90 心を束ねて
聖獣智式<超獣義牙>は、初出が『ビーストファンタジー10』になるスキル。
また例によって未来の技だ。
シリーズ初のオンライン要素を取り込んだ『10』では、ユーザー同士が協力できるよう様々な工夫を凝らしてきたが、その一つが<超獣義牙>であったようだ。
パーティメンバー全員の聖獣気を出し尽くして放つ一か八かの必殺技。
仲間が多ければ多いほど威力も上がるので、パーティ人数の多さがより重要になる。
ガチユーザーは、パーティ全回復アイテムを山ほど用意して、全ボスに<超獣義牙>を食らわせまくるという強硬プレイで進むこともある。
やり込みプレイには必須のスキルといっていいだろう。
『それをここで使うことになるとは……!?』
しかし、色々考えてもこれ以外に今の危機を脱する手段はない。
『皆、俺の後ろに! そして俺に触れて聖獣気を送ってくれ!』
『わかった!』
フォルテにセレンにサラカ、ガシ、セキ、レイの手がそれぞれ俺の背中に触れる。
前方ではグレイリュウガが決死でヨモツシコメの進行を阻んでいる。
『<猛き龍勢>ッ!! おおおおおおおおおッッ!!』
単純な攻撃力では俺の<鼠祢裂神獣>をも上回るだろう帝国第一位の新究極奥義ですら、ナインテールの第八尾を足止めするので精一杯。
『こおおおッ!? ジラットまだか!? 長くはもたんぞ!!』
『全員のパスを一つずつ繋げている! もう少しだけ抑えてくれ!』
こっちの世界で<超獣義牙>を使うなんて思いもしなかったが。
他者の聖獣気を預かるというのは、心を預かるようなものなんだな。
獣性と智聖を融合させる。
口で言うのは簡単だが『動』と『静』、矛盾する二つが合わさることなど本来ありえないことだ。
たぬ賢者から智聖気を借り受けたとはいえ、皆が皆すんなりと融合を果たせたのは奇跡的といっていい。
彼らが冷静と情熱を御しきれたのは、それぞれ異なる要が心の底にあるからだ。
ガシは、同じスラムに住む家族たちへの想い。
レイは貴族としての献身。
その他にもそれぞれの利害を超えた、自分の心を清廉にする理由がある。
それらが聖獣気のパワーと共に俺の心に移っていく。
皆、心から感動できる者どもだ。
こんな彼らが俺を助けるために、我が身を顧みず駆けつけてくれたことが嬉しい。
『グレイリュウガ! もういいぞ! 準備完了だ!』
『待ちわびたぞ!』
グレイリュウガが必殺技を解いた途端、通路をくぐって真っ黒の女巨人が突入してきた。
羅睺星ヨモツシコメ。
もはや人の力ではどうすることもできない神なるバケモノ。
『お前も来いグレイリュウガ! あれを倒すにはお前の力も必要だ!』
『ええい世話が焼ける!』
バックジャンプしつつ、グレイリュウガが背後へ伸ばす手を俺が握り返す。
これで彼とのパスも通じた。
相手は神。歯向かう人間が全員例外なく死力を振り絞らなければ倒せる相手ではない。
『窮鼠』ジラット。
『識兎』セキト。
『侠羊』ガシープ。
『士馬』レイナイト。
『遊猿』サラカサル。
『慕狼』ウルフォルテ。
『楽牛』セレンタウラ。
『皇竜』グレイリュウガ。
皆の力を込めて……!!
『聖獣智式<超獣義牙>ッッ!!!!』
視界を丸ごと塗りつぶすほどの巨大な閃光が、我が手より放たれた。
その色は青白い。
皆の想いがこもった聖獣の気。
この世界でもっとも暗黒なる妖女は、閃光の中に飲み込まれて消えていった。
◆
気が遠くなった。
失神していたのかもしれない。
ほんの一瞬程度のことだけど。
「か……、勝ったのか?」
「オイラたちが生きてるってことは恐らく……!?」
仲間たち全員ヨロヨロと立ち上がりながら、周囲の様子を窺う。
全員聖獣モードが解けて普通の状態に戻っていた。
そりゃそうだ。全聖獣気を出し尽くしてぶっ放すのが<超獣義牙>なのだから。
「うおッ!?」
「なんだこれ!?」
目の前に広がる光景を見て誰もが驚きの声を上げた。
黒い巨大な穴が開いていた。
『無限の迷い館』の壁をぶち抜き、巨象でも容易に通過できるのではないかという巨大な穴が横方向に。
どこまでも長く深く開いていた。
「これ、ジラがやったのか……!?」
「俺たち皆でな?」
俺一人の犯行にしようったってそうはいかないぞ?
