92 愛しきの下へ
「師匠、結局のところ白玉天狐のやり方で原始の賢者は降臨したんでしょうか?」
『んなわけないたぬー。お師さんが、そんなくだらない理由で濁世に舞い戻るわけがないたぬよ』
くだらない理由って……!
世界が戦乱ですよ!?
『この世の中、いつもどこかで戦乱は起こっているたぬ。ここ最近はお前らが起こしたぬ。この世の問題は、この世に生きる者が解決すべきであって、超越者がお節介することじゃないたぬ。そんな基本的なものを弁えられないで賢者にはなれないたぬよ』
畜生道に生きるたぬ賢者ですら、そこのところを弁えて人間同士の争いは静観しているものな。
『つまり獣神ビーストが、あのアホキツネに吹き込んだことはデタラメ千万だったぬ。あのアホも遅ればせながら気づいたぬなー。それで騙された落とし前をつけに行ったぬよ』
『ビーストファンタジー』シリーズで起こる災難のすべてに獣神ビーストは関わっている。
それは三作目も例外じゃないということだった。
「じゃあ今、白玉天狐が神界に向かったのは……!?」
『神界戦争勃発たぬなー。まあ疫病神の獣神が大変なことになるのは「ざまぁ」たぬ。アイツは暇さえあれば悪巧みしているから戦争で大忙しになるのは下界の平和に繋がるたぬ。まったくよきことたぬよ』
今だってベヘモット帝国を通じて地上によからぬ影響を及ぼさんとしているからな。
俺が介入したせいで皇帝が完全な支配下に収まらず、獣神が何か新しい手を打ってくるかもと警戒していたが……。
設定上あの化け狐は神より強いことになっているし。
白玉天狐に任せていれば心配ないのかもな。
「天上のことは我が主に任せておけば心配ありますまい。私たちはただの人として、地に足を着けて進めばよいのです」
少女姿のクズハさんが言う。
やっぱこの歳格好で通すつもりなのアナタ!?
「事情は天狐様を通じて飲み込めています。一刻も早くまいりましょう! 我がもっとも愛しい人の下へ! 無意味な争いを止めなくては!」
「ああ、はい……!」
察しがよくて助かります。
俺が何も言わなくてもサクサク前へ進む。
「一体何が……?」
「あんなに頑張ったのに達成感を共有できない……!?」
そして助っ人に駆り出された十二使徒の仲間たちが先からポカーンと!
ごめんなさいね! あとでまとめて説明しますんでね!
「さあ行きましょう! ここから移動するのもたぬ賢者様のお力なら一瞬ですよね! お願いします!」
『ワシに丸投げたぬか!?』
すべてがクズハさんの思うがままに!?
押しの強いヒロインだなあと感じつつ、結局は彼女の言う通りに進んでいくのだった。
◆
たぬ賢者の空間転移で。
帰ってきました帝都へ。
どごーん。
なんか大きな音がする。
「帰ってくるなり非常事態!?」
「音がする方向は……広場の方からか!?」
帝都には景観を考えて、いくつか開けた場所があり轟音はそこから響いてくるようだ。
断続的に音が続くのは……、戦いか?
「これほどの轟音が鳴り続ける戦いとは……!?」
心当たりが限られる。
とにかく現場に急行したら……。
案の定セロとワータイガが戦っていた。
「もう来たのかセロは!?」
決断力があるというか……、行動が早い!?
復讐を果たすために帝国へと攻め寄せ、それを阻むのは死んだはずの父親。
なんという皮肉な戦いなのか。
『帝国への恨みは必ず果たす! たとえ父さんが止めるとしても!』
『世界は既に鎮まったのだ! それを再び乱すならば我が息子であろうと粛正する! この十二使徒第二位ワータイガが!!』
うわー。
互いに自分を追い詰めて視野狭窄になっている……。
これでは本当にどちらかが死ぬまで戦い続けるぞ!?
「いや待てちょっとなんだこりゃあ!?」
俺に続いて駆けつける十二使徒の仲間たち。
繰り広げられる戦いの、あまりの激しさに度肝を抜かれる。
「あれはワータイガ様!? でも体にまとっているのは聖獣気じゃないか!?」
「あの御方も聖獣モードを!? でもいつの間にタヌキから智聖気を貰ったんだ!?」
違います。ワータイガことライガさんの聖獣気は完全自前です。
前作主人公だからな!!
