67 強国の結婚観
「「えッ?」」
その提案はまさに青天の霹靂であっただろうか。
あれだけ恋する乙女の激情に駆られていたフォルテもサラカも一瞬虚を突かれて固まった。
「な、何を言っているのだ第一位? 私とサラカが一緒にジラの嫁に? そんなことできるわけないだろう頭大丈夫か第一位?」
「第一位に対する敬意は完全に失われているんだな」
具体的には俺にボッコボコにされてからかな?
申し訳ありません第一位グレイリュウガ様。
「だってそうだろ!? 結婚って言うのは一人の夫に一人の妻! 二人一組が普通だろ!?」
「お前たちの故郷ではそうだったのか? 辺境部族で一夫一妻を貫いているというのは珍しいな。まあどうでもいいことだが……」
そこからグレイリュウガさん、コホンと咳払いし。
「だが結婚の仕組みというのは地域によって様々変わるものだ。一夫多妻の土地柄もあれば、多夫一妻のもあるという。居住地の環境、国家の法でさまざまに変わるものだ」
「さすが詳しい……」
皇子様だから秘密だけども。
「ち……、ちなみに帝国のシステムでは……?」
「基本的に一夫一妻だ」
「ダメじゃねーか!」
ここまで来て思わせぶりだよ。
「待て待て話は最後まで聞け……。『基本は』と言っただろう。我が帝国にはあらゆる基本を覆す至高の法規があることをお前たちは知っているはずだ」
そう。
『強さこそが法』と。
「強者こそがあらゆるルールを凌駕し、思うままに振舞うことができる。婚姻とてそうだ。強さを示し、その強さで帝国に貢献するならば別に妻を二人以上持ったところでかまわんだろう」
「そもそも兵役を務められなかった男は結婚許されないからな。戦死する男も大層いるし。その分誰かが余分に結婚しないと女が余る」
そういうことで帝国では、強い者には複数の妻を持つ権利が与えられるのだった。
「主には何らかの功績を挙げた際に、褒賞の一種として与えられることが多い。だがジラットは十二使徒。十二使徒に採用された時点で強さは充分に証明されている。重婚も正式に認められるだろう」
「「マジでッ!?」」
フォルテとサラカの驚きと戸惑いの声が上がる。
「まあ正式に何人まで妻を持つことができるかは当人の力量次第だが……。ジラットならどの程度まで手当たり次第にできるのか。……陛下」
「うむ」
皇帝までも現れた!?
もう御歳であるというのに油いっぱいのフライドチキンなどお召し上がりになっている!?
「いかがでしょう? 十二使徒ジラットは帝国の民として、どれほどの妻を養う資格がありましょうか?」
「こうじゃな」
と言って皇帝、俺たちにつきつけるようにピースサインを出してきた。
「……V?」
勝利のブイサイン?
ヴィクトリー?
いや違う。
二か。
数字の二を示しているのか、あの指は!?
「妻を二人まで持っていいってこと? ならフォルテとサラカでちょうど合うが……!?」
「違うぞい」
「え?」
「二十人じゃ」
二十人ッッ!?
二十人とまで結婚していいってこと!?
いやいやものには限度があるでしょう。いかに俺が『鼠』のビーストピースを得た十二使徒だからって。
さすがに一夫二十妻はネズミ算式をも凌駕するわ!
本物のネズミが『アイツ、マジかよ……!?』って呆れますよ。
「貴様ほどの強さを持っていれば、その才能をバラまくのは帝国に対する義務じゃ。倫理なんぞ横においてできるだけ多くの女に、お前に匹敵する力を持った子どもを産ませるがよい」
「無茶な!」
「なんなら五十回まで他人の妻を寝取っても訴えられない権利もセットで与えてやろうかの?」
「断固として拒否します!」
NTRダメ、ゼッタイ!
