75 再会
実に情けない。
ゼリムガイアとクワッサリィの二人。セロが聖獣モードを解放してから見苦しく右往左往するだけしかしなかった。
そのままやられやがった。いいとこなし。
十二使徒の恥さらしではないか。
生き残りメンバーから『アイツらは十二使徒最弱……』とか言われちゃうぞ七位と八位なのに。
「す……!?」
「凄い……!?」
セロ圧倒的勝利の目撃者は俺だけじゃない。
元々彼と志を同じくするレジスタンスメンバーも、この快挙というべき圧勝を目の当たりにしていた。
大陸のほとんどを征服され。対抗勢力もほとんど残っていない。
民は帝国の支配体制を受け入れ。不満の空気すら漏れ出てこない。
真正面からは当然敵わず、搦め手でもどうしようもない八方手詰まりの中もたらされたたった一度の勝利。
その勝利が彼らの希望の光となった。
「おおおおおおおおッ!!」
「凄いぞセロくん! まさかこれほどとはッ!」
「強い強すぎる! 帝国の精鋭がまったく問題にならない!」
「何が十二使徒よ! エロい見た目なだけじゃない!」
好き放題言いおる。
皆でセロを取り囲み、胴上げしそうなムードだった。
セロは既に聖獣モードを解いて普通の状態に戻っている。
注目を受けて持てはやされて、何やら照れくさそうな表情だった。
「セロくん……、キミが強いのはわかっていたが……まさかこれほどとは……!?」
代表してレジスタンスリーダーが、セロを賞賛する。
「正直もうダメかと思っていた……! あの彼が言うように、我々が帝国を倒すなどもはや不可能かと……! でも違う、まだ希望はある……!!」
希望そのものを見詰めて言う。
「セロくん、キミさえいれば我々はまだ戦える……! 帝国を滅ぼすまで戦える! キミは救世主だ間違いなく我々の救世主だ!」
「そうよ! セロさえいれば勝てるわ! 十二使徒なんて目じゃない! セロ一人で帝国なんて皆殺しよ!!」
物騒かつ威勢のいいことを言っているが……。
それくらい彼らにとってセロの存在は、砂漠で得た一滴の雫のような救いなのだろう。
ただこれは全体的にあまりいい傾向ではないんじゃない?
彼らに降伏してほしい俺としては。
今までは帝国に勝つ手段が皆無だからこそ降伏論に傾いていたというのに、セロが出てきてまた天秤が揺り戻ってしまう。
「帝国に勝てる! セロさえいれば帝国に勝てる!」
「もう降伏なんてする必要ないぜ! むしろヤツらの方が降伏しやがれ!」
「いや降伏なんか許すな! 帝国は皆殺しだー!!」
ほら、皆好戦的になっている。
「ダメだよ皆……」
誰もが浮かされるイケイケドンドンムードに水を差したのは救世主セロ本人だった。
「帝国を甘く見ちゃいけない。こんなたった一回の負け、ヤツらにとっては小さな躓きに過ぎない。帝国の土台は少しも揺らぎはしない」
「でも、十二使徒を……!?」
「たしかに俺が倒したのは十二使徒かもしれない。でもヤツら本人が言ってたじゃないか。自分たちは第七位と第八位だって」
冷静な分析を述べるセロ。
「それってつまり帝国には、アイツらより強いのが最低六人いるってことだ。どこまで俺の力が通じるかは正直わからない」
レイとガシとセキが計算から外されました。
「そして何より、帝国には俺が絶対勝てない人がいる」
「えッ!?」
「今目の前に……」
セロの視線が俺を向く。
曇りなき尊敬のまなざし……!?
「本気で戦ったら俺は兄ちゃんに勝てない」
「ウソでしょう!? あの人、あんなにぼんやりして弱そうじゃない!? セロのさっきの力なら指先一つで……!?」
「兄ちゃんをバカにするなッ!!」
「ひぃッ!?」
怒鳴っちゃダメだぞセロ?
