91 ヒロイン復活
白玉天狐の尻から離れる九本目、最後の尻尾。
その尾が光り輝きながら丸くなり、また綿毛のような緩やかさで地面へと降りてくる。
やがて完全な球体へと変わった尾は、光り輝きながら形を複雑にしていく。
まるで受精卵が細胞分裂を繰り返し、胎児の形を成して、そして赤ん坊となり成長していく。
その過程を超スピードで見せられていくような……。
「ひぃッ!? なんだ!?」
「気持ち悪い……!?」
神秘的すぎる光景は、逆に異様さも伴う。
その場に居合わせた仲間たちは、圧倒されて絶句するのだった。
『なんじゃ無体じゃのう、己らの中には女子もおろう。いずれおぬしらの胎の中でも起こる現象ぞ?』
白玉天狐はからかうように言うが、第九尾の変化は既に、母親の胎内から脱している。 赤ん坊の姿から急激に成長し、赤子から幼女へと変わっていき、そして少女と呼べるほどの背格好になって……。
……止まった。
「え?」
この歳格好になるとさすがにもう性別は判別できる。
女の子だった。
年齢九~十歳程度の可愛い女の子が、俺たちの前に現れた。
「こらジラ~~ッ!!」
その時点で何故か俺が責められた。
フォルテとサラカから。
「これはどういうことだ!? 尻尾の九が目的だとか言っていたが、その尻尾が女の子に変わったぞ!?」
「しかも年端のいかぬ小娘に! オレたちというものがありながら、あんな子どもにまで手を出すのか!? そういう性癖なのか!?」
妻たちの誤解が甚だしい。
「違うわ! 彼女はワータイガの奥さんだよ!」
「「は!?」」
その説明を聞き、仲間たちが凍り付く。
「ワータイガ様の奥さん……!?」
「こんな小さい女の子を?」
「そういう性癖……?」
今度はワータイガに風評被害が!?
それもこれもこんな少女が現れるからだ!
「おいキツネ! これはどういうことじゃあ!?」
ワータイガことライガの嫁さんクズハさんは、彼と幼馴染。
さすれば年齢だって同じはずで、今はもう色気たっぷりの大人の女性のはずだ。
それが何で、こんなロリロリしている!?
「これ復活したクズハさんのはずだよな!?」
『そうじゃあ? それがおぬしらの望みじゃろう?』
白玉天狐の分身、ナインテール最後の一人にしてその統率役でもあるクズハは計都星……実在しない魔の星を司る存在だ。
いや一説には彗星のことだともされ、さらに彗星は尾を引いて飛ぶことから『天狗』とも呼称され、キツネと関わりがある。
それゆえにクズハさんはナインテールとして格別の力が与えられ、リーダーの役割を担わされたとかなんとか。
とにかく特別でスペシャル。
そんな彼女がナインテールとして受け持った役割は、『英雄を導くこと』。
他のナインテールが世界各地で起こす動乱の下に英雄たる者を誘い込み、魔と戦わせ、より大きな戦乱を生み出すことを目的としていた。
だからこそ英雄の素質があるライガに近づき、幼馴染として共に過ごして心を通わせ合い、特別な間柄となった。
失踪した彼女を追うという形でライガは全国各地を旅して回り、その先々でナインテールと遭遇し、激戦を繰り広げる。
それらすべて白玉天狐と、その手先であるクズハが企図したことだったのだ!
……まあ、その末に本気でライガに惚れ込んでしまい白玉天狐を裏切るのが彼女……クズハさんの凄まじいところだが。
『ビーストファンタジー』シリーズ三大悪女の一人に挙げられるだけのことはある。
で、そのクズハさんだが……。
「何故少女の姿で復活させた!?」
『うるさいのう、年齢は指定されておらんかったから自由設定じゃろう?』
んなわけあるか!
せめて亡くなった時と同年齢で復活させろ!!
『誤解しているようだから正してやるが、さしものわらわも一度死んだものを甦らせることはできんぞ? それは死神ノーデスの領分じゃ。あやつですら完全な形での死者復活は不可能だがのう』
「それでそれで!?」
『しかし我が分身ナインテールの場合、与えた分身体が滅びれば、その霊力と共に分身が蓄積した記憶も我が下に戻ってくる。それを基礎にして再び「生み直す」ことなら可能というわけじゃ』
つまり目の前にいる少女は、あくまでクズハさんそのものではなく、前世の記憶をそのまま持って生み直された新しいクズハさん?
だからって少女の姿で生み直す理由がまったくないがな。
「やっぱアンタの趣味だろ!?」
『それの何が悪いのじゃ?』
公然と認めやがった!?
悪びれもせずこれだから超越存在は!?
