07 先生はラクーンドッグ
明けましておめでとうございます。元旦と共に連載本格開始です。
よろしくお願いします。
「弟子にしてください!!」
俺はすぐさまタヌキの前にひれ伏した。
相手はただのタヌキではない。
畜生の姿をした賢者であった。
『ビーストファンタジー』シリーズで重要な役割を果たす神、智神ソフィアの使者として重要な役割を果たす。
賢者と言えばRPGでは魔法使いと僧侶の抱き合わせというイメージが強いが『ビーストファンタジー』に限っては智神ソフィアに従う者としてのイメージが強い。
『賢い者』だから、『智の神』を敬うってことなのか。
特に『たぬ賢者』は動物というマスコット性も伴って人気キャラ。
何故タヌキが賢者なのか?
それは誰にもわからない。
しかし腕前はたしかだ。
『ビーストファンタジー4』では主人公セロに修行をつけて、敵であるベヘモット帝国に対抗するための力を身に着けさせる。
そんな役割を担っている『たぬ賢者』。
「俺に力を与えてください! ぜひ指導を!」
『……』
地面に額こすりつけて頼み込む俺へ、タヌキは無造作に歩み寄る。
そして鼻先をふんふん鳴らす。
匂いを嗅いでいるのか
『……うーん、ダメたぬね』
「えー!?」
俺、不合格!?
「どうしてです!?」
『お前ひっでー臭いするたぬよ。獣臭くて敵わないたぬ。こんなヤツ、ワシの傍には置いておけんたぬ』
獣から獣臭いって言われた!?
どういうこった!?
「くっそおおおおおおッッ!!」
俺は庵を飛び出し、駆けた。
外にある小川へ向かって、ダッシュの勢いのまま飛び込む。
ザブーンと。
「おりゃああああああああッ!!」
水中で服を脱ぎ、ゴシゴシ揉み洗い。
充分すすいだらその辺の木の枝にかけておいて干す。
その間自分の体も川に浸してゴシゴシ洗い……。
「ほんりゃあああああああッ!!」
川から上がって丹念に水をふき取ると、乾いた服を着直して準備完了。
庵へ再突入。
「どうですか!? これでもう臭いしないでしょう!?」
『再チェックたぬー』
俺の差し出した手を、タヌキはまたもフンフン鼻を鳴らして嗅ぎ……。
『……うむ、しっかり洗われているたぬ。弟子入りおっけーたぬ』
「やったああああああッッ!!」
……って、え!?
もう弟子入り自体OKなんですか!?
ハードル低すぎない!?
『智は誰に対しても平等に分け与えられるべきたぬ。たとえ猛悪なる獣神ビーストの臭いにまみれたヤツでも、智の門は開かれるたぬ』
「う……ッ!?」
『ベヘモット帝国から来たぬな?』
よ、よくお見抜きで……!?
『今、獣神が粉かけている土地と言えばあそこぐらいたぬよ。ニンゲン支配に乗り出しては何度も失敗しているというのに、懲りぬ神たぬ』
ここで一応説明しとくと、獣神ビーストというのはストーリー最重要要素を担う悪神。
『ビーストファンタジー』の名前はソイツからきている。
俺の生まれたベヘモット帝国がどうして『悪の帝国』なのかというと、獣神ビーストと契約しているからだ。
獣神ビーストの助けを借りて魔獣を使役し、帝国兵たちも獣魔化して強力になっている。
その力で他国を次々落として版図を広げている。
「……あの、俺は獣神とか関係なく、俺自身のために強くですね……!?」
『だから問題ないって言ってるたぬ。むしろ己一個のために智聖術を修めようという姿勢の方が問題たぬ。智の独占は大罪たぬ』
「世界平和のために使おうと思います!」
『ならいいたぬ』
こうして案外いともあっさりと『たぬ賢者』への弟子入りが許されたのだった。
『しかし小僧よ、おぬしはわかっているたぬか? ワシに弟子入りするということは、智聖術を覚えたいということたぬ』
「当然です! 俺に智聖術を教えてください!」
そのためにこんな山奥までやってきて、畜生風情にお願いしているんだから。
