08 勇者、来たる
古今東西、修行シーンは地味で面白みのないものと言われている。
だから俺の修行過程も、そう詳しく語らずダイジェストで送っていった方がいいだろう。
まず一年目。
最初は完全に初歩修得の年だった。
智聖術を覚えるためには、まず第一にどんな時でも揺るがない理性が必要。
そこで座禅を組み、来る日も来る日も心を静めて動じないようにする訓練が課された。
雨が降ろうと、風が吹こうと、雷が落ちて轟音を響かせても動じなくなってやっと合格。
その頃には二年目になっていた。
二年目からはひたすら本を読まされる。
知識の蓄積がテーマであった。
『智とは、知恵と知識の両輪で回っていくたぬ。知識ばかりで知恵が回らぬバカは一番始末に負えぬたぬが、それでも知識があって悪いことはないたぬ』
というのが賢者の言葉。
昼夜も寝食も忘れて、賢者が山奥に隠した数千冊という蔵書を読破したら二年目が終わっていた。
三年目。
『いよいよ実地訓練たぬ。今まで積み重ねてきたことをワシにぶつけるがいいたぬ』
三年目の修行は、ついに実戦訓練だった。
『たぬ賢者』御本人(?)様に挑み、そして大体十秒以内にぶちのめされる。
たぬ畜生。
やっぱ強い。
さすが賢者だけのことはあって、小さなタヌキの外見からは想像できないパワーとスピード。
俺は圧倒されるばかりだった。
『タヌキモードチェンジ! 冬毛形態たぬ!』
「タヌキの体がモコモコして防御力がッ!?」
『タヌキモードチェンジ! 夏毛形態たぬ!』
「今度はシュッとして俊敏性が!」
それでも何度もぶちのめされているうちに、少しずつ凌げるようになってきて……。
三年目も後半に入る頃には、『たぬ賢者』と互角に渡り合えるようになってきた。
『違うたぬ! これはそう! 冬に向けて食い溜めをしているから体が重くなって、そのせいたぬ!』
見苦しい言い訳を並べる畜生。
しかし俺は確実に強くなっている手応えを感じた。
遠く故郷を離れて、タヌキが如き畜生に教えを乞うた甲斐があった。
そう確信できる三年間だった。
そして次の年。
◆
四年目になった。
帝国歴では九十五年。
俺は呪文を唱える。
「<リアマヘスティア>」
途端、かざした手から爆発と見紛えそうな火炎が巻き起こり、天へ向かって駆け上っていった。
凄まじい威力。
これを天空ではなく、地上に向けてはなっていたら大火事どころじゃ済まなかったろう。
見渡す限り火の海と化していたに違いない。
これが『ビーストファンタジー』シリーズの火炎魔法<リアマ>系の最上級よりさらに上。
極大火炎魔法<リアマヘスティア>だった。
『恐ろしいたぬなー。ワシのところに修行に来て丸三年、そんな短期間にここまで強くなってしまうとはたぬ』
「師匠のご指導のおかげです」
三年経って、俺たちの師弟関係もなんだか板についてきた。
実際のところ『たぬ賢者』の指導は、俺の想像以上に懇切丁寧。
お陰で主目的だった智聖術の修得だけでなく、魔法の成長もご覧の通り。
ちなみに『ビーストファンタジー』シリーズでの魔法は、智聖術獣魔術とは別形態。
魔法の根源は、世界を構成する精霊たちを拠り所にしている。
智聖術や獣魔術は、いわゆるスキル扱いだった。
『実のところ、おぬしにはもう教えることはないたぬ。それでもまだここで修業を続けるたぬか?』
「お許しいただけるなら……」
旅立ちの際、俺が貰った猶予期間は五年。
それは我が故郷ベヘモット帝国では、十五歳になる男子全員に兵役につく義務があるから。
旅立ちの日に十歳だった俺が、十五歳になるまで五年。
その間までに修行を終えろ。
そして帰ってきて兵役に就け、……ということだった。
『たぬ賢者』の下で修業を積み、満三年が過ぎ去った。
猶予期間は、残り二年。
師匠が太鼓判を押してくれた以上、修行完了とみなして早めに帝都へ帰ってもいいが、俺はまだ満足していなかった。
まだここで修業を続けて、会得したい奥の手があった。
今、この世界では誰も思いつきもしないような……。
『ビーストファンタジー』シリーズ最強の必殺技を……。
俺は残り二年かけて自分のものにしようと思っている。
◆
『…………たぬ?』
「どうしました師匠?」
修行の途中だというのに『たぬ賢者』が気を散らしだした。
また跳んでるバッタでも見つけたのだろうか、この雑食獣が。
『賢者の野生のカンが告げているたぬ。お山に何者かが侵入したたぬ』
賢者の野生のカンって矛盾していません?