俺たちのいる『無限の迷い館』は白玉天狐の生み出した異空間。
何度も言ってるけど。
それだけに超特大威力の攻撃ぶっ放しても、ただでさえ歪んでいる空間がさらに歪むだけで済んだようだ。
これ通常空間でやってたら地図書き換えなきゃならなかったかも……。
もし射線上に人里とかあったらと思うとゾッとする。
「本当に、このダンジョンの中でぶっ放せてよかった!!」
『よかないわ、この大バカもんが』
ゆらりと陽炎が上ったと思ったら、いつの間にか目の前に美女がいた。
黄金色に輝く白玉天狐。
「ひぃッ!? もう来た!?」
『ヒト様の領域だと思って好き勝手に解き放ちおって……! わらわの快適な根城をここまで崩壊させたのは、そなたが初めてぞ? どう責任取るつもりじゃ!?』
「弁償なんか絶対しない!!」
アンタがあんなヤバいものけしかけたから悪いんでしょう!?
こうでもしなきゃ俺たちが、暗黒に飲み込まれて消滅してた!!
『まあ、そなたらの渾身を見れたことでよしとするかのう? ……で、どうする?』
「え?」
『まだ続けるのか、ということじゃ』
白玉天狐の言葉に、全員凍る。
『わらわの尻をよう見てみい。まだ一本、尾が残っておるじゃろう? これこそわらわの正真正銘最後の手駒。計都星<ケートゥ>が宿る尾ぞ?』
その言葉は仲間たちにどんな絶望をもたらすことだろう。
既に俺含め、誰にも戦う力は残されていない。
全部<超獣義牙>に込めたからだ。
そこまでしなければ倒せなかった怪物を下して、感動すらまだ伴っていないというのにさらに強い敵が出てくると知らされた。
大抵の者ならここで心が折れることだろう。
「……舐めるな」
グレイリュウガが言った。
「帝国最強を名乗りし我ら十二使徒。その誇りに懸けてみずから膝を折るなどない! 最後の一人が倒れるまで進み続けようぞ!」
「そうだそうだーッ! アタシたちはお兄ちゃんの夢と希望を叶えるのだー!!」
セレンまで。
一位と三位が一丸となって抵抗の意を見せつける。
屈せぬ心を見せつける。
それを目の当たりにし、白玉天狐は……。
『……フッ』
不敵に笑った。
『ならば認めてやろう。そなたら人どもが、この白玉天狐の課す試練を乗り越えたと』
「は?」
『そういう話であったろう? クソタヌキに乗せられた感はあるが、此度はたしかに天獣たるわらわが人に課した試練じゃった。羅睺星を退けられたのじゃ。これ以上やるとなれば本気の殺し合いとなって試練とは呼べんしの』
それは『大人がこれ以上子ども相手にムキにはなれない』とばかりの口調であったが、ほのかに満足さも含んでいるかのようだった。
『それに、そなたらの目的を考えればコレと戦うわけにはいくまい? 何しろコレを求めて恐れ多くも、この白玉天狐に挑んだのだからの』
「ど、どういうことだ!?」
戸惑う皆。
俺以外誰も事情を知らないので仕方ないが。
「残った九本目の尾こそが、この戦いの目的ってことだよ」
俺は言った
白玉天狐の九つの尾。その最後にして最高、計都星<ケートゥ>の力を宿した尾が変化した者こそ、クズハという名で主人公ライガを翻弄し、最後には結ばれた。
九人目のナインテールだったのだから。
ここで一旦一区切りです。
少しお休みをいただきまして次回更新は5/2(土)の予定です。




