78 I'm your father
ワータイガが去ったあと……。
レジスタンスのアジト前は嵐にもみくちゃにされたかのようだった。
地面は抉れ、瓦礫は散乱し……。
いや嵐に襲われた以上の被害。
「私たちは愚かだったのだろうか……!?」
瓦礫の片づけをしながらレジスタンスのリーダーさんがため息をついた。
「帝国が強大であることなんか最初から知っている、知っているつもりだった。しかし今日目の当たりにした帝国の凄さは、私の想像を遥かに超えていた。……というか現実って想像を超えるものなんだなあ……!」
力ない吐息と共に言う。
「いや、さすがにあれを帝国の基本的な力というのは……!?」
「キミの言う通りだった。世界が安定に向かっている今、あんな滅茶苦茶な強さの帝国に立ち向かったところで勝てる見込みなんかない。レジスタンスは解散に向かわせるとしよう」
悪への抵抗勢力がそんな簡単に挫けるなよ、と言いたいところだが。
そもそも抵抗対象が改変を受けて優良な支配者になってしまったからな。
善政を敷く者に抗うのは正しいことなのか。
勝てる勝てないは別にしても、いや勝てない戦いだからこそ、自分が正しいと確信できないまま戦うのは苦しかろう。
「わかりました。アナタたちのことは俺から皇帝にとりなしておきましょう」
「大丈夫でしょうか? これまでも我々は、けっこう帝国に損害を出してきていると思いますが……」
「こう言っては何ですが、アナタたちの妨害工作など帝国にとっては蚊に刺されたようなものです。まったく意に介しませんよ」
レジスタンスの方針で極力死人も出ないようになっていたしな。
「しかし、あちらの方は……」
そうだな。
レジスタンスが帝国にもたらした最新の損害。
十二使徒のゼリムガイアとクワッサリィは、今なおセロにぶっ飛ばされたダメージが癒えずに、地べたに伸びていた。
「うーん……、来るな、来るな……!?」
「バケモノが迫り寄るぅ~?」
夢の中でもセロに圧倒されているのかうなされておる。
どちらにしろ敵地でぐっすりしていい気なもんだと思うと、ちょっとムカついたから尻をぺチンぺチン叩いておいた。
「コイツらは自業自得の自滅なんで気にしないでください」
こんなヤツらより今は気になるのは……。
セロだ。
人の輪の向こうへ外れ、一人佇んでいる。
当然ながら一言も喋らず、虚空を見つめる様は途方に暮れているように見えた。
「行ってあげてください」
不意にリーダーさんから言われた。
「今はレジスタンスの同志ですが、所詮は先日スカウトしたばかりの浅い付き合いです。兄弟弟子として何年も一緒に過ごしたアナタの方が支えられると思います」
気を使われてしまった。
こう察してくれる辺りさすがは人を束ねるリーダーの立場だな。
俺はお言葉に甘えてセロの下に向かった。
「負けたのが悔しいか?」
「兄ちゃん……」
俺が隣に並んでも、セロはあまり気にする風ではなかった。
気になることがあって他のことにかまってる余裕がない、とでも言いたげだった。
「たしかにお前は強くなった。俺が先に旅立った時から遥かに。まさか聖獣モードまで修得するとは思わなかった」
俺の見本とたぬ賢者の指導があったとしてもだ。
「でも、あの男には及ばなかったな。純粋なパワーだけじゃない。経験も技術も向こうがずっと上だった。こればっかりは先に生まれたアイツの方が断然有利だろう」
「当たり前だよ……」
セロが言った。
何が当たり前だというのか?
勝利の結果か? ワータイガの方が強かったことか?