「そんなワータイガと互角の戦いをしているのは何者だ!?」
「子ども!? 十歳そこらの子ども!?」
「アイツまで聖獣モードになってないっすか!?」
「通りで滅茶苦茶な戦いになるはずだよ!?」
セロvsライガ。
互いに聖獣気をまとった親子対決に周囲の困惑は計り知れない。
あと被害も計り知れない。
実力の上では父親であるライガの方がまだまだ上ではあるが、それでも一進一退の攻防になっているのは記憶を取り戻した彼が、実の息子を打ち取るのに躊躇いを覚えているからだろう。
だから百パーセントの力を出し切れない。
あるいは今なおセロにとどめを刺されて果てることを夢想しているのか?
そうすることでセロの復讐心に決着を着けさせ、自身は亡き(と思っている)妻の下へ旅立とうと?
「この広場を戦場に選んだのはワータイガ(ライガ)だろうが……!? それでも足りないな。ぶつかり合う聖獣気の余波が溢れ出し始めている……!」
「このままじゃ居住区に被害が及ぶっすよ! その前に戦いを止めないと!」
「どっちを止めたらいいんだ!? ワータイガ様か!? あの子どもか!?」
「どっちにしろ今のオレたちじゃ何もできねえよ!?」
そう普段ならともかく、今の俺たちはついさっきのナインテール戦ですべての聖獣気を使い果たし、とても戦える状態じゃない。
通常時ですらあれほどの激闘、割って入るには死を覚悟すべきだろうに、こんなヘロヘロでは本当に死ぬために止めに入るようなものだ。
俺たちではどうしようもない。
ここは……。
「『彗星轟爆衝』!」
『『ぎゃああああああああッ!?』』
突如天空から飛来した隕石が、二人の頭上から直下してすべてを吹き飛ばした!?
一応石畳とかで舗装された帝都の広場が焼け野原! 一瞬で!
「何をやっているの二人とも! 街中で親子喧嘩なんて近所迷惑でしょう!?」
「アンタの仕業ですかクズハさん!?」
これあれだろう!?
プレイヤーキャラクターとしてはレベル99でやっと覚える、計都星としての本来のパワーを解放した究極奥義でしょう!?
なんて技を使うんだアナタの方が近所迷惑だよ!?
「ぐおおお……! 今の技は……!?」
帝都内の広場は見るも無惨に吹き飛ばされていながら、爆心地にいたはずのライガさんもセロも当然のように無事。
恐ろしい一家だ……!?
「アナタあああああああーーーーーーッ!?」
「ぐおッ!?」
今やナイスミドルとなった恋人の胸に飛び込む少女。
絵面があまりにも犯罪的すぎる。
「アナタ! ライガ! こうして再び会えるなんて夢みたいだわ! 愛してる!!」
「は? なんだ!? ……キミはクズハ!? しかしこんなに若く? でもさっきの技は間違いなくキミの……!!」
「天狐様のおかげで復活したのよ! しかもこんなに若く! これでまた子作りし放題ねえええええええ!!」
控えないなあ、あの夫婦。
さすが『ビーストファンタジー』シリーズ最凶のベストカップル。
「ぐええええッ? ぺぺぺぺぺ……ッ!? なんだいきなり目の前が紅蓮に!? 脳天にゲンコツみたいなのが当たったような……!?」
セロも普通に生きてた。
しかも隕石をゲンコツ程度に捉える肝の太さ。
恐ろしい一家だ……!?
「……あーッ!? なんだあの女の子! 父さんにベタベタして!? 先立たれたとはいえ母さんがいたというのに、そんなロリッ子と!? 益々見損ったぞ父さん!」
「セロ、セロよ……!」
「あッ、兄ちゃん見かけなかったけど今までどこに!?」
「あれがお前の母さんだよ。俺が必死の思いで復活させてきたのだ」
「えええええッ!?」
父の生存が判明し、母も復活した。
これでセロが帝国に復讐する理由は、完全に消え去ったのだった。