智聖術。
それは『ビーストファンタジー』シリーズにある独自システム。
主人公を含めたプレイヤーキャラクターは大体皆この智聖術を修め、戦いの切り札にしている。
魔法とはまったく別形態になっていて、どんな系統の智聖術を使えるかがキャラの個性分けになっているぐらいだ。
前述したが、『ビーストファンタジー』という物語の中では二つの神が重要な役割を担っている。
獣神ビースト。
智神ソフィア。
この二神。
獣神ビーストは、すべての獣の支配者にして守護神。かつ本能や欲求といった生き物の情動を司る。
対して智神ソフィアは知恵の神。思考や理性といったものを司る、人間の守護者だ。
獣神ビーストは、すべての獣を支配しているが、同じように人間も支配したいと考えていて、そのために様々ちょっかいをかけてくる。
欲望に支配されやすい人間を見つけては力を与え、騒乱を巻き起こすのだ。
シリーズ四作目のこの世界では、ベヘモット帝国の皇帝ヘロデに狙いを定め、彼と契約して力を与え、その力のおかげで帝国は最強となっている。
この歪みを正すためにプレイヤーの分身である勇者セロが立ち上がり、悪の帝国を打ち倒すのだ。
そして悪の後ろに獣神ビーストがいるのに対し、正義の側にも対極にある智神ソフィアが後援について、悪を滅ぼすための力を与える。
それが智聖術。
獣神ビーストが配下の人間に与える獣魔術に対抗できる、唯一の力。
実のところ俺は、どうすれば智聖術を覚えることができるか、よくわからない。
ゲームの中では大抵が最初からコマンドの中に『ちせいじゅつ』があって、レベルが上がるごとに新しいのを覚えていく。
プレイヤーキャラクターは、その時点でもう既に『選ばれた者』であって、特別な力があって当たり前ということか?
このゲームならではのザックリした状況で、唯一智聖術習得を過程から見せてくれたのが、『ビーストファンタジー4』主人公が、たぬ賢者の下でした修行だった。
つまりタヌキに師事すれば、俺も智聖術をマスターできる。
この力を会得すれば、俺にとって大きなプラスになるはずだ。
故郷を離れここまで旅して来たのも、すべてはこのため。
そして案外あっさり弟子入りを認めてもらえた。
順調に進めている。
『では弟子よ。最初にお前に言っておくことがあるたぬ』
「なんでしょう!?」
早速修行か!?
俺に智聖術を教えてくれるのか!?
『背中を掻いてほしいたぬ』
そういって狸畜生は俺へ背中を向けた。
『四足獣は体の構造上背中を掻けないたぬ。ここで一人暮らしして唯一の悩みが、背中が痒くても掻いてくれる他人がいないことだったぬ。しかし、それも昨日までのこと! 今はお前がいるたぬ!』
ババーン! という迫力を込めて、背中を掻くことを要求するタヌキ。
「…………」
俺は無言で要求に従った。
タヌキの毛深い背中をワシャワシャ掻き撫でる。
『あー、そこたぬそこたぬ! ……いいたぬ! 数十年分の痒みが解けて流れ落ちていくようたぬ!!』
「…………」
俺はなんで山奥まで来てタヌキの背中を掻いてるんだろうか?
いや、これは必要なことなのだ。
修行をつけてもらうためにも、たぬ畜生のご機嫌をできる限り取っておかなくては!
そうすれば向こうも気前よく色々教えてくれるはずだ!
『いいたぬ! いいたぬ! 背中最高たぬ! ……あッ、そこは違うたぬ! 背中じゃなくてお腹たぬ! お腹撫でるのはダメたぬ! あぁらめぇ~~~ッ!?』
なんか俺も興が乗ってきて、指示されてもいないお腹を撫で回してしまった。
動物のお腹柔らかい!
気持ちいい!
ついつい撫で回してしまう!
『やめろって言ってるだろうが! ぶっ殺すたぬよ!』
「すみません!」
そして最後には怒らせる。
そうして俺の、たぬ賢者との修業が始まった。




