84 窮地
一尾目の撃破に成功。
火星の化身クリアランタを消し尽くすのに、結局霊体ネズミの五千匹がかりになってしまった。
それでも果敢な我が兵士たちは、自分の身を焼かれながら炎を齧って削り、最後には一片の火の粉となってしまったところを、それすら一飲みにしてしまった。
『これで一人目……!』
俺の足下ではもはや大群となった霊体ネズミが、青い総身に赤い目を光らせる。
『さあ、次を出すがいい。どうせ二本目三本目と続くんだろう?』
一本目、火星クリアランタとの闘争で霊体ネズミの数もいい感じに増大している。
これをこのまま続けていけば、全部の尾の化身を倒す頃には一億匹に届くかもな?
『アンタが音を上げるまでとことん付き合ってやる。その大げさな尾っぽ全部むしり取って、裸の尻を拝んでやろうか?』
『ホホホホホホ、怖い怖いのう? 人の子どもはすぐ調子に乗っていかんわ』
コロコロ笑う白玉天狐。
予想はしていたが、一体目を倒されたぐらいで彼女は少しもたじろがない。
『こんなに乙女に凄んで、心は痛まぬのかえ? 男は女を囲み慈しむものじゃぞ? わらわにお情けは恵んでくりゃれんのかえ?』
『か弱いふりをしたって騙されないぞ。アンタは地上最強の一人だ。弱いのはこっち。挑むつもりで行かせてもらう』
『ホホホ……、自分の方が弱いとわかっていながら果敢に攻めくるか。油断ないのう。ではわらわも失礼なく持て成すとしよう。殿方にお楽しみいただくこともよい女の務めゆえ……』
白玉天狐の、二本目の尾が振り上がった。
来るか……!?
「……出でよ二の尾、水星<ブダ>」
二番手は最初から、もう女神の姿をとっていた。
全裸の美しい女の姿をした水の塊。
「あれは……!?」
あの姿顔つきは、やはりナインテールの一人。
水星のリッシュワーカは、『3』の世界にある重要航路を根城にした女海賊。その美貌と機転で多くの荒くれどもを従え海路を封鎖する。
主人公ライガが新しい大陸へ渡るためには彼女を倒さなければならなかった。
そんな女海賊が、完全な水の精霊となって俺の前に立ちはだかる。
『いや、その前に、水って……ッ!?』
『<ウェイブスプラッシュ>』
大いなる津波が俺たちに襲い掛かる。
俺自身もたっぷり数を増やしたネズミたちも、一緒くたに波に飲まれて押し流された。
『しまった!?』
水に流されたネズミたちは、聖獣気を解いて分解し、解けて消え去る。
そして二度と復活することはなかった。
『もう気づいたのか!? 俺の作り出す霊体ネズミの弱点が水だってことを!?』
どんなに無敵と思える技や能力にも必ず弱点がある。
そうしないとストーリーが破綻するし。
俺の<鉄鉄奔鼠神蔵>も、斬ろうが叩こうが分裂しながら復活する不死身の霊獣たち。
ハッキリ言って攻略手段などないように見える。
しかし実はある。
俺の作り出した霊体ネズミの唯一の弱点は水。
一定量の水を掛けたら溶けてなくなってしまうのだ。
ネズミは、沈む船から真っ先に逃げ出すという。
童話の中では笛の音に誘われて湖に入り、溺れ死んだ。
そういう関係なのか、『鼠』の獣性を帯びた俺の獣魔気は水に滅法弱い。
その性質は、智聖と交じって聖獣気にランクアップしてなお変わることがなかった。
『俺の聖獣気の弱点を、こんなに早く見抜くなんて……!?』
『数千年を生きる天狐を舐めるでないわ。長生きする分知識も経験も豊富なのよ』
このババァ……!
……いや何でもない!
