71 セロとの再会、そして
「俺が先に出てってからセロはどうしてたんだ?」
まずはここにいたるまでの経緯を聞いてみる。
セロは俺と再会するまで、どんな道を歩んできたのだろう。
「ついこないだまで師匠のところにいたよ? 十五歳になるまで修行する約束だったもん」
「はー」
ではやはり彼が冒険の旅を始めたのはつい最近ということか。
「旅立ちはどうだった? たぬ賢者は寂しそうじゃなかった?」
「ちゃんと『いってらっしゃい』って送り出してくれたよ。いつも通りだったかな?」
あのタヌキめ。
表向き平静を装っていたが、きっと心で泣き崩れていたに違いない。
今度会ったら絶対イジってやる。
「それから色んな街や村を転々として……。野良魔獣を倒したり、権力をかさに着て悪いことしてるヤツを懲らしめてたら、この人たちから話しかけられた」
そう言ってレジスタンスメンバーの面々を見る。
セロのことは重要人物らしく、そのセロが諸手を上げて歓迎した俺に対して野次馬が集まっていた。
今やリーダーのジャンゴだけでなく、男女様々に大人数が部屋に詰め掛けている。
「この人たちから『一緒に帝国を倒そう』って言われて、一緒に戦うことにしたんだ。それで今、ご厄介になっている」
「そうか……!?」
セロはやはり、帝国への復讐を諦めていないんだな。
それも仕方がない。
ゲームの方では一生消え去ることのなかった恨みの炎だ。
「……セロくんは我々にとって希望の星だ」
いい具合にリーダーさんが口を挟む。
「初めて彼を見た時、その力に度肝を抜かれた。彼は、あの恐ろしい魔獣を簡単に倒してしまった。ほとんど一撃で……」
その強さに惚れこみ、その場でセロをスカウトしたんだとか。
帝国打倒の戦力として。
「それで……、こちらの方は何者なのだ? セロくん紹介してはくれまいか?」
「この人は、俺と同じ場所で一緒に修行に明け暮れていた人です。いわば兄弟子です」
場が一気にざわついた。
『兄弟子……』『兄弟子だって?』『ブラザー……!?』と。
なんでそんなに連呼する?
「するとまさか、こちらの方もセロくん同様……?」
「もちろん兄ちゃんも智聖術使いですよ。同じ場所で同じ修行をしてたんですから」
智聖術のことは彼らに話してあるのか。
戦いの模様を見られたんならスルーはできないよな。
「兄ちゃんは俺よりもずっと凄い智聖術使いなんですよ! 元々俺より先に修行していたし、俺の使う術のほとんどは兄ちゃんから教えてもらったんです!」
「師が自堕落だったもので……」
俺という兄弟子がいるのをいいことに指導のほとんどを押し付けてきやがった、あの畜生。
俺が巣立った後ちゃんとセロを育ててくれたんだろうな……!?
「そ、それは凄い……! セロくんだけでも人智を超える能力の持ち主で、まるで救世主が現れたようだったのに……!?」
「セロくんよりも強いなんて……! そんな人が味方になってくれれば、帝国なんて恐れるに足らずじゃないか……!」
「勝てる! この二人がいれば我々レジスタンスは帝国に勝てるぞ!!」
俄かに活気づいてきた。
誰もが打倒帝国を夢見て、その実現の可能性に胸を高鳴らせている。
「お兄さん! 何と頼もしい! 今日アナタに出会えたことは我々の僥倖です!!」
レジスタンスのリーダーが俺の手を握り、激しく上下に振った。
感動を一身に表さんかのようだった。
「是非とも我々レジスタンスと一緒に戦っていただきたい! そして邪悪なベヘモット帝国を打ち砕きましょう!!」
「それはできません」
「なんでッ!?」
俺が拒否すると、リーダーは信じられぬというように目を見開いた。
「どうしてです!? このアジトまで来ていただいたということは、協力の意思があるということでは!?」
「別にそういうことは……、純粋にセロに会いたくての訪問なので……!」
他意はない。
「そもそも俺は、立場上アナタたちの味方はできないので……」
「どういうことです?」
セロの方に向くと、気まずそうに目を逸らされた。
……。
そりゃ、好んで言い触らすことでもないしな。
しかし、ここまで来たら明かさないわけにもいかないとセロの方から口火を切った。
「あの……、実は兄ちゃんは帝国の人で……」
「はあああッ!?」
「今は普通に帝国兵としてやってるんだっけ?」
話を振られて俺、高鳴る。
これは弟弟子から尊敬を勝ち取るチャンス!
