72 変わる歴史
なんて言われて即『いいね』とも返せないよね。
彼らだってそれなりの動機と覚悟があってレジスタンスに入ったんだし。
俺の言うことだって見方を変えれば勝者の都合がいい自己弁護に過ぎない。
「キミたちの活動、上手くいってないでしょう?」
「ぐむむッ!?」
俺からの指摘にリーダーさんが真っ先に息詰まった。
「協力者を得るのが大変だと聞いている。それも仕方がない。併呑された人々は概ね帝国の支配に満足しているんだから」
下部の人々にとって支配者が変わることなど、鉢植えの鉢が変わるだけのことに等しい。
税金の届け先が変わる以上の意味を持たない。
ならば侵略を受け、国の名前が変わったとしても、税金が前より増えなければ特に不満はない。
むしろ税金が安くなれば喜んで侵略者に従うことだろう。
「その辺我ら帝国は上手くやっていると自負している」
新たな支配地に調査官を送り、農地の広さ産出量を正確に計測して見合った税率を決める。
そのお陰で侵略を受ける前より税負担が軽くなった地域も多くあると聞く。
すべては皇帝が上手く取り仕切っているおかげだった。
ゲームにおいてはこんなことなかった。
『ビーストファンタジー4』ではこの頃もう皇帝は骨の髄まで獣魔気に侵されて、正気を失い、残虐性と凶暴性だけが残った凶人と化していた。
当然まともな政務など行えるはずがなく、帝国は組み込んだ支配地諸共荒廃の一途をたどっていた。
そしてだからこそレジスタンスの意義があった。
帝国の暴政で衰退する国土。
食料は不足し、税は上がり続ける。そうなれば人々の不満も積もっていくだろう。
不満が極まれば、帝国の崩壊を望むようになる。
そこで希望となるのがレジスタンスだった。
ゲーム『ビーストファンタジー4』の中では、そんな流れで多くの人々がレジスタンスに協力的だった。
帝国が倒れれば、きっと暮らしがよくなる。
という希望に縋って、帝国滅亡を実現させる唯一の手段レジスタンスに期待をかけたのだった。
しかし今、この世界では違う。
俺の施した智聖術によって獣魔気を抑え、まだまだ正気の皇帝ヘロデは今のところ充分な善政を敷いている。
民を飢えさせないし、不満も抱かせない。
このような状況で無茶な政権交代を望む人が一体どれだけいることか。
「ここにいるのは、それでも直接的な戦禍に遭って帝国を許せない人たちだろう。しかし憎悪というものはいつまでも持続するものじゃない。気持ちも風化する」
過去の因縁より、今日の利害。
今日食う飯さえあれば昨日の恨みはどうでもいいという人はけっこう多くいる。
どれだけ長い間恨み続けられるかは個人の心の強さに依る。
そこまで心の強い人間は多くない。
「だからこそキミらも協力者探しに四苦八苦しているんだろう」
このままじゃ時代に取り残されるぞ。
「俺は十二使徒の一人。皇帝からかなり大きな権限を与えられている。俺から口利きすれば、キミたちの罪は最大限不問に処せるはずだ。新しい時代を切り拓く選択をしないか?」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……!?」
反論に窮したのか、レジスタンスのリーダーは唸りを上げるばかりだった。
頭では俺の理屈を理解してしまったのだろう。
心だけが反発している。
この分だと陥落するのも早いかな。
「俺は……」
その中で、いまだ拒絶の硬さを持った声が響いた。
それは意外にも、俺自身の身内であるセロからだった。
「俺は嫌だ、俺は帝国を倒す」
「セロ……」
「兄ちゃんとは戦いたくない。でも俺の生まれた村を襲って、父さんと母さんを殺した帝国のヤツらは絶対許せない。そんな命令を出した皇帝だけは……」
かつて出会ったばかりの頃の絶望がまだ、この子の中に残っている。
「……俺は皇帝に直接会ったよ。十二使徒になれたおかげでそういうことも許されるようになった」
「えッ?」
俺の言葉に反応したのはセロだけでなく、居合わせた多くのレジスタンスメンバーも身じろぎした。
反応しないわけにはいかない。帝国打倒を目指す彼らにとって皇帝は最終ボスなのだから。
「ヤツは哀れな男に過ぎなかった。みずからの責任を果たすために、触れてはいけない力に手を伸ばしてしまった。そのためにすべてを失った。自分に課せられた使命以外のすべてを」
