77 聖獣vs聖獣
虎を形作る聖気に包まれたワータイガ。
あれは間違いなく聖獣モード。
聖獣気をまといしワータイガがセロの前に立ちはだかる。
『お前が……、聖獣モードに……!?』
対するセロは驚きと戸惑いで及び腰になっていた。
『何故お前が聖獣モードを……!? それは兄ちゃんが編み出した技だぞ。兄ちゃんの真似をするなああああッッ!!』
混乱を断ち切るように駆け出すセロ。
向かう先は当然ワータイガだった。
叩きつけられる拳。
しかしワータイガは難なく受け流す。
『くそッ!?』
あしらわれてよろける、それでも果敢にもう一度アタック。
しかし年齢が一回り以上あるワータイガに立ち回りでは敵わない。
ワータイガは、これまでの実戦で培ってきたのだろう防御術で、必要最低限の力をもってセロをいなしていく。
それこそ子どもと大人の戦いだった。
技術と経験に決定的な開きがある。
『くそおおおおおッ!?』
それでもセロが立ち向かうのは、若さゆえの激情であろうか。
あそこまで食い下がればいつかは一発ぐらい当たるかもしれないが……。
忘れないでほしい。
今この戦いで、二人は両方とも聖獣モードを発動しているのだ。
どちらか一方が発動しただけでも、俺がグレイリュウガにしたように単なる虐殺になってしまう聖獣モード。
それを両方が発動したらどうなるか?
発動して戦ったらどうなるか?
この世に地獄が再現されるのみだ。
「ぎゃああああッ!? 攻撃の余波! 余波がああああッ!?」
「迫ってくる!? 皆逃げろおおおおッ!?」
「上から降ってくる瓦礫がああああッ!?」
激突で飛び散る聖獣気の余波。
それだけで岩を砕き、地面を抉る。
周囲にいるレジスタンスメンバーなど大変だ。とばっちりで死にかねない。
二匹の聖獣の争いで巻き添えになって全滅ということもあろうな。
「そんな、そんな……!? セロくんは強い、世界でもっとも強い。たとえ帝国にもセロくんを倒せるヤツなどいないと思っていたのに……!?」
レジスタンスのリーダーが震える声で言いおる。
実際セロの聖獣モードを目の当たりにしたら誰だって『コイツ一人で帝国に勝てる』とは思うだろう。
しかしそんなことを思った矢先に新たなる敵が、同じく聖獣モードでもって立ち塞がるのだ。
俄かな希望が打ち砕かれる。
その場のノリだけで進めている少年漫画だってこんな急展開はないだろう。
『くそッ!? 当たらない……ッ!?』
そんな周囲の混乱をまったく無視して戦いは続いていく。
しかし優劣は明らかだった。
攻め立てているのはセロばかりで、ワータイガは受け身に回っているものの、猛攻のすべてを的確に遮断している。
防御側が必要最低限の動きでスタミナを温存する以上、消耗するのは攻め手ばかり。
さっきからセロの息が目に見えて上がっている。
限界が近いな。体力の。
『ゼェ、ゼェ……!』
『大いなる力に振り回されている。聖獣気の巨大さに比べ、それを的確に処する技を学んでこなかったな』
ワータイガが言う。
『基礎を怠ったがゆえに、せっかくの奥義を使いこなせていないとは。ジラットの弟弟子とは思えぬ粗忽さだ。ヤツは最初でも十二分に聖獣モードを使いこなせていたぞ』
『煩いッ! これならどうだ!?』
セロ、両手に聖獣気を込めて放つ。
『聖獣智式<陰陽刃>!!』
『聖獣智式<惨月軌>』
しかし同時にワータイガからも収斂された聖獣気の刃が放たれる。
ヤツの伝家の宝刀<惨月軌>は聖獣モードでも健在だった。
双方の必殺技はぶつかり合い、中空で弾け散る。
「「「ぐわああああああッッ!?」」」
その余波にまた翻弄されるレジスタンスメンバーたちだった。
『…………ッ!?』
相殺され、一見互角であったように思われた必殺技勝負だが、しかし決定的な差があった。