という俺のツッコミも放つ暇なく『たぬ賢者』は駆けだした。
『急ぐたぬ! この気配、敵意はないようだが酷く弱っているたぬ! 森のクマさんにでも襲われたら大変たぬ!』
「待ってください師匠! 師匠ぅ!?」
置いてかれても困るから、あわてて俺も追う。
駆ける。
しかし野生動物の脚力に勝てるかなあ!?
向こうは四本足でこっちは二本足なんだぞ!
引き離されて見失うことだって充分あり得る!!
◆
『この方向で合っているたぬ! 急ぐたぬ!』
「あいさー!!」
しかしはぐれることはなかった。
代わりに途中で息切れした『たぬ賢者』を肩に乗せて、一緒になって走る。
「根性見せろよ野生動物!」
『ワシは賢者たぬ! インテリジェンスで野生を失ったぬ! 過度な運動は知性を損なうたぬよ!』
さっきは野生のカンとか言ってたくせに!
都合で知性と野生を使い分けやがって!
そうこうしているうちに『たぬ賢者』の指示のまま山中を疾走。
これ、このままじゃ俺らまで遭難するんじゃないのって、周囲の山林風景がわけわからなくなって混乱していたころ……!
『見つけたぬ! アレたぬ!』
本当にいた。
山中に、倒れる一人の人間を。
風体はいかにも食うや食わずの遭難者だった。
薄着で、登山用の装備らしきものは一つもない。
いくら中世風のファンタジー世界とはいえ、こんな軽装で山に入ろうなど自殺行為だとは思わなかったのか?
……いや、もしかして本当にわからなかった?
抱きあげてみてわかる。
遭難者は、ほんの小さな子供だった。
見たところ九~十歳。
さすがに、この小さな体で山野を分け入っては体力も尽き、意識もない。
師匠が野生のカンで察知しなかったら確実に、ここで野垂れ死んでいただろう。
「何故こんなところに子どもが……!?」
いや、詮索はどうでもいい。
今はこの子をしっかり保護しなければ。
「山を降りますか? この子の親がきっと心配しているはずだ。一刻も早く送り届けて……!」
『いや、ワシらの庵に連れていくたぬ』
と師匠。
『この辺に集落などないたぬ。よって人もいないはずで、このガキンチョの関係者を探すだけ時間の無駄たぬ。それよりもガキンチョの消耗が激しいたぬ。一刻も早く介抱せねばならないたぬ』
それを行える直近で唯一の施設が、師匠の庵ってわけか。
「わかりました」
意識を失ったままの子どもを抱えて、元来た道を引き返す。
子どもの体は驚くほど軽く、背負って少しも負担に感じないほどだった。
「それぐらい痩せ細っている……!?」
この子どもは何者なんだろう?
師匠は、この辺りに集落など一つもないと言った。
では、この子はどこから来たというのか?
こんな小さい体で。
◆
この時俺は、迂闊なことにも一番大事なことを失念していた。
何故俺が『たぬ賢者』に弟子入りしたのか?
それは『ビーストファンタジー4』の主人公が、この畜生賢者の下で修業に励むからだ。
では今日、俺に遅れてタヌキの下へやってきた、この少年こそが……。
『ビーストファンタジー4』の主人公。
智の勇者セロ!?




