69 レジスタンス
でも今は仕事も家庭もある身なんで。
何よりまず労働の義務を果たさんとね。
というわけで十二使徒として帝城に出仕する。
「今日の会議の議題だが……」
十二人雁首揃えて何するかと思ったら……。
会議なんかするのか。
周辺統一して敵らしい敵もおらんだろうに、今更何の対策に乗り出すというのか?
「……レジスタンスについてだ」
「ああ、あれ」
レジスタンス。
前世で『ビーストファンタジー4』をプレイした俺にとっては馴染みのある名だ。
これを今更『反乱軍』と訳す必要もないと思うが、権力者や占領軍に対する抵抗運動もしくはそれを行う集団を指す言葉。
『ビーストファンタジー4』が帝国軍との戦いを描くゲームなれば、対抗勢力が登場するのも至極当然ってことだろうな。
直接的に帝国を倒すのは主人公たるセロだけど。レジスタンスは後方からセロを支援するなくてはならない集団だ。
ゲーム中で何やるかわからなくなった時レジスタンス本部に行けば大抵教えてくれる。
あとサブクエも受注できる。
同じ帝国打倒を目指す者として、主人公セロとレジスタンスは綿密な協力関係にあるのだ。
「急に呼び出して何のことかと思えば、くだらねえ用件だな」
と言うのは十二使徒第十位ガシープ。
ことガシくんだった。
二年の時間と、それに伴った実戦経験が彼に貫録を伴わせている。
生まれ育ったスラムに孤児院を開設し、その院長も兼任するガシは、今や都市区の守護者として庶民から人気を得ている。
元から親分肌でもあったんでサマになっておるな。
「ブレズデン王国を滅ぼして、我ら帝国はもはや敵なしとなった。これからは内側に力を注ぎ、帝国支配を盤石にしていくべきだ。そんな中でレジスタンスなどという雑魚に煩わされよというのか?」
「私もガシの意見に賛成です」
手を上げるレイ。
あるいは第九位レイナイト。
帝国貴族出身である彼は、同じ貴族層のご意見番的ポジションに立っている。
庶民代表のガシと貴族代表のレイ。
二人が一般兵時代から苦労を共にしてきた盟友であることから、国家にありがちな身分対立が緩和されている。非常によいことだ。
「まだ見ぬ敵を警戒するのはなるほど大事。しかし弱卒を過大に評価し必要以上に恐れれば、臆病者の誹りを受けかねません。我ら十二使徒は帝国の強さの象徴。それに見合うよう鷹揚にかまえねば」
「地下に潜伏するレジスタンスは、かまう価値のない弱兵だと?」
「御意」
ちなみに十二使徒会議を取りまとめているのは第一位のグレイリュウガ。
まあ一位なんだから当然かもなのだが。
先のブレズデン戦争においても大活躍で功績を残し、敵国最精鋭のサファイア騎士団を単騎で壊滅させた逸話はもっとも有名だ。
おかげで十二使徒最強の面目躍如となり、序盤で俺にボコボコにされた失態も忘れ去られた。
充分な戦績も得たということで隠されていた皇子の身分も公表。現帝を継ぐ準備は着々と整っている。
「事実、ヤツらが結成されたのは昨日今日のことではありません。その活動がハッキリ確認されたのは四、五年も前からです」
「その間、ヤツらが我々帝国に目に見えた損害を与えたことなど一つもない。所詮力もないくせに遠吠えしかできない連中だ」
と、十二使徒からのレジスタンス評価は散々なものだった。
こういう時は……。
「セキ」
十二使徒第十一位セキトの本名を呼ぶ。
序列こそ低いが獣魔の力で感覚を鋭敏にし、あらゆる情報を拾ってくる。
特に頭から生えたウサ耳はどんな小さな内緒話でも聞きつけて『地獄のウサ耳』の異名を持つ。
ある意味十二使徒でもっとも恐ろしい男だ。
「キミはレジスタンスをどう見る?」
違った視点からの意見を聞きたい時セキは最高の語り手となる。
所蔵する情報量が違うから。
俺たちの知らないことを基礎に、一驚に値する分析を披露してくれるはずだ。
「レジスタンスの主要メンバーは、かつて帝国に滅ぼされた国や都市の残党です。負けてなお抵抗しよう。そしてゆくゆくは帝国を倒し、各々の祖国を復興しようというのが目的のようですね」
「ふむ、まあわからぬでもない動機だが……」
