73 強襲の猪と鳥
「余計なことをするんじゃない。話がややこしくなるだろうが」
壊滅的なまでに。
俺は平和的に解決したいんだよ。
血を流すことなくレジスタンスとの対立構造を解きたいの。
お前らが武力介入したら何もかもぶち壊しじゃねえか。
「俺の行動にはグレイリュウガの許可をとってある。要はここで俺の邪魔をするってことはグレイリュウガに逆らうということだ」
序列一位にな。
「うっ……!?」
帝国最強の名前を出されてたじろぐ二人。
……こんな連中の尾行に気づかず、むざむざレジスタンス本部まで案内してしまったと思うと改めて不覚だ。
「それに俺自身、お前らにやりたい放題させておくつもりはないぞ。たしかに十二使徒の序列はお前たちの方が上だ。しかし帝国にはそれより優先する絶対の法があることも知っているだろう」
『強者こそが正義』と。
「どうしても俺のやることをぶち壊しにするというなら、力づくで阻止するまでだ。そういえば、お前たちとやりあったことはまだないが、ここで試してみるか?」
「まあ、そんなつれないこと言わんと……」
対峙する二バカの片方、第八位クワッサリィが無造作に接近してきた。
俺へ向かってしなだれかかり、豊満な体を押し付ける?
「アンタさんも帝国モンならおわかりになりますやろ? あそこは手柄のないモンにとっては、あんじょう肩身の狭い場所やさかい。少しでいいからウチらも胸を張りたいんや」
と言いつつこの女、俺の胸板の上で『の』の字を書く。
何回も。
色仕掛け慣れしている!?
「引き受けてくれたらウチらとの仲もよくなりますさかい、一石二鳥やしませんの? せっかくの十二使徒やのにウチらとだけつれないなんて不公平やし……」
鳥肌の立つような猫なで声で……。
「サラカさんやフォルテさんも可愛いですけど、たまには違う味も試してみぃひん?」
しかし瞳の色は明らかに、獲物を狙う猛禽のそれだった。
たしかに彼女は、フォルテともサラカとも違う。みずからの魅力を武器にすることを完全に意識している。
「ちょ、ちょっとさサリィ!? 何してんのよ?」
「今更おぼこのふりなんて野暮ですよガイアちゃん?」
「フリじゃないわよ!?」
妖艶なクワッサリィと純真なゼリムガイア。
互いに個性を補い合っていいコンビと言えるのだろうか。
「だが断る」
引っ付くクワッサリィを押し離す。
「家で二人の妻が待っている俺に、他の女に目移りする余裕はない。いやマジで。色仕掛けなど通じないぞ!」
「お固いお人やわあ。どうしてもウチらのお願い聞いてくれへんの? やったら仕方ないわ……」
クワッサリィ、跳んで後退しパートナーと横並びに。
「おッ、やるのねサリィ!? 実力行使ね!?」
「作戦は簡単や。ガイアちゃん、アンタさんがジラットに特攻して時間を稼いでいる間にウチがレジスタンスを殺る!」
「アタシを囮にして、利益全部かっさらってく気!?」
「骨は拾ったるわ」
ガイアはなんであんなパートナーと一緒にいられるんだろうか?