とにかくせっかく増やした霊体ネズミたちが、今の一津波だけで全滅してしまった。
新たに増やそうにも、あの水の化身がいる限りすぐまた全滅させられてしまうだろう。
『……俺に対する最終兵器ってところか』
あの水星の化身は。
九つもの分身を保持し、それと同じだけの属性を使い分ける白玉天狐に隙はない。
属性が九もあれば、どれか一つは敵の弱点を突くものがあるだろう。
しかもよりエグいことに、知性を併せ持った彼女は鋭く弱点を発見し、容赦なく弱点を突いてくる。
戦って益々実感する。
あのバケモノギツネの無理ゲーぶりを。
『どうした? まさか相性が悪い程度で諦めはすまいな? 真の闘士とは、不利をはねのけてこそぞ?』
『わかっているさ!』
聖獣気全開!
とはいえ俺の聖獣気自体が水からの弱点属性を有しているからには、直接ぶつかっても不毛だ。
ここは……。
「鳴り響け雷鳴!! <トルエノオオモノヌシ>!!」
魔法で攻めてみることにしました。
雷系魔法<トルエノ>。その最上級は<エクストエルノ>。そのさらに上を行く『9』から実装される最強電撃<トルエノオオモノヌシ>。
伝導率が上がる水に対して雷こそが有効。
元から俺の弱点に気づいて水を被ってくる敵が現れたら、雷魔法で痺れさせるか氷魔法で凍らせるかするつもりだった。
つまり、ここまでの戦局も想定内ってことだ。
特大電撃の直撃を食らった水女神。
幸い効果は絶大でクラクラしている。
『ほう、見たことのない魔法よの。雷電の類であることはたしかなようだが……』
数千年を生きる白玉天狐ですら、未来の魔法は知る由もあるまい。
『得意が通じぬとわかれば、すぐさま攻め方を切り替える。手札も豊富に蓄えておるようじゃな。善き哉。弱点を突かれたぐらいで脆く崩れ去る浅い輩など願い下げじゃ』
しかし勝ち誇っている余裕などない。
このまま短期決戦で一気に勝負をつけてしまわねば。
挽回の手があるとはいえ、あの水女神のせいで俺のもっとも頼む聖獣気が封じられているのはたしか。
手札をまだまだ残しているのは敵も同じだ。
相手が新たな札を切るより先に苦手を潰し、万全の状態を取り戻さなくては!!
『三の尾、金星<シュクラ>。四の尾、木星<ブリハスパティ>』
しまった!
あの女狐、もう次の分身を放ってきやがった!?
しかも一度に二体!
まだ水女神も倒していないというのに!?
『よく考えたら行儀よく一対一で仕合わせる決まりもないと思うての。そなたも意外とできるゆえ、より甘美な窮地を切り抜けてみるとよい』
さらに現れる二体の化身。
黄金の砂金が集合したような女神と、生い茂る大樹が女の凹凸を備えたかのような姿。
三対一。
ただでさえ天敵というべき水女神が加わった中で、これはかなりきついのでは!?
『五の尾、土星<シャニ>』
『また追加した!?』
容赦ねえなあの女狐!?
ラスボスが遠慮しなくなるとここまで鬼畜な展開になるのか!?
水、金、木、土。
四つの属性を支配する化身女神たちが俺のことを取り囲む。
『美女たちに囲まれて嬉しかろ? 俗世ではこういうのを……なんだっけ? 「はーれむ」というんじゃろう? 遠慮なく色香に溺れるがよい』
逃げ場はない。
この俺最高の破壊手段である聖獣気は水女神によって無効化される。
そしてここまで豊富な属性が揃っては魔法で一掃することも不可能だ。
俄かに漂う詰みの予感。
『それそれどうした? わらわが見込んだ男なればこの程度の窮地など容易く脱してみよ? 窮鼠は猫を噛むのであろう?』
簡単に言いやがって……!
まさかここまで追い込まれるとは。
けして侮ったわけではないが、究極のラスボス白玉天狐の力恐ろしすぎる。
それでも気力で臆してはなるか。
セロとライガ、二人の主人公が単なるこの世界の住人の一人として、幸福に生きていけるかはこの一戦に懸かっているんだ。
簡単に諦めてたまるか。
いや……!
『諦めてたまるかああああッ!?』
『暑苦しいたぬ、バカ弟子めー』
え!?
なんだ今の声は!?