「アイツが俺より年上なんて当たり前じゃないか……、だってアイツは、アイツは俺の……」
「……」
「……父さんだから」
気づいていたか。
「最初に見た時は信じられなかった。父さんは死んだとばかり思っていたから。最後に会ったのも五年以上前で感じが変わってたから別人かと思った。……ううん、思おうとしたんだ」
セロの声が段々震えている。
無理もなかろう。セロの帝国に対する憎しみ、その基盤は父母を殺されたことに起因する。
そのうちの一人、父親が生きていてしかも帝国に味方していたのだ。
帝国を何より憎むセロにとってはどれほどの衝撃か……。
「父さんは、もう死んでると思っていた。村が帝国に襲われた時、最後まで残って戦ったのが父さんだった。おかげでたくさんの人が生きて逃げ出すことができたんだ。まだ小さかった俺は母さんに手を引かれて。帝国の兵士と戦う父さんの背中を見たのが最後だった」
帝国兵がセロの村を襲った目的は、村人の虐殺。
それを思えば最後まで残った父親の命がないと推測するのは当然だろう。
しかしそうではなかった。
彼の父は死ぬことなく生き抜いていた。そして帝国に所属『帝国守護獣十二使徒』のワータイガになっていた。
「ワータイガが、セロの父親だったなんて。夢にも思わなかった……!」
ウソである。
俺は最初から知っていた。
『ビーストファンタジー4』ではラスボスの一歩手前、グレイリュウガのまた一歩手前で戦うことになるのが第二位ワータイガだ。
ゲーム中ではビーストモードになって戦うワータイガだったのでお互い気づくのに時間がかかるが、それでもボス戦に勝利すると記憶を取り戻し、死んだはずだった主人公の父親であることが判明する。
俺があらかじめ知っていることをこっちの世界の人々に説明できないので、あくまでたった今知った風を装う。
「どうして! どうして父さんは帝国の味方なんかしてるんだ! たしかに父さんが生きていたのは嬉しいよ! でも、それでも帝国は母さんを殺した! 俺を逃がそうとして立ち向かった母さんに、……母さんの胸に何本も槍が突き刺さったのを俺は今でも覚えてる!」
「セロ……!」
「今でも夢に見るんだ……! 母さんを殺した帝国なんかにどうして父さんは味方するんだ? わけがわからないよ……!?」
「これは俺の推測なんだが……」
という体で語る。
実際は事実に限りなく近い。少なくともゲームの中ではそうだった。
「ワータイガ……、お前のお父さんは操られているんじゃないだろうか?」
「えッ?」
「俺たち十二使徒にはビーストピースが埋め込まれている。高純度の獣魔気の塊だ。これのおかげで十二使徒は他の帝国兵とは比べ物にならない獣魔の力を発揮できる」
しかしビーストピースがもたらす影響はそれだけじゃない。
獣魔はパワーだけでなく、精神にまで侵食し宿主を獣に変えようとする。
実際ビーストピースを授かった直後は多くの仲間たちが影響を受け、心が荒ぶり性格まで変わっていった。
俺が智聖術で調節しなければ、残忍な獣魔戦士に変わってしまったことだろう。
「俺自身も智聖術でビーストピースの精神浸食を遮断したしな。だがセロ、キミのお父さんはどうだったんだろう?」
むしろビーストピースによる精神浸食を利用して、帝国に従わない者の心を歪め、服従するように改造したとしたら……?
「まさか……、そんな……!?」
「不可能な話じゃない。もし皇帝にその意図があって、ビーストピースの効力を調節すれば充分に可能だ」
ワータイガに埋め込まれたビーストピースの獣性は『虎』。
荒み冷たい心のたとえに使われ、数ある獣の中でもっとも残忍と認識される猛獣。
人が人の心を失えば虎に変容する話もある。
だからこそ十二あるビーストピースの中で、もっとも精神浸食性が高いのは『虎』のビーストピースなのだろう。
それを、ワータイガは埋め込まれた。
「凄まじい精神浸食に過去の記憶を失い、まったくの別人と成り果ててしまうことだってありえる。そうやってお前のお父さんは自分の意思に関係なく、帝国の手先にされてるんじゃないだろうか……?」
少なくとも『ビーストファンタジー4』の設定ではそうなっている。
ゲームでは主人公セロとの直接対決により、生き別れた息子との再会がトリガーとなって失われた記憶が再構築され、元の父親へと戻るのだ。
そこから悲劇は始まる。
「セロ、お前がこれからどうするかはともかく、しばらくは俺に任せてくれないか?」
「兄ちゃん……?」
「ワータイガ……、お前のお父さんのことは、俺が何とかしてみせる。失われた記憶を取り戻して、お前の知っている元のオヤジさんに戻して見せよう」
だから少しの間だけ辛抱してくれ。
決して軽はずみな行動はとらないように。
俺自身もこのいさかいを円満に和解させるための予定があるんだから。




