82 無私の訴え
怖い、白玉天狐怖い。
さすがラスボス。俺、常日頃からラスボスと触れ合ってて免疫ついてるとばかり思ったんだが、『4』のラスボスなんか『3』に比べれば木っ端であるよ。
所詮、獣魔気に完全侵食されないと完成しないラスボスだからな。
最初から完全体であるラスボス白玉天狐とは比べようもない。
そもそも数千年を生き、知性まで兼ね備えた獣は獣魔と智聖の複合体。
それはもはや神に匹敵する存在で、そこまで至った獣は白玉天狐とあとたぬ賢者しかいない。
獣神ビーストを出し抜くようにビーストピースを得て聖獣モードに至った俺だが、彼女らはそれをも超える神獣、天獣というべき存在だ。
元々は獣で、獣神の眷属だというのに今ではその力を越えて服従することもないという。
究極存在。
「ところで……?」
俺は周囲を見回してみる。
神と同等存在の御前にありながら不敬だが、だからこそ自分がどういう状況にいるかしっかり把握しておかなければ命に関わる。
「これは……!?」
目に映る風景は、室内であった。
しかも板張りの床、並ぶ障子、朱塗りの手摺りに漆喰の壁。
建築様式は純和風……、というか平安御殿のような風情だった。
室内ではあるが、それが信じられないほど一室の面積が広く、天井が高い。
だからこそ大蛇のような尾を九本も垂らす白玉天狐を容易に収めていた。
しかも室内だというのに桜の木が幾本も伸びて、美しき花吹雪を散らしている。
明らかに通常の空間じゃない。
「ここは……」
見覚えがある。
ここは『ビーストファンタジー3』のラストダンジョン『無限の迷い館』。
白玉天狐が復活したがゆえに、主と共に復活したか。
空間の歪みから生み出された何でもありの空間だ。
さっき思い切り自由落下させられたが、それも異空間へのいざないなら何か納得してしまう。
『逃げる算段かえ?』
「いッ!?」
唐突に図星を突かれて俺、しどろもどろ。
「いえいえいえいえいえ! そのような失礼なことおば……!?」
『怯えずともよい。そなたは忌々しい封印を解き、わらわを自由にしてくれた恩人ではないか。報いこそすれ報いることなどありえぬ』
それ同じ言葉ですよね?
流れ的に報恩と報復の意味を使い分けてるんだろうけど、どっちも同じに感じてしまう。
『正直、自力ではどうしようもないレベルの戒めだったのでのう。いかに我が一部を切り取った者とはいえ小娘一人と小僧一人、たかが二人にこの白玉天狐がいいように封じられるとは……』
ライガとクズハさんのことだろうな。
ほのめかされる『ビーストファンタジー3』のラストバトル。
『あの封印は事象神ラーファが授けたものゆえ、さしものわらわも手も足も出なんだ。外から壊す以外ないが、それも生半の者ではどうしようもない。……そなた、見た目に反して恐ろしいヤツよの』
世界で一番恐ろしい存在から『恐ろしい』と言われた。
『一本取ってやったぜ』と誇っていいものか?
