76 異類と化す
「なんかまた出てきた!?」
「一体どれだけ出てくれば気が済むんだ!?」
レジスタンスの皆さんが愚痴るのも仕方ないだろう。
ゼリムガイアとクワッサリィが襲来しただけでも勘弁願いたいのに、それに続いてまた十二使徒が来るとは。
しかも今度は前座の二人とは比べ物にならない凶猛。
『帝国守護獣十二使徒』第二位ワータイガ。
帝国にて一、二を争う最強者だ。
「だ……、第二位……!?」
その名乗りに、多くのレジスタンスメンバーがたじろいだ。
「ワータイガ、アナタまで何でここに来てるんです?」
まず俺が訴える。
これを糸口に何とか荒事になるのを防ぎつつ場を治めたいんだが。
「あの二人を追ってきた」
感情の死んだ抑揚ない口調は相変わらずだ。
その冷めた視線が向かうのは、地面に転がってる無様娘二人。
「ゼリムガイアとクワッサリィが、お前を追っていったと気づいたのはしばらくしてからだ。お前がデリケートな案件を進めているのはグレイリュウガ様が報告を受けていたゆえ、私を調整に送られた」
「余計なことを!!」
いや、サポートしてくださるのは大変ありがたいんですが!
「『虎』のビーストピースを得た私なら獲物の匂いを追うことができる。ウルフォルテも同じことができるだろうが、彼女はお前が絡むと正常な判断を下せなくなるかもしれん」
まったくもってその通り。
追跡能力に繋がる鋭敏な感覚を持ち、かつ先走ったゼリムガイアどもを抑えられる地位と判断力を持ち合わせたのはたしかにワータイガしかいない。
「肝心のタイミングには間に合わなかったようだが……。さらに驚くべきものを目撃しようとはな……」
ワータイガの虎の目が、鋭く獲物を捉える。
若く精悍なセロへと。
「何よ……! セロは、セロは強いのよ! アナタなんて一発で倒しちゃうんだから!!」
レジスタンスメンバーの一人が吠えるも、虚勢でしかなかった。
彼らもわかっている。
この虎のごとき人間が放つ斬り裂くような殺気。
前の二人とは比較にもならないということを。
「これが十二使徒の第二位……!?」
「七位や八位を倒せたからって……!? まったくの別モノじゃないか……!? こんな、汗も枯れる……!?」
ワータイガの殺気は浴びせられただけで人が死ぬほどだった。
この二年で、さらに覇気が増したように思える。
グレイリュウガは皇太子として器を広げるような成長を遂げたが、ワータイガはただひたすら鋭さを増すように研ぎ澄まされている。
「俺の弟弟子です。ある場所で共に修業を積みました……!」
しどろもどろ気味に説明する俺。
「今日ここに来たのは彼に会うためです。その繋がりからレジスタンスの降伏、解体まで進められないかと」
「さすがはジラットらしい、硬軟取り合わせた奥深い策だ」
褒められてはいるようだが、少しも緊張が解けない!?
ワータイガが依然として凄まじい殺気を発している!?
「しかしあの少年には通じまい。彼の抱える恨みは、復讐を果たすまで消えることはない。つまり避けることのできない難敵だ」
視線は一瞬もセロを外さない。
「ましてジラット、お前と同じ聖獣の力を宿し、単騎でも帝国に壊滅的な打撃を与えかねない戦力だ。懐柔は不可、危険は最大。ならばここで殺しておくのが最良の選択と言えるが?」
「やめてください!」
アナタの口からそんなことを言わないでください!
あの子に聞こえるところで……!?
セロは……、セロはどうしている!?
「ねえセロ!? どうしたの!? 凄い汗よ、ねえ……!?」
レジスタンスの仲間に支えられて何とか立っているという感じだった。
明らかに様子がおかしい。
顔中から汗を噴き出し、これ以上ないほどに目を剥いて、ワータイガを凝視している。
「そんな……、まさか、でも……!?」
「少年よ、お前の恨みは察することができる。どれだけ綺麗言を並べようと血を流し、恨みを振りまくのが戦争。報復から無縁でいることなどできない」
セロに語り掛けるワータイガ。
しかし……。
「しかし、いかなる敵意に晒されようと、それから帝国を守護することが我ら十二使徒の役目。お前ごときを打ち砕かず、どうして皇帝陛下への忠誠を示すことができよう」
「煩いッ!!」
セロが吠えた。
寄り添っていた女の子が『きゃあッ!?』と叫びながら吹き飛ばされる。
「アイツ、あんなに人に取り囲まれながら聖獣モードに……ッ!?」
噴き上がる聖獣気に周囲の人々も無事では済まないぞ!?
完全に冷静さを失っている……!?
『見間違いだ! 何かの間違いだ!! そんなはずがない! お前が……! お前が……!』
「来ぬのか? 敵を前に襲い掛からず手をこまねく。お前の復讐心はその程度のものか?」
『勝手なことを言うな! お前がああああッ!?』
猛獣の速さで飛び掛かるセロ。
その速度は間違いなく、十二使徒の誰よりも上。
まとった聖獣気の効果だった。
あの速度の攻撃では、直撃の瞬間相手の体を爆散させてもおかしくない。
たとえビーストピースによる強力な獣魔気をまとっていたとしても。
俺も今は通常状態なので今から聖獣気をまとって阻止しようとしても間に合わない。
ワータイガは炸裂四散する運命しかないはずが……。
「……なッ!?」
「止めた……ッ!?」
さらにありえぬ事態が起こった。
聖獣気がたっぷりこもったセロの爪を……ワータイガはしっかりと受け止めている!?
ヤツの体を覆う純白の鎧は砕け散りながらも、ヤツの体そのものはまったく無事だ!?
「どうして……!? 獣魔気は聖獣気の完全下位なのに……!?」
量や勢いがどんなに上回っても獣魔気が、聖獣気を阻むことは不可能。
ではヤツは、どうやって絶体絶命を凌いだというのか?
『そんな……、俺の聖獣気が未完成だったのか? 兄ちゃんのよりも……!?』
「この力、不可思議だな。初めて見た時から私を騒めかせる……」
ワータイガ、セロの渾身の一撃を受けても傷一つない。
まるで子猫のじゃれつきを受けた親猫のように。
「記憶の奥底を掻き回すような感覚をずっと覚えていた。そちらのジラットがグレイリュウガ様と対決した時から。獣魔気と智聖気の融合をしてのけてからずっと……」
ワータイガの体から湧き起こる気迫。
それはヤツに埋め込まれた『虎』のビーストピースによるもの。濃厚な獣魔気が彼を覆うはずだったが……。
それだけじゃない。
「かつて私も、あれと同じことをしていたはずなのだ。思い出せないが。たしかに覚えている。私はかつて……、今の私より強かった」
ワータイガのまとう獣魔気の質が変わり始めた……!?
ただ荒々しいだけの獣魔気じゃない。
より鋭く整って、収斂されていく。
そしてついには神聖さまでまとい……。
「あれはまさか……!?」
「聖獣モード!?」
ワータイガまでもが聖獣モードに変異した。
獣魔気の禍々しさを抑え込み、智聖気の理力を併せ持った究極のパワー。
この世界じゃ使いこなせるのは俺だけかと思ったのに。
そんな憶測を打ち破ってセロが聖獣モードを修得したと思ったら三人目が現れおった!
聖獣気を発するワータイガ。
青白い聖気は、雄々しき獣のシルエットを形作っていた。
その獣の形は、虎。