その先に築き上げたのが大いなるベヘモット帝国。
そこには自分が慈しむべき多くの民がいて……愛すべき妻も子どもたちも、友もいない。
そしてみずからの体も獣魔気に蝕まれ、いつか必ず崩壊する。
俺が智聖術でできるのは進行の遅延だけで、根治は不可能なのだ。
「アイツは死ぬまで苦しみ続ける。お前に罰せられるまでもなく、もう既に毎日罰を受け続けていた。そしてこれからも死ぬまで罰を受け続けるんだ」
「それでも……!」
セロの暗い恨みを払しょくできなかった。
肉親を失った者だけが抱える暗い心。俺には理解しようがないからこれ以上口出ししようもない。
「……わかった、今日はここまでにしよう」
「兄ちゃん……」
「元から今日はお前の顔を見たかっただけだ。ここまで真面目な話をする気はなかったし、急に言われて戸惑っただろう。すぐに答えを出さなくていい。ただ、ゆっくり考えてほしい」
「うん……」
実際、今日はセロの元気な顔を見られてよかった。
それが一番の収穫だ。
振り返ると、取り囲むレジスタンスの人たちも大いに身震いした。
……怖がられてるなあ俺。
「俺はこれで帰るが安心しろ。この場所のことを報告したりはしない。俺は既にキミたちと交渉する許可を取り付けてある。すべてが俺の処理案件だ」
「そんなことが……、本当に可能なのか?」
「それが十二使徒の力なのさ」
とにかく俺がいる限り帝国に悪行はさせない。
ゲーム内では獣魔気にやられた皇帝が、逆らう人たちを村ごと焼き払ったり、魔獣のエサにしたりしたとかあったが、俺がいる限りそんなことはさせない。
そもそも皇帝自身がまだまともなんだ。
彼らと共に俺たちは新しい時代に進める。
そして誰もがハッピーエンド。
そうなれると信じている。
◆
そうしてレジスタンスのアジトを出た俺だが……。
外に出るなり意外な連中と遭遇した。
十二使徒第七位ゼリムガイア。
十二使徒第八位クワッサリィ。
「何故いる?」
開口一番こう言うしかなかった。
俺と同じ十二使徒の同僚が、なんでここへ?
「何故って? アンタのことを尾行してきたからよ!」
「な、なんだってー?」
何故そんなことを?
「お前がグレイリュウガ様とヒソヒソ話しているのを見かけたの! どうせまた何かやらかすだろうってのは見た瞬間わかったわ!」
「だからこっそりあとをついてったんや。おこぼれにあずかろうと思ってねぇ」
同じ十二使徒のメンバーではあるが、俺にとっては馴染みの薄い二人であった。
セレンは妹。
フォルテとサラカは妻。
ガシ、セキ、レイは同期の友だちで、グレイリュウガからもなんやかんや言って気に入られている。
コイツら二人とは何の接点もない。
ブレズデンと戦争していた二年間もお互い戦場に出ていたが、あんまり話すことはなかった。
「十二人もいたらそういう関係の一人や二人いるもんだが……」
「うっさいわよ! ブレズデン戦争でもアンタの関係者ばっかりが活躍してアタシたちは目立てなかったのよ!」
と童顔美人のゼリムガイアが言う。
性別は女。
少女のような顔つきだが、たしか年齢は俺より上なはず。
「ウチらも正直焦ってましてねえ。ブレズデン王国がなくなった今、新たに戦功を挙げる機会はない。そう思ったところにレジスタンスのアジトに行き着けるとはねえ。アンタさん、ウチらをとってもいいところに案内してくれましたわあ」
クワッサリィは、フォルテサラカと同様国外出身者のようで、エキゾチックな雰囲気溢れた妖艶美女だった。
双方、魅力あふれた華々しさなんだが、たしかに先の戦争ではいまいち活躍できなかった。
だから今でも影が薄いんだよな。
「しかし! ここでレジスタンスを潰せばそれなりの手柄! 皇帝陛下も褒めてくださるに違いないわ!」
「ジラットさんには手柄を譲っていただきますね? いいでしょう? これまで散々目立ってきたんですから、こっちにも少しはお裾分けしてくださいな? それに十二使徒の序列は一応こっちが上ですし、ウチらの言うこと聞いてくださいますよね?」
いやいやいやいやいやいやいやいや……!
俺は交渉のつもりで訪れたのに、お前らが真逆の突入かましてどうするんだ?
せっかく得られるかもしれない信頼がぶち壊しになるでしょう!?