改めて帝国が恐ろしい国だとわかった。
マジで強ければ何してもいいんだな。富国強兵に対する真剣さが段違いすぎる。
「……おい、どうする?」
「何がだよ?」
「皆まで言わせる気か? 言うべきことは全部グレイリュウガ様と皇帝陛下が語ったではないか」
深刻に話し合う恋のライバルたち。
それまで一つしかないと思われていた席を、殺してでも奪い取る気であった両者だが、実はその席は二十個もあった。
「私としてはお前と同じというのは気に入らないものの、一番大事なのはジラの気持ちだ。アイツは大らかだから自分を好く女全員を幸せにしないと気が済まないと思う」
「オレだってロボス族なんぞと夫を共有するなんて真っ平だぜ! ……でもなあ、ここで押し通してジラと結婚できない最悪の事態にぶつかるぐらいなら妥協した方が……!?」
冷静な計算するな。
二人は既に一夫多妻の状況を受け入れる展開も含めて前向きな検討に入っている。
現実的というかクールというか。
それに比べて俺も当事者なのに考えをまとめきれないのが恥ずかしい。
こういう時やっぱり女の方が度胸あるもんだ。
「お兄ちゃん!」
「ぐえぇ!?」
妹から脇腹を小突かれた。
「お兄ちゃん、今こそ男を見せる時だぞ!」
妹なりの励ましなのだろうか。
しかしコイツの言う通りだ。
ここで何も言わなければ男じゃない。
「……フォルテ、サラカ。キミたちの気持ちはよくわかった」
厳かに言う。
「感謝しつつキミたちを受け入れよう。この俺ジラットは、ウルフォルテとサラカサルを妻として迎える!」
「「やったー!!」」
抱き合って喜ぶフォルテとサラカ。
何故女同士で?
こういう場合俺の胸に飛び込んでくるもんじゃないの!?
「これはめでたい!」
「何と言う驚きづくめのお披露目会よ!」
「サラカちゃんお嫁に行っちゃううううううッッ!?」
周囲から祝福の拍手が鳴り渡る。
なんか本当にわけのわからん空間になってきた。
「それじゃあジラ! 早速結婚式の日取りを決めよう! 様式はやっぱり帝国風か!?」
「おういいね! 実はオレあのウェディングドレスとかいうの着て見たかったんだ!」
「それから子作りだな! ロボス族の女として力の限り産みまくってやるぞ! これ以上余分に妻をめとる必要がないくらいにな!」
「クッソここぞとばかりに多産の特徴を前面に出しやがってロボス族め! しかし、あっちが量ならこっちは質だぜ! お前の血を継いだ子どもをお前以上の英傑に育ててやるからなオレならば!」
と押しが強い。
これが弱肉強食の世界を生き抜く女のパワーということか。
このまま押し倒されて搾り取られそうな流れであったが……。
「待つのじゃ」
それを制する者が現れた。
皇帝陛下だった。
「控えよ。そなたらの結婚は許すが、子をなすことはまだまかりならん」
「なッ!?」
えッ? なんで?
強い男の血統をできる限り継承す、優秀な戦士を大量生産するのが重婚の目的では!?
「普通ならそうであるが、今回の場合妻の側も選りすぐりの強者であるのが厄介よ。ウルフォルテ、サラカサル。ともに十二使徒の四位と五位よ」
「「うッ……!?」」
「就任早々産休に入られては、こちらとしても堪ったものではないぞえ? 十二使徒を結成した甲斐がないわ。せめて戦いが一段落するまでは今のことに集中せよ。よいな」
「「えええ……ッ!?」」
まさかここで強さが仇になってしまうとは。ままならないものである。
「し、しかし皇帝陛下? 『戦いが一段落』と言われましたがこれからどこかと開戦する予定でも?」
「何を言っておるジラット。戦いの火ぶたを切ったのはまさに貴様ではないか」
なんですと!?
いつの間に俺そんな非道なことをしたのです?
「あそこに転がっておるブタ……」
皇帝が指さす先には、男が一人床に転がってピクピク痙攣していた。
あれはさっき俺が殴り倒したブ男じゃないか。
妹セレンにいかがわしい視線を送っていたのだからあれでも優しい処置だよ。
「あれは隣国ブレズデンの第二王子じゃよ」
「ええええええッ!?」
「国の代表として訪れた王族を殴り倒したのだから国際問題じゃ。ちょうどいい機会だからこれを理由に戦端を開き、かの国を飲み込んでしまうとしよう。さすれば実質、我が帝国の大陸制覇は成る!」
マジで俺が戦端開いていた!?
だってあのボケ王子が変質者だから! 他国の式典にあんな怪しい人物送ってくるなよ!?
「いくさの指揮はお前に任せるぞジラット? お前が引き起こした戦争ゆえにな。兵も物資も好きに使ってよい故、必ず敵国のすべてを打ち砕いてくるのだ。よいな?」
「イエッサー!」
半ばヤケだった。
◆
こうして俺は戦争に突入し、十二使徒の仲間たちと共に敵国を圧倒した。
それでも民に戦禍を及ぼさないよう強引な侵攻は避け、そうこうしているうちに二年の歳月を費やした。
……そろそろセロが旅立つ頃だ。