セロが聖獣智式<陰陽刃>を両手で放ったのに対し、ワータイガは片手だった。
片手だけの<惨月軌>でセロの渾身と拮抗したんだ。
『……お前はまだ聖獣気の完全な制御に至っていない』
『…………ッ!?』
『その心にある復讐心のせいだ。聖獣気は、獣の暴性と智の理性を併せることで完成する。本来反発する二つに力を合わせるには繊細な制御が求められる』
昂じてもならず、沈んでもならず。
その微妙極まる中道。綱渡りどころか白刃の上を歩くほど絶妙な中間を保つことで聖獣気は運用できる。
その制御法は、智聖術による精神修養で身につくが、あまり心を平静に保てば獣魔の激昂が萎む。
滅茶苦茶扱いづらいのは間違いない。
ゆえにこそ大きな力が生み出せるのだが。
『お前はその若さでよく聖獣気を扱えている。しかし完璧ではない。その心にある復讐心が、しっかり制御できているようで中庸のバランスを崩している』
『何を……!?』
『怒り憎しみは獣魔の領域。このままではお前の聖獣気は獣性に傾きすぎて智聖気から分かれよう。それでもギリギリでバランスを保てているのは驚異的だが、そのせいで気勢にムラができている』
それは俺も気づいた。
大抵の敵なら単純なパワーで圧倒できるが、聖獣気を発現させるぐらいの制御力の持ち主なら簡単にその隙間を突いてくる。
つまり、同じ聖獣気の使い手でもセロとワータイガには子どもと大人レベルの差があるということだ。
アイツは、同じ聖獣気使いの俺から見ても完全に聖獣気を使いこなしている。
『う、煩い……!?』
セロが悔し気に呻く。
『なんでそんな……、ヒトにものを教えるような言い方で……! 俺は敵だぞ! それなのに指導なんかするな! まるで……、まるで……!』
いかん。
セロの心情が完全に傾いた。
聖獣気がほつれ、獣魔気と智聖気に分かれる。
「お前は俺の父さんかよおおおおおッッ!?」
自暴自棄の攻撃を繰り出すも、ただ智聖気と獣魔気がグチャグチャになっただけの乱流では混然一体なる聖獣気に敵わない。
容赦を知らぬワータイガはそれでも聖獣気で対そうとするが……。
『聖獣智式<鼠祢裂神獣>』
見ていられなくなって介入した。
我が聖獣気が形作るネズミの歯が、他者の聖獣気だろうと岩だろうと地面だろうと何でも関係なく削り取る。
俺が使うもう一つの聖獣智式<鼠祢裂神獣>は、俺自身が強敵と対する時のために用意した決戦技。
数で制圧する<鉄鉄奔鼠神蔵>と違って、真の一対一で敵に致命傷を与えることを目指した技。
ネズミの前歯を模した貫手に聖獣気を宿せば、あらゆる物質を空間諸共削り取る凶器となる。
お陰でセロとワータイガを完全分断することに成功した。
今は両者、割って入った俺を警戒して一歩も踏み出せずにいた。
「……俺に免じて、ここは両者引いてくれ」
聖獣モードを解除しながら言う。
「ワータイガ。アナタの役目はやらかそうとするゼリムガイアたちの回収だろう。アナタ自身がやらかしてどうするんだ?」
「そうだな……、そうだ」
ワータイガも聖獣気を収め、通常状態に戻る。
「私としたことが判断を誤ったようだ。ここは言う通りに引こう。……しかし」
彼の視線が、鋭さを増す。
「その子どもが帝国の危険因子であることは変わりない。いずれ必ず決着をつける。……セロよ」
ビクリと震えるセロ。
「本当に帝国を倒す気でいるなら、私の挑戦に受けて立て。場所も日にちも好きな時でかまわん、申し込めば決闘の場を設けよう」
踵路返し去るワータイガ。
「覚えておけ。お前が打倒帝国を目指すならいついかなる時も私が立ちはだかるのだと」
そしてワータイガが去った。
本来連れ戻すのが目的だったゼリムガイアとクワッサリィ(ともに失神中)をそのまま放置して。