冷静さを失わないで。
「…………あの人は俺の兄弟子なんだ。俺ができるようになったことは全部あの人が最初にやって見せてくれたもの。当然さっきの聖獣モードだって……」
うむ。
その件だが、俺もさすがに驚いておるぞ。
「セロが聖獣モードをものにできたとはな」
「兄ちゃんが卒業間際に見せてくれたおかげだよ。帝国を倒すために、あの力が絶対いるって思ったんだ。兄ちゃんが出てからの三年間、師匠にお願いしてあの力を身につけられるよう一生懸命頑張ったんだ!」
「そうか、努力したんだな」
三年間で聖獣モードをモノにできたんなら頑張ったとしか言いようがない。
それだけ帝国を倒したいという望み、怨念が強かったともいえるが……。
だが気にかかることは他にもある。
聖獣モードは本質的に、頑張ったから修得できるものではないということだ。
聖獣モードの一番大事なところは、獣魔気と智聖気の二つを掛け合わせるということ。
本来まったく相反する獣性と智性を合わせ、調和させる。
対極のものが合わさることで発生する反発力も併せて超越の力が完成するのだ。
しかしながらそれらは生来人間が備えるものではない。
人間は、知性ある動物だから。智神ソフィアに守護され訓練次第で智聖気を放出させるようにはなれる。
しかし獣神ビーストの獣魔気は、ヤツと契約して与えられなければ利用できない。
それでも人間だって動物の一種であることは間違いないから、人として僅かばかりな獣性を何とか引き出し、智聖気と混ぜてごく微弱な聖獣モードを発現させることはできる。
俺がたぬ賢者の下で研究して完成させ、セロが目撃した聖獣モードはその段階だった。
しかしその程度の微弱さでは実戦にとても耐えられないので、俺は完全な聖獣モードを求めるためにも帝国に戻り、ビーストピースを得る必要があった。
……。
今、セロが見せつけた聖獣モードは人間の僅かばかりの獣性を元に発現させた微弱なものでは絶対ない。
十二使徒になった俺の聖獣モードに充分匹敵する、正規の聖獣モードだ。
帝国を憎み、それだけに獣魔気を得るツテがまったくないセロがどうやって聖獣モードを完成させたのか?
それは現在ここにある情報だけでは解けない謎。
「……こんなセロくんですら勝てないなんて」
「本当にそんな強いのあの人? 十二位なんでしょう?」
十二位ですよ?
十二人中の十二位ですよ?
それが何か?
「だから皆には、兄ちゃんの言うことにできるだけ耳を傾けてほしい。俺がどんなに頑張っても帝国を倒すことは難しいと思う」
「…………」
「きっと抵抗をやめて、平和に生きていくことが一番賢いことなんだ。自分のためにも、この世の中のためにも。復讐は何の意味もないだけでなく、これから平和に向かおうとする世界をかき乱すだけなんだ」
その混乱に伴って新たな悲劇が生まれるかもしれない。
自分たちがしようとしているのは愚かなことなのだとセロは気づいていた。
アイツは賢い子だから。
それは共に過ごした俺がよく知っている。
「しかしそれでも、自分の愚かさがわかっていても、俺は帝国が許せない……!」
「……ッ!?」
「父さんと母さんを殺した帝国を絶対許さない……! 帝国が滅びるまで、死ぬまで戦い続けてやる。俺一人で……!」
冷静な判断力を持ってなお消せない復讐の炎。
それほどに彼の負った心の傷は大きい。
他者に諦めることを勧めながら自分は諦めきれない。
それが彼が抱えてしまった業なのであろう。
「それならば……、お前が死ぬしかないな」
「ッ!? 誰だ!?」
この期に及んで、これまでこの場にはいなかった者の声。
まだ誰か来んの?
いい加減にしてほしいんだけど!?
しかもこの声は聞き覚えのある……!?
「そこまで濃厚な帝国への敵意。ジラットに匹敵する神技の持ち主。放置しておくのは危険すぎる」
なんでコイツまでここに来る!?
新たに現れた人物は、ある意味ここで絶対に会いたくない男だった。
「帝国の存続のために、ここで殺しておかねばなるまい。この十二使徒第二位ワータイガが……」
正確には、絶対セロに会わせたくない男だった。