つまり交渉決裂となったが、仕方ない。
「こっちも実力行使で受けて立つまでだ。レジスタンスとは和解を目指す。邪魔するヤツは戦って殺す」
「「矛盾!?」」
さあ死にたいヤツはかかってこいと聖獣モードを発動する寸前……。
「待って兄ちゃん」
背後から呼び止められる声。
振り向くと、レジスタンスの隠れ家前にセロが出てきているではないか。
「セロ!? どうしてここに!?」
「玄関先で騒がれたら誰だって様子を見に出てくるよ……!」
見ればセロだけではない。
リーダーさん始め多くのレジスタンスメンバーが警戒しつつ出てきている。
「すみません! お騒がせしてすみません!!」
「兄ちゃん、俺にやらせてくれないか?」
セロが静かに言う。
「帝国は滅ぼすと決めた。帝国の奴らはできる限り俺のこの手で倒したいんだ。レジスタンスを潰そうと言うなら間違いなくコイツらは俺の敵。俺が戦う」
「へえ、いい度胸じゃない」
応じて進み出るのは第七位ゼリムガイア。
「アタシだって帝国十二使徒の一人、勇ましいのは大好きよ。その啖呵に免じて、このアタシと一対一の勝負をさせてやろうじゃない」
「ちょっとガイアちゃん、何勝手に決めてますの?」
「アタシを捨て駒にしようとしたヤツに文句は言わせない! その意趣返しとして今回はアタシに従え、いいわね?」
「かなわんわあ……」
上手いこと相方を言いくるめて、単独戦闘に持ち込んだか。
つまり『これで手柄は独り占め!』って思ってるんだろうなあ……。
「セロくん一人で戦うというのか……!?」
「十二使徒を相手に……!?」
「そんな無茶な……!?」
レジスタンス側でも動揺が広がっていた。
十二使徒の勇名は、彼らにもしっかり伝わっている。
ブレズデン戦争でこれでもかってくらい暴れ回ったのでな。
実戦こそ強者の名を売るいい機会。今や十二使徒は泣く子も黙るレベルだ。
その辺はもうゲーム通り。
「大丈夫さ。それに俺は見てもらいたいんだ兄ちゃんに。俺が戦うところを」
セロ、力強い。
「兄ちゃんが先に旅立ってから、俺がどれだけ強くなったか見てほしい。俺だって頑張ったんだ。強くなるために。帝国を倒すために。その成果を見てもらう!」
一騎打ち。
セロvsゼリムガイア。
その火蓋が切って落とされる。
「へいへい坊や? 勇ましいけど突っかかる相手を間違ったわね? この十二使徒第七位ゼリムガイア。腕試しのつもりで戦うにはちょっと臭味が強いわよ?」
ゼリムガイアが皇帝から貰ったビーストピースは『猪』のビーストピース。
セレンが持つ『牛』には劣るが、猛烈な脚力による突進が恐ろしい獣性だ。
今まさに、『シュー』という鼻息を噴き出す。
警告音だ。
「行くよッ! 獣魔術<暴走突急>ッッ!!」
放出される獣魔気が猪の牙の形を模す。
獣としての猪の一番の恐ろしさは、その鋭い牙を切っ先にして全力でぶつかってくる突進。
脚力もあれば体重もあるので、猛スピードで体当たりされれば人間ぐらい吹っ飛ぶ。鋭い牙に引き裂かれながら。
その獣性を授けられたゼリムガイアは、可愛い外見に似合わない掛け値なしのパワータイプ。
先のブレズデン戦争では、フォルテサラカセレン並みの活躍はできなかったと言えども、それでも数多くの敵兵を走るままに轢き飛ばしている。
ヤツの突進をまともに食らえば命さえも危ないぞセロ!?
「……智聖術<流水のかまえ>」
しかしセロは、紙一重で回避する。
その動きは独特で、流れるように淀みのない流麗なものだった。
智聖術<流水のかまえ>とは、みずからの体を水にたとえ、流れに逆らわず身を委ねることであらゆる危険を退けるスキル。
ゲーム的に言えば回避率が上がる。
ゼリムガイアのごり押しには適切な対処だ。ナイスチョイスだぞセロ!
「何コイツ……!? 変な技使うわね!?」
目標を外したゼリムガイアは、地面を蹴ってUターン。
「でも避けるだけなら恐れるに足らないわ! 突進し続ければいつかは当たる!」
そして再び獣魔気全開で駆け抜けるゼリムガイア。
セロはそれを難なく回避する。
なるほどたしかに成長が見て取れた。
修行時代、俺はセロに<流水のかまえ>を教えてない。
つまり俺が旅立ってあとにたぬ賢者から伝授されたんだろう。
あの畜生、ちゃんと師匠らしいことしてたんだな。
しかし、敵の言う通りこのままでは状況が変わらない。
回避し続けるだけでは敵を倒せないし、敵を倒せなければ勝利できない。
勝利へ向かうには回避だけでなく、相手にダメージを与える攻撃手段も持たなければいけない。
たぬ賢者の下での別れを経て三年。
その間にセロはどのような進化を遂げたのか。
明らかになるのはこれからだ。




