06 勇者の師に弟子入り
こうして僅か十歳の幼さにして修行の旅に出ることになった俺。
前の世界だと『とんでもない話だ』となりそうだが、こっちでは割かし大らからしい。
『帝国に役立つ強者になるため』という方便を掲げれば大多数の人が賛同してくれた。
ただ一人大反対したのが妹のセレン。
「ぎゃー! やだー! おにーちゃ行っちゃヤなのー!!」
と火が付いたように泣き叫び、旅立ちの時ですら俺にしがみついて放さない。
ここまで妹が強固に反対するとは思わなかった。
思えば俺は、募兵官の目に留まらないようひ弱な少年を演じてきた。
同年代の男の子に交じって暴れることがない分、妹と共に過ごすことが多くなって、今までほどんどの時間一緒だった。
だからこそ妹も、別離を受け入れがたいのだろう。
俺とて妹セレンに泣かれたら胸が張り裂けそうなほどに辛い。
しかし、こればかりは思い止まれない。
「セレン……」
旅立ちの際に、妹と向き合う。
「お兄ちゃんは必ず帰ってくるから。そしたらまた一緒に遊ぼうな」
「やくそくなの。ウソついたら針じゅうまん本飲ますの」
妹の報復がエグい。
最後にセレンのことを固く抱きしめて別れを惜しみ、俺はついに帝都から旅立った。
生まれ育った故郷としばしの別れ。
次ここに戻るのは五年後となるだろう。
◆
……さて。
修行というお題目で旅へと出た俺であった。
許された期間を活用して、俺はできる限り強くならねばならない。
あるいは、せっかく帝都から離れて自由になれたのだから、このまま何処へなりとも姿を消して帝国と無関係になれば破滅展開を回避できるんじゃないの?
……という意見もあるかもしれない。
それは俺も考えないではなかったが即座に却下した。
そんなことをしたら、俺を信じて送り出してくれた父さん母さんの期待を裏切ることになってしまうし、『必ず帰る』というセレンとの約束も破ってしまう。
かつては単なるゲームとして楽しんだだけのこの世界だったが、今やここが俺の生きる世界。
あの人たちが我が家族。
それらを切り捨てられるほど俺は悟りきっていない。
だからこそ何も捨てることなく破滅を回避するには、強くなるしかないということだった。
そのための旅。
さて、この旅で俺はどのように強くなればいいのか?
当てもない漠然とした旅ではそう簡単に強くなるなど不可能だろう。
しかしそこは心配ない。
当てはある。
前世でゲームプレイという形により、俺はこの世界のすべてを知っているわけだからな。
確実に、効率的に強くなるにはどうすればいいか、既に考えはまとまっているのだった。
俺が旅に出たのは、そのもっとも効果的かつ効率的な『強くなる方法』を実行するためだった。
俺はこれからある場所へ向かう。
そこに行けば、俺は少なくとも『ビーストファンタジー4』の主人公並みには強くなれる。
何故そう自信をもって言えるのか?
俺が目指すのは、その『ビーストファンタジー4』の主人公の師匠がいるところだからだ。
『ビーストファンタジー4』の主人公、智の勇者セロは一定の期間、ある人物に弟子入りして修行の日々を送る。
そこで帝国に対抗するための力を養うのだ。
で。
俺も同じ場所に行き、同じ人物に弟子入りしたら、主人公と同じ能力を得られると。
そういう計画だ。
そうすれば少なくとも将来俺を討つことになる勇者と対等には強くなれるではないか!
賢い!
まさにゲームをプレイして後先を知っているからできた発想!
……自画自賛はこれくらいにしておいて。
つまり俺はこれから勇者の修行場に訪れて、勇者と同じ修行を行おうということだった。
到達するまでの道のりは特に何もなかったので省略……。
◆
……着いた。
ここが勇者セロの修行の場。
その名を、賢者の庵。
街道から外れ、人なら誰も通らないけもの道を進んでいき、茂みを押しのけ枝を払い、道なき道に道を作ってやっとたどり着いたのがここだった。
まさに秘境。
山中で、四方を山に囲まれ鳥でもなければ入れまいという領域にぽっかり開けた盆地があり、まるで神が用意した秘密の隠れ家であるかのようだった。
とにかく。
山間の奇跡と呼べるような小さな平地の脇には小川が流れていて、益々静謐な雰囲気に磨きがかかる。
その中心と呼べる地点にはぽつんと庵が編まれていて、小さくはあるがそれだけに侘びた雰囲気でなおさら神秘的だった。
「こんな雰囲気のある場所だったとはな」
ゲームの中で一度訪れたことがあるとはいえ『ビーストファンタジー4』のハードは16ビットゲーム機。
ドット絵でこの神秘的な感じを出すのは厳しかろう。
いや行けるか?
とにかく圧倒されながら、俺は庵の戸板を叩く。
「……すみません、誰かいませんか?」
いきなり『修行させろ! 弟子にしろ!』というのも不躾なので軽い挨拶から。
しかし返ってくるのは静寂のみ。
仕方なく扉を押してみると、簡単に開いた。
予想通りというか、施錠などなかった。こんな奥地で泥棒に入られる心配もないということだろう。
「お邪魔します、よっと……」
中に入って見回してみるものの、やっぱり人の気配はない。
しかし生活感は多分に溢れており、床はよく掃き清められ、積もる塵の一粒もない。
柱は、長年繰り返し燃やされた薪の煤でもこびりついたのか、黒光りしていた。
こまめに水拭きされているのだろう。だから煤で黒々となろうと漆のように艶を放っている。
やはりこの庵、毎日のように人の手が加えられ、整理整頓されている。
「誰かが住んでいるのは間違いないよな」
実のところ、『ビーストファンタジー4』の主人公セロはまだここにはいないはずだ。
帝国歴九十二年の時点では。
いずれはここに来る。
しかし年代などから計算して、今はまだ生まれ故郷にて両親と幸せな子ども時代を送っているはず。
だから、ここに誰かいるとしたら……。
『誰たぬ?』
突然声を掛けられる。
俺しかいないと思っていた庵で、声をかけてくるとしたら考えられるのは一人、この庵に住んでいる主だ。
振り返ると、ちょうど開いたままだった庵の入り口にタヌキがいた。
ハクビシンでもない。
アライグマでもない。
イタチでもない。
タヌキだ。
山野の鳥獣で、こんな奥地にいても何ら不思議ではない。
そのタヌキが……。
『こんな山奥にまでドロボーが入るとは奇特たぬ。苦労して来たんだろうが残念無念、ここには金目のものなどないたぬよ。やーいばーか』
喋ったのである。
間違いなくタヌキが喋った。
腹話術とか催眠術とかそんなチャチなものでは断じてない。
俺にはわかる。
何せゲーム内で一度見たことがあるんだから知ってる。
このタヌキこそが『ビーストファンタジー4』の主人公セロを弟子にして智聖術を授ける重要キャラクター。
賢者ポンポコ。
ファンからは『たぬ賢者』と呼ばれる畜生であった。
初日更新はここまでとなります。以降、しばらくは一日一話のペースで更新していきたいと思います。
これからジラは、勇者に殺される結末を回避するためにあの手この手で頑張っていきます。
その過程で敵である勇者と仲良くなったり、ギスギスするはずの敵幹部の同僚とも仲良くなったり、そのお陰で余計な面倒ごとまで背負い込んだり。
いずれ第十二位ジラットになるジラの右往左往をどうかお楽しみに下さい!
ではよいお年を!