「よく聞けセロよ。俺は帝国兵の中でも出世したぞ?」
「えッ、マジで!?」
「十二使徒って知ってる? そのメンバーに入れたのだ!」
そう言った瞬間、周囲から鳴動するような『えええええええええええええッッ!?』という叫び声が響き渡った。
煩いな何故キミたちが騒ぐ?
「すっごいじゃん兄ちゃん! 十二使徒って帝国で一番強い連中のことでしょう!? さすが兄ちゃん俺の兄です!!」
「そうそうそういう反応が欲しかったんだよ……!」
「それで兄ちゃんは何番目なの?」
「ん?」
「俺知ってるよ、十二使徒には序列があるんでしょう? 一番から十二番まで。兄ちゃん一体何番目?」
「じゅ、十二位……!?」
「一番下じゃーん。ガッカリしたー」
クッ!
仕方ないんだ、目立ちたくないとか諸々な理由であえて十二位を取りに行ったんだが……。
まさかここで弟弟子の期待を外してしまうとは。
「十二使徒……、第十二位……!?」
「それってもしや……、聞いたことがあるぞ……!?」
周りがザワザワ騒いでいる。
「帝国十二使徒は誰も彼も有名だが、中でもとりわけ凶悪と恐れられる男」
「序列は十二位と最下位ながら、なのに何故か他の十二使徒に指示を飛ばし、的確に相手戦力を解体する……!?」
「ヤツが通ったあとには何も残らず、ぺんぺん草も生えないという。あまりに苛烈、執拗な攻め方は、まるでネズミの群れがすべて食い尽くして行ったようだと……」
「あまりの悪辣さから、ついた異名は『根こそぎ』……、十二使徒第十二位ジラット……!?」
周囲からシャランと金属音がいくつも鳴った。
鞘から剣を抜き放った音だ。
数多くの切っ先が四方八方から俺へ向けられる。
「やめろ!」
それを庇うように立ちはだかるセロ。
「やめなさい。彼らがこう反応するのも仕方ないことだ」
セロをなだめ、改めて彼らに対して向き直る。
「今日ここに来たのは、久しぶりにセロと会いたかったのはもちろんだが、キミたちとも話をしたかったからだ」
「何を……?」
「帝国に歯向かうのをやめるつもりはないか?」
俺としてはセロと戦いたくない。
それがすべてだ。
自分自身のバッドエンドを回避したいという理由もあり、今や弟のように愛しているセロと憎み合いたくない気持ちもある。
彼らがここで矛を収めてくれたら、すべてが平和に片付いていいのだが……。
「どうして……」
あちらから返ってきたのは応でも否でもなく、問い。
「どうして帝国の味方をするの? 帝国は悪なのに……!?」
そう言ったのは俺のことを取り囲むレジスタンスメンバーの一人。
ここまでズカズカと乗り込んできた俺には答える義務があろう。
「帝国は俺の生まれた国だ。人は誰もが祖国のために戦う。それだけだ」
「でも! 帝国は他の国を攻め滅ぼしたのよ!? 私の生まれた国も、ここにいる皆それぞれの国だって! 許されていいの!?」
「群雄割拠ならそれが世の習いだ」
別にベヘモット帝国だけが侵略国家だったのではない。
戦乱の時代には野心を持った多くの国々が並び立ち、自分が存続するために食らい合った。
その中でもっとも強かったのがベヘモット帝国で、だから最後まで残ったに過ぎない。
「そういう時代だったというしかない。帝国が悪だとすれば、割拠する国家のほとんどが悪だった。戦うという選択肢をとった国すべてが」
しかし、その戦いもついに終わりを告げた。
先年、ブレズデン王国が落ちたことで周辺に帝国の敵になる者がいなくなった。
統一を果たした以上、次に訪れるのは平穏。
「キミたちの行いはその平穏を破るものだ。永い苦しみの末にやっと掴み取った安寧を共に分かち合わないか?」