「おやめなさい。本来、死という消滅に沈む私を、天狐様は救ってくださったのです。それだけでも充分なる大恩」
「はッ!?」
このあまりにも大人びた口調は、それがあまりにも似つかわしくない少女の口から出たもの。
「クズハさん!?」
「そう、私はクズハ。ナインテールの最高位。計都星の化身たる禍津の巫女。そしてライガのことをもっとも愛する者、そしてライガからもっとも愛される女」
重い!?
この重さは間違いなくクズハさん!『ビーストファンタジー3』をプレイ中何度も見てきた重さ!?
真にクズハさんが復活されたのですね。
「ありがとうございます。アナタたちの戦いは天狐様の尾を通して見ていました。これだけ多くの人々がライガのために一生懸命になって……! やはりあの人は英雄の素質を持っているのね……!」
陶然とした表情の少女。
彼女のライガ至上主義は前作から変わっていない……!?
「ライガ?」
「ワータイガの本名」
わけもわからず置き去りとなった仲間たちであった。
あんなに死ぬ気で頑張ったのに報われない。
「クズハさん、早速ですがアナタの旦那さんと息子さんが大変なことになっています。止められるのはアナタだけです」
「わかっています。……まったくセロちゃんたらお父様に逆らうなんて教育が足りないようねえ。まあ途中で死んでしまったから仕方ないのだけれど、空いてしまった五年分の再教育をみっちりしないといけないわね」
「怖い!?」
では早速こんなところに長居無用と帝都に帰りましょう!
皆一緒に!?
「……天狐様、それでは私ここで失礼いたします」
『はッ、裏切り者の貴様などどうでもよいわ。顔も見たくないゆえ早う失せるがいい』
白玉天狐はクズハさんに対して冷たい。
それもそうだ、もっとも信頼されるべきナインテールの筆頭でありながら主を裏切り、封印までしてしまったのだから。
『本来なら恨みすらある貴様を再び実体化させるなど理外のことじゃが、貴様のためにやったことでないことを忘れるでない。すべてはここにいる人の子どもに応えてのこと。惜しみなく感謝することじゃな』
「仰せのままに」
『とにかくわらわは、こともあろうにわらわを封印してくれおった貴様らと金輪際関わり合いも持ちたくない。以後二度と顔を見せんことじゃ。命が惜しくばな』
「承知いたしました。天狐様、本当に、本当にありがとうございます」
『はん』
クズハさんからのお礼に何も答えず、白玉天狐は空中に浮かび続けるのだった。
『しっかし復活するなり骨のある人の子どもに会うたの。すべての尻尾が抜け取れて、わらわの尻がつるっつるにされてしまうとは』
『それでも、どうせ三日もすれば生え替わるたぬー?』
『はあー? 舐めるでないわ、これぐらい今すぐ再生可能じゃ! ふぬッ!?』
言葉通りに消耗した九尾を再生する白玉天狐。
バケモノめ……!?
『アホキツネはこれからどうするたぬ? こうして晴れて復活したぬが……?』
そうだよな?
用が済んだからまた封印というわけにもいかないし、まさか再び世界に災禍を振り撒くとかは……!?
『安心せよ、もはや人どもの世になど興味はない。分身から裏切られてこりごりしたわい』
「そうですか……!?」
『ただ、そうじゃのう……。わらわのことを誑かした糞に、復活記念のお礼参りと行くのもいいかもしれんのう? ふむ、それがいい。そうするか』
「え?」
『というわけでわらわは、これから神界へ行ってくるわ。皆の者、達者でのう』
そう言うが早いか、白玉天狐は全身光に包まれ消え去ってしまった。
マイペースでハイペース。
神の域にまで進化した獣ならではと言えようか……。
ここで『ビーストファンタジー3』の裏話。
そもそも白玉天狐が何故ラスボスになったかというと、ある理由から世界に騒乱をもたらそうとしたからだ。
白玉天狐は遥か数千年前、とある人間の賢者に弟子入りし、それでもって神通力を得て仙狐となった。
やがて人間の賢者は寿命を迎えて死に、もう一匹の弟子であった狸があとを継いでたぬ賢者となったのだが……。
天獣となって無限を生きられるようになった白玉天狐だが、それでも師である原初の賢者との再会を望んだらしい。
果たせるとすれば、転生体。
転生し再び現世に生まれる原初の賢者と再会する日を白玉天狐は待ち続けた。
しかし賢者は転生してこない。
そこへ獣神ビーストが近づき、こう囁いたという。
――『賢者ほどの高潔な魂は、余程のことがなければ現世に降臨しない』と。
賢者が再び世に下るには、それに相応しい条件がある。
たとえば戦乱が満ち、超越者による救いが必要となった時とか……。
『ビーストファンタジー3』で白玉天狐が暴れ回ったのは、想い慕う賢者に再び出会うための環境作りだった。
クズハさんの本体だけあって、彼女も相当に重い女なのだった。