いやそんなグダ話してる場合じゃない。
さっさと用件済まして帰りたい。
「封印を解いた礼、……というわけではありませんが一つお願いしたいことがございます」
『そらきた』
予想通りと言わんばかりの妖狐の表情。
『まあ、わらわを助けるとなったら欲得ずくになるのも当然か。この白玉天狐を無償で救う輩などおるわけないの』
「なんか変な感じにいじけないでください……」
話せば話すほどめんどくさくなるなこの絶対者。
もう空気を読まずに単刀直入に行こう。
「アナタの分身、ナインテールの筆頭格クズハが死にました」
『ほう……』
「普通の人間なら死んだ者は二度と甦りません。しかしアナタの分身だったら不死不滅たるアナタの神性にあやかり甦ることもできるのではないでしょうか!? どうかお願いです! クズハさんを復活させてください!!」
『嫌じゃ』
即答された。
ここまで思い切り拒否られるとは。
『封印を解いてくれた恩人ゆえ大抵の願いは叶えてやろうと思うたが、さすがにそれは埒の外じゃ。考えてもみよ。クズハのヤツはわらわを封印した張本人の片方。そなたが恩人だとすればヤツは憎き仇じゃ』
「はい……」
『その仇をどうして救わねばならん? むしろヤツらが酷い目に遭ったと聞いて胸がすくわ。清々した! ……清々したわ』
正論過ぎて何も言えない。
そうですよね。
俺としても色々言いたいことはあるが、この白玉天狐とライガ、クズハ夫婦が対決したことは事実。
敗けた方が恨みを持つなという方が無理な相談だった。
『…………それで?』
「はい?」
『クズハが死んだということは、つがいのライガはどうしている? つがいらしく共にあの世へ旅立ったか?』
「いいえ、ライガは今も現世に留まっています。しかし愛する人を失った悲しみは深く、いつあとを追ってもおかしくない状態です」
『…………』
天狐はしばらく無言でいながら……。
『……フッ、いい気味じゃ。この天獣、白玉天狐に歯向かった報いかの? 恨む相手の不幸は蜜より甘いわ! ホホホホホホホホホ!』
白玉天狐が上げる哄笑に、反響するように周囲の空間そのものも笑いだす。
今俺たちのいる『無限の迷い館』は、白玉天狐の妖力で生み出した異次元空間。
白玉天狐そのものともいえ、彼女の感情が直接反映される。
俺のような侵入者にとってはひたすら不気味であった。
『…………報復する手間が省けて何よりじゃ。そこな者、もうわらわは満足じゃ。疾く去ぬがよい』
「そういうわけにはいかない。俺はこのためにリスクを冒してアナタを復活させたんだ。何の成果もなしに帰るわけにはいかない」
一作品のラスボスなだけに、一度は世界を滅ぼしかけた白玉天狐。
その封印を解くというのは、ある意味もっとも邪悪な行為だ。
少なくとも、たぬ賢者に知られたら確実にボコボコにされる。
『くどいぞ』
ピシリと空気に亀裂が入る。
『わらわは機嫌が悪い。恩義を笠に、人間風情が思い上がるな』
それまで女神のごとき気品すら備えていた白玉天狐が、急激に猛獣の威圧を放つ。
死にたくなければ消えろ。
そう全空間から喚きたてられているかのようだった。
「…………俺は、自分さえ生き延びられればそれでいいと思っていた」
最初の頃の話だ。
この世界に転生し、破滅の未来を予測され、回避のために様々もがき足掻いた。
「その途中で様々な人と出会い、助けてもらった。……そのたびに思う、自分だけが助かってそれでいいのかと」
可愛い妹がいた。
弟のように愛する弟弟子がいた。
叩き上げから一緒に頑張ってきた友人がいて。
妻が二人もいる。
あとなんやかんや言って仕えるのに抵抗のない君主二代もな。
「俺は、自分だけが生き延びるなんて嫌だ。全員でハッピーな未来へ進みたい。そのためにも誰であろうと見捨てるわけにはいかない」
セロとライガを救うためには、どうしても死したクズハさんに甦ってもらわなくてはならない。
それをかなえられるのは世界にたった一人、白玉天狐だけならば……。
「アナタには何としてでも俺の願いを叶えてもらう……!」
『何を言うか』
白玉天狐は、いかにも呆れた風を見せて……。
『それは紛れもなくライガの願い。他人の願いではないか。自分以外のために本気で戦うことができる。無私の境地か……?』
彼女の尻から伸びる九体の大蛇が、のたうち始めた。
『ならば試してみるか? そなたの無私がどれほどのものか? 腕を引きちぎっても他人を気遣うか? 足をへし折っても他人を気遣うか? どこまで自分より他人を可愛がれるかのう? 頭が潰れても意を曲げぬようなら本物じゃ!』
やっぱりこうなるのか……!?
半ば覚悟していたことだが、白玉天狐に望みを叶えてもらうためには彼女と戦う必要がありそうだ。
『さあ挑め! そなたの覚悟のほどを白玉天狐が試してくれよう! 見事わらわを納得させた暁には! そなたの無理難題叶えてやるも吝かではない!!』