「しかしそれゆえに寄せ集めの感が否めません。『打倒帝国』という大目標でまとまっているのは表側だけ。裏では様々な利益目的の違いで齟齬が生じているようです。滅亡前は対立しあっていた国同士もレジスタンスに相乗りし、とても一枚岩とは……」
さすがセキ。
具体的な情報を取り込んだ独自の分析だ。
「ケッ、要は烏合の衆ってことじゃないか。ますますオレたちから先手を打つ理由などねえ」
「場合によってはアイツらが勝手に自滅する目もある。それを見守るのも強者の余裕となり、内外に無言の威圧を与えることができましょう。肝心なのはああした小物の付け入るスキを与えないことです」
帝国の支配体制が確固としていれば、反乱者たちも揺さぶることはできない。
「レジスタンスの追跡は、かねてより憲兵隊が行っているのでしょう? 引き続き彼らに任せておくのでよろしいのでは?」
「うむ、そうか……?」
発議者であるグレイリュウガ、思った以上にフルボッコにされて肩を落としていた。
あれじゃ皇子の威厳もあったものじゃないな。助け舟でも出しておくか。
「敵は見えているものだけじゃない」
俺の発言に全員の視線が集まる。
「自分の内側にあるもの……、油断とか慢心とかいうのも中々に手強い敵だ。それによって滅びた権勢者の例は少なくない」
「わかってるよそんぐらい、なんだいきなり?」
「グレイリュウガ様が言いたかったことはそういうことだろう」
テキトーに言います。
「周囲に敵なしとなった俺たちにとって、今やもっとも恐ろしいのがそうした心の緩みだ。それらを退けしっかりと気を引き締めるために、皇子はいまだ燻るレジスタンスという問題を一例に取り上げたのだろう」
「……ッ!?」
テキトー言ったのに皆が蒙の啓けたような表情になった。
「弱くとも、いまだ帝国への対抗心を捨てぬ敵であることは間違いない。こちらに隙がなければ何もできない雑魚ではあるが、逆に言えば隙さえあれば迷わず飛び掛かってくるだろう。そうしてできた小さな傷が、やがて致命傷になることもありうる」
「心配しすぎじゃねえか? 何度も言うがアイツらにそんな力は……!?」
「向こうの問題じゃない。俺たちの心がまえの問題だ。誰がどんな妨害をしてこようとけっして揺るがぬようにしておけということだ。……そうですねグレイリュウガ様」
話を振られて『えッ?』ってなる帝国最強。
「う、……うむ! そうだな! 我が意を適切に汲むさすがは我が右腕ジラットだ!」
なんかテキトーに右腕ってことにされた。
「相変わらずジラが美味しいところを持っていくぜ……!」
「しかしジラの言い分も正しい。目に見える大きな敵がいなくなったからこそ、自分の心中こそが最大の敵だ」
しかしこれが悪の帝国の会議でいいんだろうか?
普通だとこういう場合、互いへの皮肉や嫌味が飛び交って終始ギスギスした雰囲気になるもんだと思うけど。
十二使徒会議っていつ開いても和気藹々としてるんだよな。
「セレン、お菓子まだ食べるか?」
「食べるー」
こんな風に。
「ではレジスタンスの対策には引き続き憲兵隊に当たってもらうとしよう。セキト、頼むぞ」
「合点で」
十二使徒第十一位セキト、兼、憲兵総隊長。
「あとの者も決して傲り緩むことなく各々の任務をまっとうするように。では本日は解散とする」
「いやー、やっと終わったー! よしジラ帰って早速子作りしようぜ!」
そういうことを大声で言わないでサラカ。
しかしここは……。
「グレイリュウガ様」
「うむ? なんだジラット? 爵位授与の件受ける気になったか?」
そういやそんなことも言ってましたね。
しかし違いますよ。
「実はレジスタンスの件、気になることがあって独自に動こうと思っています。一言仁義を通しておこうかと」
「……十二使徒には全員、独自の行動と判断が許されている。お前のやりたいようにするといい。しかし『気になること』とは……?」
「個人的なことです」
これで単独行動の許可はとった。
当面好きに動かせてもらうとしよう。
「待って! それじゃあオレたちはどうなるんだよ!?」
「午後はずっとジラとイチャイチャしようと思っていたのに!?」
ゴネる新妻二人をなだめることの方に手間暇がかかった。




