはジラットがいる。彼を重く用いれば何も心配はない」


 もう完全にワータイガでなくなったライガさん、俺へ向き直り……。


「これまで本当に世話になった。帝国のことはお前に任せる」

「これからどうなさるおつもりですか?」

「とりあえず家族であちこち流れ行き、根を下ろすにちょうどいい静かな村を見つけるよ。かつて住んでいたような村を……」


 そこで家族の暮らしを再開すると。


「ジラットよ、キミは本当に不思議な男だ。私たちのことなど何も知らないはずなのに、すべての事情を汲んで麻を裁つように解決してくれた」

「いやいや……!」


 その点に関しては笑って誤魔化すしかない。


「キミがいれば、獣神ビーストがこれからどんな悪巧みをしようと、白玉天狐のような者が現れようと大丈夫だろう。これからの世界を頼んだぞ」


 それを別れの言葉にしてライガさんは踵を返した。


『お達者たぬ~』

「お達者で~」


 たぬ賢者と妹セレンが一緒に手を振って見送った。


 他の者も、去る彼らをあえて止めることもしなかった。


 帝国にまつわる恩讐の物語、いくつもあるうちの一つが今確実に終わったことを示した。


 再会した妻子を連れて、ライガさんは帝都の外へ向けて歩いていく。

 ただ一度だけ、セロが何か言ってから一旦家族の下を離れ……。


 こちらへ駆け寄ってきた。

 そして抱き着いてきた。


 俺の体へ。


「兄ちゃん……! ありがとう……! ありがとう!」


 俺に抱き着きながらセロは言うのだった。


『ワシへのお礼はないたぬかー?』

「タヌキちゃん黙ってて」


 そしてたぬ賢者が妹にマズルを抑えられていた。


「……お父さんお母さんと仲よくな。今度はお前が二人を守ってやれ。今のお前にはその力がある……!」


 かつて俺は、この子に殺される運命にあった。


 帝国へ対する深い恨みをもって。

 その恨みを取り除き、最良の形で解決できたと思っている。


 そしてそれ以上に……。

 セロが深い恨みから解放されて本当によかった。


 セロの体が俺から離れて、家族の下へ戻っていった。

 彼らのこれからの人生に幸多からんことを。


 こうして、これで最大の懸念であった勇者セロの問題が解決し……。

 ……俺の死亡エンドを誘発するすべての危険が取り除かれたということだった。

ジラが取り除かなければならない問題は、これですべて解決しました。

次回からまとめの最終章になります。

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[一言] 終わってまう…しくしく
[一言] 死神「我の出番マダー?」
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